悪役令嬢は恋だけがわからない
第一話 悪役令嬢は、恋だけがわからない
王都の中心にそびえ立つ王城には、朝から多くの人間が行き交っていた。
国王への謁見を求める貴族。
政務の報告に訪れた官僚。
王宮で働く侍女や侍従。
そして、王族に仕える騎士たち。
その中を一人の少女が迷いのない足取りで歩いていた。
淡い金色の髪は一糸乱れずに結い上げられ、白い肌には朝の光が柔らかく落ちている。
深い青色の瞳は涼やかで、その表情には一切の隙がない。
公爵令嬢、アリアナ・フォン・ヴァレンティア。
十八歳。
そして――アルヴェイン王国第一王子、レオンハルト・アルヴェインの婚約者である。
王太子の婚約者。
それだけでも、彼女に向けられる視線は多い。
ましてやアリアナは、社交界では少々有名な令嬢だった。
美しいからではない。
公爵家の令嬢だからでもない。
彼女が、あまりにも聡明だからだ。
政治。
経済。
法律。
歴史。
外交。
貴族社会の慣習。
十代の令嬢には必要ないとされるような知識まで、彼女は驚くほど正確に身につけていた。
一度目を通した資料はほとんど忘れない。
複雑な問題を見れば、絡み合った事情を一つずつ整理し、その中から本質を抜き出す。
相手の言葉に矛盾があれば、本人に悪意がなくともすぐに気づく。
王宮の高官でさえ、アリアナとの会話には慎重になるほどだった。
――曖昧なことを言えば、すぐに見抜かれる。
それが、彼女に対する周囲の評価だった。
けれど。
「……アリアナ様」
後ろから、おずおずとした声が聞こえた。
振り返る。
そこには、王宮付きの若い侍女が立っていた。
顔が青ざめている。
「どうしたの?」
「も、申し訳ございません。こちらの書類を……その、誤って別の部署へ届けてしまいまして……」
侍女が震える手で書類を差し出す。
アリアナは受け取ると、ざっと目を通した。
そして、眉をわずかに寄せた。
「……何をしているの?」
「っ……!」
侍女の肩が跳ねる。
「この書類は財務局宛てでしょう。外交局に届けたら意味がないわ」
「申し訳ございません……!」
「こんな簡単なこともできないの?」
「……はい……」
侍女の顔が、ますます青くなる。
アリアナは書類を閉じた。
「……でも」
「え?」
「幸い、まだ会議は始まっていないわ」
アリアナは近くにいた侍従へ視線を向けた。
「あなた。この書類を財務局へ。急いで」
「かしこまりました」
侍従が書類を受け取る。
アリアナは、もう一度侍女を見た。
「あなたは今日はもう戻りなさい」
「ですが……」
「顔色が悪いわ」
「……」
「昨日も遅くまで仕事をしていたでしょう」
侍女が目を見開いた。
「どうして、それを……」
「勤務表を見れば分かるわ。それに」
アリアナは淡々と続けた。
「目の下に隈がある。今のあなたに仕事を続けさせても、また同じようなミスをするだけよ」
「……申し訳、ございません」
「謝罪はもういいわ」
アリアナは踵を返した。
「次から気をつけなさい」
「はい……!」
遠ざかっていくアリアナの背中を、侍女は涙を浮かべながら見送った。
その隣にいた侍従が、小さく笑う。
「よかったですね」
「……はい」
「アリアナ様は、ああいうお方ですから」
侍女は何度も頷いた。
――怖い人だと思っていた。
けれど。
本当に怖い人なら、自分の体調に気づいてくれるだろうか。
失敗を責めるだけでなく、仕事を代わってくれるだろうか。
その答えは、もう分かっていた。
***
その頃、当の本人は。
――きっと、また怖いと思われたわね。
そう考えていた。
自分の言葉が柔らかくないことくらい、アリアナ自身も分かっている。
もっと優しく言えばいい。
笑顔で話せばいい。
それも頭では分かっている。
けれど、どうにも上手くできない。
相手を心配している。
助けたいと思っている。
