祝賀会そして卒業
第28話です。
翌朝の起床は早かった。なぜならば夕方に行われる祝賀会で出す料理を準備するためだ。朝起きるとすでにシーナとノルデンは忙しそうにキッチンで手を動かしていた。
「お、起きたかタツキ」
「おはようございます。何か手伝えることはありますか?」
聞くとノルデンの後ろで調理をしているシーナがノルデンに視線を送った。シーナは俺と一緒に作業をしたいらしい。俺も一緒に作業するかしないで言ったら、どちらかというと一緒に作業がしたい。
「そうだなぁ。よし、スープを作っているシーナのことを手伝ってやれ。ハルタ、お前は私と少し買い出しだ」
「俺も宿にいてはだめなんですか? 重い荷物持つの嫌ですよ~」
ハルタはまだ眠そうだ。以前ノルデンさんと買い出しに出た時には腕がちぎれるんじゃないかと思うほど買ったものを持たされた記憶がある。
「男ならつべこべ言わずに黙ってついてこい」
「わかりましたよ」
だらんとした背中が宿から出ていくのを申し訳ないと思いながら見送った。
「さてと、何を俺はすればいいかシーナが指示を出してくれ」
「じゃあ、あいさつ代わりにハグを私にしてください」
そういうことじゃないんだが。しかしながらハグをしないとこれから何も進まないぞというような面構えでこちらを見つめているので仕方なく彼女にハグをした。
「やっぱりまだ慣れない」
「どういうことだ?」
「タツキに近づくと体が熱くなっちゃう」
「俺もだ。そういえば俺たちは付き合ってるってことでいいのか?」
「え? じゃあ何だと思っていたの?」
腰に手を当てて少しほっぺたを膨らませてシーナが言った。
「でも正式に付き合ってください的なことを言ってなかったなと思って」
「それなら今言って!」
「い、今!?」
「私のこと好きなんでしょ」
面と面で向かい合って告白するなど今までしたことが無いから緊張と恥ずかしさが体の底からこみあげて来た。
「俺とお付き合いをお願いします」
これでいいのか俺にはさっぱりわからない。
「喜んで」
すると入口のドアが開く音がした。ノルデンとハルタが帰ってくるのには少し早い。誰だろうか? 入口へ行くと、そこには見覚えのある姿があった。
「久しぶりじゃのう」
「ガムーさん!」
玄関にいたのはちょうど一年前くらいに宿を訪れたガリウドの友人でミズガルド大陸に住んでいるガムーだった。
「元気じゃったか?」
「もちろんです。ガムーさんこそ元気そうで何よりです」
ガムーと握手を交わした。
気になってシーナが見に来た。
「そちらのお嬢さんは?」
「私はサザンカ村出身のシーナです。ここでノルデンさんと共に働かさせてもらっています」
「そうか、これから数日の間よろしく頼むぞい。ガリウドはどこにおるんじゃ?」
「それについては少し話す必要がありますね。とりあえず食堂で話しましょう」
当前のことだが、ガムーはまだガリウドが犯した罪や彼が死んだことを知らない。
食堂のテーブルでガムーさんが居ない間に何が起こったかを詳しく説明した。ガムーは悲しそうで寂しそうでなんだかかわいそうだった。
「そうじゃったか。残念じゃが仕方がないのう」
入口が開いた音がし、買い出しからハルタとノルデンが帰ってきた。
「ガムー、久しぶりだな」
「久しぶりじゃなハルタもノルデンも」
「どうしたんだそんなに浮かない顔をして?」
ノルデンが聞いた。
「央都襲撃とガリウドの件をタツキから聞いてな」
「そっか、ガムーさん知らなかったんだ」
ハルタが言った。
「さぞかしノルデンはつらかったろうになぁ」
「私は裏切られた側の人間だ。悪党を自分の手で裁けたのはうれしいことだ。つらいと思うバカがどこにいる?」
人前では強がっているが今でもじつの弟を自分の手で殺したことに対するショックは大きいはずだ。そんなことをもろともせず生きていくノルデンの精神力は尊敬に値すると俺は思う。
「ならよかったが」
「こんな過去の話は今はなすべきじゃない。今日ここで祝賀会を開く。ガムーも手伝ってくれ」
「そうじゃな。考えるべきは今じゃな。手伝えることは何でも手伝おう」
ガムーはノルデンの言葉に押されて立ち直ったのか顔が明るくなった。
「タツキとシーナはどこまで準備を進められたんだ?」
「それがいろいろあってまだ全然進んでません……」
「まったく。このままだと間に合わなくなるぞ。ペースを上げて挽回するぞ。ガムーは宿の装飾を任せる。ハルタは私とスープ以外の準備だ」
それぞれが持ち場について本格的に祝賀会の準備が始まった。
それから数時間休みを一回も取らなかった。骨を折る作業ばかりだったが、無事に祝賀会開始時刻の前に準備を終わらせることができた。
少しすると太陽が地平線へと沈んでいき夜になった。そして予定の時刻になると参加者が宿に訪れ始めた。まず最初に来たのはカナリアとイヴェルさんだった。
「こんばんわー!」
元気いっぱいのカナリアが宿に入ってきた。
「ようこそ。お名前のチェックをを名簿リストにお願いします」
祝賀会のチェックは名簿にチェックを入れるような形で行われ、シーナが受付係になった。
カナリアやイヴェルさんの後に続くようにして次から次へと参加者が集まってきた。
無事参加者全員が集まりひと段落つくと皆に祝杯を挙げるための飲み物をハルタと俺で配った。カップの中にはユグドラシルで昔から祝い事に飲まれるものが入っていた。準備する際に味見したところ、味はほんのり甘くほんのり酸っぱいヨーグルトのようだった。
