幻影魔法
カエリアンは台所の小さな踏み台の上に立って言った。
「こんにちは! こちらベイビー!……いや、違う、もう一回」
(またそれをやるつもりじゃないだろうな)
「こんにちは! こちら、台所から生配信中のカエリアンです! 今日はおばあちゃんの本に載ってたレシピを試してみます」
机に手をつきながら本を開き、重く大きなページをめくって目当ての箇所を探す。
「ええと……胃痛、違う、ナリスの過剰摂取、違う、媚薬……なんでこんなの載ってるんだ……違う、あった。セカンドウィンドのポーション」
本を脇へ置き、小さな鍋の前に立つ。
「イレサは、自分がいない間は何もするなって言ってたけど……私はやってみるって言っただけで、『やらない』とは言ってない」
(せめて家だけは燃やすなよ)
あまり気にした様子もなく返事をし、本に顔を近づけて読み始める。
「もちろん。第一歩、鍋で水を沸かす」
手のひらに炎を生み出し、木の下へ近づけて水を温め始める。数分後、再び本へ目を落とした。
「第二歩。水一に対して、青いナレア(Narea)を二部加える」
引き出しを開け、濃い青色の葉が入った瓶を取り出す。
「たぶんこれだ。間違ってなければ、かなりのナリスを宿すことで知られてる……赤いのがあればよかったんだけどな。あっちの方がもっと多くのナリスを含んでるし」
(お前には必要ないと思うけどな)
青いナレアの葉を二枚、鍋へ入れる。
「第三歩。甘いベリーを一部、または蜂蜜を大さじ一杯加える。うーん、ベリーは腐ってるし、蜂蜜もない……まあ、この工程は飛ばすしかないか。第四歩。深い吸気と呼気を正確に七回分行う間、低速でかき混ぜる。不純物を底に沈めて、ナリスを薄めすぎないためだ」
回数を数えながら、ゆっくりとかき混ぜ始める。
「ふふ、魔女みたいだな。緑の肌も、とがった鼻もないけど」
(魔女って、そんなイメージなのか?)
終えると、柄杓を手に取り、青みがかった灰色の液体を少しだけ瓶へ注いだ。
「よし、試してみるか……乾杯」
ポーションを飲む。味はあまりにも強烈で、勢いよく後ろへ仰け反り、そのまま床に倒れ込んだ。
「うえぇ……味が……げほ、げほ……ひどい……げほっ」
(たぶん、蜂蜜とベリーはそのためにあるんだろう)
両手を床につき、腹を押さえながら立ち上がる。
「そう……言われなくても……まだ喉に残ってる……ごほっ……」
(ナリスが回復した感じはあるか?)
「いや……でも、腹の中を虫が這ってるみたいな感じはする」
もう一度踏み台へ上がり、本を見直す。
「手順は一字一句そのまま守った……まあ、ほぼだけど。それでも効くはずだ」
(分量はちゃんと計算したのか?)
「うん、まあ……たぶん」
***
全てを片付け終えた後、彼は寝台に横になった。ポーションのせいでひどい腹痛になったため、イレサが戻ってくると、そのための治療薬を用意してくれた。
(ポーション作りの最初の試みは失敗した。でも、少なくとも学んだことはある。大人の深い呼吸七回分は……どうやら子供の深い呼吸七回分と同じではないらしい……次のためにメモしておいた。それと、レシピに味を良くするための材料があるなら……素直に従ったほうがいいってことも)
***
イレサは家で女性客の対応をしている間、カエリアンは祖母の本を読み続けていた。
(この本を読むのも、たしか七回目くらいだと思う。レシピが多すぎて、まだ半分も学べていない。イレサはこれを見返したりもしない……だから、たぶん全部頭に入ってるんだろう。別のものも読みたいけど、あるのはこれだけだ。妖精の本もある……でも、たぶん何が書かれていたのか知らないまま死ぬんだろう。実際、隠し収納に入っていた三冊目の本も、また別の何かを解放するのが怖くて、まだ取り出していない……まあ、いつか取り出すかもしれないけど)
イレサは少しだけ客から目を離し、カエリアンに声をかけた。
「ムユンベ、ボレアルさんの家に行って、薬を届けてきてくれる?」
カエリアンは本から視線を上げた。
「え? うん、わかった母さん。すぐ行く」