失敗してほしくないと思っている。
それなのに、口から出てくる言葉はいつも冷たい。
だから仕方がない。
アリアナはそう思っていた。
――私は、人に好かれるような人間ではないもの。
そう思っているからこそ。
自分が周囲からどう見られているのかを、深く考えないようにしていた。
***
王太子執務室。
アリアナが扉を叩くと、中から低い声が返ってきた。
「入れ」
「失礼いたします」
扉を開ける。
そこには、一人の青年がいた。
黒に近い濃紺の髪。
整った顔立ち。
冷静な青い瞳。
机の上に積まれた書類を、一枚ずつ確認している。
レオンハルト・アルヴェイン。
十九歳。
アルヴェイン王国第一王子にして、次代の国王――王太子。
彼は顔を上げると、アリアナを見た。
その瞬間。
ほんのわずかに、その目元が緩んだ。
「アリアナ」
「おはようございます、殿下」
「おはよう」
それだけ。
王太子と公爵令嬢。
二人は婚約者ではある。
けれど、王太子が特定の令嬢に必要以上の親密さを見せるのは好ましくない。
王族の行動には、常に政治的な意味がついて回る。
だからレオンハルトは、王宮ではアリアナと一定の距離を保っていた。
アリアナも、それを理解している。
むしろ、それが当然だと思っていた。
「昨日お渡しした外交関係の資料ですが」
「ああ」
「三ページ目の数字に誤りがあります」
「……やはりか」
レオンハルトが苦笑する。
「君がそう言うと思って、今確認していたところだ」
「それなら話が早いですわ」
アリアナは机の向かいに座った。
レオンハルトが書類を一枚差し出す。
「隣国との関税交渉について、君の意見を聞きたい」
「はい」
アリアナは書類に目を通した。
数十秒。
それだけで、彼女は顔を上げた。
「この条件では、こちらが不利です」
「理由は?」
「関税率だけを見れば、双方にとって妥当です。ですが、問題は輸送費です」
アリアナは地図を広げた。
「隣国からこちらへ入ってくる商品の大半は、この街道を使います」
「ああ」
「ところが、冬になるとこの街道は積雪で使えなくなる」
「別の街道を使う必要があるな」
「はい。そして、そちらは隣国側の負担が大きい」
アリアナは地図の一点を指で示した。
「ですから、表面上の関税率を下げるだけでは、実際の取引量はそれほど増えません」
「なるほど」
「むしろ、こちらから別の提案をすべきです」
「何を?」
「共同で街道を整備する代わりに、冬季の関税を引き下げる」
レオンハルトが黙った。
アリアナは続ける。
「隣国にとっても利益があります。こちらにとっては交易量が増える。長期的に見れば、双方に利益があるでしょう」
「……よく考えているな」
「当然のことですわ」
「当然、か」
レオンハルトが小さく笑った。
アリアナは首を傾げる。
「何か?」
「いや」
レオンハルトは彼女を見つめた。
「昔から変わらないと思ってな」
「私が?」
「ああ」
「そうでしょうか」
「そうだ」
レオンハルトの声が、ほんの少しだけ柔らかくなる。
「君は昔から、私が気づいていないことを見つける」
アリアナは少し考えた。
「……そうでしたか?」
「そうだ」
即答だった。
「君は昔からそうだった」
アリアナは微笑む。
「殿下が昔より優秀になられたから、私の出番が減っているだけでは?」
「それは困るな」
「なぜです?」
「君が私の隣にいないと、仕事が進まない」
「……」
アリアナは一瞬だけ目を瞬かせた。
けれど。
「それは、婚約者としての務めでしょうか」
「……」
レオンハルトの表情が止まった。
「そういう意味ではない」
「では?」
「……いや」
レオンハルトは諦めたように息を吐く。
「君にはまだ分からないらしい」
「何がでしょう?」
「なんでもない」
アリアナは首を傾げた。
レオンハルトはそんな彼女を見て、心の中で小さく嘆息した。
