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少女の身体、そして夜の想い

 夕暮れのポルタ=ルクスは昼の喧騒とは違う色をしている。橙に染まる

石畳、潮の匂い、どこか焦げたパンの香り。


 ふらっ、と視界が揺れた。


「アンタ、大丈夫なん?」


 腕を掴まれる。振り向くと、亜麻色の髪を三つ編みにした少女が呆れた

顔でこちらを見ていた。頬にはうっすらとそばかす。黄土色のエプロン

ドレスに少し擦れたショートブーツ。


「顔、真っ青やで。倒れたらウチの前やし、迷惑や」


「……ウチ?」


「月兎亭。知らんの?ほら、立てる?アンタ細いわ、軽っ!」


 ずるずると腕を引かれる。俺は状況を整理する余裕もなく、少女に

引きずられるまま歩き出していた。


 ――なんで知らない人に引っ張られているの?


「ちょ、ちょっと待ってください!」


「待たへん。空腹で倒れる美少女とか、ウチの客がざわつくやろ」


「び、美少女……?」


「食いつくん、そこ?!」


 宿屋の扉が開く。暖かな光と煮込みの香りが、二人を迎えた。少女が

振り返る。


「ほな、ようこそ月兎亭へ。ウチはリナや、ここの看板娘や。アンタ、名前は?」


「……アルストロメリア」


「ここに記帳したってや」


「え、あの……」


「決まりやな。ほら、座り」


 この街に来てから、誰も俺に選択権を与えてくれない。だが、目の前に

置かれたスープを一口飲んだ瞬間、思考は溶けた。温かい。胃の奥に

じんわりと広がる感覚に、身体の力が抜けていく。


 ああ――生き返る。


 転生してから、まともに食べたのは初めてかもしれない。


「疲れたやろ?お風呂、空いてるで。入りぃ」


 有無を言わせない口調だった。気づけば、腕を引かれたまま宿の奥へ

連れて行かれていた。


 石畳の廊下の先に、小さな浴室がある。


「ほな、お湯入れるで。ちょっと待っとりぃ」


 リナが湯を確かめている間、ふらりと立ち止まった。その瞬間、膀胱が

限界を告げた。


(やばい……)


 慌てて周囲を見渡す。トイレ、どこ?


 リナがこちらを見て、にやりと笑う。


「そこにあるで」


 指された先の小さな扉へ、ほとんど駆け込むように入った。鍵をかけ、

ショートパンツを下ろし、深く息をつく。


 そして――ふと、違和感に気付いた。


(……なに、この形)


 慣れない感覚。身体の構造。どうにも落ち着かない。胸の奥に、言葉に

ならない感情が渦巻く。


 用を足し終え、しばらくその場で息を整えた。


 扉を開けると、リナが待っていた。


「すっきりしたんか?」


「……はい」


「ほな、次はお風呂やで」


 浴室に湯気が立ちこめている。流れるお湯の音、石の床、灯りの反射。

身体を包む温かさの中で、冷えていた感覚が少しずつほどけていく。


 髪を洗いながら、今日の出来事を思い返していた。森で目覚め、

ポルタ=ルクスに辿り着き、リシェルに愛称をもらい、セラフィンに

測られ、そして今、月兎亭にいる。ずいぶん遠くまで来た気がする。


 風呂から上がると、廊下の先に鏡があった。自然と足が止まる。


 鏡の前に立った。


 そこに映っていたのは――見慣れない少女だった。銀色の髪、細い肩、

柔らかな輪郭。鏡の中の少女は、少し戸惑った顔でこちらを見返している。


 メリアは、静かに息を吐いた。


 これが、この世界で生きていく自分の身体なのだ。


 用意されていたパジャマに着替え、部屋へ戻る。ベッドに潜り込むと、

温かさと安心感が身体を包んだ。ようやく一日の疲れがほどけていく。


 メリアは静かに息を吐き、そのまま眠りに落ちていった。

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

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