58 極悪非道エルフと砂漠の怪物 1
それは正しく神話の体現であった。
砂漠より現れたのは砂で体を造り上げた、ドラゴンだ。
二百年前戦ったドラゴンの五倍はある巨体、そして見たことの無い程の魔力量に、流石のルナリアも圧倒される。
「っと、ビビってる場合じゃないな。行くぞ!クソトカゲッ!」
ルナリアはすぐに覚悟を決めると、地面を蹴ってドラゴンの眼前へと飛び上がった。
「出し惜しみは無しだ、吹き飛べ!」
そう言ってルナリアが全力で剣を振り抜くと同時に、凄まじい衝撃波が発生する。
すると直径4mはあるであろうドラゴンの首は簡単に切断され、ドオォォォォン、という轟音と共に地面に落下した。
しかしドラゴンは頭を拾い上げると元あった位置に戻し、再び咆哮を上げる。
大騒音に顔をしかめながら地面に着地すると、ルナリアはドラゴンの魔力を探り、剣に魔力を纏わせた。
「…………クソッ、魔法の核を常に動かしてるのか」
恐らくだが核となっているのは先程吹き飛ばした頭だろう。
それを砂の中で絶えず動かしてルナリアを撹乱するつもりらしい。
「大成功じゃねぇか、腹立たしい」
怒りの余り歯をギリギリ鳴らすルナリア。
これほど激しい怒りに身を焦がすのは久し振りだ。
他の感情を呑み込み、ひたすら燃え上がる様は正に煉獄。
そんな地獄の窯のような心に理性で蓋をしながら、ルナリアは、ふとあることに気が付いた。
ドラゴンと人の盟約において、人がドラゴンの姿になるのは禁止されている、という事だ。
盟約を破ればドラゴンの怒りに触れ、ただでは済まされない。
下手をすれば種族間で戦争となるだろう。
「面倒臭いことになるな…………」
そう思った次の瞬間。
「グラァァァァア!!」
「キュラァァァァア!!」
「デュレアァァァァア!!」
空を埋め尽くすような黒い影が次々と飛来した。
どうやら気付くのが遅かったらしい。
全方角の空からドラゴン達が集まり、砂のドラゴンの頭上を旋回し続けている。
彼等の目は殺意に満ち溢れ、今にも襲い掛かりそうだ。
この時ルナリアは直感した。
ああ、また神話ができるな、と。
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一分もしない内に辺りは夜のように暗くなった。
その原因であるドラゴン達は旋回しながら砂のドラゴンを見下ろしたまま一向に攻撃する気配がない。
痺れを切らしたルナリアは弓を構え、矢をつがえると一際大きいドラゴンに狙いを定める。
「降りてこい、よ!」
ヒュンと風を切る音と共に矢は一直線に標的へと飛んでいき、ドラゴンに命中する。
残念ながらドラゴンに矢が刺さることは無いが、気を引くことには成功したらしい。
ルナリアの望み通り、ドラゴンは急降下し始めた。
ただし、目を怒らせながら。
半ば地面に激突するような形で着陸すると、ドラゴンは体を起こしてルナリアを睨み付ける。
「よぉ、アルドル。何しに来たんだ?あ、もしかしてドラゴン流ダンスパーティーか?」
怒っているであろうアルドルの鼻先を叩きながら、ルナリアは勤めて明るく尋ねた。
だが彼は不機嫌そうに低く唸ると、自らの喉に魔法陣を展開し、深々と溜め息を吐く。
『あれが踊っているように見えるか?盟約違反の取締に決まってるだろう』
そんなことは知っている、と内心毒づくルナリア。
しかしここでそんなことを言って一悶着起こす方が、黙っているより面倒な事になるのは自明の理だ。
仕方無く笑顔でアルドルの鼻先を撫でながらルナリアは彼に語り掛ける。
「そうか、なら手伝ってやるから力を貸せ」
『フンッ、その必要はない。私の合図一つで同族達が一斉に攻撃を始める。それで全て終わるだろう』
黙って見ていろと言うようにアルドルは空へと舞い上がり、仲間達の元へと戻っていく。
「ルガァァァァア!!」
天を割るような咆哮が響いたのはそれから数秒後の事だった。
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アルドルの咆哮を合図にドラゴン達は一斉に攻撃を始める。
炎や氷のブレスや雷が降り注ぎ、数多の光線が放たれ、魔力で作り上げた槍が投げ込まれた。
しかしそれらを物ともせず、砂のドラゴンは逆に大量の魔法陣を展開し、お返しと言わんばかりに空へと魔法を放った。
「ルグゥ……」
「ギ、グア……!」
「ユガァ!?」
次々と打ち落とされるドラゴン達。
彼等が地面に落ちる度に起こる地響きに肩を竦めると、ルナリアは空へと目配せする。
ものの数秒でアルドルが目の前に降りてくると、ルナリアは不敵な笑みを浮かべ、彼の鼻先を叩いた。
「さて私の作戦を聞いて貰おうか?」
『嫌な予感しかしないのだが?』
そう言ってアルドルは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
対するルナリアは苛立ち紛れに足下に落ちている砂をアルドルの鼻の中に投げ込み、咳き込む彼を睨み付けた。
「んだよ、腰抜け蜥蜴が。少しくらい協力しろ」
『それ、が……ゴフッ!……ドラゴンに、ものを頼む態度、か?ゴフッ!……ルナ、リア……ゴフッ!』
鼻の痛みに悶絶するアルドルを見て嗜虐的な笑みを浮かべながら、ルナリアは退屈しのぎに剣を振り回す。
「嫌なら別に構わない。傀儡の魔法で全員特攻させるだけだからな?」
意地悪さが滲み出るほど優しくそう言うと、ルナリアは剣を鞘に戻し、魔力を揺らめかせる。
『げ、外道が……ゴフッ!』
既に自分達から主導権が失われたのに気が付き、アルドルはルナリアを睨み付けるが、完全に後の祭りだ。
その上、アルドルの言葉を聞いたルナリアは邪悪な笑みを浮かべ、大仰に一礼する。
「お褒めに預かり光栄だ」
いつかルナリアに一泡吹かせてやる。
そんな無謀な決意をするアルドルだった。




