8/29 クソみたいな言い訳
クソみたいな言い訳がクソな理由は、クソみたいな言い訳だからです。
ちょうど8/29なので例として出しますが、夏休み明け、小学校の教室で夏休みの宿題を先生に一つずつ提出するタイミングを思い出していただきたい。
「はいじゃあ、まずは算数ドリルね、後ろの人から前の人に渡してください。」
先生に言われるがまま、ランドセルの中から取り出したそれを前の人に渡します。
夏休みの宿題の種類はかなりたくさん。
算数ドリル、漢字ドリル、理科ドリル、社会ドリル、自由研究、市の絵画コンクール、日記、習字、他諸々…
全部一昨日には終わったし、昨日の夜入れたはず。
自由研究は紙袋に、絵は右脇に抱えて学校に来たし、そこ二つは間違いなくある。
そっと机の横に手を伸ばすと、ずっしりと重い紙袋が手先に触れます。
そっと安心していると、先生が声を上げる。
「じゃ、次は漢字ドリル…」
算数ドリルの下に入っていた漢字ドリルを回します。
宿題がまとめられ、ひとつ、また一つと宿題が回収されていく。
「絵は広げて後ろの棚の上に…自由研究はこっちの机に出してー。」
確証があった二つも回収されて、残すは習字と…読書感想文…。
「あ、習字は言った通り今度の書道の時間に回収しますからね。忘れないように。」
え、持ってきたのに。
周りを見ても持ってきている人はいなさそうなので、バレないように紙袋の奥に習字を押し込みます。
じゃあ最後は…読書感想文。
ランドセルを漁ります。
たしか、5枚とも緑色のファイルに…
緑色の…
ファイ…る
あれ?
え?
確かに入れたのに。
朝。
あれ??
上のとこ?
いや、
え?
机の中とか?
まずい
いや
え?
家?
「はいじゃ、最後読書感想文ね。5枚ともホチキスで止めてある?この箱の中に入れてください。」
周りの人が立ち上がる。
丁寧な字で書いてあるものも、ぐちゃぐちゃの紙に書いてあるものも。
みんな一様に手に持って箱に入れていく。
心が焦る。
ランドセルを何度見ても、机の下を何度見てもファイルが丸ごと見つからない。
仕方なく、何も持たないまま先生の前に行く。
心臓は早鐘を打ち、足取りもあやふやだ。
先生の顔を見ることができない。
俯きながらこの言葉を言うしかない。
「先生、読書感想文、やってきたんですけど、家に忘れました。」
「…。」
沈黙。
恐る恐る見上げた先生の顔は、嘘つきを見る顔をしていた。
…
つまりは、クソみたいな言い訳の難点とは、それが真実であった場合嘘みたいな本当の言い訳をしないといけなくなると言う点である。
つまりは、「嘘つくならもっとマシな嘘吐けよ。」
嘘じゃないんだって!
つまりここまで長々と何が言いたかったのかと言うと、「携帯を拾った拍子に電話がかかってしまったようで、慌てて切ってしまっただけで、決して1コールで電話を切ると言う嫌がらせをしたかったわけではない」という言い訳は嘘でもなんでもなく真実であると言うことである。