薬をテーブルから取ると、村へ向かった。土の道を歩き、中心部に着くころには石畳に変わっていた。家々の大半は太い木の丸太で作られ、長い三角屋根がついた北欧風の家だった。ボレアルの家に着いて扉を叩く。数秒待つと、灰色の髪と緑の目をした二十歳くらいの女が、気取った表情で扉を開けた。
「ぐるる……今度は何の用だよ、クソガキ」
「ボレアルさんに……これを届けに来ました……いらっしゃいますか」
「寝てるよ。私が渡しておく」
「……三ランだ」
カエリアンが反応する前に薬をひったくり、女は話し終える前に扉を閉めた。
(むむ、彼女はガラ(Gala)。ボレアルの妻だ。とはいえ、娘だと思われてもおかしくないくらい若い。最初の妻が亡くなったあと、数年前に結婚したらしい。彼女には愛人がいるって噂もあるけど、町の他の独身女性たちのでっち上げかもしれない。なんせ、自分の世界でたしか『シュガーダディ』って呼ばれてたような相手を捕まえたわけだし。若い頃のボレアルはヴラドミスト王国軍の隊長だったらしく、今でもその財産で暮らしている。どうしてそんなことを知ってるのかって? まあ、年寄りっていうのは何か聞けば何でも話してくれる。どうでもいい細かいことまで……まあ、覚えてる部分だけだろうけど)
もう一度扉を叩くが、今度はガラが開けるまでにかなり時間がかかった。
「ぐるる……今度は何の用だよ」
「お、代金を払い忘れてました」
「ああ、そう……ほら。もう二度と来るな」
ランを放り投げてくる。カエリアンは受け取ろうとしたが、緊張のあまり何度も落としそうになった。
「あの、ふつうはボレアルさんが払ってくれるんですけど……」
ガラはカエリアンが言い終わる前に扉を閉めた。
「……三ラネスです」
カエリアンは振り返り、そのまま家へ向かった。
(……これで三回目だ。ボレアルの記憶は今までで一番ひどい。もう薬を取りに行くことさえ覚えていない。だから、こうなる)
家に戻ると、起きたことをイレサに話した。彼女は歯を食いしばり、子どもを守る狼のように眉をひそめた。
「心配しないで。次は私が直接行く。私にまで戸を閉める度胸があるか、見てやる」
***
ある日の午後、カエリアンは草原で火の球を作っていた。作るたびに少しずつ大きくしながら練習を重ね、ついにナリスが尽きた。
息を切らしながら言う。
「……よし……これで……十」
ナエヴィアは岩に座り、薄く笑っていた。
「ナリスの量、まだ増えてるわね、友達」
「ふふ、“友達”なんて呼ばなくていいって、わかってるだろ。カエリアンって呼んでよ」
「わかってるわ。でも、あなたは私にとって初めての友達だから、自分にも友達が一人いるって言い聞かせないといけないの」
「……うん、そういうことにしておくよ」
カエリアンは小さな袋から青い液体の入った瓶を取り出した。ナエヴィアはそれをすぐに見て取る。
「それって、もしかして」
「そうだよ、セカンドウィンドのポーション。自分で作ったんだ」
飲むと、ナリスが少しずつ戻ってくるのを感じた。
「……うわっ、味は相変わらず最悪だけど、少なくとも今度は効く」
ナエヴィアは跳ねるように立ち上がり、拳を握って言った。
「私がこれを飲めば、君のナリスを使わなくても、もっと長くこの姿でいられるんじゃない?」
「……遺産、どう思う?」
(ナリスに関わるポーションは、たいてい体内に入った瞬間に作用する。だが、消化できないなら……効果はほとんどないだろう。だから、時間の無駄だ)
カエリアンは両腕を上げて笑った。
「試してみろってさ!」
「いいわ!」
「ただ、家に行かないといけない。一本しか持ってきてないから」
「……ほんと? もうあまり時間がないみたい」
「あ、ちょっと待って」
カエリアンはナリスをナエヴィアへ伸ばし、自分のものを少し分け与えた。ひとつの体からもうひとつの体へ流れ込むナリスの流れは、はっきり感じられた。完璧ではないが。
「うっかり少し多めに渡しちゃったけど、足りないよりはいい。行こう」
二人は見つからないようにカエリアンの家まで歩いた。裏口を開けながら彼は言った。
「母さんが瓶をいくつか買いに出てるんだ……ポーションを詰めるのに、いくつか借りてる」
ナエヴィアはその後ろから入った。
「お邪魔します」
カエリアンは寝台まで行き、その下にしまってあるポーションを確認した。ナエヴィアは壁のほうを指さした。