――本当に、分かっていない。
***
レオンハルトは、アリアナが優秀なことを知っている。
誰よりも。
一度読んだ資料をほとんど忘れないこと。
複雑な問題を整理し、本質を抜き出すこと。
相手の言葉の矛盾を見抜くこと。
それでいて、自分の知識をひけらかすことを嫌うこと。
全部知っている。
そして。
彼女が優秀だから好きになったわけではないことも、自分自身がよく分かっている。
幼い頃。
レオンハルトは、いつも「王子」と呼ばれていた。
何をしても褒められた。
剣の稽古をすれば、
『さすが殿下です』
勉強をすれば、
『素晴らしい成績でございます』
少し笑えば、
『お優しい王子殿下です』
失敗すれば、誰もそれを失敗とは言わなかった。
けれど。
アリアナだけは違った。
十歳の頃。
レオンハルトが剣の稽古で何度も失敗した日。
大人たちは気を遣って、
『本日はここまでにされてはいかがでしょう』
と言った。
けれどアリアナは、彼の隣に座って言った。
『殿下』
『なんだ?』
『今日は、昨日より剣の振り方が綺麗でした』
『……でも、負けた』
『はい』
『……そこは否定してくれないのか?』
『事実ですもの』
幼いレオンハルトは、むっとした。
するとアリアナは、少しだけ笑った。
『でも』
『?』
『私は、今日の殿下も素敵だと思います』
『……』
『だって、殿下は失敗しても一生懸命だったではありませんか』
そのとき。
胸の奥が、ひどく熱くなった。
それが何なのか、当時は分からなかった。
けれど今なら分かる。
あれが、恋だった。
レオンハルトはずっと、アリアナが好きだった。
婚約者だからではない。
公爵令嬢だからでもない。
賢く、美しく、優秀だからでもない。
ただ、アリアナだったから。
だから彼女が自分の隣にいることを、当然のように思っている。
――少なくとも、そう思っていた。
***
「殿下?」
声をかけられて、レオンハルトは我に返った。
「どうした?」
「先ほどから、私の顔を見ていらっしゃいますが」
「……」
しまった。
レオンハルトは咳払いをする。
「少し考え事をしていただけだ」
「そうですか」
アリアナは納得したように頷いた。
そして、机の上に小さな箱を置いた。
「こちらを」
「これは?」
「昨日、街で評判になっていた菓子です」
「……私に?」
「はい」
レオンハルトの目がわずかに見開かれる。
「どうして?」
「以前、殿下がお好きだとおっしゃっていたでしょう」
「覚えていたのか」
「当然です」
アリアナは淡々と言った。
「婚約者なのですから、その程度は覚えております」
レオンハルトは箱を見つめた。
――婚約者だから。
また、それだ。
アリアナはいつもそう言う。
自分の好みを覚えていることも。
体調を気にすることも。
忙しいときには食事を取るように言うことも。
疲れていると、黙って温かい紅茶を用意することも。
すべて。
「婚約者だから」で済ませてしまう。
「ありがとう」
「いえ」
「嬉しい」
「……そうですか」
アリアナは少しだけ目を伏せた。
その横顔が、レオンハルトにはひどく愛おしく見えた。
けれど彼は、ここが王太子の執務室であることを思い出す。
これ以上、感情を表に出すわけにはいかない。
「午後から王立学院へ行く予定だったな」
「はい。リリアと約束しております」
「そうか」
その名前を聞いた瞬間。
レオンハルトの目がほんの少し細くなった。
リリア・フローレンス。
アリアナの親友。
明るく、人懐っこく、誰とでもすぐに打ち解ける少女だ。
最近、王宮でも姿を見かけることが増えていた。
「リリア嬢とは、仲がいいのだな」
「ええ。とても良い方です」
「……そうか」
「殿下も一度お話しになれば分かりますわ」
「いや」
「?」
「君の友人なら、悪い人ではないだろう」
レオンハルトはそう答えた。
