9.これが本物ね! --泡--
陽の光を浴びて真っ白に輝く城の入り口に立ち、口が開いているのもお構いなしに、お伽話に迷い込んだようで興奮が止まらない。
「わあ! これがバレルシア城なのね、まるで灰かぶり姫の城のようで素敵だわ! 魔法使いが出てきても驚かないわね、ハロルドもそう思わない? 」
「-------------。」
------ もう、朝から口を開かないわね、声を出さないなんて、まるで人魚姫のようだわ----- 拙い記憶を掘り起こす。
人魚姫って、好きなんだけど悲しいのよ---。
助けた王子に会う為、声をなくして足を手に入れるの。
結局、王子は違う女性と結婚する事になるのよね? それを知って慌てた人魚姫の姉達が、王子を殺せば助かるからと、人魚姫にナイフを渡すのよ。
選択を迫られた人魚姫は、結婚式前日の夜に(奥さんになる人を抱きながら眠る)王子にお別れのキスをして、翌朝ナイフを海に捨てて、泡になって消えるのよね----。
人魚姫が別れのキスをしに来た時、王子や奥さんが実は起きていたとしたら、物凄く怖かっただろうと思いはするけど。
なんて良い子なのかしら---- 人魚姫って。
報われなさ過ぎるわ---- どうしよう、私も哀しくて消えそうだわ。
「よう黒子良くきたな! 歓迎するぞ!」
「----------- はぁ。まあ今は哀しいから良いですわ。こちらこそ出迎えて頂き有難う御座います。黒ちゃんのお城とっても素敵ね!」
玄関ホールで、訓練されたカーテシーをしながら挨拶をし、黒ちゃんに連れられながらドレスを捌いて歩く。
ここ最近、簡素なワンピースや制服ばかり着ていたので、久しぶりに締めるコルセットが辛い。
------ 侍女の本気を、久しぶりに見たわね。
バレルシア城を訪問する為、朝の支度をいつものように侍女に頼んだのだが、久しぶりに着飾るとあって侍女の気合いがいつもと違った。
侍女が時折見せる表情はまるで鬼のようで、チラリと見える度に、お腹が震えどうにか耐えていたが、コルセットを締めた時には、辛いやら笑えるやらで、もう堪らない。
---- 鏡越しだから、よけいに面白いのよね、顔が私から飛び出たと思ったら、鬼なんですもの。
支度が無事終わり、少しよろけながらも鏡の前に立つと、青紫のドレスに、可愛いらしい形のダイヤのネックレスをつけて、軽く化粧をした自分の姿は、確かに妖精のようで愛らしい。
---- 流石よね。何だか、自分じゃないみたいだわ。
城に一緒に来たハロルドの、黒い正装姿も久しぶりに見たが、前に夜会で見た時よりも洗練されていて、襟には青いダイヤのラベルピンがつけられ良いアクセントになっている。
---- 何だか、夫婦のような組み合わせね、お互いの色を身につけるなんて---- まあ、気にしないどきましょ。
そんなことより! 黒ちゃんに連れられて歩くバレルシア城内は、外見からの期待をまったく裏切らない。絵本でみるような城の作りに、どんどんと気分が高まってくる。------ これがバイブスって事かしら?
客間に着いたのか、黒ちゃんが扉を開け中に入ると、絵本で見るようなお姫様の部屋が目に映り、更にバイブスした。
------ これぞ皆が夢見る部屋よ! 天幕のベッドに、猫足のインタリアなんて可愛い過ぎるわ!
