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 そして、その機会と言うのは、思っていたよりずっと早く来た。

 クウ達とそんな話をした翌週、突然GFA社の幹部と名乗る男が面会を求めてきたのだ。

 何の事前連絡もなく、あまりにも突然の訪問を聞いたクウは一瞬、誰にでもそうとわかる程不愉快そうに顔をしかめた。

 しかし、そこは年若いと言えども上に立つ人間。

 すぐにその感情を隠すと、面会に応じると答えたのだった。

 そして、

 

「――お初に目に掛ります。私はGFA社の代表取締役を務めております。きがさきと申す者でございます。以後お見知り置きを」

 

 こうして今、目の前に座っている男がその厄介事の元凶らしい。

 ガルーダカンパニーの東京本社応接室に正面切って堂々と乗り込み、尚且つ『あの』四鵬堂空姫を相手にしてアポイントすら取らないような傲岸不遜な態度をするような奴だから、さぞかし強面のいかにも『そっち』系の人物だと思っていたんだが……なにこのナイスミドル。

 背は高く、角と同じくらいで目つきは鋭い。

 年齢は恐らく40歳前後。黒々とした髪をオールバックでまとめ、彫りの深い顔立ちを一層際立たせている。

 年齢による衰えなんて一切感じさせず、醸し出す雰囲気だけで世の女性の心を鷲掴みにするだろう。まるで映画俳優のようだ。

 ううむ、なんかイメージと違うなあ……俺の感じとしては、こう『おうおう、なんじゃワレーッいてこましたるどボケーッ!」的な、顔に傷でもありそうな奴だと思ってたのに。

 へえ、こういう奴だったんだ。

 ちょっと拍子抜けだな。

 

「これはどうもご丁寧に有難うございます。いきなりの訪問など無作法な真似をする様な方だから、てっきり挨拶の仕方も分からないのだと思っておりましたのに、多少はお話が通じるようで助かりましたわ」

 

 ……えー、それに対して我らが空姫様は、言葉使いと表情はなんとか取り繕っているものの、あからさまに険のある言葉を初っ端からかっ飛ばしていらっしゃる。

 つーか、お前相当機嫌悪いのな? 超怖えー。

 今日のクウの服装は黒の生地に金糸や銀糸をふんだんに使い、綺麗な花が描かれた振り袖姿だ。

 髪には銀細工の簪を付け、クウが動くたびにソレがシャララと流麗な音を響かせる。

 そして、帯にはいつもの空色の扇子が挟み込まれていた。

 ……全部の総額で一体いくらになるのやら。

 きっと俺が一生かかっても稼げないほどの金額に違いない。

 そんな事をクウの後ろにいつものように立ちながらボケーっとした頭で考える。

 

「これは申し訳ない事をした。取り分け急ぎの用事だった物でして……平にご容赦を」

 

 そう言って、綺ヶ崎と名乗った男は頭を下げる。

 うっはー、嘘くせえー。

 何が急ぎの用事だ。

 そんなに部下を何人もゾロゾロと連れて来る準備を出来る時間があったって言うのに、電話の一本も出来ないなんて、どう考えてもありえないだろうが。

 綺ヶ崎の後ろにはズラリと屈強な男達が並んでいる。

 それこそこっちの方は、一目でいかにも『そっち系』と分かるほど、体格やら顔付きやらが一般人とは違う連中だ。

 一応スーツで着飾っているものの、そのスーツを内側から盛り上げる筋肉で、次の瞬間にでも破れてしまうんじゃないかといらない心配を感じてしまうほどだ。更にその顔には切り傷の痕やら良く分らない怪我の痕などがあり、ぶっちゃけて言ってしまえば素晴らしいほどの凶悪面だ。

 お子様が見たらきっと大泣きするに違いない。

 ……正直に言うと、俺も怖いです。

 いや、だってすんげー勢いで睨んで来てるんだぜ?

 この部屋に連中が入ってきた瞬間思わず目を逸らしちまったもん。

 先頭で部屋に入って来たのが綺ヶ崎みたいなナイスミドルだったから、その落差が凄いのなんの……あー、やだやだ、こいつ等最初から話し合いだけで済ませる気ないんじゃねえか?