それは本心だった。
ただ。
――できれば、君の時間をあまり取らないでほしい。
そんなことを考えている自分に、レオンハルトは少しだけ呆れる。
自分でも分かっている。
アリアナのことになると、どうにも余裕がなくなる。
普段なら何事にも冷静でいられる。
政治的な駆け引きも。
外交交渉も。
貴族同士の権力争いも。
冷静に判断できる。
なのに。
アリアナが誰かと親しげに話しているだけで、少し気になる。
アリアナが自分以外の誰かを褒めれば、もっと気になる。
アリアナが自分から離れていこうとすれば――
きっと、冷静ではいられない。
レオンハルト自身は、まだそれを知らない。
その日はまだ。
***
午後。
王立学院の庭園。
「アリアナ様!」
明るい声が響いた。
「リリア」
振り返ると、栗色の髪を揺らしながら少女が駆けてくる。
リリア・フローレンス。
アリアナにとって、数少ない気を許せる友人だった。
「お待たせしました!」
「別に待っていないわ」
「でも、今来たばかりでしょう?」
「ええ」
「じゃあ、やっぱり待っていたんじゃないですか」
「……細かいことを言わないの」
「ふふ」
リリアが笑う。
アリアナは呆れたように彼女を見る。
けれど、その表情は王宮にいるときより少しだけ柔らかかった。
「今日も王宮だったんですか?」
「ええ。殿下のところへ」
「また一緒にお仕事を?」
「ええ」
「本当に仲がいいですよね」
「婚約者なのだから当然でしょう」
「……」
リリアは黙った。
「何?」
「いえ」
リリアはアリアナをじっと見る。
そして、心の中で思った。
――やっぱり、この人は気づいていない。
レオンハルトがアリアナを見る目。
アリアナがレオンハルトの話をするときの表情。
どちらも。
どう見ても。
普通の婚約者ではない。
少なくとも、リリアにはそう見える。
「アリアナ様」
「何かしら」
「殿下って、アリアナ様のことをすごく大切にしてますよね」
「……そう?」
「はい」
「王太子として当然でしょう」
「またそれですか……」
「何か問題でも?」
「問題というか……」
リリアは頭を抱えた。
この人は本当に頭がいい。
勉強も。
政治も。
人の考えを読むことも。
何でもできる。
なのに。
恋愛だけは。
どうしてこうなのだろう。
「アリアナ様」
「ええ」
「もし、殿下が誰か他の女性を好きになったら……どうします?」
アリアナの動きが止まった。
「……そうね」
しばらく考えて。
「その方が殿下にとって幸せなら、私は身を引くわ」
「……」
リリアは言葉を失った。
「婚約者だからといって、殿下の人生を縛る権利は私にはないもの」
「でも……」
「それに」
アリアナは微笑んだ。
「殿下は素晴らしい方だもの」
その言葉には、迷いがなかった。
「きっと、私よりもっと相応しい方がいるわ」
「アリアナ様」
「何?」
「……本当にそう思ってるんですか?」
「ええ」
アリアナは不思議そうにリリアを見る。
「どうして?」
リリアは答えられなかった。
――だって。
――殿下が見ているのは、いつだってアリアナ様なのに。
――どうして、そのことだけ分からないんですか。
リリアは小さく息を吐いた。
「……何でもありません」
ただ一つだけ。
リリアには分かっていた。
アリアナは、自分が思っている以上にレオンハルトを大切にしている。
そしてレオンハルトも。
アリアナを、誰より大切にしている。
だからこそ。
この二人がすれ違っていることが、どうにも歯がゆかった。
***
その日の帰り道。
アリアナは一人で馬車に乗っていた。
窓の外を眺めながら、昼間のリリアとの会話を思い出す。
『もし、殿下が誰か他の女性を好きになったら……どうします?』
あの質問が、なぜだか胸の奥に引っかかっていた。
もし。
レオンハルトに好きな人ができたら。
――どうする?
