疑惑の人相
鍋島が助手席に乗り、運転席に乗り込む今西もこんな時間にあんなところにと呟きながらエンジンをかける。
今西が疑問の思うのも無理はない。いつものところとは漁港から少し離れた場所で、漁港関係者くらいしか立ち入ることがない場所だ。
特に街灯もないので夜は立ち寄った事はない場所で昼間の取材をするには丁度いいくらいの広さと人通りのない場所だ。こんな夜遅くに呼び出すのは人目を避ける理由があると考えていい。
「嫌な予感がするのだが」
鍋島が呟く。
「自分もです」
今西も同意見だったようで、二人でため息をついた。
澤谷からの呼び出しには苦い記憶がある。
数年前の記憶が呼び起こされる。従弟の柏木が瀕死の状態で見つかったのだ。あの時もこんな感じで遅くまで仕事をしていて帰ろうとしたときに澤谷から電話が入った。それも誰にも気づかれないように1人で来てほしいとまで注文があった。
指定の場所についた鍋島はその場で待っていると澤谷の船が灯りを出来るだけ落としてまるで人目を避けるように到着した。船には毛布にくるまれた柏木が乗っていた。
あの時は生きた心地がしなかった。誰にも見つからないようにとうわ言のように言う柏木を澤谷と車に乗せて、県外の知り合いの病院まで連れて行ったが結局、柏木は亡くなってしまった。
あの時の記憶が鮮明に呼び起こされる。
鍋島は不安で落ち着かない。
手のひらを開いたり握ったりしながらなんとか気持ちを落ち着かせようとしたが不安が大きく、落ち着かない。
今西の運転で車は小高い山道を途中まで下りたところで今西が車を停めて車から降りて山の入り口のゲートを閉めて鍵をかけている。
二重のゲートがあり厳重になっている。
私有地と書かれた大きな看板が建っている。
「このあと鍵を返しにいくのか?」
鍋島も車を降りて今西に聞いた。
「一つ鍵を貸してくれました。串田さんがもう一つ鍵を持っているので当日まで預かることになっています」
「そうか」
「行きますか」
今西がそう言って、ゲートの鍵をかけて鍵をポケットに入れた。
以前は入り口のゲートも鍵もつけられていなかった為、人の出入りが自由だったこの場所は数年前に夜中に不法侵入した人物がいて事件があった為、山の入口にゲートと鍵がつけられた。
鍋島と今西が再度車に乗り込み、車は山を下りて一般道に出る。
海沿いの道は近隣住民の生活道路なのでこの時間、車は殆ど走っていない。
前方に漁港があり漁船が何艘か停まっているのが見えた。更に奥の海を眺めているとすれ違う車があった。ホテル星華の副支配人の菅田直樹だ。
「さっきの、菅田さんですね」
「相変わらず忙しそうだな」
今西も気づいていたようだが、菅田はこちらに気づいていない様子だった。余程急いでいるのか、かなりスピードが出ていた。
その後も鍋島たちが乗った車は海沿いの道を走る。
漁港に集まる船の明かりを横目にさらに進むと灯りが途切れた場所で今西はハンドルを切った。
海沿いの道路から坂道を少し下ると鍋島と今西が乗る車のライトの灯りだけになった。何もないだだっ広い場所だ。海に面していて街灯もないところだが何度も通っている場所なので記憶を頼りに指定された場所へとゆっくり進む。
波の音がすく隣で聞こえる。一歩間違えば海に転落してしまうような海との境になるような物が何もないところだ。
満潮になると波が道に打ち上げられるような場で注意していないと海に転落してしまう。
今西はスピードを落とし更に慎重に進んでいく。視界の先に明かりを落とした船が見えて今西はエンジンをきり、車を停めた。
「なんか覚悟がいるな」
鍋島は不安を隠しきれずに口に出していた。
今西も硬い表情でうなづく。
二人は車から降りて船の傍まで行くと船長の澤谷が立っているのが見えた。
船のライトだけでも彫が深く日焼けした肌が印象的な初老の男の神妙な顔が見える。
「こんばんは」
鍋島が先に声をかける。
「呼び出してすまん。ちょっと見てほしいものがあってな」
「なんです?」
月が雲に隠れ始めた為、薄暗くかろうじて顔が分かるくらいだ。もっと近づこうと鍋島は踏み出した途端、躓いた。
「ワァッ!」
「大丈夫ですか?」