「ねえ、壁に何があるの?」
「隠し収納だ……え、どうしてそこに何かあるってわかったんだ?」
カエリアンがポーションを手に取る前に立ち上がると、彼女は答えた。
「君が私の石をポケットに入れていたとき、君が近づくと少しだけナリスを感じたの。すごく微かで、数メートル先でしか分からないくらいだったけど、私が近づいたらまた感じたわ」
カエリアンは隠し収納のほうへ歩いた。
「本がある。何の本かはわからないけど……」
「どうして……」
「開けるのが怖い」
「本が怖いの? 本なんかをどうして怖がるの?」
カエリアンは腕を組んだ。
「君は水が怖いだろ。私のことは言えないはずだ」
「それは痛いところを突いてくるね!……でも、その通りね。理由を話して」
彼の視線が少しだけ暗くなる。
「……なんでもない。あまり……話したくない。けど、せっかくだし、この疑問を晴らすのを手伝ってくれないか」
「今さら開けたいの?」
「うん。君と一緒なら、何かあっても少しは安心できるから」
彼女は笑みを浮かべた。
「わかった、私も中身を知りたい」
カエリアンは隠し収納を開け、慎重に本を取り出した。重く、かなり擦り切れている。気をつけながら床に置くと、ナエヴィアが近づいた。
「表紙には……『呪術儀式 第二巻』って書いてあるみたい」
安全な距離を保ったままカエリアンが答えた。
「そうか。で、他には何て書いてある?」
ナエヴィアが顔を上げた。
「そこで何をしているの。こっちに来て見て」
「遠慮しておくよ。何か飛び出してきた時のために、距離を取っておきたい」
「ふふ、ここから何かが出てくるとは思わないけど……」
遠くで、叫び声が聞こえた。
「何だったんだ? 本のせいか?」
遺産が答えた。
(違う、外だ)
ナエヴィアは神経質な笑みを浮かべながら、本を閉じた。
「念のため、これを閉じて元に戻しておくわ」
本をしまうと、カエリアンは窓から外をのぞいた。ローブ姿の男たちが子どもを取り押さえていて、別の男が近づき、手をかざした。数秒後、その男は首を横に振って引き返し、カエリアンに気づくと、子どもを放してから家のほうへ向かった。
カエリアンは慌てて窓から離れた。
「ローブを着た変な連中がいる。こっちに向かってる……」
「ローブ? ねえ、何か特徴は覚えてる?」
「ああ、背中に金色の目があった」
「……まずい……」
扉が叩かれた。すると、そのうちの一人が言った。
「もう見えてるぞ。今すぐ開けろ。さもないと扉を壊すぞ」
ナエヴィアがささやいた。
「開けて。あとは私がやる」
「……え? でも、何をするつもりなんだ?」
「信じて」
カエリアンはうなずき、扉へ走った。ナエヴィアは後ろに残った。
扉を開ける。
「……何かご用ですか……」
三人のフード姿の男たちが目の前に立っていた。残りの者たちは村のあちこちを調べている。
「言ってみろ、嬢ちゃん。この家にいる女の子はお前だけか?」
カエリアンは男たちのフード姿を見た瞬間、強い不快感と恐怖に襲われ、思わず視線を逸らした。動揺を隠そうとしながら答える。
「はい、私だけです」
遺産が言った。
(……カエリアン……君と会えてよかった……)
心の中で叫び、カエリアンの表情がわずかに引きつった。
(は!?)
「……信じないぞ。どけ。家を調べろ。そしてお前はそこにいろ」
男たちは家の中へ入り、あちこちを探り始めた。大きな引き出しを開け、隠れられそうな場所を探して床を叩き、ひとりは寝台の下を覗き込んだ。そこに本といくつかの瓶があったが、探しているものではないとわかると、見向きもしなかった。
遺産が言った。
(あの連中は、目の教団の一員よ。この土地にいていい連中じゃない)
(目の教団……?)
(以前、遅かれ早かれ君を見つけると言ったのを覚えているでしょう……あれが、君を探している連中よ。フレイムの保持者、つまり小さな子供を探しているの)
(どうして……もっと早く言えなかったの?)
(誰なのか知ったところで、役には立たなかったわ。今だって同じよ。君は戦えない、逃げられない。知っていても無駄だった)
(……じゃあ、これで終わりなの……?)