全員にカップが配り終わると今回の祝賀会の主催者であるノルデンさんが前で話を始めた。
「よし全員に配り終わったようだな。今日はみんな集まってくれてありがとう。この祝賀会は央都防衛戦の成功と私の弟子のタツキとハルタ、そして二人の友達のウルドとカナリアの卒業を祝うためのものだ。みんな互いに祝いあおう! 祝賀会をはじめる、みんな楽しんでいってくれ」
ノルデンがカップを持ち上げると周りにいた人も同じようにカップを持ち上げた。俺は慌ててみんなと同じように持ち上げた。
「央都防衛成功に」
イヴェル言った。
「タツキさん、ハルタさん、ウルドさん、カナリアさんの卒業に」
一年間担任だったフレイヤ先生が言った。
「乾杯!」
参加者たちが声を上げた。そしてこれと同時に祝賀会が始まり、楽し気な雰囲気が流れ始めた。
俺とハルタは料理を運ぶシーナとノルデンさんを手伝おうとしたが、祝賀会の主役が働いていては意味がないといわれてあっさり断られてしまった。こういう宴のようなものは過去に経験したことが無かったため何をしていいかその場に立ち尽くしてしまった。すると、イヴェルさんが話しかけてきた。
「二人とも卒業おめでとう。どうだい、今の気持ちは?」
「ここまで辿り着くまでに協力をしてくれた方々に感謝の気持ちでいっぱいです。そうだ、例の件ですが……」
騎士団入団についての答えをイヴェルさんに伝える必要がある。
「騎士団に入団するかの件かい?」
「はい」
央都襲撃の件をはじめとして騎士団にはたくさんお世話になった。本当は入団したい気持ちがいっぱいだが自分にはやりたいことがある。断るのが申し訳なく感じた。
「そのことならなんとなくではあるがカナリアから聞いているよ。タツキ君はほかの大陸への旅、ハルタ君は私の祖国へ行くであっているかな?」
「そうです。なので今回の提案は申し訳ないですが断らせてください」
「そんな申し訳ないだなんて。君たちの将来は君たちが決めるべきだ。そんな風には思わないでくれ」
「お気遣い感謝します。でもいつかは二人とも何かしらの形で騎士団に貢献したいと思っています」
「それで十分だよ。そんなことはさておき、うちのカナリアが一年間大変お世話になったね。ありがとう」
「いえいえ、こちらこそですよ。一生物の思い出が作れました」
「そうかよかった」
「二人ともお兄ちゃんと何話してるの?」
カナリアが割って入ってくるとイヴェルさんは騎士団のメンバーがわいわいと話しているほうへと行ってしまった。
「いろいろとだ」
「気になる! あっ、そうだ、ウルド君どこだろう?」
食堂を見渡すと隅に一人で料理を食べているウルドの姿があった。俺たち三人は近づいた。
「ウルド君、そんな隅じゃなくてもっとみんなの居るほうで食べようよ」
「俺はこういう雰囲気が苦手だ」
貴族という身分の彼にとってはがやがやしながら飲み食いをすることに遭遇することはまずないだろう。
「そうだ、この宿にはとっておきの場所があるぜ。ついてきてくれ」
ハルタがそういうと宿の上の階へと続く階段へと向かった。俺たちも後に続いた。ハルタは俺たちを屋上へと案内した。
「ここなら大丈夫だろう?」
「大丈夫だ。ここはなんだ? 武器や武装した人形が置いてあるが」
「ここは俺たちの稽古場さ」
「ここで腕を磨いてお前たちは強くなったのか」
ウルドが置いてある稽古に使う道具を手に取りながら見始めた。
「早く食べよう、冷めちゃうよ」
「カナリアの言うとおりだ。食べよう」
俺たち四人は俺とシーナが協力して作ったスープを頬張って食べ始めた。自分が作ったことや最高の仲間と一緒に食べているせいかとてもおいしく感じた。
「うまい! これタツキが作ったって本当?」
ハルタが驚いたように言った。
「味付けはシーナだ」
俺は野菜の具材を切ったりしただけだ。
「シーナさん料理上手なんだね」
カナリアが言った。ウルドは何も言わずに黙々と食べている。
「ハルタは本気でカナリアの祖国に行くつもりなんだよな?」
「もちろん!」
「そうか。ということは卒業するとみんな離れ離れだな。仕方がないことだが」
正直ハルタがそばにいないのは心細い。今までいくつもの試練を乗り越えてきた親友だ。もちろん、カナリアとウルドも一緒に戦うことができないとなるとモンスターと戦うときに安心感が低下する。
「離れ離れにはなってしまうけど私たちの“絆”は絶対に切れないと私は思ってる。だからまたいつかこうして皆で集まろっ」
「俺もカナリアと同意見だ。俺はこの大陸で当分修行を重ねる。お前たちに何かあればすぐに駆け付けよう」
「俺はカナリアの祖国に行く。そこまで遠くないから会えないことはないね。タツキはどの大陸に行くのか決めたの?」
「もちろんだ。俺は“ミズガルド”大陸へ行く。そこで経験を積んでくる」
「そうか、ミズガルド大陸を選んだか。あそこは生きていくことが容易ではないといわれている。絶対に死ぬなよ」
「ウルドのほうこそ雑魚モンスターどもにやられるなよ」
「ふっ、俺を誰だと思っている」
三人やほかの参加者たちと話や飲み食いをしているとあっという間に時間が過ぎてしまった。無事ノルデンが企画してくれた祝賀会は俺たち四人、そしてユグドラシルの人達の絆をさらに強固にして幕を閉じた。
翌日、雲一つない青空が広がる下で俺とハルタ、ウルド、カナリアは央都剣・魔術学校を卒業した。
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この第28話をもって第一章完結です。




