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寝落ちで無双〜理不尽にクビにされた社畜が、睡眠スキルで最強の探索者になった件〜  作者:


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第34話 大手クランの停滞領域と、黒い刃の試し斬り


 新宿地下水道・深層は、入口に入った瞬間からもう嫌だった。


 湿っている。暗い。臭い。最悪だ。


 コンクリートの壁は薄汚れていて、頭上を走る古い配管からは一定間隔で水滴が落ちてくる。足元には浅く濁った水が溜まっていて、歩くたびにぴちゃ、と嫌な音がした。下水と鉄錆と、それからダンジョン特有の生ぬるい魔力臭が混ざって、鼻の奥にじっとり残る。


「……寝るには向いてない場所すぎるな」

「あなた、だいたいどこでも文句言ってるわよ」

「ここは特にひどいだろ。暗いし臭いし、じめじめするし……」

「はいはい」


 栞はあっさり流して、背後からついてくるドローンの位置を一度だけ確認した。今日はいつもより少しだけ高度が低い。天井が高くないせいで、旋回スペースが取りづらいらしい。


 ホログラムのコメント欄は、配信開始直後からよく回っていた。


 『新宿地下水道きた!』

 『うわ、画面からでも臭そう』

 『ニキまた嫌そうで草』

 『神城さん平常運転だな』

 『今日は新武器のお披露目ある?』


 あるにはある。

 でも、朝から見せびらかしたいわけじゃない。


 腰の左には、いつもの強化ミスリルナイフ。右には、黒淵の紅刃。まだ歩きながら何度も意識がそっちへ向く。昨日できたばかりの、新しい短剣。黒すぎる刀身に、血みたいな赤いラインが静かに脈打つ、どう考えても普通じゃない代物だ。


「そんなに気になる?」

 前を向いたまま、栞が言った。

「何が」

「右腰」

「……まあ、気にはなるだろ」

「あなた、たぶん今日だけで十回以上は意識向けてるわよ」

「数えてたのか?」

「途中から面白くなって」


 ひどい。


 でも、否定できないのが悔しかった。強いのは分かる。昨日の時点で、鑑定結果からしておかしかった。でも、どのくらいおかしいのかは、実戦で使ってみないと分からない。


 そしてたぶん、そこが一番怖い。


「最初から飛ばしすぎないでよ」

 栞が軽く振り返る。

「分かってる。まずは様子見だろ」

「ええ。強い武器ほど、最初は手に余るものだから」

「それ、あんまり安心できる言い方じゃないんだけど」

「安心しなくていいわ。事実だもの」


 そんな会話をしていた時だった。


 通路の先、濁った水面の向こうで、ぬるりと何かが動いた。


 細長い影が三つ。いや、四つ。


 岩陰みたいに見えていた泥の塊が、首をもたげる。分厚い鱗に泥がこびりついた、巨大な爬虫類型モンスター。長い舌がぬめりを引いて揺れた。


「……来たか」

「スラッジ・リザード。硬いし、再生も少しあるわよ」

「聞いただけで面倒だな」


 コメント欄もすぐに反応する。


 『スラッジ・リザードだ』

 『B帯で地味に嫌なやつ』

 『普通の斬撃通りにくいんだよな』

 『ニキどうする?』


 どうするも何も、やることは一つだ。


 俺は小さく息を吐いて、右腰へ手を伸ばした。


 黒淵の紅刃。


 柄に指が触れた瞬間、妙な感覚が走る。冷たいのに、奥の方で脈打っているみたいな感触。まるで武器の方が、こっちの手を待っていたみたいだった。


「……じゃあ、試すか」


 鞘から抜く。


 黒い刃が、地下水道の薄暗い光を飲み込むように現れた。


 その瞬間だった。


 先頭のスラッジ・リザードの動きが、ぴたりと止まった。


「……あ?」

 思わず声が出る。


 四体のうち、一体が明らかに怯んだ。威嚇の姿勢を取っていたくせに、喉の奥で変な音を鳴らして、じり、と後ろへ下がる。残りも足を止めた。さっきまでこっちに向かってきていたのに、急に距離を測り始めたみたいな動きに変わる。


