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5.黒ちゃんでしたか! -- 和歌を口ずさむ--

「なんて気持ちが良いのかしら! 」


 食堂のテラスで日を浴びる私は、感激しながらお茶を飲む。


 サロンで過ごした三ヵ月が嘘のようだわ!


 どうして外で優雅にお茶が飲めてるかというと、レオン殿下と一週間程共に行動していたら、何故かあいつの姿が消えた。


 何でかしら?---- 気にしないどきましょ。今私は自由よ!


 満足してハロルドに声をかけたが、一向に返事がない。


 チラリと隣にいるハロルドの顔を見れば、無言のまま目を瞑りじっとしている。


 ---- なんだか大仏みたいね。


 あの日からどうもおかしいのよね? 怒りもしないですぐ部屋に戻ったし。悟りを開いたのかしら----


 レオン殿下の前で笑ってしまったので、いつものように怒られると身構えていたが、呆気に取られる程何も言われず、説明しようとしても無視されてしまった。


 何だか拍子抜けだわ。それにしても何なのかしらね? まあいいわ。


 ---- あぁ、風が気持ちいい。奈良の風に、思いを馳せる。


 テラスを見渡せば、仲良さげにお茶を楽しむカップルの姿がチラホラと目に映る。


「--- 風をだに恋ふるはともし 風をだに来むとし待たば何か嘆かむ」


  鏡王女の気持ちになって、和歌を口ずさんだ。


 素敵ね---- 私も恋がしたいわ、と風にのせながら口にした。


「こちらにいましたか、エレナ嬢」


 レオン殿下から急に声をかけられ、表情を慌てて戻す。


「視察前に、テリージア王国の事について、お聞きしても宜しいですか?」


「えぇ、私でお答え出来ることなら」


 レオン殿下は、学院の休暇を使って様々な場所へ足を運び、見聞を広めていくようだ。


 明日は、自国の特産品であるカカオはもちろん、温かい気候ならではの植物で染め上げた染色生地を見に行くようだ。視察には宰相補佐が同行するようで、私は学園の寮で待機する手筈になっている。


「私の国は貴国よりも北にあり、寒い気候の為特産品の数が少なく悩んでいます。貴国では、温かい気候を生かした特産品の他に、化粧品や下着といった、他国にない商品を開発していると耳にしました。その事についてお聞きしても宜しいでしょうか?」


 ---- ん? 何故私に聞くのかしら?


「それでしたら---- ハロルドが商会を立ち上げてますから、ハロルドに聞いて下さいますか?」


 チラリとハロルドを見て、レオン殿下の問いを流した。


 ---- 出来れば、あまり知られたくないのよね。ハロルドは何て言うのかしら?


「私の口から、詳しくは話せません。ただ新しく自国で開発し、それらは好意的に受け取られ、確かに売上は伸びています」


「開発は---- 確かに貴国だろうね。誰の発想なのか教えて貰えないかな? 私の国でも何か開発出来ないか、是非一緒に考えて貰いたいんだ」


 ハロルドは目を細めて、小さく息を吐いた。


「大変申し訳ありません。誰なのかは言えません。貴国の事は、貴国内で解決するよう、努力した方が良いでしょう。情報が漏れるかも知れませんよ---- 私の商会のようにね」


「---- そうですか。それは残念ですね」


 --- なんだか、凄い会話になってきたわね。


 何となくだけど、レオン殿下って胡散臭いのよね。見た目と中身がかけ離れてそうなのよ。私に近い匂いを感じるわ。


 だってほら---- 笑顔でも目が冷たいもの。


「困りましたね。自国は酪農や農業に関しては水準は高く、昔からの特産品に関してな売上は下がらないのですが、新しく何かを初めなければ、いつかは衰退していくだけだと考えています。しかしいくら探しても、山に囲まれていて中々難しいのです」


 ---- 山?! 木があれば、紙が作れるじゃない! 寒い地域ならきっと、針葉樹よね?


「まあ、山に囲まれてますの? でしたら木が沢山あるという事ですわね? 羨ましいですわ」


 今私がいる文明では、植物から作られた紙しかない。

 保存が効かないから、結局値段が高い羊皮紙が主流のまま。民に本を読ませたくても、金額的に難しく触れさせる機会を作れないのだ。


 孤児院には絵本を作って寄付したけど、それが限界だったのよね。羨ましいわ------


 本当は、自国で開発したかったけど無理だったのよね、代わりに見つけたのがゴムの木。ゴムが作れたから、結果オーライなんだけどね。


 確か紙は---- 記憶を思い出す。


 木の繊維についた接着を溶かす為に、一度煮るのよね? 繊維がバラバラになったら汚れを取り除いて、その後毛羽たせながらノリのような薬品で固めて、水分を抜くんだったかしら?


