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氷雪の檻と白銀の騎士〜四の姫外伝  作者: 十海 with いーぐる+にゃんシロ
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6.炉端より


 これで、自由になれます。

 確かにそう言った。でも何から?


「えーっと……」


 夫妻の言葉の意味する所を掴みかね、首を捻っていると。


「ありがとう、騎士さま」

「今度は、ちゃんと聞いてくれたんだね」

「え? 君ら、いったいいつの間に!」


 町に居るはずの姉と弟が、すぐそこに立っていた。こんなに近くにいるのに、足音が全く聞こえなかった。いや、背後の雪原には、足跡すらも無い。

 その時、初めて気付いたのだ。解放された左の瞳に写る姉と弟は、この世の存在ではなかった。彼らの両親も、また……。


「ありがとう」

「もう、寒くない」

「やっと………これで……」


 四人は抱き合い、消えて行く。赤々と燃える炎よりもなお暖かな光に包まれて。

 それは、肉眼では決して見えない光。この世と、別の世界を繋ぐ道が現われた印だった。その時それぞれに色も、帯びる性質も違っている。

 今、目の前で四人を包む光はタンポポの花びらにも似た黄色で。春先の日だまりのように穏やかな温かさを放っていた。

 不意に光が強くまたたき、消える。

 何もかも夢だったように、あっけなく。


 道が、閉じたのだ。


「あの子ら、生きた人間じゃなかったんだ」

「そうですよ?」


 さく、さくと雪を踏んでシャルダンが歩み寄る。


「先輩も、てっきりわかってて飛び出したものと思ってました。あえて魔物を倒すために!」

「いや……ぜんっぜん気付いてなかった」

「えー」

「ってかお前はどうなんだよ。わかってたのか?」

「はい」


 シャルダンは胸を張って答えた。よどみのない声で、朗々と。


「打ち鳴らされし時は、一命に換えても開けるべし。何人たりとも拒むなかれ」


 それは、門を守る騎士が、勤務に入る前に必ず唱える誓いの言葉。


「相手が生きてるか、死んでいるかは、この際些細な違いですよね。助けを求めてるのは、変わらないんですから」

「ああ。その通りだ」


 異界の存在に出会うと、ほぼ無意識のうちに左目が反応する。あの時も、死せる姉弟の正体を看破するほどではなかったにせよ、彼らが『見える』だけの力は出ていたと言うことか。

 では、エミリオは?


「えーっと、ひょっとして君も見える人、なのか?」

「いいえ」

「じゃあ、術で?」

「いいえ。自分、中級ですから!」


 きっぱりと答えた。


「はっきり言って、全然見えません。声も聞こえません」

「そうなのか」

「あ、さっきはちらっと何か光ったなーってのはわかりました」

「でも、でもあの時、後を任せたってシャルダンに言われて、わかったって答えてたじゃないか!」

「あれは、てっきり門番のことかと」

「え、そうだったの?」


 何とも呆れたことに、当のシャルダンが目をぱちくりさせて、首を傾げている!


「おう。あの後すぐに交代の人たちが来たから、お前を追いかけて来たんだ」

「そーだったんだー」


 通じ合ってるかと思えば微妙にずれてるエミリオとシャルダン。

 そして、後先考えずに突っ走ってたダイン。

 結果、大雪の夜にまんまと魔物の待ち受ける荒野に飛び出した。


「もしかして……すっごいピンチだったのかな、私たち」

「そうかも?」

「あの再生能力は厄介だったしな。エミリオが来てくれて、本当に助かったよ」

「ですよね!」


 何故かシャルダン、我がことのように満面の笑みでうなずいている。ずいっと胸を張って、ものすごく得意げだ。


(なんか、ネズミとっつかまえた時のちびに似てるなあ……)