 いくらトップが表情を隠していたとしても、その下っぱがこうも殺気立ってたら意味ないと思うんだけどなあ。

 それとも、そう思わせるのがこいつ等の常套手段とか?

 まあ、どっちだったとしても前情報に違わぬ悪辣っぷりだけどな。

 俺と同じくクウの後ろに並んで立っている角にチラリと視線を送ると、それに気がついたのか微笑みを返された。

 ……まあ、例えどうなろうと角がいれば問題ねえだろ。

 

「――それで、今日はどういったご用件でしょうか」

 

 雑談を全く挟まずにクウがズバリと本題を切り出した。

 普段だったら少なくとも二言三言雑談を挟んでクッションを置くのが常なのだが、一見すれば冷静そのものに見えるものの、俺から見てしまえばあからさまにイラついているのが分ってしまうコイツは、さっさとこの面会を終わらせてしまいたいらしい。

 俺としても似たようなもんだ。

 誰が好き好んで、いつまでもこんなゴツイ顔の連中と顔を突き合わせていたい等と思うものか。

 

「ソレなのですが……その前に、先日、ウチの会社が合併したのはご存じで?」

「――ええ、勿論」

 

 返答の前に、ほんの少しだけ間を持たせてクウは答えた。

 その間には、きっと色々な意味が含まれていることだろう。

 

「お恥ずかしい話なのですが……合併と申しましても、実際のところは我々の握っている実権等は本当に微々たる物でして……それは元々の自力に差があったのですから、当然と言えば当然の話なので納得は出来るのですが、そこで黙してしまっては流石に先が無いのは見えてしまっている。流れに身を任せてしまっては、噛み砕かれ、飲み込まれ、吸収されて我々の会社という意志は跡形も無くなってしまう事でしょう」

 

 おーおー、言う言う。

 良くもまあ、そんなに嘘をぺらぺらと平気な顔して並べられるもんだ。

 確かに言っている事には何の矛盾も無い。

 言ってる事だけは良くある類の話だ。

 小さな力が大きな力の流れに飲み込まれるというのは、どのような場面でも起こり得る事。

 個人の声は群衆の声に掻き消されるかのように。

 個人の力では数の暴力に抗えないように。

 それは自然の摂理であり、真理だと思う。

 しかし、連中が実際にやっている事はその真理を強引に捻じ曲げているものだ。

 個人の声が群衆の声に掻き消されるなら、周りを殴り倒して拡声器を使えば良い。

 個人の力では数の暴力に抗えないなら、ミサイルでも使って滅ぼせば良い。

 そんなデタラメ、もしくは反則技を用いて個人を主張しているのだから。

 思わず舌を出して盛大にしかめっ面を作りたい気分だった。

 わざわざそんな嘘まで吐いて……同情でも誘ってんのか?

 あー、なんだろ、ムカついてきた。

  

「そうですか。――それで? それがどうかしましたか?」

 

 しかしクウは、そんな感情に訴えるかのような言葉を真っ向からぶった切る。

 だったらどうした、と。

 それがなんなんだ、と。

 そんな風に感情の全く動かないクウを見た綺ヶ崎は、一瞬だけ頬をヒクリと引き攣らせた。

 

「……いえ、だからどうと言う訳ではないのですがね。まあ、そのような現状もありまして、私共の状況はひっ迫しておるのですよ。そこで一つ取引をしないかと思いまして」

「あら、取引ですか? 勿論有意義な取引であれば歓迎致しますが……どういった内容なのかお聞かせ願います?」

「僭越ながら私共は急激な成長株として周囲から注目を集めています。それは事実としてかつて前例が無いほどのスピードだったと自負もあります。……しかし、いつの世も出る杭は打たれるもの。私達も現在の地位に昇り詰めるまでは様々な障害や嫌がらせを受けてまいりました。それでも私は今、こうして世界に冠するガルーダカンパニーのトップである貴女と向かい合って座り、この場にいる。何故か? それは私にはどのような障害をも跳ね除ける『力』があったからです」