 ---- ノリ---- 舌切り雀が、懐かしいわね。


 確か---- 舌を切られた雀を心配したお爺さんが、雀に会いに行って踊ったり、ご飯を食べた後、つづらを選ぶよう言われた筈だわ。優しいお爺さんは小さなつづらを選ぶと、宝石やら小判が沢山入っていたのよね。


 それを見たお婆さんが、雀に会いに行って大きなつづらを貰うんだけど、中からハチやら蛇やら化け物が出てきたのよね。


 まあ、言えるのは欲を出すなって事よね。金の斧もそんな話しだし。そう考えたら、話が似てるわね!


 そういえば昔話って、意地悪な人の顔も皆似てたわね----- 


 それに---- 雀と湖の女神って、嫌な人にも選択肢を与えるのよね。何でかしら?


 わざと仕返しの為に、待ってたんなら怖いわね---- 


 とりあえず---- 紙が出回れば、もっと気軽に本が読めるのよね! 最高だわ!


「山が---  羨ましいですか?」


「えぇ、木の繊維から紙が作れるでしょう? 自国では木が少なく、木があっても出る繊維が違って紙が作れませんの。紙があれば本はもちろん、教書や絵本といった物を民に広める事が出来ますわ。そうすれば識字率を上げれますし、国の水準が底上げされますわよね? 他国へ技術を紙に書いて売っても良いですし、本当羨ましいですわ」


「---- 紙ですか。紙とは羊皮紙のようなもの、ですよね?」


「えぇ、羊皮紙より薄くて、もっと手軽に使える物ですわよ? 貴国では取り組んでいらっしゃらないの? 勿体ないですわ」


 レオン殿下が珍しく表情を崩して、憮然とした態度で座っている。


 ------ あら? 素が出たかしらね? 

 またなんとも言えない表情ね。


「エレナ嬢は、俺を痴鈍と言いたいのか?」


 ----- 一人称が私から俺になったわ、やっぱり黒ちゃんでしたか。


「いえ、私は本が好きですから---- 単純に勿体ないと思っただけですわよ? 私は王女でも愚妹な方ですわ、私の言ったことは捨て置き下さいませ。第一王女であるお姉様は博識ですから、会いに行かれたら宜しいかと思いますわよ? 私はこれで失礼しますわ、ご機嫌よう」


 この場にいたら、確実に面倒くさくなるわね----

 簡単な挨拶をして、ハロルドを連れ足早にテラスを去った。



 「----- どこが愚妹の姫だ、全然違うじゃないか!!」


 レオン殿下の声は誰にも聞こえないまま、気持ちの良い風にさらわれていった。



 --------------------------------------------



 レオン殿下とエレナが共に行動する日が増え、俺は今までにない程の苛立ちを抱えている。


 俺の苛立ちが高まる一方で、あいつの気配は何故か消えていった。


 多分、レオン殿下とエレナが恋仲であると学園中が噂しているからだろう。


 そんな中、エレナはどこ吹く風といった感じで、優雅にテラスでお茶を飲んでいる。


「なんて気持ちが良いのかしら!」


 エレナの本当に気持ち良さそうな声に、苛立ちが隠せない俺はどうにか目を瞑り耐えていた。


 ----- エレナは俺の事、どう思ってるんだろう。


 聞いてしまおうか?


 考え込んだままでいると、エレナが急に呪文のような複雑な言葉を唱えだした。


 見てない間に、何が起きた? 何故今ここで、呪文を言うんだ? 


 そもそも、何の呪文だ? まあエレナの事だ、気にしない方が良いに決まっている。


 すると---- 私も恋がしたいわ、とエレナが言い出した。


 ---- 恋? エレナの口から初めて聞く言葉に、戸惑いが隠せない。


 ---- あいつの事、好きなのか?


