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いつも月夜に血の宴  作者: 桂木 一砂
第一章:吸血鬼の夜
39/168

38.贈り物には思いが込められているのです。



「……ね、ねえ、あんた」


 第三者の声が聞こえたので、私はそちらを振り向きました。

 雑貨屋の女主人でしょうか、化粧の目立つ、婀娜っぽい女性が立っております。


「はい、何でしょう?」

「お、お兄さんは吸血鬼だよね?」

「ええ」


 血色の瞳も隠しておりませんし、見た目からして吸血鬼でしょう。休憩時間に抜け出して来たので、服装も黒のスーツでそれらしいです。


「りょ、領主がどうとか聞こえたんだけど……」


 女主人はきょろきょろと視線が落ち着きません。

 まあ、ふつう目の前にいきなり領主がいるとしたら、驚くでしょうね。


「ええと……はい、そうですが」


 すこし躊躇いましたが、私はうなずきました。騒ぎになってしまったら悪いですけれど、今の店内には人もおりませんし、否定するのもおかしいですし。


「あああ! やっぱり!」


 それを聞いた女主人は飛び上がって、慌てふためいて店の奥に姿を消してしまいました。何なのでしょう。

 突飛な行動に私も次の行動に移れずにいると、女主人はばたばたと足音を立ててすぐに帰って来ました。何やら箱を抱えています。

 相当急いだのか、荒い呼吸を整えながら、彼女は箱のふたを開けました。


「あ、あんたが領主だってんなら、これをもらっておくれよ。あたしの亭主が作ったものなんだ」

「え、ええっと……?」


 何が何やらわかりませんが、そのご亭主が私に受け取って欲しい物があるのでしょうか。私とフレッドは思わず顔を見合わせ、そろって箱を覗き込みました。

 そこには筆記具や定規、製図器などといった、何やら重厚な装飾が施された文具が目立っておりました。良く良く見れば、本来実用的なそれらの品に、宝石なども装飾として使われているようです。高級そうですね。

 城の執務で使う文具もかなりの高級品ですが、双子の趣味で至ってシックなものです。一見地味でありながら、実は精巧で丈夫な、瀟洒な品なのです。

 こちらはそれに負けてはおりませんが、だいぶ派手で、一見して高級品だと丸分かりですね。私の趣味ではありませんが、悪いものでは決してありません。きっと良い値段が付くし、高く売れるでしょう。

 それをわざわざ私に貰ってほしいとは、どういうことなのでしょうか。


「あの、すみませんが、ご亭主はどういう……」

「亭主は半年前に、馬から落ちて死んじまったんだ。まあ、運動不足だったし仕方ないねえ。運がなかったんだよ」


 女主人はしんみりと、遠い目をしています。亡くなったのは残念ですが、そのご亭主に私は心当たりがありません。

 実はこの女性を知っているのかと、私は必死に記憶を掘り返していると、女主人はさらに言い募りました。


「あたしと亭主の間には、息子と娘がふたりずついてね。まあ、もうどっちもひとり立ちしちまったんだけど、立派に教鞭をとって子どもたちに教えてるんだ。鼻が高いよ。でね、あたしたちは編入者なんだけど……」


 女主人の話は長いものでした。休憩時間が過ぎてしまうと焦ったのですが、口を挟む余裕もありません。

 後でまた双子たちにも謝らねばと思いながら、彼女の話に耳を傾けました。


 何でも、家族四人でアマデウス領に編入して来た彼女たちですが、元いた領地はウォステンホルム領。

 ……悪名高い、不定形の血族、その領主が治める土地でした。




 極夜の国では、基本的に人の移動を許しておりません。

 極夜の国の外からやって来る人はいても、出て行くことはできません。それは領地に住む住民も同じで、基本的に生まれた土地で生涯を過ごします。同じ領地内の町村に引っ越すことはできますが、領境を超えては不可能です。


 ……それでも、禁を犯し、掟を破ってでも逃げ出す者は後を絶ちません。

 それはそうでしょう。吸血鬼に生き血を啜られることが、どれだけ人の尊厳を損なうのか。誰もが良く知っていることです。

 人の尊厳がどうとか、私は偉そうにヘルシングの者に言ったこともありますが、所詮は吸血鬼の戯言です。彼女もわかっていて、そしてヴィクターたちを助けるために、あえて乗ってくれていたのでしょう。