隣にいた今西に支えられなかったら倒れていたかもしれない。暗くて足元をしっかり見ていなかったようだ。
鍋島は自分の足元に目をやった。パレットのようなものが置かれてその上にはブルーシートが掛けられていた。
なんでこんなところにと疑問に思って見ていると澤谷が近づいてきた。
「実はこれを見てもらいたくて」
澤谷がパレットの側まで来て、しゃがみ込んみパレットに掛けられたブルーシートを少しめくる。
鍋島と今西もよく見ようとパレットの横に行き、しゃがんで澤谷の手元のブルーシートの下にあるモノを見た。
「なっ?」
「これは!」
鍋島と今西は驚愕した。
ちょうど、月が雲から顔を出した始めた為、辺りが一気に明るくなり、ブルーシートの下に隠されていたモノがはっきり見えた。
月明かりに照らし出されたブルーシートの下には死体があった。
青白い顔をみて素人でも確実に死後何時間か経っているのが分かる。
びしょ濡れになっているのを見る限り、海から救出されたのだろう。
またしても柏木の事を思い出してしまう。
鍋島はギュと手を握りしめて澤谷を見る。
「どう思う? 俺じゃ、なにがなんだか」
澤谷が困惑して聞いてくる。
「イナダタクト?」
鍋島は月明かりと船のライトを頼りに目を凝らす。ブルーシートに包まれた人物はこの街では知らない人はいないくらい有名人だ。それも悪いほうの。
「鍋島さん、稲田拓人は先日の別荘火災で焼死したはずですよ」
今西が冷静に言う。確かに先日、稲田家の葬儀に鍋島と今西の上司である若林が行っていた。
鍋島と今西が考えこんでいると澤谷がポツリと言う。
「俺も稲田拓人だと思ったが、よく考えてみると奴は葬儀が終わって今は骨になっているはずだ。俺も稲田家の葬儀には行ったからわかっている。それなのにどうしてここにいるんだ?」
澤谷は鍋島たちに疑問を投げかけた。どうやら信じられなくて鍋島たちを呼んだみたいだ。
稲田拓人はこの街の大地主の一人息子だ。まともに仕事もしないまま三十歳過ぎまで親の脛をかじり、色々問題を起していた。それでも警察に捕まることがなかったのはすべて親が金で解決してきたからだと噂がある。
3ヶ月前にはこの街にある研究所に忍び込み機密情報を盗み出した容疑がかけられていて警察が探していたと聞いていた。
公にはなっていないのであまり知られていないが、鍋島たちは取材中に偶然そのことを知った。
確か、稲田拓人の実家には拓人が帰ってくるかもと警察が見張っていたと聞いていた。
流石に今回は金で解決できる内容ではなかったようで研究所からは被害届が出されたと聞いている。
警察が捜査していたところ、別荘地に隠れていた稲田拓人は火災に巻き込まれて死亡したのだ。
その火災も放火ではないかと噂があって警察が調べていると噂がある。
稲田拓人に恨みを持つ者は一人や二人ではない。
窃盗、強盗、恐喝まであらゆる犯罪に手を染めていた。
この街の住人で稲田拓人の被害に遭っていない人がいないのではないかと思われるくらいに住人たちに恐れられていた。その稲田拓人が死んで住人たちは安堵しているのではないかと思う。
実際、鍋島たちも取材中に何度か遭遇して、みかじめ料なるものを要求されたことがある。
その人物がこんなところにいるはずもなく何かの間違いではないかと疑うがどれだけ見ても稲田拓人にしか見えない。
澤谷と鍋島が無言でブルーシートに包まれた死体を眺めていると今西はスマホで死体を撮影していた。
「澤谷さん、稲田家の葬儀のとき、稲田拓人の顔は見ましたか?」
鍋島は別荘火災で死んだのが別人ではないかと思い、聞いてみた。
「火傷の跡が酷いと言われて見せてはもらえなかった。おそらく、通夜葬儀に行った人は誰も見ていないんじゃないかな。母親の貴子がずっと側にいて、顔を拝もうとする親戚たちを止めていたから」
「どうして止めていたのですか?」
「火傷の跡が酷いから見せたくないと言っていたな」
「そうですか」
鍋島は別荘で亡くなったのが本物の稲田拓人じゃない可能性を考えた。
「ところで澤谷さん、警察に連絡は?」
鍋島が聞いた。
「まだだ。見間違いじゃないかと思って先に鍋島さんたちを呼んだんだ」
