13,美しい洋館と優しげな声
それは、木立の中にひっそりとたたずむ、白い壁の美しい洋館だ。
きれい……。葉菜は小走りに近づきながら、うっとりと洋館を見上げる。外国の映画に出て来そうな、美しい貴婦人か、お姫様が暮らしていそうな……。
ここも別荘なのだろうか。さっき見た別荘地に建つログハウスや何かとは、大きさも雰囲気も格段に違うから、きっとお金持ちの別荘に違いない。
そう思い、当然、今は誰もいないのだろうと、じろじろと眺め回していると、大きな窓の内側のカーテンが揺れたような気がした。
えっ? 今度こそ、本当にぎくりとする。帰ろう。ためらわず、くるりと後ろを向いて駆け出そうとしたそのとき。
「待って。行かないで!」
もしもそれが、野太い男性の声であったなら、葉菜は振り返ることなく、そのまま全速力で逃げ出したことだろう。だが、葉菜を呼び止めたのは、優しげな女性の声だった。
思わず、駆け出そうとした足を止めて振り向くと、玄関のドアを大きく開けてこちらを見ているのは、ロングスカートをはいた美しい女性だった。
柔らかくウェーブした髪が肩にかかっている。ちょっとお姉ちゃんに似ているかも。
そう思いながら、じっと見つめていると、女性が言った。
「あなた、もしかして迷子になったの?」
葉菜を怯えさせないためか、ドアのそばに立ったまま、こちらに向かって呼びかける。なんだか申し訳なくなって、葉菜は近づいて行きながら言った。
「いえ、散歩していただけです」
女性も、ゆっくりと近づいて来た。近くで見ると、肌が透き通るように白く、目鼻立ちが整っていて、本当に貴婦人みたいだと思う。
彼女が心配そうな顔で言った。
「でも、女の子が一人で、こんな森の奥まで」
「私、黎明女子学院の寮にいるんです。最近転校して来たばっかりで」
すると、女性が驚いたように言った。
「あなた、高校生なの? てっきり中学生くらいかと……」
「よく言われます。年より幼く見えるって」
葉菜がちょっとうつむくと、女性は申し訳なさそうに言った。
「いえ、ごめんなさいね。とてもかわいらしいから、つい」
ああ、そういうことかと、葉菜は納得した。郁美も、葉菜のことをかわいいと言ったけれど、ようするにそれは、子供っぽいということなのだ。
それでルームメイトたちも寮母の榎戸も、小さな子供にするように、葉菜に優しくしてくれるのかもしれない。ああ、なるほど。
うつむいたまま、そんなことを考えていると、女性が言った。
「もう、寮にお帰りになるの?」
「ええ、まあ」
寮に帰っても、特にやることもないけれど、ほかに行くところもない。
「何か用事がおありなの?」
「いえ、特に何もありません」
「もしお急ぎでないなら……」
葉菜が顔を上げると、女性が微笑んだ。
「お詫びと言ってはおかしいけれど、よかったら、うちでお茶を召し上がって行きませんか?」
会ったばかりの人の家に上がり込むなんて、きっと姉が知ったら叱られるだろう。お行儀が悪いし、それに、相手がいい人かどうかわからないからだ。
でも、目の前にいるのは、とてもきれいで優しそうな女性で、どことなく姉に似ている。それに、葉菜のことを子供だと思って、森の中で迷子になっているのではないかと心配してくれたのだ。
その人が、お茶に誘ってくれているのだから、少しくらいおじゃましてもいいのではないか。きれいな洋館の中がどんなふうになっているのか見てみたい気もする。
そう思い、葉菜は女性の言葉にうなずいたのだった。
通された部屋は、天井が高く、ガラスのシャンデリアが輝いている。優美な曲線を描く飾り棚や椅子などの家具、石積みの暖炉、緻密な織りの絨毯、窓辺の花瓶には、白いユリの花が活けてある。
本当にお城みたい……。立ち尽くしたまま、うっとりと眺め回していると、女性がティーセットを載せたワゴンを押して入って来た。