 私はカラスの血族ですので、人の生き血を啜っても、人は血液を失うだけで済みます。一気に大量に吸われたら命の危険がありますが、そんなことはめったに起きませんし、起こさせません。噛みついたことによる一時的な朦朧状態はありますが、それは比較的短時間で解けるものです。後遺症も残りません。

 ……ですが、他の血族は違います。


 オオカミやコウモリの血族も、生き血を啜った人間を必ずしも死なせはしませんが、強力な催眠状態に陥らせます。オオカミの血族は呪具でそれを解くことができますが、コウモリの血族は噛んだ本人が死ぬまでそれが続きます。

 不定形とヘビ、そしてトカゲの血族はより苛烈です。強力な催眠状態に陥ることは共通しておりますが、ことは人の生死に関わります。

 トカゲの血族に噛まれると、遠からずその者は死んでしまいますし、ヘビに至っては死んだ者が必ず吸血鬼となって蘇ります。もっとも、なり損ないになる確率も高いようですが、より悲惨なことでしょう。ですが、トカゲでしたら呪術で、ヘビでしたら吸血鬼の死亡によって、それを防ぐことができるのです。

 不定形の血族は、いかなる手段を持ってしてもそれを防げません。噛まれれば必ず死に、吸血鬼となって蘇ります。その恐怖はいかほどでしょうか。


 ですので、不定形とヘビ、トカゲの領主を頂く領民は、その恐ろしい脅威に耐えねばなりません。

 そして耐えかねて、逃げ出す者も多いのです。


 もっともそれは、たいていの場合未然に防がれてしまいます。単純に力では敵いませんし、それはいかなる武器を持ってしても覆せるものではありません。極夜の国では、吸血鬼たちの弱点を手に入れることは難しいですし、そもそもそれを知らない者も多いのです。吸血鬼の弱点や重要な秘密を漏らせば、いかなる者であれ厳罰に処されるのですから。

 恐怖や処罰から無事逃げおおせ、命を繋ぐことが出来る者は、そう多くありません。


 ウォステンホルム領から逃げ出した、女主人たちもそうでした。彼女たちは知人や近隣住民からの密告であっさりと捕えられ、そのまま領主の食事として捧げられるところだったのです。

 その時に、彼女たち一家にとっては幸いなことに……領主たちにとっては不幸なことに、血族の争いが起きました。


 極夜の国では、吸血鬼が命を落とすことは稀です。外から潜入した腕利きの吸血鬼ハンターに殺されるか、仲間に殺されるか。このふたつにひとつです。

 吸血鬼になったばかりの者が自殺をすることも多いですが、まあここでは省きましょう。


 吸血鬼はそれぞれ、血筋に激しい思い入れがあり、血族で固く結託し、結びついています。それが吸血鬼同士への争いに進展してしまうことは、ままあるようです。

 直系や傍系、大吸血鬼の系譜。同じ血族であってさえ、その区切りは明白です。血族の誉として、あるいは領主などの地位を求めて、吸血鬼たちは合い争うことがあるのです。


 ウォステンホルム卿はその時に討たれ、領内は大混乱に陥りました。

 吸血鬼たちの争いの中、混乱に生じて、彼女たちはほうほうの体で逃げ出したのだそうです。

 とはいえ、簡単に境越えなどできません。領内も戦火と混乱が続き、人々は進退極まってしまいました。

 そんな中、争いの長期化を恐れた領内の吸血鬼たちが、元老院に助けを求めたのです。


 一時的にウォステンホルムは、元老院の預かりとなりました。混乱を迅速に収める為、各地の吸血鬼たちにも協力を要請しました。

 その時に領地を訪れた元老院の使いに、彼女たちは拾われたのだそうです。


「ほんとうなら、農作物が全滅しようが町が焼かれようが、山が吹き飛ぼうが領主が死のうが、人が移動できるはずもなかったんだけどね。だけどまあ、何とかその人に取り入って、何とか移動できないか頼んだんだ」


 そういった人間は多かったでしょうが、そう簡単に希望が通る訳もありません。

 ただその時のウォステンホルム領は、吸血鬼同士の激しい戦いで、国土が灰燼に帰しておりました。高い魔法技術を有する吸血鬼といえど、おいそれと手出しできる状況にないほど、酷い状態だったようです。

