薬物・ダメ・絶対!
ドイツの昔の映画で、「U-boot」って作品が在りまして…その映画で艦長役を演じていたユルゲン・プロポノフが悪態をつくシーンで「ファッ・ドント」って言っていて…あれって、果たして何て言っていたのだろう?
と思って、ググってみたんですよね、そうしたら、「Verdammt」が恐らくはそうだと思いますが…便利な時代になったもんです。
【side・ウィリアム・ウォーディセン陣営隷下】
とある惑星の人間族の王国、フェルディナンド王国の元宮廷魔術師であった、カウス・フォン・ゲルファウスト、引退後に隠者となって密かに終末の滅びゆく惑星からの避難または、それが叶わないのであれば、せめて時間を稼いで惑星脱出の方策を考え出す為の、出来るだけ長期に及ぶ籠城・サバイバル…それを志していて、超巨大避難施設を作っていた彼…そこへ偶然に現れたヲヂサンこと、ウィリアム・ウォーディセンのスキル【蛋白質の記憶】により彼にその魂を吸収されて滅びゆく惑星からの脱出を果たした人物である。
スキル【蛋白質の記憶】によって吸収されている今現在の間は、彼はウィリアム・ウォーディセンの霊体からは殆ど離れる事が出来ず、それ故に、主人の霊体から離れられる存在、主人の霊体を補佐する為に現在活躍している五人居る『分隊』の内の一人、主人であるウィリアム・ウォーディセンの有事に於ける右視界を担当する武闘派、それを更に補佐する役割の彼の組事務所の構成員の内の武闘派の右腕的な若頭補佐、安田安兵衛、彼を『船』と見立てて、『視界とヤスベエをコントロール為の意志』のみを彼に乗船させて、今現在、共に偵察・情報収集任務へと就いているそんな二人…二体である。
今現在、主人であるヲヂサンことウィリアム・ウォーディセンが転移してきた後にやはり同じようにこの場所へと転移してきた五人とそして『駄女神』こと女神ナタリアの都合六人が話し合う、そのナタリア側すぐ後方ぴったりの位置に安田安兵衛が配置されている。
《果たしてあの女神とやらに、太陽神フレイア様と魔道回路の共同開発までやったこのワシの、執念と意地の魔術手練、悟れることかのぅ!》
《魔法発動隠蔽と、『Lügen oder Wahrheit』併発っ!…今じゃ、ヤスベエ、其処な駄女神の背中に手を触れよ!》
《へぃ、わっかりやした、ご老人!》
安田安兵衛とカウス・フォン・ゲルファウスト、この二人が何をやって居るかと云えば…この今現在の状態、安兵衛の精神体に乗船した状態での魔法発動の可否実験である。
実験対象は、駄女神こと女神ナタリア。
《…駄目じゃな、発動せんわぃ。》
《駄目でしたか、ご老人…》
《いや、待つのじゃ…わしは今、お主の視界とリンクさせておる状態じゃったな…うむ、ヤスベエ、今度はワシの魔法の発動のタイミングでお主、あの女神の後頭部に眼球を接触させるのじゃ!なぁに、先程手であ奴に触れても気付かなんだ、安心して眼球を付けるが良いのだ、はっはっは!》
《が…眼球ですかぃ、ご老人、あっしらぁー肉体持ってないからなぁ…まだ『手』はイメージできやすが…『眼球』かぁ…とほほ、参ったなぁ…》
《ほれ、ほれ、話し合いが始まっておるっ!この魔法の発動の可否が、断然と情報収集の精度に反映されるのじゃ、今が正念場、踏ん張れっ!ヤスベエ!》
《わ…わっかりやした、ご老人!》
《今じゃ、いけっ!魔法発動隠蔽と、『Lügen oder Wahrheit』併発っ!…その駄女神の後頭部へ突っ込めぇー!》
《うっ…うおぉおぉおぉおぉおぉー!》
《首尾よしっ!成功じゃ!ヤスベエ、ご苦労…》
《あの駄女神香水くせぇっすよ…》
この水面下での彼等二人の試行錯誤が、結果としては大きく実る事となるのである…
…
……
「残念ながら、先程皆さま方に起こった『転移』と言う事象は不可逆であり、零れたミルクを元に戻す事は叶わないのです。」
《嘘じゃな、今の発言は、朧気にしか判らぬが、『転移と言う事象は不可逆であり…』の件は嘘であるな。》
《あ。何か視界をご老人とリンクさせているあっしにも判りやすぜぃ、あの魔法、あっしら二人にのみ、掛けられた対象が嘘をついた場合、ぼやぁーっと光って見えるんですねぇ、いやぁ、大したもんっすよ!》