「『力』……ですか」

 

 クウがオウム返しのようにそう呟いた。

 確かに力があれば困難に打ち勝つ事だってできるだろう。

 理不尽な出来事に歯噛みする事だってないだろう。

 しかし。

 こいつらの言う力はそんな物とは断じて違う。

 その力を自ら振っていては駄目なのだ。

 振り掛かる火の粉を全力で振り払うのはいい。

 その道を阻もうとするモノに全力で抗うのはいい。

 立ち向かって来たモノを全力で打ち倒すのはいい。

 けれどその力を積極的に行使しては駄目なのだ。

 それはただの暴力にしかならない。

 それが直接的な力ではなくともだ。

 

「そう、『力』です。私は、この『力』こそが今の私を私たらしめているものだと確信しております。そこで提案なのですが――」

 

 綺ヶ崎はそう言ってクウの事をジッと眺め、そして角、俺の順で視線を回した。

 そして口角をニヤリと上げ、

 

「――――私と手を組みませんか?」

 

 そんな言葉を口にした。

 それを聞いたクウは、ほんの一瞬だけ左頬の筋肉が引きつったかのような仕草をした。

 それは余りにも一瞬だったので誰も気が付きはしなかっただろうが、今の仕草はクウが不快感を感じている時の仕草だ。

 普段から感情の制御が上手いクウが、一瞬とは言えその制御が行き渡らない程度には不快に感じた、と言えばその程度も知れる事だろう。

 

「……それは、どういった意味でしょうか?」

「いえ、言葉通りの意味ですよ。世界に名だたるガルーダカンパニーと言えども、その立ち位置を考えるとさぞや敵も多い事でしょう」

 

 それは……まあ、事実だ。

 世界一の企業なんて言えば聞こえは良いが、ようは世界中の企業から分かりやすい目標として狙われているってことだ。

 実際の所は目の上の瘤のような存在を蹴落とそうと、どいつもこいつも躍起になっている。

 そう言う意味では、確かに敵は多いと言えるだろう。

 

「しかし、その問題も私達の手に掛れば必ずや解決します。私達は『その実績』を持ってこの場にいるのですから」

「…………」

「私達と貴女が手を組めば本当の意味で敵はなくなる……そうではありませんか?」

 

 そんな綺ヶ崎の話を最後まで聞き終えたクウは、ふうと大きなため息を吐いてから帯に挟み込んでいた空色の扇子を取り出した。

 そして、それを広げないままの状態で口元だけを隠し、言葉を紡いだ。

 

「……なるほど、お話は理解できました。しかし、疑問も幾つかあります。質問をしてもよろしいですか?」

「ええ、勿論」

 

 綺ヶ崎がその言葉にもう一度笑みを浮かべる。

 ……アホらしい。

 クウの奴もこんな事にいちいち付き合ってんじゃねーよ。

 そうすりゃ俺もさっさと帰れるってもんだ。

 そんな俺の考えとは裏腹に、クウは至って真面目な口調で話を続ける。

 

「まず一つ目。貴方達の会社はつい先日、笹原重工との合併を果たしたばかりだと先ほど伺いました。そちらの方はどうなさるおつもりで?」

「もし手を結んで下さるのでしたら、そちらの方は無かった事に致します。幸い、まだマスコミにも知られていませんし、より強い方に付ける可能性があるのだったら、迷わずそちらを選ぶのがビジネスという物でしょう?」

 

 上に行く為には裏切る。

 そう事も無げに綺ヶ崎は言い切った。

 そこまで話を聞けば、幾ら頭の悪い俺にでも分かる。

 綺ヶ崎のヤツは、最初から笹原重工と正式に合併をするつもりなんて、これぽっち無かったに違いない。

 全ては前座で、この時の為のお膳立て。

 しがみ付き、貪り、飲み込んで。

 その全てを利用する。

 今まで利用されて来た者達は、笹原重工の連中を含め、今こうして頂点であるクウと直接相対せんが為の捨石でしかなかったのだ。

 

「そうですか」

 