 エレナに声をかけようとした時、レオン殿下の声が聞こえ口を閉じた。


「こちらにいましたか、エレナ嬢」


 俺とは反対側のエレナの横に、当たり前のように座る姿が実に気に食わない。


 ---- こいつ、絶対俺にわざと見せつけてるだろ。


 エレナが見てない所での、こいつの目は優しくない。


 どんなに柔らかく笑っていても目の奥が冷えているし、こいつには絶対エレナを取られたくない。


「それでしたら---- ハロルドが商会を立ち上げてますから、ハロルドにお聞きして下さいますか?」


 チラリと見てくるエレナに変わり、言葉を口にする。


 商会で扱う商品の開発者を聞いてきたので、断りを入れればエレナだと知っているような匂わせ方をしてきた。


 レオン殿下の様子を見てる限りでは、どうやらエレナだとはまだ気付いていないようだ。


 匂わせただけに過ぎないと、俺は判断したがどこまで知ってるんだ?


 牽制するようレオン殿下の言葉に、俺も含みを混ぜて返事をする。


 「情報が漏れるかも知れませんよ---- 私の商会のようにね」


 すると簡単に引き下がったレオン殿下は、エレナにバレルシア王国について話しだした。


 ---- 俺は、正直小さな震えが止まらなかった。


 エレナの意見は、素晴らしいの一言だった。


 新たな物を開発する為、資源を見直す事は当たり前のことだが、レオン殿下が価値がないと言った木にエレナがどんどん価値を見出していく。


 エレナが話終わると、レオン殿下の一人称に変化が起きた。


 私から、俺に変わるの早くないか?


 ------以外と、頭は良くなさそうだ。


 エレナに馬鹿にされたと思ったのか、いつもの表情を崩したレオン殿下を見て、これが本当の顔かと思った。


 エレナも何かを察したのか、挨拶の言葉を口にして席を立ったので、俺もエレナに続き席を立った。



「あぁー、疲れたわね。やっぱり舌切り雀のように、欲を出したら駄目ね。ハチに刺された気分だわ」


 なんだ、舌切りスズメにハチって--- 全く想像出来ない。


 エレナが、いつものように説明してきたが、全く意味が分からない。


 まず鳥の舌って、見えないのにどう切ったんだ?


 鳥と、踊ってご飯食べるって、頭大丈夫なのか?


 そもそも、つづらって一体なんなんだ!


 一番気に食わないのは、金の斧だかの湖の女神だな。なんで水から出て来ても、濡れてないんだ? 普通ずぶ濡れだろ、怪し過ぎる。



「---- エレナ、レオン殿下の事気に入ってるんじゃないのか? 会った時も笑っていたろ?」


 俺は、意を決してエレナに尋ねた。


 苛立っているのに、正直疲れてきたのもある。


 エレナが珍しく考えこむから、無言の時間がいつになく長く辛かった。


「んー、黒ちゃんはお断りね。笑った? あぁ明智ね」


 ----- なんだそれは--- くろちゃんにあけち?


 全然分からん。


「ハロルド最近変よね。まあ、レオン殿下は同盟を組む嫁ぎ先としては紙も作れるし魅力的だけど、何か胡散臭くて好きじゃないわ。多分お腹の中真っ黒よ」


 エレナの言葉に、目を大きく開いてしまう。


 胡散臭いと思っていたのか---- じゃあなんだ? 恋はどこから出てきた!


「じ--- じゃあエレナはどういう男がいいんだ?」


 喉を鳴らして、エレナの言葉を待つ。


「そうねー、雪白と薔薇赤の王子みたいな人かしら? クマの時から会いたいわね。」


 ---- 王子----?

 一体どこの国のやつだ? いつ会った?


 そもそも、クマの時って何だ?

 将軍が男らしいと確か言っていたが、筋肉質ってことか?


「あーぁ、紙欲しいわ。でも今日の感じだと無理そうよね、本当、思うようにいかないわー!」


 ハロルドは決意した。


 今日から、体を鍛えよう------



 ---- 侯爵家に届いた新たな報告書にはこう書かれていた----


 エレナ殿下がクマみたいな王子に恋をし、ハロルドはショックのあまり夜中に走り回り始めた。と

 

読んで頂き有難う御座います!


風をだに恋ふるはともし 風をだに来むとし待たば何か嘆かむ


訳→ 風が吹いただけでも恋できるのは羨ましいことです。風が吹いたことで愛しい人が来たのかもと期待して待っていられるなら何を嘆きましょう。


鏡王女→ 中大兄皇子(天智天皇)の妃

奈良県にお墓があります。


舌切り雀と金の斧は、小さい頃読みましたよね。

自分が小さい頃思った疑問を、ハロルドとして書かせて頂きました!

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