「兄とは夕食時に会えるからな、とりあえずお茶を飲んでから城内を案内してやる。父と母は忙しいようだから、明日挨拶してくれれば良い」
「そうですの、分かりましたわ。明日ご挨拶させて頂きますわね。お兄様には夜お会い出来るのね、楽しみですわ! そういえば黒ちゃんて、いつこちらに到着しましたの? 疲れてないようだけど----」
「俺か? 五日前に着いたな」
------ えぇ!! 黒ちゃんが出てから、私達は二日後に出発したから---- 九日で移動したってこと?! ---- これは本物だわ。
九日で着くなんて、三日も早く着いたのね。寝てないのかしら? 黒ちゃんを初めて尊敬したわ-----
「お前達遅かったな? いつ出発したんだ? もう少し早く来れたんじゃないか?」
「------- 黒ちゃんが本物すぎるのよ!」
このバレルシア城の一室にも、エレナの声は響き渡る。
ハロルドからの言葉を忘れて騒ぐエレナに、近くに控えていた付き添いの侍女は、珍しくため息を吐いた。
---- 侍女はこの日の夜、珍しく深酒をしてこう呟いた。
もう見てられない---- と。
こうして、学園にいる時と変わらない、嫌味のやり取りが始まり、結局城内を見る事なく夕食までの時間は流れていった。
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「初めまして。バレルシア王国第一王子、マイヤーと申します。遠くから足を運んで頂き、有難う御座います。学園では弟と仲良くして頂いているようですね。両親も私も感謝しています。エレナ嬢と、こうしてお会い出来、光栄です」
------ これは本物だわ。
黒ちゃんの言う通り、物凄く格好良いわね。
柔らかそうな金の髪は、短すぎずセンターで分けられていて、グレーダイヤのような瞳が、より落ち着いた雰囲気を醸し出し、背も高く体格もしっかりしてる。確かに、綺麗で男らしい。
---- 穏やかそうな笑顔ね、これで女の影がないなんて---- 本当なのかしら? これは、自国にいない好物件だわ!
訓練されたカーテシーと、鍛えられた表情で手早く挨拶をすませると、食事が用意されたテーブルへ案内された。
黒ちゃんのドヤ顔が目に映り、少し苛立ちながらも、鍛えられた表情のまま椅子に腰を下ろす。
---- 食事をする所作も綺麗だし、マイナス点は今のところ何もないわ---- どうしよう、、完璧すぎる!
それに比べて---- チラリ。
隣にいる黒ちゃんは、犬にしか見えないわね--- しっぽとお耳が、間違いなく私には見えるわ。
マイヤー殿下に話しかける黒ちゃんの姿は、お菓子を貰う時の忙しなく尻尾を振る犬にしかもう見えない。
「レオンから聞きましたが、自国の木を紙に変えて、国民の水準の底上げをすれば良いと言ったそうですね? 私もレオンから聞いて、眼から鱗が落ちました。エレナ嬢は博識なんですね、教えて下さり有難う御座います」
「いえ、貴国の事に私のような者が意見を述べるなど、出過ぎた真似をしました。申し訳ありません。それに、私の姉の方が賢くてとても博識なんですの。私は、姉を真似してるだけに過ぎませんわ」
「姉というと、第一王女のアリステア殿下ですね? 噂には聞き及んでいましたが、テリージア王国には優秀な王女がニ人もいらっしゃるんですね。自国では、あまり博識ある女性はいませんから、滞在中にまたお話しさせて頂けますか?」
-------- バレルシア王国では、女性はあまり知識を学ばないのかしら? まあ普通の貴族の女性は、賢すぎると男性から好かれないものね。
「マイヤー殿下には、私も色々とお伺いしたいですわ。是非にまた、お願い致しますわね」
------ 黒ちゃんみたいに裏がないか確認しないと、本当に女の影がないかも確認したいわね。
「そうですね---- 明後日の昼にでも如何ですか? 庭でも案内致しましょう」
「まあ、有難う御座います。楽しみにしてますわ」
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「ふーっ、疲れたわ。でもマイヤー殿下に会えて良かったわ! 黒ちゃんから聞いてた通り、格好良かったわね。中身も変わらないなら、お姉様にピッタリすぎるわ!」