 コメント欄がざわついた。


 『え?』

 『今止まった?』

 『なんか様子おかしくね?』

 『抜いた瞬間、反応変わったぞ』


 栞が、隣で少しだけ口角を上げた。


「……抜くだけで威圧になるのね。便利じゃない」

「便利っていうか、あんまり便利じゃない方向で怖いんだけど」

「今さらでしょ」


 まあ、それもそうか。


 スラッジ・リザードの一体が、しびれを切らしたみたいに吠えて飛びかかってくる。泥の飛沫が散る。鈍重そうな見た目に反して、踏み込みは速い。


 俺は目を閉じた。


「睡眠」


 強烈な睡魔が、脳を一気に塗りつぶす。

 暗転。



 完全に脱力した優馬の身体が、その場でふらりと前へ出た。


 『寝た!』

 『来た来た来た』

 『新武器で初寝落ち!』


 飛びかかってきたスラッジ・リザードの爪が、優馬の顔面を抉る寸前。


 黒い刃が、下から一閃した。


 音が、少し遅れた。


 粘ついた泥も、分厚い鱗も、その下の肉もまとめて断たれ、スラッジ・リザードの胴がきれいに二つにずれた。切断面の奥から赤い熱が一瞬だけ走り、次の瞬間、内部から焼け崩れるように黒い靄へ変わる。


 『は???』

 『硬皮ごと真っ二つ!?』

 『今の一撃!?』

 『火力おかしいだろ!』


 残る三体が一斉に散った。


 左右に分かれ、水を蹴り上げながら包囲する。だが優馬は追わない。微動だにせず、その場に立っている。目は閉じたまま。肩の力も抜けたままだ。


 なのに、次の瞬間にはもう動いていた。


 右に踏み込んできた個体の噛みつきを紙一重で外し、その首の付け根へ黒淵の紅刃を滑り込ませる。泥の装甲が裂け、そのまま魔力の核ごと断ち切ったらしく、悲鳴もなく崩れた。


 背後から尾が薙ぐ。


 優馬の身体は低く沈み、その軌道の下を滑るように抜けた。返す動作だけで、三体目の腹が縦に裂ける。断面が再生しかけるが、黒い刃が通った部分だけは繋がらない。そのまま崩壊する。


 最後の一体が、恐慌気味に泥弾を吐き出した。


 『遠距離きた!』

 『避けろ!』


 だが優馬は避けなかった。


 黒淵の紅刃が横薙ぎに振られる。

 飛んできた泥弾が、まとめて割れた。


 ただ裂けたんじゃない。弾の中に練られていた魔力ごと切られたのか、泥がその場で力を失って濁った水へ落ちる。


 そのまま一歩。

 予備動作ゼロで距離を詰めた優馬の刃が、最後のスラッジ・リザードの眉間から喉元までを一息に断ち割った。


 四体目も崩れ、通路に静寂が落ちる。


 『……は?』

 『再生止まってたよな今』

 『何この武器!?』

 『前までのニキと火力違いすぎる』

 『怖っ』

 『初心者マニア ◆fAnAtIc.Yu:斬撃じゃない。魔力ごと切ってる可能性が高い』



 パチリ、と目が開いた。


 目の前には、もう敵の姿はない。

 濁った水に魔石が四つ、転がっているだけだ。


「……いや、これはちょっと怖いな」


 素直にそう言ってしまった。


 自分でやったことなのに、ちょっと引く。前の武器でも十分おかしかった。でも今のは、それとは別の方向でおかしい。切れ味がどうこうの話じゃない。さっきの泥弾なんて、たぶん“斬った”というより、魔力の形を壊した。