(そう恐れている。あの連中は、近くにいるフレイムを探知できる石付きの首飾りを持っているの……あるいは、発動した時に残る特定の残滓を探知できる……それで君を見つけた)
男のひとりが言った。
「他にはいない」
その男がカエリアンに近づく。
「じっとしてろ、小娘。これはただのおもちゃだ」
フード姿の男は、青と紫が混ざった石のついた首飾りを取り出し、ゆっくりと近づけた。
カエリアンの心臓が、呼吸と同じくらい速くなる。
(こんな終わり方はないだろ……それにナエヴィアは……信じてくれって言ってたのに)
(大げさな登場なんて期待しないで。君に言っておくことがある……)
彼の視線は石に釘づけになる。
(……何だよ……)
(目の教団は、君の父親と兄を殺したの)
(な、何だって……? ど、どうしてそれを知ってるんだ……)
首飾りの石がわずかに震えたが、色は変わらなかった。
「これは違う」
遺産とカエリアンは思った。
(どういうことだ……!?)
三人目の男が言う。
「村人が何人か武器を持って来るぞ。片づけるか?」
男は立ち上がり、家を出ていった。
「まだ調べていない家がある。全部終わるまで、連中を近づけるな」
カエリアンはゆっくりと扉へ近づき、それを閉めた。肌はいつもより青白く、視線は少し虚ろだった。
「……な、何で……どうして私を……」
床に座り込む。外でフード姿の男たちが離れていくのを聞いていた。
(まだ……生きてる……あいつらは君を……探知しなかった)
ナエヴィアが部屋に現れる。
「よかった、うまくいったわ!」
カエリアンが振り向く。
「き、消えたかと思った。どこへ行ってたんだ……」
「どこにも。透明になっていただけよ」
まだ動揺したまま立ち上がる。
「どうやって……どうやってそんなことを」
「幻影魔法よ」
「幻影?」
「ええ。君を探知されないようにするために、同じ魔法を使ったの」
「君が……? 私が見つからなかったのは、君のおかげ? どうやったんだ!?」
ナエヴィアは指を立て、天井を見ながら説明する。
「簡単、というか……まあ、簡単じゃなかったけど、やり方は単純だったわ。教団の首飾りは、フレイムを探知すると色が変わるの。でも実際に変わった。だから、その石の周りに小さな幻影を作って、何も変わっていないように見せただけよ」
彼女が笑うと、カエリアンの目が輝いた。
「ほんとに? ありがとう、ナエヴィア。命を救ってくれた! すごいよ、君は!」
ナエヴィアは少し顔を赤らめる。
「そう……思う? ふふ、まあ、大したことじゃないわ。それに、君が余分にナリスをくれたからできたのよ」
カエリアンは床に座り込む。
「そんなことない。助けてくれてありがとう……必ず埋め合わせする」
「……ふふ、それは……誰か来るわ……」
ナエヴィアはすぐに姿を消し、石へ戻る。玄関からイレサが息を切らして入ってきた。
「カエリアン!?」
彼のもとへ駆け寄る。
「無事なの!?」
抱きしめて、胸に強く押しつける。カエリアンはほどこうとするが、抜け出せない。
「う、うん、平気」
「男たちがここに来たの?」
「うん……一分くらい前に行ったよ」
「……首飾りを向けられたの?」
「まあ……うん」
イレサは少し離して肩をつかむ。
「何か変なものは見つけた!? 何を言われたの!?」
その手には緊張がにじみ、顔には恐怖が浮かんでいた。つかむ力は強いが、そこまで深く傷つけるほどではない……それでも、カエリアンは針と鉄のような感覚を覚え始める。
イレサから離れる。
「放して、痛い!」
イレサはその場にひざまずいた。一瞬で恐怖から罪悪感へ表情が変わり、頭を下げる。
「……ご、ごめん……そんなつもりじゃ……」
息を整えて続ける。
「大事なのは、あなたが無事なこと……あの男たちが何もしなかったことよ。ごめんなさい、何が起こるかと思ってすごく怖かったの」
カエリアンはゆっくりうなずいた。
(今、二つのことがわかった。ひとつは、どうやら布が薄すぎる状態で強く触れられると、自分のアレルギーが出るらしいこと。もうひとつは……イレサはたぶんフレイムのことを知っていることだ。でなければ、あんな反応をする理由がない。まるで、教団の連中が自分を探していると知っていたみたいだ……まるで、彼女の夫や息子のような最期を迎えることを恐れているみたいに)




