研究所
鍋島は昔、澤谷から聞いたことを思い出して聞いてみた。
「殺してから海に捨てるなんて面倒なことをしたのですか?」
「確かにそうなんだが、この港を挟んで両側が地形的に突出している。それが星華の裏の崖と向かい側の崖くらいだ。そこから落とすとほぼ間違いなく海流に乗ってもっと沖に流れて外傷も多くなるはずで漁港には戻ってこないんだ」
澤谷は沖に浮かぶ小さな船を見つめたまま言った。
確かに鍋島が確認した遺体と今西が撮った写真からも昨夜発見された遺体は外傷らしきものも着衣の乱れもなかった。だから海に落ちてからあまり時間が経っていないと昨夜は判断されたはずだ。
「だから外海に流れていないとすると死んでから海に落ちたと思うんだ」
鍋島は海に浮かぶ小さな船を確認した。あの船が潮の境目でその先に星華のチャペルがある崖を見る。目視でははっきりわからないがあの船と同じ位置に突き出ている。もう一方の崖も同じくらい沖に突き出していてこちらは確実に澤谷が言っている海流が傍を流れているのが海の色で分かる。
「もっと手前であの遺体を投げ捨てたってことであっていますか?」
「そうだ。だが、お前さんも知っていると思うがそんな場所はないよな」
澤谷は相変わらず沖の船を見ている。あの場所の手前と言っても漁港や崖などからはかなり離れていて遺体を投げ捨てる場所なんてないのとこの辺りは海流も殆どないため、沖に流されることもない。
鍋島も澤谷と一緒に沖の船を見る。
「あっ! もしかして船で運んだ?」
鍋島が言うと澤谷は顔を鍋島に向けた。それで答えは分かった。
あの遺体は漁港付近で捨てられたのだと。
「あの星華の崖の向こう側に小さいがヨットハーバーがあっただろ。あの日は夕方から夜にかけて風が強かった」
澤谷の言葉を聞いて鍋島が聞いた。
「そのころには漁船はもっと沖の方にいて気づきにくい?」
「そうだな。漁の真っ最中でそこまで気にする者はいないだろ。今朝、他の漁船の者たちに聞いてみたが、怪しい船は見ていないと言っていた」
帆船やヨットなら風さえあれば動かすことは出来る。漁のどさくさに紛れて死体を運ぶくらいできそうだ。それか小さなボートでもあればなおさらだ。
「拓人を恨んでいた人物はたくさんいます。そのうちの1人ではないでしょうか?」
鍋島は小さな船でも持っていれば誰でもできるのではないかと思った。
「拓人に恨みを持つ人物だと言うのか?」
澤谷が聞いてきた。
「そうです。親の金でもみ消したのも一件や二件じゃないのは俺も知っています」
学生時代から無免許運転で事故を起こし住民に怪我をさせたとか、恐喝で金を取っていた事件もあった。その度に貴子や洋平が金で解決してきたと聞く。それほど大きな街ではないからそんな話はすぐに町中に伝わる。だから拓人はある意味この街の有名人だった。
最近は菅田の父が務める研究所で機密情報を盗み出そうとして警察が拓人を追っていた。
今回も洋平が金で解決しようとしたみたいだが、研究所は上場企業のグループ会社だ。それも機密情報を盗む行為に金で解決できるはずもなく、警察が介入することになった。
「今までよく狙われなかったですよね。あれだけの悪事を重ねていたらどこかで返り討ちに遭ってもいいような気がするんですが」
鍋島はこの街の人たちはよく黙っているのかと関心していた。
「金の力だろうな。それと相手の弱みに付け込むことが得意な弁護士がいたから上手く切り抜けられたんだと思うがその弁護士も少し前に亡くなったそうだ」
澤谷の話は初めて聞く内容だ。
「亡くなった?」
鍋島は驚いた。
「拓人が友人たちと密猟をしていたことで稲田家の顧問弁護士が漁港にやってきたがあまりにも理不尽なことを言ってくるから警察を呼ぶと言ったら渋々帰っていったわ。その弁護士はその後すぐに亡くなったと聞いた」
澤谷がため息混じりに言う。
「密漁までしていたんですか!」
拓人は最近、おとなしくと思っていたが、とうとう密漁にまで手を出していたのかと呆れた。
そして稲田家の顧問弁護士だった男を思い出す。何となく近寄りがたい大柄な前当主に目つきの悪い小柄な男の顧問弁護士がいつも傍に付き従っていた。
鍋島はあの顧問弁護士を最近見かけないと思い出す。
「密漁はダミーだ。本当はあの研究所に忍び込むつもりだったようだ」
鍋島は澤谷の言葉に驚いた。
「海からですか?」
確かにあの研究所の正面の陸地側は厳重な警備体制で簡単には入れない。
以前、鍋島たちも取材を申し込んで中を取材させてもらったがそれも初期の段階であの後、数年して再度取材を申し込んだところ断られた。
あの時も身分証を何度も見せてカードを通して建物の中に入った記憶がある。取材内容もかなり厳密に決められていて、予定していたところ以外の撮影は禁じられていた。だからこそ、拓人が忍び込もうとしたと聞いて疑問に感じたのだ。それもこの間見た壁のシャッターが開いたがこの情報も機密情報のはずた。
