23,早くも現実になってしまったこととさらなる展開
郁美は、なんと優しいのだろうと思う。それに、葉菜の無実を信じてくれている見海や瑠衣も。
今まで、親しい友人がいたことはなかったし、そのことに不満を感じたこともなかった。話し相手ならば姉がいたし、むしろ他人と関わることをわずらわしいと思っていたのだ。
それは、家庭環境のせいもあったかもしれない。父が外国勤務で現地の女性と再婚し、ずっと姉と二人きりで暮らして来た。
周りの大人たちは、父のことや、そのほかのことについて、葉菜に口さがないことを言った。確かめたことはないけれど、多分、姉に対しても同じだったのではないかと思う。
小さい頃からそういう経験をして来たせいで、一言で言えば、人間不信だったのだ。友達などいらないと思っていた。
だが、清心寮に入ってみて、そんな人ばかりではないのだと初めて知った。みんな初めから優しかったけれど、窮地に立たされた葉菜に対して、こんなに心を寄せてくれる人たちがいるなんて。
その日の昼食は、郁美と二人で食べた。もともとまあちゃんたちは、たまたま郁美の友達だというだけで、葉菜とは深い関わりはないのだから、それでいいと思った。
郁美がクラスで孤立してしまうのではないかと気がかりではあったが、二人でおしゃべりをしながら食べるのは、やっぱり楽しかった。おかげで、ずっと落ち込んでいた気持ちが、いくらか楽になったのだったが。
教室では、一日中、誰とも口を聞くことなく過ごした。門田はもちろんのこと、結城も、もう何も話しかけて来ない。
結城は、葉菜のことを、せっかく何度も忠告してあげたのに、馬鹿なやつだと思っているだろうか。でも、葉菜が何かしたせいではないのだから、どうしようもなかったのだ。
放課後は、いつものように、郁美と連れ立って学校を出た。
「あー、やっと一日が終わった」
そう言う郁美は、どことなく元気がない。
「何かあった?」
葉菜の言葉に、郁美は苦笑を浮かべながら言った。
「まあちゃんたちに言われちゃった。これからも葉菜ちゃんと仲良くするなら、私とは一緒にいられないって」
「そんな……」
心配していたことが、早くも現実になってしまった。
「葉菜ちゃんのせいじゃないよ。みんな河合さんのことが怖いんだよ。
まあちゃんは同じ中学だったから、昨日の話のほかにも、いろいろ知っているんじゃないかな。河合さんって、そうとうヤバい人なんだよ」
自分は、心ならずも、そんな人を敵に回してしまったのかと思う。
「郁美ちゃん、ごめん」
郁美が笑う。
「いいよお、気にしないで。葉菜ちゃんは大切な友達だもん。
私、寮の中でこんなに気が合う人と仲良くなれて、すごくうれしいと思っているんだから」
「郁美ちゃん……」
だが、事態はさらなる展開を迎える。
翌日の放課後、教室から出て行くと、廊下で待っていた郁美が、葉菜の顔を見るなり泣き出した。
「どうしたの?」
問いかける葉菜に、郁美は、顔を歪めて泣きながらつぶやいた。
「教科書が……」
「えっ?」
ほかの生徒たちが、ちらちらと二人を見ながら通り過ぎて行く。
「郁美ちゃん、行こう」
玄関を出て、寮に向かいながら、葉菜はもう一度、郁美に聞いた。
「郁美ちゃん、教科書がどうしたの?」
「それが……」
郁美は、目元を拭いながら話し始めた。
「五時間目の授業は国語だったの」
「うん」
「確かに机の引き出しに入れてあったんだよ」
もしかして。嫌な予感に襲われながら、葉菜は尋ねる。
「国語の教科書?」
「うん。それなのに、カフェテリアから戻って、授業の用意をしようと思って引き出しを開けたら失くなっていて……」
ああ、やっぱり。
「探してみた?」
だが、郁美は首を横に振る。
「ううん。だって、誰かが隠したに決まってるもん。
その誰かがこっそり様子をうかがっているのかと思ったら、あちこち探し回るなんて出来なかった」