…
……
………
【side・駄女神&転移五人組&ウィリアム・ウォーディセン陣営隷下】
「私共の世界に於きましては、今現在の処、魔力的な危機に陥っておりまして、恐らくは、あなた様方を召喚術式にて呼び出したであろう彼の惑星の住人達はその諸問題に於いて、あなた様方の力を求めて呼び出した事でしょう、恐らくは…彼等は窮余一策の思いで、残されている少ない魔素を何とか捻出して、召喚を行った筈で、あなた様方が惑星がその様な状態になってしまった原因…私はそれが何なのかは存じ上げませんが、その問題の原因になった出来事に対しての解決をすれば、或いは彼の惑星の魔素が元の量へと戻り、そうしてその上であなた様方が尚も生まれ育った母性へと帰りたいのであれば、あなた様方を召喚した誰かも、その方策を考えてくれるのかも知れませんね。」
〔見逃すはずがないっしょぉ~、このあぁ~しが。…そのB値は格好の上司へのアピール兼報酬になるんすよぉ~、逃がさねぇっすし、ってか、惑星の住人じゃねぇーし、多分アンタらを召喚したのはさぁ~、その上司の中の誰かっすよー。〕
《…どうやらワシは今、空気を吐くように平気で自然と嘘が矢継ぎ早にポンポンと放てる物凄い精神構造のモンスターを見ておるようだ、呆れるのと、逆に凄いと感嘆を禁じ得ぬのと、同時に襲って来ておるわい。》
《すげぇーっすよねー、あの駄女神今喋ってる間中、八割方光ってんですもん…俺等の稼業でも、詐欺関係のインテリ幹部辺りは、あんな感じなのかも知れやせんぜ。》
四季石晴那は当初の彼女が抱いていた思惑が上手く進捗しない手応えを感じざるを得なかった。
先ず予想外であった事は、どうやら『転移魔法』を彼女ら五人へ行使してこの場所へと呼び出した人物が今目の前にいるこの女神ナタリアでは無かったと言う事だろうか。
これでは『直談判』は叶わない…呼び出したであろう人物へと直接に交渉する、と云う前提条件がまず崩れてしまったのだ。
「私達は、それで構わないかな、ね、亜莉莎ちゃん?」
『これは少々勝手が違って来ている…』四季石晴那がそう思い心の眉間に皺を深め始めた矢先に、唐突に、口を開いたのは鷹嘴久遠である、彼女はその天賦の細工師が心を込めて丹精に作り上げたかのような端正なる白亜の面立ちに波風を一切立てる事無く、まるで凪の如く人形の如く静謐なる無表情である。
「うん、私は久遠と一緒に居れば良いな。」
次に口を開いたのは迎岾亜莉莎、彼女は唐突に口を開き、彼女の名前を呼んだ久遠の方を見て、そうしてから、女神ナタリアへと視線を巡らせた後に、晴那の方へチラっと視線を巡らせてそこに彼女の得意なそれ、『少し親しみの覚える笑顔』を向ける。
それは亜莉莎なりの『処世術』であろうか、彼女は今までそうやって微笑んで、何かと無表情故に過誤を与えてしまい兼ねない彼女の盟友であり半ばは信仰の対象となっている鷹嘴久遠が他者と会話した際のフォローに、久遠と会話した相手方へとそう言った視線を無意識に向ける様になっていた。
それは久遠をあの世界の中で孤立させない、誤解させない、彼女なりの配慮であろうか…先程、迎岾亜莉莎が四季石晴那へと巡らせた視線の意味は言外にこう言っていたのである。
〔私達は貴女とは意見が違いますが、対立するつもりは無いですよ、交渉は好きにやっちゃってくださいね。〕
四季石晴那は彼女、迎岾亜莉莎のその笑顔の意図する所をほぼ正確に理解して納得した。
成程、私達姉弟とは違い、異世界に対して前向きな人々も居るわけだな…と、晴那がそう思っているタイミングで、更にもう一人、即ち三ノ宮貭典が、それが彼の癖であろうか、おずおずと『挙手』をしてからポツリと。
「あーっと、俺も別に戻らなくても良いかな、ナタリアさん。」
そう述べたのである。
これで、三人と二人に判れたのか…
そう思ったタイミングで…
「楽しそうだよね、お姉ちゃん、だってさ、異世界だよっ!異世界、最初は転移魔法陣閉じ込められてさ、怖かったけども、これ、今のこの話の流れはさ、女神さんの説明を聞くとさ、最近クラスでも流行ってるアニメみたいなんだもん…『イージスの勇者』だったかな?シールドを持った勇者のお話だとかさぁ!」
…何てこった!