「あ。あ。あーっ!」


 いきなり至近距離にシャルダンが顔を寄せてきた。近いも近い、もう少しで額と額が触れそうなくらいに。青みを帯びた緑の瞳が、じっとこっちを見つめている。

 今、この瞬間、自分と代わりたいと願う女性が何人いることだろう。


「な、なんだ。どうした?」

「ダイン先輩も再生してる!」

「は?」


 試しに頬をなで回す。さっきまで皮膚を苛んでいた疼きが、消えている。

 魔物の凍てつく吐息を浴びて、凍傷に冒された顔が、首筋が、そして腕も……きれいに治っていた。


「すごい体力ですね! さすが鍛えてる人は違うなあ」

「んな訳ゃねーだろ!」


 冗談でも皮肉でもなしに、本気で言ってるから困る。


「フロウだよ」

「ああ」


 ぽん、とシャルダンは手を叩いてうなずいた。


「彼氏さんの仕業かぁ」


(仕業って、お前ねぇ……)


「あっちには、ちびが一緒にいるからな」

「え? 先輩の猫?」

「なるほど」


 きょとんとするシャルダンの横で、エミリオがうなずいた。


「使い魔を中継して治癒魔法を送ったんですね。流石、本職魔術師!」

「そう言うことだ」


 ……多分。

 エミリオの説明を聞くや否や、むうっとシャルダンが頬をふくらませた。


「いいなーいいなー、ダイン先輩の猫いいなー」

「あのなぁ」


 果たしてどこを指しての『いいなー』なのか。こいつの場合、呪文の中継云々より、単純にふわもこを羨ましがってる節がある。


「ふわもこいいなー」


 やっぱり。


「お前には俺がいるだろ?」


 むくれる騎士の銀髪を、わしっと陽に焼けた手がつかむ。そのままくしゃくしゃなで回しはじめた。


「中継なんかするまでもない。直にすっ飛んで来るよ」

「今みたいに?」


 ちろっとシャルダンは上目遣いにエミリオを見つめた。こっくりとエミリオが頷く。


「ああ。今みたいに。俺と猫、どっちがいい?」

「エミル!」

「よし」


 そんな二人を見ながら、ダインはそこはかとなく、腹の内側からじわじわむず痒さが広がるのを感じていた。かろうじて腕をかきむしるのはこらえたが。つい、口元がひくひくとひきつってしまう。


(痒いってぇか、くすぐったいってぇか……ああもお!)


 相棒って言うよりやっぱり夫婦だよ、こいつら。しかも、新婚さんと熟年夫婦のいいとこ取りのブレンドだ。

 これは、団長も予測してなかったろう。

 だけどこれはこれで、やっぱり若手騎士の魔術師嫌いを緩和してくれるにはちがいない。


(こんなの見せつけられたんじゃあ、毒気抜かれちまうわな)


     ※


 フロウはふーっと息を吐いて、肩の力を抜いた。左腕の木の腕輪から、すうっと光が消える。陽に透ける若葉にも似た緑色の光だった。


「ったく世話焼かせやがって、あの馬鹿犬が」


 腕の中でもぞもぞと、黒と褐色の斑の猫が身じろぎする。


「ぴゃあ」


 暖炉の前でゆっくりくつろいでいたら、いきなりちびが悲鳴を挙げて飛び上がった。床の上でぐるぐる走り回り、もわもわにしっぽを膨らませ、叫び始めた。


『ふーろう、ふーろう! とーちゃん寒い! とーちゃん、痛い!』


 ダインの身に危険が迫っている。直感で悟り、ちびを抱えた。

 途端に、感じた。冷たさ故に肌を焼き、生きるのに必要な熱と活力を根こそぎ奪う、死の吐息を。


『やばい』


 すかさず治癒呪文を唱え、腕の中のちびを通して送り届けたのだった。

 その甲斐あって、無事、危機を脱したのだろう。

 ようやくちびが落ち着き、のどをごろごろ鳴らし始めたのがつい先ほどのこと。


「ご苦労さん。今、ミルクあっためてやるからな」

「ぴぃ!」


 しゅるりしゅるりと肩にまとわりつく猫を伴い、台所に向かう。

 遠くからかすかに、真夜中を告げる教会の鐘が聞こえてきた。


「やれやれ。結局、あいつの夜勤に付き合っちまったな」

 

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