警察に連絡したほうがいいだろうなと鍋島がスマホを鞄から取り出すが、ふと若林の顔が浮かんでスマホを鞄に戻した。また何か小言を言われるかもしれない鍋島は出来るだけ揉め事に関わるのはやめようと危機感を募らせた。
「澤谷さんから連絡してもらってもいいですか?」
鍋島は澤谷に頼んだ。
「あ、あぁ。分かった」
澤谷がジャケットのポケットからスマホを取り出し電話をかけている。
その間、鍋島も出来る限りの情報を手に入れようとブルーシートに包まれた人物を見た。
目の前に置かれたイナダタクトの顔はキレイで何処にも傷らしきものは見当たらない。
鍋島はブルーシートを捲り、身体に傷など無いかと調べるがそれらしき傷は見当たらない。
今西もいろんな角度からイナダタクトを撮影していた。
「死因は見ただけではわからないですね」
今西がイナダタクトを撮りながら言う。
鍋島も絞殺、刺殺両面からイナダタクトの身体を見たがそれらしき形跡は見つけられなかった。
「警察が来るのを待つしかないな」
鍋島は諦める。
鍋島は警察が来る前に退散しようと思ったが、澤谷に懇願されて仕方なく残ることにした。その間、若林に連絡を入れるためもう一度、スマホを鞄から取り出した。
「若林さんに小言を言われそうですね」
今西が側に来て心配そうに言う。
「なにを言われるか、今から気が重いな」
鍋島は空を見上げて、ため息を一つして若林に電話をした。
ここにも覚悟がいる。
ただ、帰りが遅くなると伝えるだけなのだが。
鍋島が若林の携帯に電話をすると、撮影が終わったのに帰ってこないことを心配された。
鍋島は心配してくれていたのだと若林も良いところもあるもんだと思った。
しかし、次の言葉で一気に気持ちが落ち込んだ。
「またか!お前たちはどうしてこうも
死体を引き寄せるんだ」
事情を説明すると、若林の第一声が予想通りの小言だった。
「またかって、こっちだって望んでいるわけではないですから」
若林の言うことも理解できなくはないが、好き好んで死体を見つけているわけではない。そのことは分かってほしいと思うのだが諦めて若林の小言を一通り大人しく聞いていた。
「まぁいい。それよりニュースになりそうだったらしっかり聞いてくるように」
若林もこれ以上言っても仕方がないと思ったのか話題を変えてきた。
「ニュースってどこで放送するんですか!」
鍋島は何を言っているのかと思った。
「それは、その…視聴者の関心を惹く為だろう」
若林は自分から言ったことが気まずかったのか口ごもる。
「関心って…」
鍋島は言い返す気力はなくなった。
若林が無理難題押し付けてくるのはいつものことで、鍋島は半分聞き流すつもりだったが、死体を見つけたからとケーブルテレビで放送するのもどうかと思う。
そのため、鍋島は話題を変えようと思った。
「ところで、所長は稲田家の葬儀に行かれましたよね」
「あぁ、会社代表で行った。一応、通夜にも顔を出したが寂しかったぞ。前当主の葬儀の時は街中の皆んなが訪れていて人が溢れかえっていたんだが、以前の勢いは全くなかった。通夜も葬儀も訪れる人はまばらでな」
「そんなに酷いのですか?」
若林は子供の頃からこの街の住人なので街のことはよく知っている。
「一時期はこの街を牛耳っていると言っても過言ではないくらい力があったが十数年前くらいから衰退していったようで所有していた土地もほとんど手元に残っていないみたいだ」
若林の話に鍋島は過去を思い出す。
さっきまで撮影していた山も実十年くらい前までは稲田家の土地だったと聞いていた。
土地を手放さなければいけなかった原因が一人息子の拓人だ。悪事を重ねる度、親が金で解決していったがその金の出どころが土地を売り払って作った金だと噂があった。
昔はこの街の半分以上が稲田家の土地だったと聞いたことがある。
鍋島は肝心の内容を聞いた。
「稲田拓人の顔は見ましたか?」
「見ていないな。火傷の跡が酷いとかで通夜でも布が被せてあって布が取られことはなかった。告別式でも棺桶の蓋は閉じられていて見ることが出来なかったしな。そういえば、親戚が棺桶の蓋を開けようとして貴子が必死に止めていたな」
「そうですか」
鍋島は自分の疑問を拭うことは出来なかった。若林との電話を切ってもう一度ブルーシートの下にあるイナダタクトを見た。




