19.ブーゲンビリア アリステア--視点--
ブクマ下さった方、有り難うございます,,
凄く嬉しいです。
今回はアリステア視点です。
どうしても気持ちが晴れず、執務室の静かな空間へと、音を立てて息を吐く。
------ 最近の私って、駄目ね。
王族として生まれ育ち、第一王女という立場の責務に、重さは感じつつも、自らの役目を果たしてきた。
自国は平和で、有難い事に民からも信頼されているが、王子だけが生まれず、国を導くのは私かエレナのどちらか。
妹であるエレナは、私と違い幼い時から自由奔放で、羨ましく思わない訳ではないが、姉である私が国に身を捧げる事は納得していた。
父様、母様は、そんな私に沢山の愛情を下さっているが、私が女王に成る事への申し訳なさも、同様に感じられる。
幼い頃から、マナーや教養の他、帝王学を学び、辛い時期もあったが乗り越えてきた。成人である十七歳に近づき、もうすぐ今までの精励が、目に見える形で報われる筈だったのに----
ハァっと、静かな空間に息を吐き、気分を変える為椅子から立ち上がると、執務室の扉へ足を向けた。
外に出れば、柔らかい日差しに体が癒されていく。
------- 少しは気分が晴れそう。
庭に咲くブーゲンビリアに目を奪われながら、ゆっくりと歩いていると、一人の男性が目に映る。
男性は、柔らかそうな金の髪を耳にかけて、優雅な仕草で庭に咲く花々を見ていた。背は高く、精悍でありながらも美しい顔をされていて、グレーダイヤのような瞳は、私の目を捉えて離さなかった。
「初めまして、花が色鮮やかで美しい庭ですね」
穏やかで、柔らかな笑みを浮かべて話すお姿は、物語に出てくる王子の様で、アリステアの胸は小さく音を立てる。
「そうですわね。喜んで頂けて嬉しいですわ」
鍛え上げた表情は裏切らず、緊張してしまいながらも、冷静に返事が出来た。
------- この様な方、自国にいたかしら? 隣国のマイヤー殿下が確か、城に滞在していた筈よね、この方なのかしら?
「ご挨拶が遅れてしまいましたわ、申し訳ありません。私、アリステアと申します」
深く膝を曲げたカーテシーで、相手に敬意を表すよう挨拶をする。膝を伸ばし、姿勢を正して相手を見れば、目を細め笑みを深くされた。
「私こそ、ご挨拶が遅くなりまして、申し訳ありません。私は、バレルシア王国、第一王子マイヤーと申します。学院では、弟がお世話になっています。この度は、お誕生日おめでとう御座います」
マイヤー殿下は、綺麗な動作でお辞儀すると、再び口を開く。
「先日、テリージア王国の染色生地を、視察させて頂きました。視察場所でも、庭に咲く花々の様な綺麗な色の花に、目を奪われました。私の国とは違う色合いで、とても素敵です」
「バレルシア王国は、自国と気候が違いますものね。私は、貴国の木彫りの工芸品に感動しましたわ。以前拝見して、人の手で作られた美しさに、驚きました。酪農や農業の水準も高くて、学ばせて頂いてますわ」
「それはとても嬉しい言葉ですね。職人達が、諸手を挙げて喜ぶでしょう。彼等には、帰国次第伝えさせて頂きます。エレナ殿下が言う通り、アリステア殿下は博識でいらっしゃいますね。私も見習わないと」
「是非に、お伝え下さいませ。そういえば、エレナがお世話になりましたものね、お礼を言わず、失礼致しました。エレナは、そちらで大人しくしていましたか?」
「そうですね---- エレナ殿下が来て下さって、色々と楽しい思い出が出来ました。城も明るくなってましたし、また遊びに来て頂ければ、私としては嬉しいですね」
マイヤー殿下の物腰は落ち着いていて、穏やかに続く会話に、初対面でありながらも安心してしまう。
---- この様な男性もいるのね、お会いした事ないわ。
婚約者であるウォルフ様が頭に浮かび、憂鬱な気持ちになる。
最近の彼の言動は酷く、距離を置いていた時の方が楽だったなんて、口が裂けても言えない。
「アリステア殿下、宜しければ庭を案内して頂けますか?」
優しく微笑みながら、腕を出すマイヤー殿下の仕草に、また胸が音を立てる。
そっと、マイヤー殿下の腕に手を伸ばすと、私の歩幅に合わせるかの様に、ゆっくりと動き出した。
---- 私には、望めない男性ね。
エレナの事が、初めて心から羨ましいと思う。
どんなに憂鬱な相手でも、貴族の繋がりを強める為の政略結婚として、我慢しなくてならない。
---- 父様と母様のような、夫婦に憧れたのにね。ウォルフ様とは、きっと難しいわ。
横を歩くマイヤー殿下をチラリと見て、音を立てないよう小さく息を吐いた。
マイヤー殿下と庭を散策した後、ガゼボで一息つく事となり、横に並んだままベンチへ腰を下ろす。終始穏やかで、優しい笑みを浮かべるマイヤー殿下に、ゆっくりと心癒されていく。
先程までの憂鬱が、嘘のように感じ始めると、突然様々な感情が混ざり出し、知らない内に視界が歪み始めた。
マイヤー殿下に気付かれないよう、慌ててお別れの挨拶を述べ、その場から足早に離れる。
視界の歪みがどんどん強くなり、耐え切れず嗚咽が漏れ始めた。
立っていられず外壁の側にしゃがみ込むと、ジンバ先生の声が聞こえて、更に嗚咽が強く漏れ出す。
ジンバ先生に甘えるかのように、胸の中にある想いをぶつけると、ジンバ先生は優しく私に語りかけた。
「言いたい事は言えば良い。わしゃぁ誰にも言わんからのぉ」