 栞が魔石を回収しながら、淡々と頷く。


「ただの高火力じゃないわね」

「だよな……」

「再生も止まってたし、障壁系にも刺さりそう」

「便利そうに聞こえるけど、実際に見るとちょっと嫌なんだよな」

「そんな顔してる」

「してる自覚はある」


 俺は黒淵の紅刃を見下ろした。


 黒い刀身は、何事もなかったみたいに静かだ。赤いラインだけが、薄暗い地下でかすかに脈打っている。あれだけ異常なことをやっておいて、当の本人は平然としてるみたいなのが、余計に嫌だった。


 収納に魔石を放り込みながら、先へ進む。


 そこから先は、あまり戦いにならなかった。


 抜刀した状態の黒淵の紅刃に、魔物の側が妙に敏感だった。完全に逃げ出すわけじゃない。だが、明らかに間合いの取り方が鈍る。飛びかかる寸前で躊躇する。危険だと本能で察しているみたいな反応だ。


 その結果、優馬の睡眠オートとの相性が余計に悪くなる。


 『また一刀だ……』

 『敵の方がビビってない?』

 『これもう武器の圧だろ』

 『黒淵の紅刃、名前負けしてねえな……』


「名前負けは、してないな」

「ええ。だいぶ嫌な方向でね」


 そんなやり取りをしているうちに、通路の空気が少しずつ変わっていった。


 最初に気づいたのは、音だ。


 ぴちゃん、と遠くで落ちた水滴の音が、少し遅れて返ってくる。

 反響の仕方が妙だった。位置が合わない。近くで鳴ったように聞こえたかと思えば、次の瞬間にはずっと奥から響いてくる。


「……ん?」


 足を止める。

 栞もすぐに立ち止まった。


「どうしたの?」

「今、音……」

「分かる。反響が変ね」


 通路の先は、見た目には何も変わっていない。

 湿った壁。濁った水。配管。暗がり。


 でも、肌に触れる空気だけが違った。


 湿気に、妙な重みが混じっている。

 べたつく、というより、空気そのものに薄い膜が張った感じだ。息を吸うと、喉の奥に引っかかるような違和感が残る。


 コメント欄も少しずつ、その異変に気づき始める。


 『なんか画面暗くない?』

 『音ズレしてる?』

 『ドローンの調子悪い?』

 『ここから雰囲気変じゃね』


「……近いかもな」

 俺は小さく呟いた。


 霧島が言っていた、特定のエリア。

 蒼穹の刃でも深く踏み込めなかった、異常な魔力反応の領域。


 さらに数歩進む。


 そこで、壁際に打ち込まれた金属杭が見えた。


 普段のダンジョンにはない人工物。

 注意喚起用のマーカーだ。黄色と黒のラインが薄汚れた空気の中でも目立っている。一本だけじゃない。数メートルおきに打ち込まれているところを見ると、ここから先を区切る意図があるのは明白だった。


「……これか」

「たぶん、蒼穹の刃の調査隊ね」


 栞がしゃがみ込み、足元を見た。


 濁った水に沈みかけているが、床には大きく削れた跡が残っている。何かが叩きつけられたような窪み。壁には焼け焦げた痕。さらに少し奥のコンクリートには、鋭い斬撃で抉ったみたいな裂け目まである。


