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理を編むエーテル -メリアの不思議探求録-  作者: シラン
第3章 風が運んだ運命の煌めき
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銀風街道にて

 三日目の朝だった。


 銀風街道を進む馬車は、すでにポルタ=ルクスの気配から離れている。

空気はわずかに乾き、肌に触れる風は軽い。あの街特有の、整えられた

柔らかさはもう感じられなかった。


 代わりにあるのは、揺らぎだった。自然のままの空気。整えられて

いないが、歪んでもいない。均されていない分だけ、輪郭がはっきり

している。草の匂いがする。土の匂いもする。それらは混ざり合いながら、

街道の風に乗って流れていく。


 ナディアはその変化に、ようやく慣れ始めていた。最初の一日は落ち

着かなかった。二日目も、少しだけ。だが三日目ともなると、馬車の揺れも、

空気の違いも、体が受け入れている。隣に座るメリアの姿は、最初から

変わらない。だからこそ、変化しているのは自分の方だと、ナディアは

なんとなく理解していた。


「あの……お姉様」


 声をかける。出発の日よりも、少しだけ間が短くなっていた。


「この辺りは、風が強いんですね」


 窓の外を見ながら言う。街道の両脇には低い草地が広がり、遠くにゆるやかな

起伏が続いている。遮るものが少ない分、風は通り抜けるように流れていた。

草が一斉に同じ方向へなびく様は、波のようでもあった。


「地形の影響です」


 メリアが答える。短い。変わらない。


(あの起伏、地図で見た時からちょっと気になってたんだよね)


 れもんの声が、内側で弾む。


(周りに遮蔽物がない平地に、あの緩やかな丘が連続してるでしょ。

風が丘を越えるたびに圧縮されて、谷筋で加速する。地形が勝手に

風の通り道を作ってるんだよ。この街道の設計者、風の抜け方まで

計算して道を通してるんじゃないかな)


 メリアはその説明を、視線ひとつ動かさずに受け取った。れもんの言葉は

いつも、見えているものの奥にもう一枚、構造を重ねてくれる。


「なるほどです……」


 ナディアは頷く。理解しているかどうかは、少し曖昧だった。


「いや絶対そこ分かってないだろ!」


 レオンがすかさず口を挟む。


「えっ、あ、いえ……その……なんとなく……ですけど……」


「なんとなくかよ!」


 笑いながら突っ込むレオンに、ナディアは少しだけ肩の力を抜いた。

その軽さが、空気を回す。ナディアにとって、それはありがたかった。


 馬車は進む。一定の揺れ、一定の速度。その中で、ナディアの視線は

自然とメリアへ向いていた。動きに無駄がない。姿勢も、呼吸も、視線も。

何かをしているわけではないのに、そこに「整っている」という印象がある。

外を流れる景色を見ているのか、あるいは別の何かを見ているのか、

ナディアには判断がつかない。ただ、その目が何も見落とさないだろうと

いうことだけは、なんとなく分かった。言葉も同じだった。余計なものがない。

だからこそ、逆に目立つ。


「……すごいです」


 思わず、こぼれた。


「何がですか」


 メリアは視線を向ける。


 ナディアは一瞬だけ言葉に詰まり、それから続けた。


「その……迷いがないところが」


 自分でも、うまく言語化できていないと分かっていた。それでも、何かが

違うと感じている。あの整然とした動きも、短く断ち切るような言葉も、

すべてが同じところから来ているような気がした。


「必要な判断をしているだけです」


 メリアの答えは変わらない。感情ではなく、構造。


 ナディアはその言葉を受け取る。理解は、浅い。だが、拒絶はない。

少しだけ間を置いて、ナディアはもう一歩踏み込んだ。


「どうすれば、そうなれるんですか……?」


 慎重な問いだった。期待と、不安が混ざっている。


「観測と選択の問題です」


 即答だった。だが、それは答えになっているようで、なっていない。


「かんそく……」


 ナディアは小さく繰り返す。意味を追おうとするが、掴みきれない。


「絶対分かってないだろ今の!」


 レオンが笑う。


「い、いえ……えっと……たぶん……見て、

決める……ということ……でしょうか……」


「ふわっとしてんなあ!」


 レオンのツッコミに、ナディアは思わず笑った。その笑いは、出発の

日よりも自然だった。


「……でも、お話しできて嬉しいです」


 ナディアはそう言った。控えめだが、はっきりと。


「そうですか」


 メリアは変わらない。


「温度差えぐいな、ほんと!」


 レオンが肩をすくめる。それでも、空気は悪くなかった。噛み合って

いないまま、成立している。それが、この三人の形だった。


 風が少し強くなる。馬車の外で、草が波のように揺れた。街道の先は、

まだ遠い。ナディアは窓の外を見つめる。流れていく景色の中で、意識は

まだ内側にあった。


「……もっと知りたいです」


 小さく、呟く。誰に向けたものかは、曖昧だった。


 メリアは何も言わない。ただ、そこにいる。


(ちゃんと言葉を拾おうとしてくれてるね、あの子)


 れもんの声が、いつもより少しだけ静かに響いた。


(メリアの答え方、素っ気なく聞こえるかもしれないけど、ちゃんと全部

本当のことしか言ってないよ。それが伝わるかどうかは、また別の話だけどさ)


 メリアは窓の外へ視線を戻したまま、小さく、誰にも気づかれない程度に

頷いた。それが、今の自分にできる精一杯の返事だった。


 馬車は進む。街道は続く。距離は、まだ完全には埋まらない。だが、確実に

一歩だけ、近づいていた。

挿絵(By みてみん)

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