↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/5

森の国「シルヴァン」

森の国「シルヴァン」に一人の子どもがいた。名はアスダル・ウィルフリード。ウィルフリード家の長男として、生を授かった一人息子である。この世界では非常に珍しく、光属性の魔法を使うことができた。

 シルヴァンは、豊かな自然で溢れている。森はベリーやリンゴといった果実の甘い匂で満ちており、心地の良い木漏れ日がある。リスや鹿、蛇や蜥蜴といった動物達が葉を擦る音、きのこを奪い合う姿、しっとりと流れ出す小川は、森に涼しさが与えている。

 森の奥まで進めば竜の棲家《ドラゴグロッタ》と呼ばれる場所に辿り着く。いつか入ってみたいと小さい頃から憧れていた。ここは国の中でも、王国騎士団、王国魔法師団、国政に関わる要人といった、選ばれ者のみが入ることのできる洞窟だ。

 また、竜の棲家から少し脇に逸れた場所、魔森と呼ばれる区域では魔物も出現する。ただ常にその地域を覆うように結界が張られており、「森の騎士団《シュヴァルリ・フォレスタ》」と「森の魔法師団《マージュ・フォレ》」が共に警護にあたっている為、街の方に魔物が出てくることはない。

 人一倍の才能に加え圧倒的な正義感と情熱を持っていて、魔法師団からも一目を置かれていた。魔法師団は、騎士団と並んで国中の青年が目標とする王国直属の軍隊であり、入れば人生を保証されるほどの名誉だ。俺はそんな王国魔法師団へ、16歳ながら飛び級で入団するのとが決まっていた。飛び級入団は、現団長などを含んで歴代で5人目である。

 16になる前の日の朝、隣家に住む7つ上の青年、アルデハイドが挨拶にきた。

「よぉアスダル!明日からいよいよ魔法師団だな。16で魔法師団に入るなんて、さすがは"神童"だな。」

「アルデハイド!やっとだね。でも俺はこれで満足はしないよ。世界一強い魔導士にならないとだからね。」

 アルデハイドは、興奮した様子で扉を開けて中に入ってくる。

「おばさん久しぶり!明日からようやくこいつが魔法師団に入るんだ。もっと喜ぼうぜ!」

「まだ何があるかわからないからね。慢心しちゃだめなのよ。アスダル、アルデハイド。」

「そうだね母さん。今日も魔森に出ておくよ。少し早めに帰ってくる。」

 いつも通りの日々を送る。魔物を狩ることは、今となっては朝露を落とすように、当たり前となっていた。

 魔森では珍しく、いつもより明るくそして強く陽の光が差していた。森からの祝福だ。魔物達は強い陽の光を嫌がるのか、いつもより数が少ない。

 夕陽が帰路を照らしている。どうしてか、魔力を使い果たした訳でもないのに家に帰る前から寒気がしている。緊張しているのか心配しているのか、少し冷静さを欠いている。

 母の嫌な予感が当たっていたのか、未来を期待された少年の運命はあまりにも残酷であった。家に帰ると共に、かつてない高熱に魘される。肌を焼くような熱さ、刃が刺さるような喉の痛み。あまりの辛さに、心臓を突き破る方がまだマシだとなんども頭を過ぎる。夜の床で、一人痙攣しながら踠いている。声すら出せないほどの苦しみ。息をするだけでもコォーという音が聞こえ、肺に穴が開きそうだ。

 アルデハイドが、焦った様子で扉を開けてくるのが微かに聞こえる。

「おいアスダル!だいじょ…」

 声が途切れて殆ど聞こえない。熱さで、体中の血管が近くできる。熱湯が皮膚内側から焼きながら、血管を通っていく。

 王国は彼の将来を案じて、シルヴァンの中でも腕利きの治癒魔法の使い手が向かってきた。国の未来を守る為に、皆必死であった。安心かと思われたが、まだ命の縁を彷徨うのがわかる。若い頃に父を亡くし女手一人で育ててくれた母と、治療に来た魔導士の会話が耳を通り鼓膜を抜けて、耳神経を掌握するかのように、脳まで絶望を運んでくる。

「あの子は、アスダルは助かるのでしょうか?」

「我々も全力を尽くしていますが、このままでは五分五分といった所です。」

「どうしてあの子ばっかり…。出来ることなら変わってやりたい。」

「お気持ちは痛いほど分かりますが、今は彼の身を案じて、信じてやるしかないでしょう。」

 深い絶望の中で彼は未来のことも考えられなくなっていた。家族からの慈しみの目は、むしろ彼の心に風穴を開けるように突き刺さる。安心させる為なのか妙に元気に振る舞っているが、それでも彼の心の穴は塞がらない。ぽろぽろと魔力がこぼれ落ちる。穴の空いた風船から空気が抜けるような感覚だ。

 1週間に渡り酷く苦しんだ末に、長く丁寧な治療の甲斐もありアスダルは生き残った。ただ治ってからもすぐに回復する素振りはなく、2,3日経過して、漸く起き上がれるようになった。ふらふらと近くを歩き回る。顔でも洗おうと鏡を向いたとき、言葉を失ってしまった。左のこめかみに黒い稲妻のような紋様が出現している。