アリアナは目を閉じた。
胸の奥が、少しだけ痛む。
苦しい。
なぜなのかは分からない。
ただ。
彼が自分ではない女性の隣にいるところを想像すると、胸が締めつけられる。
「……」
アリアナは胸元に手を当てた。
これは何なのだろう。
けれど、答えはすぐに出た。
婚約者なのだから。
幼い頃から一緒にいたのだから。
大切な人なのだから。
きっと、それだけだ。
そうに違いない。
「……そうよ」
誰もいない馬車の中で、アリアナは小さく呟いた。
「私は、殿下の婚約者だもの」
それなら。
彼の幸せを考えるべきだ。
もし、本当にレオンハルトが別の女性を愛しているのなら。
自分が婚約者であることが、彼を縛ってしまうのなら。
そんなものは、捨てればいい。
アリアナは窓の外を見つめた。
夕暮れの王都が、赤く染まっている。
胸の奥が痛い。
けれど、アリアナはその痛みを無視した。
「……殿下は、私にはもったいないほど素晴らしい方だもの」
幼い頃からずっと、そう思っていた。
優しくて。
聡明で。
責任感が強くて。
誰より努力家で。
王になるに相応しい人。
そんな人の隣に、自分がいていいのだろうか。
アリアナは、ふと自分の手を見る。
公爵令嬢として何不自由なく育った。
勉強もできる。
礼儀作法も完璧。
社交もこなせる。
王太子の婚約者として不足はない。
――けれど。
それは「完璧な婚約者」であるために必要なものだ。
それだけ。
自分自身に、愛される価値があるのか。
そんなことは、一度も考えたことがなかった。
いや。
考えないようにしていた。
だから。
レオンハルトが自分を大切にしてくれるのも。
自分の意見を尊重してくれるのも。
自分の好みを覚えていてくれるのも。
すべて「婚約者だから」なのだと思っていた。
それ以外の理由など、考えたこともない。
「……私でなくても、いいのでしょうね」
口にした瞬間。
胸が、ずきりと痛んだ。
アリアナは眉を寄せる。
どうして、こんなに苦しいのだろう。
けれど。
その理由を知ろうとはしなかった。
知ってしまえば。
何かが変わってしまう気がしたから。
そして。
アリアナは、一つの結論に辿り着いた。
――殿下のために、身を引くべきなのだ。
自分より相応しい女性がいるのなら。
レオンハルトが本当にその女性を望むのなら。
婚約者という立場にしがみつく理由などない。
それが。
彼を大切に思う者としての――
正しい選択なのだろう。
「……そうしましょう」
アリアナは静かに呟いた。
瞳には、迷いのない決意が宿っていた。
「殿下との婚約を……解消していただきましょう」
――その決断が。
翌朝、王太子レオンハルトの人生を大きく揺るがすことになるとも知らずに。
***
同じ頃。
王宮。
レオンハルトは一人、執務室にいた。
机の上には大量の書類が積まれている。
だが、彼の視線は書類ではなく、その横に置かれた小さな箱に向いていた。
今日、アリアナがくれた菓子。
彼はそれを眺めながら、ふっと笑う。
「……アリアナ」
名前を口にするだけで、表情が緩む。
昼間。
彼女はいつものように言った。
『婚約者なのですから、その程度は覚えております』
――婚約者だから。
アリアナはいつもそう言う。
けれど、レオンハルトは知っている。
彼女が自分の好みを覚えていることも。
体調の変化にすぐ気づくことも。
忙しいときには休めと言ってくれることも。
自分の失敗を笑わず、努力を見てくれることも。
全部。
全部、愛情なのだと思っている。
少なくとも、レオンハルトはそう信じている。
「早く、正式に結婚したいものだな」
誰もいない部屋で、彼は小さく呟いた。
婚約期間はもう十分だ。
幼い頃からずっと待ってきた。
王太子としての責務を果たすことも。
国王になることも。
そのすべての先に、アリアナがいる。
それが当然だと思っていた。
――だから。
明日の朝。
彼女から、
「婚約を解消していただけませんか」
と言われるなど。
このときのレオンハルトは、夢にも思っていなかった。