 不定形の血族は非常に強力な者たちですから、ひとたび荒ぶれば、その存在自体が災害のようになってしまったのでしょう。


 復興に向かうための潤沢な資金援助と技術協力、そしてそれと引き換えに彼女たちを受け入れてくれる領地があれば、移動を許可する約束を取り付けたのです。

 とはいえふつう、そんな中で手を挙げる領主はまずおりません。

 逃亡未遂者というだけで吸血鬼からの印象は最悪ですし、また逃げ出される恐れがあります。

 何より、他の領地のことに関心を示す吸血鬼はまずおりません。対価もなく、人を大量に融通してくれるというのであれば飛びつく領主もいたでしょうけれど、対象の人間はごく少数であるのにも拘らず、変わり膨大な援助協力を約束されてしまいます。


 基本的に吸血鬼たちは、他の領地に興味を示しません。

 己の権力が向かうのは自領内だけ、他の領地に口を挟むこともできませんし、他の領主からちょっかいをかけられることもないのですから。ほとんどの領地内ですべてが完結しておりますので、助け合うことはほとんどないのです。

 困ったら元老院がありますので、そこに助けを求めるくらいですね。他領との交流さえないところがほとんどです。


 ですので、わざわざ同じ血族でもない、血を同じくする者でない領主の領地のことなど、ほとんどの吸血鬼が関心さえ持ちませんでした。社交界などで話題になって、それでお終いです。面倒なことは元老院にすべて任せてしまえという認識でしょう。案外薄情なのです。

 そこまでしてたった数人の、人の命を救おうなどという、奇特な領主はまずいないのです。


 ……はい、お分かりですね。それが私です。

 いや確かに数年前、どこか遠い領地で争いがあり、援助と人の受け入れを打診されたのは覚えています。あまりに多額の資金と大量の物資を求められたので、領主代行を一任していた双子からも、私に連絡があったのです。

 無能で無責任な領主の私は、ひとまず領地に戻って双子から話を聞き、フィリップたち行政区の者からも意見を求めました。

 城に計上していた予算も余りまくっておりましたし、天候も良好で魔物の害もなく、農畜産物や海産物、その他貴金属などの資源も潤沢でした。供給の増加が過ぎ、価格破壊が起きても困りますし、何より経済について詳しくない私に、その話を受けた方が美味いのだと指摘してくれた者がおりましたので、私はあっさりそれを認可したのでした。


 資金援助も技術・物資の支援も、予備を切り崩した程度で落ち着きましたし、受け入れる人員も少ないのです。大きな混乱もなく、その話は無事片付いて終わりだと、私はまた仕事をさぼって領地を飛び出したのでした。

 ……そうですよね。少数とはいえ、それはたしかに人の命です。他領のこととはいえ、れっきとした人間を私は受け入れたのですよね。

 アマデウスの領民に対して、最低限誠実でいようとは思っておりましたが、他の領地のことは手を出そうにも出せません。それを受け入れているうちに、そこにある人命を、あまりにも軽く受け取ってしまったのでしょう。

 これはちょっと、非常にまずいですね。人に顔向けできません。


 ですが女主人は、そんな私に言うのです。


「ありがとう、領主様。あんたのおかげであたしたちは救われた。ここはあり得ないくらい、人間が生き生きと暮らしてる。カラスの領主だなんて弱っちくって、大したことないだなんて思ってたあたしが恥ずかしいよ」

「ははは、違いねえな。こいつへたれだし。あんた、こんなんでも仮にも領主に向かってなかなか言うなあ」


 フレッドの言葉に、女主人はきょとんといたしましたが、その顔色が一瞬で真っ青になりました。手品のようです。


「ああああたしったら、りょ、領主様になんて言葉遣いを……それも恩のあるお人に、あ、あの、その……」

「いえ構いませんふつうで。むしろふつうでいてください……」


 自己嫌悪中の私はそれどころではありません。相手が恩を感じてくれているのに、それを大したことではないとあっさりと忘れているという無自覚さ。その無責任さを痛感しているのです。

 人のためになることをしようと頑張り、それが報われて人が喜び、それを良かったと感じて、恩に感じる必要などないと言うのではありません。むしろ、逆に悪意に近いでしょう。それを恩と感じられると、私は立つ瀬がありません。


「い、いえ、でもあたし……」

「私は元人間の庶民でしたから、難しい話がわからないのです。そのお礼は、私にそうするよう進言してくれた方に言うべきです。なので私は偉くも何ともありませんから、どうか、ふつうにしゃべってください……」