拓人はあのシャッターが開いた時に忍び込むつもりだったようだ。それにしてもどうやってその情報を知り得たのか疑問に思う。
鍋島は拓人の交友関係も調べる必要があると思った。
「海側は有刺鉄線とレーザー、防犯カメラだそうだ。そこをすり抜けようとしたようだが失敗して今度は陸から侵入しようとして警報が鳴ったと聞いている」
澤谷が話す内容に鍋島は頷く。
三か月前、研究所周辺に響き渡る警報器の音がしたと噂になっていた。
丁度その頃、海側から侵入しようとして失敗し、海に落ちた人物が亡くなったとニュースでやっていた。
その為、周辺住民や鍋島たちもその亡くなった人物が警報器に察知され鳴らしたのだと思っていた。
澤谷の話を聞いていると次々と疑問が湧いてくる。
「何を盗み出そうとしたんですかね」
鍋島は呟く。
「それは分からないが、あの研究所はすべてがAIで管理されていると警察が言っていた。近々大きな発表があるって噂だが、拓人はそれを狙ったのかもしれないな」
大きな発表というと会社としては重要な内容のはずだ。それを拓人はその情報をどうやって入手したのか気になった。
「拓人がやった犯罪の被害者が声をあげないのはどうしてか知っているか?」
澤谷が聞いてきた。
鍋島がずっと気になっていた内容だ。
「被害者たちはお金を渡されていたと噂がありましたよね」
鍋島はそのお金を受け取り示談したのだとばかり思っていた。
「それは表向きだ。実際は顧問弁護士が雇ったチンピラたちに脅されて皆、この街を捨てたんだ」
「どういうことですか?」
澤谷の話に鍋島は驚いた。
「稲田家から渡されたお金を巻きあげられて、この街に住めなくしたんだ」
「えっ!」
鍋島は聞き返す気力すらなくなっていた。
「チンピラたちに脅されて、近隣住民に変な噂を流されていたようだ。家には落書きやイタズラ電話が鳴り続け、物が投げ込まれることもあったらしい」
そのため、身の危険を感じてこの街を捨てたと言う。
それも一人や二人ではない人数だと言うから尋常ではない。
この街の住民はそれが怖くて声をあげられなかったのだ。
確かにこの街の住人の年齢層に疑問を感じたことがあった。
若い年齢層がごっそりといないのだ。
鍋島は過疎化が進んでいるのだと勝手に解釈していたが、被害に遭った家族がこの街を捨て、それを見ていた周辺住民も危険を感じてこの街を出て行ったのだと言う。
その状況から鍋島は拓人を恨んでいる人は多いと思っていた。
それでも言うと本当に拓人を憎んでいる人物はこの街にはいないのではないかと思った。
この街の住民は拓人が死んで安心しているのではないかと思うのと稲田家と関わりたくなくて葬儀や通夜に参列しなかったのだと考えた。
鍋島は拓人の交友関係を澤谷に聞いてみた。
「拓人の友人か…。学生時代の友人が二人いたな。しかし、その一人は死んだよ」
澤谷が言う。
「死んだ?」
「轢き逃げ事件、覚えているか?」
「拓人が轢き逃げして逃走途中にトラックと追突して大怪我した事件ですか?」
鍋島は記憶にある事件を言う。
「それじゃない。その後だ。拓人はトラックと衝突して大怪我をして一時期入院していたが、退院してすぐに再び仲間たちと車に乗って走り回っていたんた。そしてふざけていて人を轢いてしまったんだ。その時、反動で車ごと海に転落して運転していた男は亡くなったんだ」
澤谷はそれが拓人の親友だと言った。
鍋島も薄らと記憶がある。
その時、拓人たちが乗った車に轢かれた男性は一命を取り留めたと記憶している。
「もう一人はどうしているのですか?」
鍋島が聞く。
「駅前にある運送会社でバイトをしているみたいだ」
澤谷の話に鍋島は拓人の友人の名前を聞いた。
「田中昌大と言って、拓人と小中学が一緒だった男だ。高校には行かずに隣町の専門学校に行ったが中退したと言っていた」
「どこに住んでいるのですか?」
「この先のアパートで一人暮らしをしているはずだ」
澤谷と別れた後、鍋島はその男を調べることにした。
鍋島は漁港を後にして今西との待ち合わせの前に澤谷に聞いた田中昌大の家に行くと数軒並んでいるアアパートの一軒から吉村と佐竹が居るのが見えた。
留守のようで暫く部屋のドアの前にいた吉村たちだがアパートから出てきた。
鍋島は面倒なので、物陰に隠れた。
吉村たちが立ち去ったのを見て鍋島は吉村たちが出てきた部屋を見るとその部屋から女性が出てきた。
その女性は周りを気にしながら部屋を出て足早に駅の方へと歩いていく。
鍋島は急いでその女性を携帯で写真を撮った。
見たことのない女性だ。女性の姿が見えなくなってから田中昌大の家に行ってみた。
表札にはタナカと書かれた紙が貼ってあった。
両隣の家は空き家のようで人が住んでいる様子はなかった。
周囲を見渡すが誰もいなかった為、鍋島は諦めて今西との待ち合わせ場所へと向かった。




