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第32話 魔導師リューンは聖女の寝顔に理性を失う 

◆◆


「……ん?」


 ――聖なる光。

 それは、リューンの身体を包み込んで癒し、解熱を促した。

 患者自身の治癒力を極限まで高めてくれる、圧倒的な癒しの力。

 完全なものではないが、これが出来る人間は世界で一人しかいない。


「アルカさん?」


 ぱちり……。目を開けたリューンは高熱を出した後遺症から、自分の傍らにアルカがいることが、しばらく理解できなかった。


(これは、一体……?)


 寝かされているのは、自室の広い寝台ではなかった。

 質素な鏡台と、古ぼけた机と椅子だけの庶民よりも地味な部屋。

 多分……いや、絶対ここはアルカの私室だ。


(ああ、そうか。私が倒れてしまったせいか)


 彼女はあの庭から距離のあるリューンの部屋には行かずに、近い自室に連れ込むことにしたのだろう。

 リューンは、アルカの手によって運ばれてしまったのだ。


(情けない。何たる醜態だ)


 しかも、疲労困憊のアルカに看病までさせてしまうなんて……。


「アルカさん」


 指一本触れないと契約していたが、これはやむを得ないことだと、リューンは自分に言い聞かせて、寝台の隅で、突っ伏しって眠っているアルカにそっと触れた。


「私はもう平気ですから、君の方こそ、ちゃんと休んで」


 窓の外は、まだ暗い。

 少しでも横になって、休んで欲しかった。

 しかし、軽く揺さぶってみても、アルカは目覚めなかった。


(疲れているんだな)


 リューンは一度寝台から下りて、彼女を抱き抱えてから、寝台に横たえた。

 ――が。


「うーん」


 まるで、愛玩動物を抱えるかのように、アルカはリューンの首に手を回して離れなくなってしまった。


「えっ、ちょっと、アルカさん。駄目ですよ。わっ!?」


 未だ体に力の入らないリューンは、そのまま、アルカを押し倒すような形で、寝台に落ちてしまった。

 しかも、着替える時間がなかったのか、よりにもよって、アルカは露出の多いドレス姿のまま。リューンは彼女の胸の谷間に顔を突っ込んでしまっている格好だ。

 この展開は、非常にまずい。


「これは、その……すいません」


 とっさに謝罪してみたものの、アルカから返事はない。

 依然、健やかに眠ったままだ。

 その口元が薄ら微笑していて、幸せそうで、間近でそれを眺めていたリューンはごくり……と、息を呑んでしまった。


(可愛い)


 触れたい。

 もっと、ちゃんと自分のものにしたい。


(駄目だ)


 ――聖女は、処女おとめでなくてはならない。


 それはアーデルハイドの一部の人間に引き継がれている真実。


(知っているだろう? リューン) 


 脳内で、リューンの理性が必死に止めている。


 ――国王との結婚は、白い結婚。


 正式に結ばれるのは、役目を果たした後。

 今回は魔神が覚醒しているので、その後ということになる。


 ……だから、師匠は当初アルカのことを、公にするのも悪くないと考えていた。


 王に嫁いでも時間稼ぎは出来る。

 でも、リューンは頑なにそれを認めなかった。


(アルカさんを、見つけたのは私だ)


 現在の聖女は魔導師同様、国王の影のような存在。

 国王は、リューンの敵だ。

 彼女に、そんなものになって欲しくない。


 ……けど。


(先程の……アルカさんの懺悔)


 彼女は無意識のうちに、自分が聖女だと気づいているのではないか?


 ……だとしたら?


(使命なんて、一生知らなくていい)


 ――絶対に、あんな国王ヤツと結婚なんてさせない。


『彼女に無断で聖女の資格を剥奪するような真似、お前に出来るのかのう?』


 師匠の高笑いが、病み上がりの頭に響く。


(黙れ。クソジジイ)


 ぷっつりと糸が切れたかのように、リューンは全部がどうでも良くなってしまった。

 顔を上げると、忙しくなく外套を脱ぎ捨てた。半裸になって再びアルカにのしかかる。


 ――母と乳母の未練も……。

 ――魔神の覚醒も……。


 他国とのしがらみや、他の魔導師たちとの因縁だって知ったことか!


(……今、この時に彼女をものにしないでどうする?)


 たとえ、アルカがリューンを恋愛対象として見ていなかったとしても……。

 この行為が、彼女の善意に付け込むことになったとしても……。


(ずっと触れたかったんだ)


 子供の頃から、狂ってしまいそうなほど、彼女に触れてみたかった。


「アルカさん……私はずっと君だけを」


 頬に触れて、可憐な唇をなぞる。

 このまま欲望に流されてしまおうと、彼女の首筋に顔を埋めようとした時……。

 

「あ……れ? リューン様?」


 ぼんやりと、彼女が目を開けたのだった。

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