 そのとき、アスダルの脳内に一つの伝説が浮かんだ。

 7つの王国が集う超大陸「サルダード」の地に古くから伝説として伝わってきた紋様がある。それが、呪いの紋様《フルーフマール》。このサルダードの地には、7つの国全てに伝えられるこんな逸話が残っている。

「伝説の悪魔より寵愛を受けし者、額に呪いの紋様が現れる。二十歳になりし刻、紋様が黒く光輝し、その身を持って悪魔となり命を落とす。」

 吸い込まれるような漆黒を携えて、痛々しい亀裂が入っている。幸い今は直接痛むことはないが、その紋様はは触れていない時でもまじまじと目の前に現れてくるかのように、異様な存在感を放つ。どうして今まで気が付かなかったのか、相当体の感覚が鈍っている。

 まだ回復し切っておらず王宮まで行くことが出来なかったため、魔法師団の人々に近況を知らせようと手紙を書こうとしたとき、何者かに止められた。腕が動かない。魔力で操作しようとしても、呪いの紋様という文字を書こうとした瞬間に、より強い力で縛られてしまう。無理やり動かそうとしても、操り人形のように意志を奪われる。糸で引かれるというか、手が意思を持って拒むというか、とにかく文字が書けない。

 それなら母に話をしよう。ただ、口を開こうとすると、無理やりに閉じられる。唇を両手で押さえつけられる。喉の奥に一本の釘を打たれて、言葉が堰き止められた。握りつぶされるかのように、口のあたりが痛んだ。それならばと、魔力を具現化して文字を起こしても、「呪いの紋様」という文字だけ、上手く書けない。

 文字を形作る前に、魔力が消失してしまう。砂が落ちていくかのように、文字が溢れていく。誰にも伝えられないのか?焦りで鼓動が早くなるのが、目に見えるかのようにわかった。暫く格闘しているうちに、母が軽食を持って此方にやってくる。

「アスダル、もう起きてたの。顔色も少し良くなったようね。それでもまだ無理しちゃだめよ。魔法師団の人も、あなたの魔力が弱っていると言っていたから、大人しくしておきなさいね。」

 顔色が良くなった?誰の目にもこの紋様は映らないのか?

「………。」

 口を開こうとしても、もがくことしかできない。

「まだ治ったばかりで苦しいでしょう。無理はしないようにね。」

 騙しているようで、心の中に不気味な塊が残る。この紋様のことを話すことも出来ないのに、見えすらしないのか?絶望の淵に叩き落とされた。這い上がることの不可能な崖に一人ポツンと置き去りにされる。

 俺はどうしたらいいのか。20歳を超えるまでに解呪が出来ない場合、死ぬ。

 呪いの影響もあってか、以前よりも力が弱くなってしまった。魔法師団からは、1通の手紙が届いていた。病気の具合についてだろうか。入団予定の日に高熱を出してしまい申し訳なくなりつつ、手紙を開く。

「ウィルフリード・アスダル殿

 病気の具合は如何でしょうか。一日でも早く復帰されることを、魔法師団一同心よりお待ちしております。

 さて、病でお疲れのところ申し訳ないですが、魔法師団で話し合いをしたところ、16歳での入団を取り消しすることになりました。入団を希望する場合、18歳になったときに、正式に入団試験を受けて頂くことになります。今回の一件で魔力がかなり弱っていると聞いております。少しでも早く回復するよう、お祈り申し上げます。

 魔法師団団長 ルミナ・バルデン」

 大粒の涙が漏れ出す。天災にあった。自力ではどうしようもない無力さに、心が壊れていく。ヒビの入りかけたガラスを破壊するかのように大きな絶望が重なった。

 神童と呼ばれてきた少年は、挫折を味わったことがない。苦くて忘れたいのに、記憶にこびりつく味。忘れようとしても、ふとした瞬間に想起される痛み。心の奥の奥に深い傷が残る。魔法などではどうしようもないくらいに深いところまでアスダルを初めて傷つけたのは、呪いという果てしないほど強大な理不尽。

 必ず、世界で一番強い魔導士《ヴェルトマグス》になると決めていたのに。明るかったはずの未来は、扉が閉ざされ光が消えた。約束されていた光の鋪道はもう見当たらない。何もかも消え去り、暗闇の中を蝋燭で照らしながら、手探りで進んでいく。

 数日経った。何度も迷った。このまま旅に出て、成果が得られるのだろうか。呪いを解呪する方法は見つかるのだろうか。18になって魔法師団に入る方が、まだ幸せな2年を送れるのではないだろうか。森の皆はどうしよう。アルデハイドも、もう立派な魔導士として王国の為に仕えている。それなのに俺は何も出来ないまま野垂れ死ぬのか?

 世界の秘密を暴く。悪魔の謎を解き明かし、必ずこの呪いに打ち勝つ。大きな大きな葛藤を経て、この呪いを祓うためにアスダルは放浪をすることに決めた。そのまま生きながらえて悪魔になるくらいなら、最後までもがく方がよっぽどマシだ。

 心の中の正義が、その思いを決意に変える。アスダルは、ゆっくりと歩みを進め始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。