「撤退戦の跡ね」

「全滅した感じではないな」

「ええ。でも、余裕もなかったはず。調査を優先して、深追いせずに引いたんでしょうね」


 蒼穹の刃の調査隊。

 たぶん相当な手練れだ。それでも、ここで止まった。


「……あの霧島って人が、あんな言い方するわけだ」

「ここから先、普通のダンジョンじゃないってことよ」

「普通じゃない場所に来たかったわけじゃないんだけどな」


 そうぼやいた直後だった。


 ブツッ、と耳障りな音がした。


 背後で追従していたドローンの映像が、ホログラム上で一瞬だけ大きく乱れる。画面全体に砂嵐みたいなノイズが走り、コメント欄が一斉に流れを止めた。


「……は?」


 数秒前まで動いていた文字が、ぴたりと静止する。

 いや、一つだけ遅れて流れた。


 『え、なにこ――』


 そこまでで途切れた。

 最後の数文字がぐしゃっと崩れ、意味のない記号に変わる。


 ホログラムそのものが、ちらついた。


 栞の表情が変わる。


「優馬」

「……ああ」


 ただの通信不良じゃない。

 ドローン映像だけじゃない。こっちのUIにもノイズが来てる。


 その時、水面が揺れた。


 暗がりの奥。濁った水の向こう側に、一瞬だけ“何か別の景色”が映った。


 地下水道じゃない。もっと広い、黒くて、空みたいなもの。

 でも次の瞬間には消えていた。


「今の……」

「見えた?」

 栞がすぐに聞き返す。

「いや、分からない。気のせいかも」

「私は見えてない。けど、魔力の歪みは急に濃くなったわ」


 ぞわり、と首筋が粟立つ。


 収納の中の道標の石が、かすかに熱を持ち始めていた。

 意識を向けなくても分かる。じんわりとした熱が、収納の奥から伝わってくる。まるで、何かに呼ばれているみたいに。


「……嫌な予感しかしないな」

「奇遇ね。私もよ」


 そこで、また水面が揺れた。


 今度は輪郭があった。


 濁った水を割って現れたのは、泥と岩と金属を無理やり混ぜたみたいな異形だった。人型に近いが、背は高い。翼の名残みたいな歪な突起が背から伸び、顔がある位置には固まった泥の仮面みたいなものが張りついている。全身のあちこちで、鈍い金属光沢がぬめるように光った。


「……ガーゴイル系か」

「変異してる。普通じゃないわ」


 返事の代わりに、異形がゆっくり腕を上げた。


 泥の表面がめくれ、その内側から青白い光が走る。

 魔力障壁。

 しかも、表面に薄い膜を重ねるんじゃない。全身を包むように、何層も重なっている。


「面倒だな……」

「だから普通じゃないって言ってるでしょ」


 コメント欄は動かない。

 ホログラムは生きているのに、誰も何も言わない。


 その沈黙が、異様に気持ち悪かった。


「行くぞ」

「ええ。今度は少し強めに入れるわ」


 俺は黒淵の紅刃を握り直し、深く息を吐いた。


「睡眠」


 落ちる。

 強制的な暗転。



 眠りに落ちた優馬の身体が、一歩だけ前に出る。


 異形が腕を振り抜いた。

 泥と金属が混ざった拳が、通路そのものを砕く勢いで迫る。


 優馬は半歩でそれを外し、そのまま黒淵の紅刃を横へ払った。


 青白い魔力障壁に刃が触れる。


 ――音が、しなかった。


 弾かれるはずの膜が、紙みたいに裂ける。

 一枚。二枚。三枚。

 重なっていた障壁が、何の抵抗もなく静かに割れていく。


 異形が、初めて動揺したみたいに大きく身体を揺らした。


 その瞬間、栞の支援魔法が通路を走る。


「行きなさい」


 銀白の光が優馬の身体へ突き刺さる。


 次の動きは、もはや見えにくかった。


 低く沈み込んだ優馬が、異形の懐へ滑り込む。

 黒淵の紅刃が下から斜めに走り、泥と金属の胸部を深く裂いた。


 だが、相手は崩れない。

 裂けた断面の奥で、黒い泥が蠢き、無理やり繋がろうとする。


 優馬は追撃しない。

 いや、待っていた。


 再生が始まる、その中心。

 術式の核が最も濃くなる一点へ、刃先が吸い込まれる。


 二撃目。


 今度も、音は軽かった。


 核を断たれた異形の身体が、そこでようやく止まる。

 血も、悲鳴もない。ただ、断面から泥が零れるみたいに全身の形が崩れ始めた。岩も、金属も、最初からそこになかったみたいに、輪郭ごと沈む。


 黒い塊が、水へ落ちる前に、靄になって消える。



 パチリ、と目を開ける。


 目の前にはもう何もいなかった。

 濁った水面が、小さく揺れているだけだ。


「……手応え、薄いな」

 思わずそう漏れた。


 斬った。たしかに斬ったはずなのに、感触が妙だった。骨も、肉も、硬い装甲も断った感触がない。切断面だけが先に結果として現れて、本体の方が遅れて壊れたみたいな、気持ちの悪いズレがある。