まさか身内まで、弟、四季石泰孫までもが異世界に興味深々であったとは…あれだけのビビりっぷりを見せて置いて、こう、であるのだから。
四季石晴那は、当初交渉が難航しそうである、とこう考えて心の中の眉間に皺を入れていたのであるが、それ(みけんのしわ)の河岸は新たに弟へと移る事になった。
――っの馬鹿弟!――
そうだった。
弟はビビり癖が有るのである。
それは泰孫の中性的な面立ちと男の娘っぽさ等と相俟って、彼の魅力を与えている物では有ったのだが、その『ビビり』要素と相反するかのようなもう一つの性格が彼にその様な判断を促したのであろうか…即ち、
『日曜日の夜にやっている、無人島を開拓したり、大工さんみたいな事をやったり農家みたいな事もやってみたりして、そんな事しておきながら歌も歌えちゃうちょっと年配のとあるアイドルグループのロン毛の人が醸し出すワイルドさが自分には似合っているのだと誤解している節が見られる』
彼のその部分が、今回、モロに『冒険心』の部分で反応してしまって、恐らくは今現在の彼は――まぁ未だ小学生の一子供にそれを求めても仕方が無いのでは有るのであるが、それを差し引いても普段以上に――どうにも『地に足が付いていない』状態での判断を下してしまっている感が強いのである。
「Verdammt!」
無意識に声が出てしまった。
それは彼女が好きだった洋画の中で、とある人物が云う悪態であって、彼女はそれが日本語ではない事をこれ幸いと、思わず悪態をつきたくなった時にこの言葉を口にしていて、現在では既に無意識に悪態をつきたくなった時にはこの言葉が出てしまう様になっていたのである。
彼女の合気道の師匠からのショッキングな電話…恐らく師匠が戦っていたであろう相手がこの世から尽き果てるまでの電話越しの声…弟が魔法陣に閉じ込められると云うエキセントリックな出来事…そして今回である。
自分が何とかして元の世界へを戻る手段が無いか、と、泣いていた弟の為にもそれを考えていた所に、選りにも選って、その泰孫本人が、異世界に対して前向きなのである…子供らしい冒険心によって、常識的な判断からは逸脱したそれ(はんだん)で以って。
もう沢山だ、もう、お腹一杯過ぎる、今日は馬鹿な出来事ばかりだ…もう一回云おう、もう・たく・さん・だっ!
彼女は今までのこの思いを一度として表にはおくびにも出さずに居た。
内面では目まぐるしく思考を巡らせていたのではあるのだが、表向きの表情はその『ハンサム』な唇に緩やかな弧を描き、軽く笑みさえ浮かべて居る様に見せてはいる。
それは長らく格闘技と向かい合ってきた彼女が師匠から学び取った『兵法』の一種である、『敵にこちらの情報を悟られてはならない』と云う事に関して、彼女はあの師匠との訓練の時、師匠の『酔っている』かの様な所作から繰り出される攻撃、または回避の様子を必死で見て学び、鏡に映った己の姿を見ては直し、また見ては直しして以降、徹底的に身体と精神に摺り込んだのだ…塩が浸透圧によって野菜に染み込むが如くに。
だが、流石に今回は限界だ。
笑顔兵法が破綻しそうである。
一度落ち着く必要が有るな、酷く喉の渇きを覚えた時に、目の前にお茶があり、彼女は無意識の所作にて、それを手に取り一口…乾いた喉に心地良く、芳醇な香りのそれが喉を潤す。
これは…地球では飲んだ事の無いお茶である。
とても美味しかった。
《あのお茶、何か魔術的な力を感じるのぅ…恐らくは…むーん、これは…魅了、ではないな…ふむ、【暗示・強】じゃな。》
《あのお嬢ちゃん、一服盛られたって感じですかぃ、可哀そうに…》
カウス・フォン・ゲルファウストは冷静に掛けられている魔術の術式を解析しており、その分析を安田安兵衛に伝えていて…当然と、その情報は主人であるヲヂサンこと、ウィリアム・ウォーディセンへと逐一流れ続けているのである、現在進行形で。