 焦る女主人を前に、罪悪感で潰れそうなのを、私は必死で堪えておりました。

 きちんと仕事と向き合い、真面目に取りかかるようになってからこちら、領主としていたらない点ばかり見えて来て、非常に心が痛むのです。放浪していた数年間の無神経が、ここにきて逆襲しに参りました。

 ……エリといちゃつきたいですけれど、彼女が寂しがらない限り、真面目に仕事に打ち込みましょう、ええ。


「それで、その箱の中身をこいつにってか? 礼ってことなら受け取らなきゃなあ、アベル?」


 そしてこの男は、先ほどからにやにやしっ放しです。何だと言うのでしょう。

 私は痛む胸を押さえながら、あらためて箱の中を見ました。筆記具や小物は華美ですが、ていねいな造りです。


「……これを、ご主人が私にと?」

「え、あ、う、うん、そうだよ。亭主は手先が器用でね。いつかお城に献上するつもりだったんだけど、なかなか機会がなくてね。あんた……領主様はお忙しいみたいで滅多にいなかったし、是非手渡したいって亭主が言っててね」


 これ以上は罪悪感で死ねるので止めていただきたいです、ええ。

 ……こんな私では非常に受け取りづらいのですが、この気持ちは甘んじて受けるしかないでしょう。ここで受け取らないのも失礼ですし。

 私は箱の中をじっくり見ていますと、ふと、ふたつのものに目を止めました。

 ペーパーウェイトです。手のひらに包める程度の大きさで、表面がつるりと美しい品でした。恐らく魔法水晶製で、中にみずみずしい花が閉じ込められています。ふたつあって、片方がバラ、もう片方がラベンダーです。他の品と比べるとずっと落ち着いた装飾も一緒に閉じ込められ、青い宝石がまるで雫のようでした。

 否応なく、エリと、エリと出会ったラベンダー畑を思い出します。


「これをいただいても良いでしょうか」


 気づいた時には、私はそれを手にしていました。手触りの良い、しっくりと使いやすそうな良い品です。


「えっと、あの、亭主がこれを全部……」

「全部はさすがにいただけません。かなりお金のかかった品のようですし、たしかに領主が使っても十分な品です。けれどこんな私には勿体なさすぎます。それに、ご主人の形見なのでしょう? ならば、あなたの手にも残してあげるべきです。ご主人もきっとそう望まれるでしょう」


 正直に、あなた方のことを忘れていましたので受け取れませんとは、さすがに申せません。

 胃がきりきりと痛んで来ましたので、これでどうか許していただきたいのです。全部受け取ってしまったら、最低どころではないでしょう。


 女主人はまだ迷いがあったようですが、箱の中をじっと見つめてから、そっと蓋を閉じました。それを大事そうに抱きかかえて、恭しく頭を下げます。


「あ、ありがとうございます、領主様。子どもらも是非お会いしたがっておりましたし、近々お目通りいたします」

「でしたら、どうぞふつうに、楽になさってください。肝が小さいので、領主の責任に押しつぶされそうです」


 私が平生を装って懸命にお願いしますと、女主人はやっと顔を上げて微笑んでくれました。


「……変わってるって聞いたけど、ほんとにおかしな領主様だよ。この領地に来て吸血鬼に会ったこともあったけど、一番腰が低いんじゃないかねえ?」

「そこらの一領民と比べても、あんたのほうが丁寧って、まああんたらしいっちゃあんたらしいな」


 フレッドに便乗を許したつもりはありませんが、ここでは私の立場が悪過ぎます。黙っておきましょう。


「今月の終わりに夜会があって、アマデウス城もある程度開放されます。都合がついたら是非来てください」

「はい、ありがとうございます、領主様」


 女主人が喜んで微笑んでくれたので、私はやっとひと息つけたのでした。


 ……いただいたペーパーウェイトは、私も使わせていただきますけど、ひとつはエリに贈りましょう。

 きっとご亭主も、私がひとりで使うより嬉しいでしょうし、彼女もきっと喜びます。


 ちょっと休憩がてら、フレッドをからかってついでに城下町を歩けると思ったら、だいぶ胃を痛めてしまう結果になりました。

 ですが、会っておくべき人とも出会えましたし、良いいただきものも手に入りました。

 ……たまには、城下町を見て回るくらい、良いでしょうか。



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