 栞も眉をひそめていた。


「再生が始まる前じゃなくて、再生の中心を断ったのね」

「……たぶん、そうしたんだろうな」

「障壁もそうだけど、術式そのものが残ってない」

「便利だけど、やっぱり嫌な言い方なんだよな」

「言い方じゃなくて、現象が嫌なのよ」


 それはそうだった。


 異形が消えた場所の奥に、小さな光が落ちているのが見えた。

 魔石じゃない。もっと不安定な、揺れるような光。


 近づく。


 水に半分沈んでいたのは、透明とも灰色ともつかない小さな結晶片だった。形は不揃いで、欠けたガラスみたいにも見える。だが、その中心では確かに何かが脈打っている。


 見た瞬間、収納の中の道標の石が熱を増した。


「っ……!」


 思わず足が止まる。


「優馬?」

「……これ、たぶん普通じゃない」


 そんなことは見れば分かる。

 でも、そう言うしかなかった。


 俺には分かる。

 夢の欠片そのものじゃない。けど、近い。あれに触れた時と同じ方向の気配がする。眠気に似た、底へ引かれる感じ。視界の端で、また一瞬だけ黒い空みたいなものがちらついた。


 栞は慎重に距離を取ったまま、結晶を観察している。


「魔力反応が安定してない。道具というより、何かの破片ね」

「……今日はここまでだ」

 俺はすぐに言った。

「これ以上は、たぶん良くない」

「ええ。私もそう思う」


 栞が即答した。


「この先に本体があるなら、準備なしで踏み込む場所じゃないわ」

「だよな」


 俺は結晶片を収納に入れるか、一瞬迷った。

 でも直感がそれを止めた。まずい気がする。道標の石と同じ場所に入れたくない。


 結局、ギルド支給の封印袋を出して、その中にだけ慎重に収める。


「帰るぞ」

「賛成」


 踵を返した、その瞬間だった。


 ホログラムが激しく明滅した。


 ブブッ、と耳障りな警告音。

 今まで見たことのない赤い表示が、視界の中央に叩き込まれる。


『システムエラー:未知の領域干渉』

『拡張パッチ【夢の道標】との異常同期を検知』

『警告:未確認領域との接続反応』


「……は?」


 立ち止まる。


 表示は一瞬で消えた。

 でも、確かに見た。


 次の瞬間。

 通路の奥、さっき異形が現れたあたりの空間に、細い線が走った。


 ガラスのひびみたいな、細くて黒い亀裂。

 その向こうに、ほんの一瞬だけ――地下水道じゃない景色が見えた。


 暗い空。

 遠くで揺れる、知らない光。

 そして、こちらを見ている“何か”の気配。


 瞬きした時には、もう消えていた。


「優馬!」

 栞の声で我に返る。


「……今、見えた」

「何が?」

「……分からない。でも、絶対に面倒なやつだ」


 我ながらひどい感想だと思った。

 でも、他に言いようがない。


 黒淵の紅刃を鞘に収める。

 収納の奥では、道標の石がまだ熱を持っている。


 今日は早く帰って、整理して、寝る。

 そう思っていたのに、たぶんそう簡単にはいかない。


「今日こそ、ゆっくり寝るつもりだったんだけどな……」


 誰に言うでもなくぼやくと、栞が小さくため息をついた。


「そういう日に限って、面倒なのが来るのよ」


 否定できなかった。


 俺たちは、コメントひとつ流れない静まり返った通路を、足早に引き返した。


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