ジンバ先生が、背を優しく撫でてくれたので、私は涙を流しながら、想いを言葉にして吐き出していく。一度言葉にすれば、吐き出す事を止まれなかった。
どのぐらいそうしていたのか---- ジンバ先生に礼を述べ、力なく歩き出せば、日が傾き始めている。
薄く赤色に染まる空を見て、ブーゲンビリアの花言葉が意識にのぼると、また私の胸は音を立てた。
翌日、パーティーまで後三日しかないので、慌しくドレスの確認をしていると、ハロルドの訪問が告げられた。私の所へ、急にハロルドが来るなんて珍しいと、思いながらも入室を許可する。
ハロルドは扉の前でお辞儀すると、私に何やら真剣な表情を向けてきた。話しを聞く為、ハロルドをソファに座らせ、侍女にお茶の用意をするよう促す。
侍女がハロルドの前にお茶を置き、部屋から去るとハロルドの口が動き始めた。
「急な訪問にも関わらず、有り難う御座います。今日は、アリステア殿下とお話しがしたく、訪問しました。私の話を、聞いて頂けますか?」
良いわよっと問いに答えれば、ハロルドは珍しく緊張した様子で、息を大きく吸い込んでいる。
「アリステア殿下、私は、アリステア殿下に伝えたい事があります。それは---- エレナにも、女王になる資格があるという事を、是非に忘れないで欲しいのです」
「どうして--- 何故それを、ハロルドが言うのですか? それにエレナは帝王学を学んでないわ」
「帝王学に関しては、エレナは、十歳までに学びを終えています。ジンバ先生に教わりましたから---」
えっ、という言葉が、思わず口から飛び出す。
------ エレナが、帝王学を学んでる? 知らないし、聞いてないわ。
それに---- 十歳で、学び終えるだなんて、有り得ないわ。私でさえ、やっと終えたばかりなのに---
「ダガリー王は知っておられます。エレナは、ああ見えて優秀ですから---- 最初は、ジンバ先生の面白半分から始まりましたが、エレナは誰よりも理解が早く、それに気付いたジンバ先生は、途中から本気になって教えたのです。私はエレナと共にいたので、無礼ながら一緒に教わりましたが、エレナの理解の早さに、正直ついて行けませんでした。」
「ジンバ先生が---- 父様は知っているのね----」
ハロルドの目を見る。
真っ直ぐ私を見る目は、嘘を言っているようには感じられない。
「それで---- 何故私が、エレナにも女王の資格があるという事を、忘れてはならないの?」
「それは---- 無礼を承知で言わせて頂きますが、アリステア殿下が見せる表情が、幸せそうではないからです。エレナは、姉上であるアリステア殿下の幸せを、強く望んでいます。私は、そんなエレナの願いを叶えてやりたい。アリステア殿下が、今のまま女王になり、ウォル様と結婚されて幸せになるのなら、何も言いません。また女王になる事が、アリステア殿下にとっての望みなら、私は何も言うつもりはないのです。私は、アリステア殿下が幸せになる為に、選択肢があるのだと伝えたく、ここに来ました」
「そう、分かりました。ハロルド、エレナにも伝えなさい。国民の幸せが、私にとっての幸せだと。私の幸せを願うだけで、女王になるなど、国民にとって失礼でしかないわ。ハロルドも、発言には気をつけなさい。分かりましたね?」
---- 二人の気持ちは嬉しいけど、国に身を捧げる事を甘く見てるのかしら----
唇を少しだけ噛みしめながら、ハロルドを見る目に力が入る。エレナの甘い考えに、ハロルドも簡単に同調するだなんて、ハロルドを買い被りすぎたわ----
ハロルドは、私の言葉に無言のまま俯いてたが、顔を上げると私の目を再び強く見て、ゆっくりと口を開いた。
「気を悪くされたなら、申し訳ありません。しかし、エレナの女王になる決意は、決して甘くありません。新たな治水の開発は、アリステア殿下もお聞きしていますね? ダガリー王の名で進められてますが、あれはエレナが開発したものです。エレナが街に足を運び、貧民街を救いたいと開発しました。エレナの性格をよく知るアリステア殿下が、心配してしまうのも理解できますが、これからも私がエレナを抑え支えましょう。ですから、国民を想うエレナの姿もあるのだと、分かって頂きたい。」
---- 治水。確かに新たな治水の開発を、父様が始めていたわ。どんな開発なのか聞かせて貰ったけど、あれをエレナが考えたというの?
確か他にも、エレナが開発したという化粧品や下着が、国の新たな輸出品として、利益が見込めそうだと話していたけど-----
街や領地に、エレナは唯遊びに行っていた訳じゃなかったのね。私が間違えていたわ----
今まで私は、何もせず知識を蓄えていただけ。公務だけして、視察に行く事もなく、開発も何もしてこなかった----
「そう---- ハロルドごめんなさい。少し、一人にさせて貰えるかしら?」
ハロルドは立ち上がり、私に一礼をして部屋から去って行く。
「私って、何もしてなかったのね----」
私の声は誰にも聞かれないまま、涙と共に流れた。
読んで頂き有難う御座います!
今回はマイヤー殿下との出会いと、ハロルドの先陣を書きました!
物語が好きな方多いと思います、
読んでいて、色々ツッコミたい話が、きっと沢山ありましたよね。
もう直ぐ終盤ですので、エレナのキャラがあまり崩壊しないよう頑張ります。
ブーゲンビリアの花言葉は情熱と魅力です。