4/10 百折不撓
100日目っぽい。
私くらいになるとベランダにデッキチェアを出した瞬間に雨が降り出した程度で心を乱したりなどしない。
それが例え予報になくとも、狭間に、この時期花粉がちょうど無いタイミングを狙って半年振りに出した椅子であろうとも、その時開いていた本が久しぶりに買った新作の書籍であったとしても。
そっと本を閉じ、服の下に隠しつつ天を仰ぐ。
先ほどまで厚みを拭っていた白い空は今や黒々とした濃淡をつけ、無数の雨粒を四方に発散している。
ポケットにしまい込んでいたスマートフォンの天気アプリを起動し、今の小雨が十数分を経て本降りになることを確認する。
…
…あー。
雨が徐々に力を込める中、デッキチェアの背もたれに全身を乗せ、脱力して息を吸う。
実家にいた頃、深夜の大雨時に窓を開けて雨の空気を嗅いでいたことを思い出す。
春先の大雨は、冬のそれよりはるかに柔らかく、合唱をするミミズとカエルの声に耳を澄ませていた。
実家には窓の前に広めの天井があったお陰で雨粒を被る事もなくそれを堪能できたわけだが、今の下宿先となるとそうはいかない。
囲うように降り注ぐ1mm台のそれを浴びつつ、立ちあがろうと椅子を掴んだ。
と
通知音。
Gmailの通知だった。
電話の例に漏れず、Gmailも1回目はスルーする私だが、Face IDが偶然に表示したその文言は見逃せはさせなかった。
CLIP Studioの決済が完了しませんでした。
480円の決済。
心に浮かび上がった違和感そのままに銀行アプリを開くと、表示されるは残高167円。
視界が数回瞬く。
ありとあらゆるものを電子決済で済ませ、その出所を認知していなかったツケを眼前に示される。
メールの文面は支払いの催促。
手元に現金はある。
銀行への入金はしばらく無い。
え?
今、行けと?
雨が本降りになろうとしている今?
銀行に?
だが、流石は私、この程度の絶望ではまだ心は揺るぎない。
デッキチェアをいそいそと片付け、外していたベルトを巻き、財布を掴んで玄関に向かう。
玄関は明日の予定の準備物で溢れ、靴を履く余地が10cm四方しかない。
なんとか雨用の靴を屈んで履き、あ、傘も持たないと。
立ち上がりざま、玄関ドアノブに背骨を抉られる。
あ゜っ
ああ
あ
痛みのピークをアフリカ南西部、日と草原の出る国、イハンニュュニ部族に代々伝わるイズラエの舞いをイメージしながら耐える。
その国では多くの子どもがモグラの起きる刻に舞いをし、日の多幸と安寧を祈る。
大人は皆、その舞いを直接には踊らない。
彼らは輪の外に立ち、草を踏みしめ、風向きを読み、子どもたちの呼吸の乱れを数える役を担う。イズラエの舞いは見る者のためのものではなく、耐える者の内部で完結する儀式だからだ。
イハンニュュニの教えを背に、仰け反りながら痛みを堪える。
私は強くあったのではなく、痛みが世界の一部であることを舞を通じて理解するのだ。
呼気を整え、背筋をさすりながら外に出る。
雨は先ほどよりも強く横降りで、風は全てを薙ぐように吹き荒んでいた。
わずかばかりの対抗心を胸に傘を開く。
途端鳴る異音。
目の前に垂れ下がる黒い骨。
て、ああ。
この傘、今朝壊れたんだった。
崩れかけのビニール膜を支えながら外を歩く。
未だ春はそれなりの温度を担保してくれているが、それも風と雨が奪い取ろうとしてくる。
そんな4/10の折、明日の予定は朝6時から。
それでも私の心は強く揺るがない。
銀行に入金したものの引き落としがされず、よくよく見たらクレジットカード自体が使えなくなっており、別のクレカを入れたらそれの4月の推定支払い額が約3万円。
それでも私の心は強くあります。




