第34話 気になること
◇◇
――朝。
アルカはいつも通り、食堂でリューンと会った。
リューンは、再びオジイサマに戻っていた。
顔艶も良く、元気そうで、昨夜の乱れた様子は微塵もなく、穏やかだった。
領主として、やむを得ず人に会う時だけ、若者姿で応対するらしい。
(何にしても、性格が変わらなかったのは、良かったわよね)
内心、それを心配していたアルカは、ほっと胸を撫で下ろし、仕事場に向かったのだが……。
一難去ってまた一難。
始業前のアルカのもとに、従者の手を借りて、叔父が訪ねて来たのだ。
「朗報だ。ドリスとヒルデが、今日にでもミスレルに戻るそうだよ。良かったな。アルカ」
「良かったって…………」
「本当のことだろう」
執務室の応接用の長椅子に、やっと座ることのできた叔父は得意げだった。
なんでも、昨夜二人はリューンのことを散々罵ったが、誰も取り合ってくれず、居心地が悪くなってしまったらしい。
(これ以上の騒ぎはごめんだったし、好都合ではあるけど。でも、随分と急な)
腑に落ちない。
何より、そのことを嬉々として話す叔父の無神経さが怖かった。
(そもそも、昨夜のことは、叔父様のせいじゃない?)
この人が金を積まれて、宴会に二人を手引きしたから、大事になってしまったのだ。
(今までは諦めの境地だったけど、これからはそんな私じゃ駄目よね)
この機に、しっかり言わなければ……と、アルカは気合いを入れて、深呼吸した。
「……叔父様」
「何だ? 急に改まって」
「こんなことをお伝えするのは、私も嫌なのですが、叔父様は、いらぬことをして、みんなを引っ掻き回しています」
「どういう意味かな? ちなみに青白祭の宴にドリスとヒルデを行かせたのは、行きたいと泣いて懇願されたからだよ」
先回りして、痛々しい弁解をするのは、自分がまずいことをしているという、自覚があるからだろう。
しかし、アルカが腹を立てているのは、それだけではないのだ。
「叔父様は、いろんな人に……特に、リューン様に私のことを喋りすぎです」
まず、このことを思いついた。
アルカの痛ましい歴史を自分の口からではなく、リューンが知っているのが恥ずかしいのだ。
今後、いらぬことを喋らないように、釘だけはさしておきたい。
……けど。
「へっ?」
「え?」
叔父は間抜けなくらい、大口を開けて、ぽかんとしていた。
「何のことかな? リューベルン様に、お前のことなんて何も話してないよ。大体、私は一回しかリューベルン殿とは会ったこともないし……」
「嘘……?」
「この程度のことで、嘘は言わないさ」
それは、そうだ。
いつも、嘘の芝居が得意な人だが、利がないことに労力は割かない人だ。
……つまり。
本当に叔父は、リューンとは一回しか会ったことがないのだ。
(え、じゃあ、何? あのリューン様の小さなお弟子さんが、私の情報を集めたってこと?)
仮にそうだとして……。
リューンは、アルカに対して、一体何がしたいのだろう?
どうして、隠すのだろう?
(そうだわ。昨夜のリューンさまは、まるで、昔から私のことを知っているような口ぶりだったわ)
饒舌だったのは、疲れていたせいか?
それとも、青白花祭で飲んだ酒に酔っていたのか?
アルカにはさっぱり、分からなかった。
――そうして。
悶々としながら、アルカは昼休憩を迎えた。
執務室に、お茶を運んできたマリンに、すべてを話したら、軽く笑い飛ばされてしまった。
「何だ、そんなこと……。だって、お嬢様。相手は魔法使いでしょう? 不可解なことこそ、普通じゃないですか?」
「……だ、だけど、なんかこう……。私の預かり知らないところで、上手くいきすぎているような気がするのよ。今日だって、昨夜の宴を抜け出したこと、誰も何も言わないのよ。領主なのに責任感がないとか無言の圧くらい、ありそうじゃない?」
弟妹の唐突な帰国だけではない。
死にかけていた老人が美青年に若返って、自らをサウランの領主だと名乗ったのだ。
訝る人間が一人もいないのも、変ではないか?




