気づいたら異世界、しかも美少女
湿った土の匂いがした。
まぶたの裏に柔らかな光が差し込んでくる。ゆっくり目を開けると、視界の
上には空があった。枝の隙間から朝の光がこぼれ、葉が弱い風に揺れている。
鳥の声、葉擦れの音、草の青い香り。
「……森?」
体を起こした瞬間、違和感に気づいた。手が、小さい。目の前にかざすと、
細い指と白い掌。骨格が明らかに違う。
ゆっくり声を出してみる。
「……あー」
高い。澄んだ少女の声だった。ノエリアの言葉が頭の中をよぎる。
――あなたは少女として生きることになります。
「……本当だった」
自分の体を見下ろす。細い腕、軽い体。着ている服は見覚えがない。青い
フード付きの外套に白いインナー、軽い旅装だった。
立ち上がると、足取りは安定している。体の操作に違和感はない。どうやら、
この体の感覚は最初から備わっているらしい。
周囲を見渡す。森だが、奥深い森ではない。木の間隔が広く下草が少なく、
光が十分に差し込んでいる。外縁の森、そんな印象だった。
腰のあたりで何かが揺れた。視線を落とすと、革のショルダーバッグ。
中央には青い宝石が埋め込まれている。
「……神器フィラ=ノエシス」
ノエリアから渡された神器だ。肩から外して手に取ると、普通の鞄に見える。
だが、妙に手に馴染む。ゆっくり口を開けて中を見た。
「……銀貨」
一枚だけ入っていた。底はまだ深そうだが、それから地図……他には何もない。
銀貨一枚、七日分の生活費。神様の配慮としては最低限だ。
「まあ……十分か」
鞄を閉じて肩にかけ直し、森を見渡した。街を探すしかない。
歩き出す。下草が少なく足元が見える。枝の隙間から差し込む光を確認し、
影の方向を見る。太陽は東、まだ朝だ。地形、光の方向、木の密度を観察
しながら歩く。人が通るなら、森の薄い方向だ。
しばらく歩くと、木の間隔が広くなり光が増えてきた。森が少しずつ薄く
なっている。外に近い。
そのとき、草の中に白い色が見えた。立ち止まって近づくと、花だった。
一本ではない。細い茎の先に咲く白い花弁が、群生している。朝の光を
受けて、静かに揺れていた。
見覚えがある。前世の記憶が浮かぶ。
(……アルストロメリア)
地下茎で広がる植物。繁殖力が強く、薬草を駆逐することもある厄介な花。
完全に同じではないが、よく似ている。
花を見下ろしながら少し考えた。この世界で生きるなら、名前がいる。
「……アルストロメリア」
口に出してみると、響きは悪くない。むしろ、しっくりくる。
「……これでいいか」
立ち上がり、森を抜けた。木々の間隔がさらに広がり、やがて視界が開ける。
背の低い草が風に揺れる草地の向こうに、石の壁が見えた。城壁、都市だ。
歩く。距離が縮まるにつれ城壁が大きくなり、やがて一本の街道に出た。
荷車と旅人が行き交い、その先の門の前に人が並んでいる。
俺は足を止め、しばらくその列を見つめた。
――街に入るには、順番待ちらしい。




