第33話 我慢しないでください
◇◇
やけにくすぐったい感じがして、アルカは目を覚ました。
半分、夢の中にいたアルカは、自分の目と鼻の先に、若く変身したままのリューンがいることを知って、かなりの時間、思考を停止させてしまった。
(この状況は、何?)
どういうわけか、リューンの着衣が乱れている。
熱のせいで、暑くなったのか?
彼が下履きまで半分脱いでいる姿に、アルカは何をどう質問して良いか分からなくなってしまった。
「アルカさん、これは……」
申し訳なさそうに、リューンが眉を寄せている。
初めて目にする彼の情けない表情。
リューンは、絶望感を露わに呟いた。
「もう……限界なんです」
「え?」
「……君との契約を違えてしまいますが、私はもう我慢が出来そうにない」
アルカの首筋を捉えていた手が不安げに震えていた。
これは、もしや?
(変身が解けないほど、リューン様は体がしんどいの?)
――それって、つまり?
(大丈夫。私、慣れているもの)
すべてを察したアルカは、リューンの手を握り返して、こくりと頷いた。
「お辛いですよね。リューン様」
「え?」
「どうか、契約なんて気になさらないで下さい。私は構いません。覚悟は出来ていますから」
「え……? な、何? アルカさん」
「我慢はいけません。お身体に障りますよ」
「いや、そんな……」
月が雲の中に隠れて、室内はすっかり暗くなってしまったが、リューンがとんでもなく驚いていることだけは伝わってきた。
(リューン様、そんなに強がらなくてもいいのに……)
アルカは微笑みながら、上体を起こした。
「私は、どんな貴方でも平気です」
「………………っ!」
リューンの身体が戦慄いている。
(ああ、そんなにも、耐え難い状態だったなんて)
「ですから、辛いのでしたら、恥ずかしがらずに仰ってください。出来たら、ここでは避けたいですけど。でも、もし……もう駄目だったら」
「いや、もちろん、多少は我慢できますけど。……でも」
「だったら、大丈夫ですよ。すぐですからね」
「………………す、すぐ?」
そうして、アルカは珍しくおたおたしているリューンの耳元で、努めて優しい声で囁いたのだった。
「この部屋を出てすぐ、真っ直ぐ突き当たりです」
「………………………………はっ?」
石のようにリューンが固まっていたが、アルカにはそれこそ切羽詰っている証拠にしか見えなかった。
「一応、熱は下がったみたいですが、一人でお手洗いに行けないようでしたら、私も同行しますので。……それとも、もう?」
「あーーー……………………」
地の果てに落とされたような、どす黒い呻き声を聞いて、アルカはハッとしてしまった。
(もしかして、間に合わなかったのかしら?)
おそるおそる、視線を下に向けたら、彼はすでに立ち上がっていた。
「リューンさま?」
「だ、大丈夫です。ええ、行けますから。一人で」
リューンは暗がりの中、そそくさと身支度を整えると、弱々しく頭を下げて、よろめきながら部屋を出て行ってしまった。
さりげなく教えたつもりだったが、アルカは対応を間違えてしまったのだろうか?
(私、リューン様の自尊心を傷つけてしまったのかしら?)
祖父の時も一人で行けると、怒鳴り返されたことがあったから、やはりこういう繊細なことを口に出す時は気を付けた方が良さそうだ。
(リューン様って、たまに物凄く自虐的な時もあるし、落ちこんで、また別人のようにならないといいんだけど……)
アルカのすべてを受け入れ、護ってくれるリューン。
だが、魔導師とはいえ、八十歳の老体なのだ。
(あのお方に何かあったら大変よ。契約外なんて言っていられないわ)
自分がしっかりしないと……。
アルカは、改めて気を引き締めたのだった。