満足そうに話すエレナの姿を見て、可愛いとは思う。
だけど---- 朝から胸の中を何かがグルグルと回っていて、今日は何だか口を開きたくない。
静かにお茶を口に入れながら、目を瞑っているといきなり右腕が引っ張られ、お茶が溢れそうになった。
「やっとこっち見たわね。どうしたの? 人魚姫にでもなったつもり? そのままだと---- 泡になって消えちゃうわよ!」
唖然としながらエレナを見たが、意味が分からない言葉に今日は突っ込む気も起きない。
------ 俺も泡になって消えたいな。
「どうしたのよ? せっかく好物件の男性が現れたんだから、ちょっとは喜んでくれても良いじゃない!」
まあエレナが言いたい事は、凄く良く解る。
今まで貴族名鑑を散々見てきて、俺にとっても納得出来る、アリステア殿下の相手は見つからなかったからな。
マイヤー殿下は、黒ちゃんやあいつと違って、真面目で心根が優しそうだし、見た目も申し分ない。アリステア殿下の横に並べたら、お似合いであるのも想像出来るしな。
だが、気分が乗らないのはなんでだろう---- いつもならエレナの喜ぶ姿を見て、俺も嬉しくなるはずなのに、どうしたのか自分でもさっぱり解らない。
密かに用意したドレスをエレナに着せて、瞳の色のコーディネートに満足する筈だったのに、それでさえも満足感が得られず、エレナを横目で唯見ただけだ。
「もう、私まで泡になりそうだわ---- いつもみたいにそもそもって、実に気に食わないって言ってよ----。ハロルドがいないと、私一人ぼっちになっちゃうじゃない。そんなの寂しいわ」
------ そう、なのか?
エレナは、俺がいないと駄目なのか?
「--- エレナ? エレナは--- 寂しいのか?」
「やっと声を出してくれたわね、そうよ! 寂しいに決まってるじゃない! 私には、ハロルドしかいないのよ?」
堪らず掴まれていた腕を、逆にグイッと自分に寄せて、エレナの華奢な体をもう片方の腕で抱きしめる。
エレナから、グェッっと変な声が聞こえてきたが、エレナの柔らかい体と温かい体温に、心が溶かされていく。
俺は寂しかったし、自分でも知らない内に拗ねてたんだな---
抱きしめ続けていると、エレナが足をバタバタしだしたので、体を少しだけ離してエレナの顔を間近で見る。
顔を真っ赤にしたエレナを見て、キスしようと顔を近づけると、エレナは大きく息を吸って吐き出した。
「ハロルド苦しかったじゃない?! あぁ、窒息するかと思ったわ! ハロルドって力が強いのね。」
スー、ハーッと、音を立てながら息をするエレナを見て、可愛い動きに先程までの雰囲気はなく、キスしようとした自分がおかしくなり、クツクツと笑いが止まらなくなる。
---- エレナが言ってた、ヒロインが鈍感って間違いじゃないな。
------ 声に出して笑うのは、久しぶりかもしれない。
「えっ--- ハロルドが笑ってるなんて---。やっぱりこのお城には、魔法使いがいるのかしら?」
エレナの口にした言葉と、何とも言えない表情に更に笑いがこみ上げてくる。
ハロルドの笑い声が、初めて部屋に響き渡った。
---- ハロルドの従者はこの日の夜、すぐに侯爵家に使いを出した------
後日使いが持ってきた手紙を、ハロルドの母親が確認すると、膝から崩れ落ち直ぐに、ある命令を下した。
「ハロルドが国に戻り次第、直ぐに家に連れ戻しなさい! 医者も一緒ですわよ! 領地で静養させなくてはいけないわ!」
母様が見た手紙には、こう書かれていたと、ハロルドは後日知り慌てて説明する事になる。
----- ハロルド様は、ついに心が壊れて笑い出した----っと。
読んで頂き有難う御座います!
人魚姫の原作って、本当悲しいんですよね。
色々な考察がされてる童話ですが、私はハッピーエンドの人魚姫が好きです。
それこそ歌いたくなりますね。
人魚姫が別れのキスをする時、王子は寝言で奥さんの名前を呼ぶんですよ。
切なすぎます。