 しかしクウは、またしても一言で片付ける。

 コイツの事だから俺でも気が付く様な事を気が付いていない訳がない。

 それどころか俺には想像も付かない所まで考えが及んでいるんだろう。

 それでもクウはそんな言葉を吐くのだ。

 その内心までは見てとれないが、少なくとも表面上は全く無感動なまま、たったそれだけの言葉で終わらせた。

 

「では二つ目。貴方は『力』をもって私と手を結びたいと仰っていましたが――それは、私達に『東雲しののめり』があるとご存じでのお言葉ですか?」

 

 『東雲しののめり』。

 その言葉に俺は角の横顔を再び盗み見た。

 東雲の守り……それは日本において鉄壁の守りの代名詞と言っても決して過言ではない。

 角の家の警備会社もそれを謳い文句にしているぐらいだし、その言葉が誇張ではないと思える程の実績を誇っている。

 しかし、今しがたクウが言った『東雲の守り』と言うのは別の意味を持っている。

 それは、今俺の横に立っている東雲家の当主である東雲角端が直接警護に付く、その語源にもなった本当の意味での『東雲の守り』の言葉の語源になった出来事なのだ。

 その逸話は今も数多く残っている。

 曰く、数千の敵兵から一斉に矢を射掛けられたが、その全てを斬り落として主君を無傷で守り切った。

 曰く、護衛対象が銃で超長距離から暗殺されそうになった際、飛来してきた弾丸を切り裂いた。

 曰く、東雲の守りが付いた対象はただの一度たりとも傷を負った事がない。

 曰く、東雲の守りを抜きたいのであれば天変地異を利用する他ない。

 等々、他にも信じられないような逸話も多々含まれているが、ここで注目すべき点はそれらが全て実際に起こった真実なのだという点と、護衛対象はただの一度も傷を負った事が無いという点にあるのだ。

 そんな一族の中でも、最強と名高い東雲角端の守りが今のクウにはあるのだ。

 しかし、

 

「勿論。『東雲の守り』の事は存じ上げています。しかし、それは我々の持っている『力』とは方向性が異なります。そこに立つ彼の……東雲家の当主の力はあくまでも守りの為の物。いわば受け身、後手です。それに対して我々は常に攻め手側……その差は歴然でしょう? もっとも、守り手としても遅れを取っているとは思いませんがね」

 

 そんな言葉に、思わず叫び声を上げそうになった。

 ……こッんの、クソジジイ!

 何が攻め手側だ、守り手としても遅れを取っていないだ!

 テメエ等のやってる事なんて無闇矢鱈と拳を振り上げる単純な暴力だろうが!

 そんなモンと角を比べてんじゃねえッ! 

 流石に今この場で声を上げて叫び出すような真似はしないが、それでも頭の中は沸騰寸前。

 俺の我慢の許容値ギリギリを水面張力で保っているようなもんだ。

 気に入らねえ、ああ気に入らねえ、ああ全くもって気に入らねえ。

 この野郎、角を馬鹿にしたような目で見やがった!

 テメエみてえな三下風情如きが角を見下してんじゃねえぞ!

 しかし、当人である角が綺ヶ崎の言に何も反応せず沈黙を保っているのに、俺がそれに文句を言える筈もない。

 角みたいに自制心に自信がない俺は、右手に持った棒を強く握りしめることで何とか感情の爆発を抑制するしかなかった。

 

「そうですか」

 

 そんな言葉すらもクウは一言で片付ける。

 そして、相変わらずの無表情で綺ヶ崎を眺め、手にした扇子を口元から離し、その先端で机をトンと叩いてから口を開いた。

 

「では最後に――――貴方はその『力』の引き換えに、私に何を望むのですか?」

 

 クウのその言葉に綺ヶ崎は、今までとは比べ物にならないくらい分かり易く唇の端を持ち上げ、ニィと笑い、

 

「私の望みはただ一つ――――四鵬堂空姫、貴女を貰い受ける事ですよ」

「――死ねよ、クソ野郎」

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺の我慢の許容値はいとも簡単に決壊したのだった。

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