57,必死に話しかける葉菜と狂気を滲ませた目
「あんたみたいなやつ、大っ嫌い。本当はしたたかなくせに、か弱いふりをして、被害者面して、みんなにちやほやされていい気になって。
絶対に潰してやろうと思った。今までさんざん大金をばらまいて来たおかげで、私には、お金のためなら、どんな汚いことでも喜んでする手下がたくさんいるんだもの。
あんた一人追い払うくらい、どうってことないと思っていたわ。だけど、あんたは意外にしぶとくて、ずいぶん手こずらされた。
でも、そのおかげで、やっぱり私の読みが正しかったってわかったのよ。猫を被っているだけで、本当のあんたは図太くてずうずうしいんだってね。
それで、少々手荒な手段を使うことにしたってわけ。あんたを確実に潰すためにね」
葉菜は、少しずつ後ずさりながら問いかける。
「それで、ベッドに火を?」
「そうよ。瑞希は、親が失業したとかで、授業料や寮費にも困っていたの。貧乏人はさっさと退学すればいいのに、必死にお嬢様学校にしがみついて、惨めったらしいったらないわ。
だからあいつは、お金のためなら、なんだって喜んでやるのよ。あのときのことだって、二つ返事でOKしたわ。それなのに!」
河合は激高する。
「あの腰抜けが、中途半端な仕事をして、自分の立場が危うくなったとわかった途端、あっさり寝返って、余計なことまでべらべらしゃべって!
あいつが口を割ったら、ほかのやつらまで、我も我もと競うみたいに次々にしゃべり出して。意地汚くお金をせびっておきながら、まるで自分たちまで被害者みたいに!
今までで最高のゲームになるはずだったのに、私の計画が台無しよ。おまけに、あの女までが、パパをたぶらかして!
あの女にいいように丸めこまれて、パパは、パパは……私を見捨てたのよ!」
叫び声がひび割れ、目から涙がほとばしる。
「河合さん……」
河合は、肩で息をしている。
「だけど、もういいの。私、わかったのよ」
流れた涙を拭おうともせずに、葉菜を見据えながらナイフを握り直す。
「ゲームの決着は、自分でつければいいんだって」
河合がどうするつもりなのかは、言われなくても見当がついた。葉菜は、部屋の出口に向かってじりじりと後ずさる。
だが、部屋のドアは開いているものの、玄関は鍵が閉まっている。いったいどうやって逃げれば……。
考えあぐねているうちに、河合は素早く動いて、部屋のドアをバタンと閉めた。そのままドアを背にして立ち、一気に二人の距離が近づいた。
ああ、もう終わりだ! 一瞬、絶望に襲われたが、まだ諦めるわけにはいかない。
「待って、河合さん」
今度は、部屋の奥に後ずさりながら、葉菜は必死に話しかける。
「そんなことしても、意味がないよ」
「……どうして?」
「だって、佑紀乃さんは、ここを出て行ったし、河合さんは留学するんでしょう? だったらもう」
この件に佑紀乃は関係ない気もするが、急に説得力のあることが言えるはずもない。なんでもいいから時間稼ぎがしたい。
「そうよ。私、留学するの。誰も私のことを知らない場所で、新しい私に生まれ変わるのよ。
でも、その前に、私が始めたゲームは私の手で終わらせなくちゃ」
「そんなこと」
河合は、葉菜をじっと見つめる。
「意味はあるわ。いくら今後会うことがないとしても、あんたみたいなやつが、この先ものうのうと生きて行くなんて許せない。
貧乏人のくせに、人をいいように操って、へらへらして」
「へらへらなんて……」
へらへらなんてした覚えはないし、もちろん、人を操ってもいない。
「私は一人の味方もいなくて、親にも見放されて、海外に厄介払いされるっていうのに!」
河合が、狂気を滲ませた目を見開いて、ナイフを振り上げたそのとき、玄関のチャイムが鳴った。だが、一瞬手を止めた彼女は言う。




