研究の成果…?
遅くなりました!
あれからロイスの体調は少し良くなった。顔色も良いし、前の様にアルとシリウスと悪ふざけをする元気も取り戻しているみたいだ。最近のターゲットはマークだ。お兄様の助手ポジションに収まりつつある彼は、度々大きな本を抱えて歩いている。そんな彼に風で悪戯をする事にアルがはまってしまった。
こっそりうなじを風で撫でて驚かせる程度の可愛いものだから、私達も笑って見て居られる。だけど頻度が多いからマークの仕返しを、たまに私とアリアが頼まれている。
「トリア!」
アルが私を呼び留める。ここは学校の裏庭にあたる場所で、大きな木があってちょっとした広場の様になっている。テスト前には実技の練習場に早変わりして、地面がえげつない事になってる場所だったりする。
「アル、どうしたの?」
「ルーファス先生が呼んでる」
苦笑を浮かべた彼は校舎の方向を指し示す。今日は授業が休みの日だから学生は各々自由に過ごしている。そしてお兄様のいるであろう校舎の方向から、小さく悲鳴とざわめきが聞こえてくる。
「お兄様、今度は何の実験失敗したんだろう…」
「わかんねぇ。でも今日は手伝いにマークとシリウスとロイスが行ってるから大騒ぎ間違いなし」
「うわあ、近寄りたくない」
私とアルは軽口を叩きつつ校舎に向かって足を進めた。アリアは今日はキャンベル侯爵夫人に呼ばれてお茶会に参加しているからここには居ない。最近はずっと一緒だったから何だか物足りない感じがする。
校舎が近付くにつれ、生徒が校舎から逃げ出てくるのが見える。
「…本当に近付きたくないわ」
「奇遇だな、俺もだ」
校舎の入り口に着いた時、ナーガの生徒である殿下の側近が飛び出てきた。
「おい、どうした」
アルが彼を捕まえて事情を聞こうとする。彼は私達を見ると目を見開いて「遅い!!」と大声を出す。
「ああ、すまない突然大声を。サンティス嬢、急いで先生の研究室へ!!」
彼はそれだけ言うと後ろを振り返って、顔面を蒼白にして私達の手を引く。仕方がないので彼の手にひかれるままお兄様の元を目指す。
道中にあるのはびしょ濡れになった廊下や調度品、燃えかけた教科書の残骸や布切れ。え、何これ。この凄惨な現場は何が起きたのさ。
お兄様の部屋に辿り着くと、そこはもう崩れかけた壁しか残っていない。扉何て吹き飛ばされている。
「ベルトリア!!」
部屋の中からひょこっとシリウスが顔を出す。彼の頬はすすが付いていて、髪は突風に煽られたような状態になっている。
「シリウス!何が起きたの?」
「殿下たちが研究の経過を相談に来たんだ。持ってきた魔力の結晶化が思いのほか不安定で、先生がちょっと何かをした結果暴走したんだよ!」
「つまりお兄様がやらかしたのね!」
私がそう聞くと同時に、扉があった場所から突風が吹いてお兄様が弾き出された。お兄様は傷も何もなくふわりと着地すると、非常に楽しそうに興奮した様子でこぶしを握っている。
「魔力の結晶ってとんでもないエネルギー源だ!!これを使えば魔道具の幅が…!!」
「お兄様」
私が横から微笑みを浮かべて声を掛けると、お兄様は嬉しそうに私に声を掛けようとして、周囲の現状が視界に入ったのか表情が固まって顔色が悪くなっていく。
「ト、トリア…。やあ、元気か…い?」
「ええお兄様、お陰様で」
私はお兄様の言葉に食い気味に返事を返す。笑顔の仮面は浮かべたままだ。お兄様は引き攣った笑みを浮かべて固まってしまっている。
私の後ろでアルが殿下の側近に「あいつは怒らせるな」なんて言っているのはとりあえず無視だ。
「休日の昼下がりに悲鳴と、破壊の音が聞こえてくるくらいには長閑な一日ですわね」
嫌味を盛大にぶつけながら一歩近づいて、部屋の中を覗き込む。そこには蛇の形をした水に追いかけられ逃げ惑っている殿下とシリウス、テーブルを盾にロイスとマークが隠れているのが見える。部屋には暴風が渦巻いており、自分から外に飛び出すなんてできない状況だ。
「殿下、シリウス、ロイス、マーク!大丈夫?」
私は入り口から声を掛ける。殿下とシリウスはこちらを見ると慌てて逃げろと声を荒げる。
水の蛇の尾を目で追うと床に転がっている魔道具から出ている。私は氷魔法で水の蛇を凍らせて、自分の周りにも聖魔法の結界を展開して部屋に入った。そして転がっている魔道具を拾い上げ、中に入っている結晶を取り出した。すると蛇は粉々に崩れ去り、ついでに結晶も力尽きたのか砕け散った。そのついでに横にある暴風を振りまいている結晶も踏みつぶしておく。
「ベルトリア嬢、助かった…」
殿下が息を荒げながらその場で天を仰ぐ。
「トリア、ありがとう。本当に…」
シリウスも溜息を零して膝に手をついて息を整えている。テーブルの陰から出てきたロイスは腕から血を流していて、マークは足を引き摺っている。そしてその彼らの陰からリズベットも出てきた。
「もう本当に、マッドサイエンティスト…」
彼女はそう呟いて、涙を浮かべながら私に抱き着いて崩れ落ちた。ロイスとマークも苦笑いしながら、アルに傷の手当てを受けている。
「何が起きたの?」
「もう思い出したくない」
リズベットはそう呟いて、恨めし気にお兄様を睨む。私より氷魔法の得意なお兄様は、「やり過ぎた…」と笑いながら、目を泳がせていた。