エピローグ
「ふぁぁ……」
アイラとの死闘から七日。治療を経て寝続けたディークはようやく目を覚ました。見慣れた天井を見上げ、鈍った体をゆっくり起こす。
「坊ちゃん、おはようございます」
「ああ、おはよう」
体に違和感はなく傷跡も残っていない。アイラがどうなったのかを知らないディークだが、自身の現状から無事に倒せたことを察する。
「セレスティア嬢を呼んで来ますか?」
「ああ、頼む」
ディークの世話をし続けたフレットは特に感慨もなくいつも通り接する。淡々と従者としての役割をこなすフレットはディークの傍に水を置いてから部屋を出ていった。
ディークは水を一息に呷りベッドから足を下ろす。体力が多少は衰えているが、立てないほどということはなく、ディークは関節をほぐしながら部屋のカーテンを開けた。明るい日差しが差し込み、時刻は正午前。
久しぶりなように感じる陽の眩しさに顔を顰めるが、すぐに目が順応し見慣れた景色が目に入ってくる。
「ディーク様、失礼します」
「ああ」
日向ぼっこを楽しんでいたディークの背後からセレの声が届き、返事と共に扉が開かれセレが入ってくる。ボロボロになった制服は既に新しい物と取り替えられている。しかし以前と違う場所が一つ。セレの右腕には袖がとされておらず、右肩はブレザージャケットがかけられているだけ。
「おはようございます。ディーク様」
「おはよう、セレ。元気にしていたか?」
「はい」
ディークは労うような声音で言葉を紡ぐ。一週間ぶりに何を話すべきか。そんなことで迷うディークではない。
「すまなかった。俺はお前を守りきれなかった」
「な……私は生きています! ディーク様は最善を尽くされました」
「だが、セレは片腕を失ってしまった。魔法だって以前のようには使えないだろう」
「命よりも重いものなんてありません。片腕がなくとも、生活はできます。命さえあれば、失った以上のものを得ることができます。ディーク様が気に病むことではありません」
セレの真摯な視線を受け取ったディークは、相変わらず心の強い人間だと呆れ半分で感心した。
「セレはそう言うが、これは俺の気持ちの問題だ。たとえセレや神が俺を許そうと、俺は俺を許せない。俺はセレを守りきれなかった。これからもきっと、平穏無事な人生とはいかないだろう。お前には、最善の道で幸せになって欲しいんだ。俺の元じゃなくても」
ディークは悔しげに呟く。自分以外の人間にセレが取られるのは御免だが、自身の近くにいることで不幸にしてしまうことはもっと嫌だった。今回のように力及ばず負傷させてしまうこともあるだろう。ディークはそれを何よりも恐れていた。
「俺は帝国の皇子だ。荒事にも巻き込まれるだろう」
確かめるようなディークの視線に、セレは目を逸らすことなく強く返す。
「私は公爵家の令嬢です。それなりの修羅場は潜っています。それに、私は守られるだけの女ではありません。共に剣を持って戦います」
制服の胸元にある校章に手を当てるセレは己の強さに自信を持ってディークに答えを示す。
「二度と傷つけさせはしない。俺の命に変えても、俺はお前を守る」
「もう、行動で示してもらったので。それに、死ぬ時は一緒です。私を一人にすることはゆるしません」
「ああ」
窓辺からセレの正面に迫ったディークは膝を折りセレの手を取る。
「改めて、俺の嫁に来い。必ず幸せにしてやる」
「こんな姿で宜しければ、喜んで」
ディークの言葉にセレは答えを示す。それを見ていたフレットから拍手が送られ、ディークの内側では精霊が口笛を吹いている。
ディークは立ち上がりセレを抱きしめた。左腕がディークの背中に回され、ディークはその細さを改めて実感する。
「死んでしまうんじゃないかと、心配したんですよ」
「すまなかった」
ディークの胸に顔を埋めるセレはか細い声でそっと呟いた。強い女が見せた弱い面にディークはたじろぎながらも、それが伝わらないように強く抱きしめた。
これにて完結とさせていただきます。続きは……反応(需要)があれば書こうかなと。一応構想は練っておきます。
長らくお付き合いいただき誠にありがとうございました。宜しければ評価、感想お待ちしております。
では、さようなら。




