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始まりの場所

「着いたよ」

エスト達が外を見ると、高層ビルほどの高さを持つ教会が目に入った。

田園風景が続いていたさっきまでの道と打って変わって、森林に囲まれた一つの都市のようである。

それでいて隠密性が高く、自然が隠れ蓑の役目を担っているようにすら思えた。


「お、大きい」

 エスト達が感嘆していると、車を止めたクラインが降りるように促す。

「じゃあ行こうか。これはこの国で最も大きな教会でね。木々が教会を隠すように立っているから不思議な場所なんだ」


 休日だが、一人も人がいないという幸運にも恵まれたようだ。

 外装は煌びやかというわけでは無いが、精緻で神秘的な彫刻が至る所にあり、それでいて近代建築の造りをしていた。

 縦に人を五人並べても入れそうな程高い門が口を開けて待っている。

「じゃあ入ろうか」


 中に入れば、暖色の調度品が出迎えてくれる。

 絢爛豪華な内装は外装の質素さを忘れさせるほどの美しさを放ち、天井には色鮮やかな船の壁画が飾られている。

(何だろう。この絵)

 エストは、壁画から言い知れぬ既知感と懐かしさを感じていた。

 エストは記憶にないはずの壁画に吸い込まれそうな感覚だった。魅了、とはまた別の何か。その何か分からない感情の所為か目が離せない。


「どうかした?」

「えっ、あーいや。何でも無いよ」

 ミーナが不思議そうな顔をしてエストを見ると、我に返ったエストは咄嗟に笑って誤魔化した。


「ふーん。ま、いいか」

 ミーナは若干納得のいかない表情をしていたが、やがて調度品の数々に目を落とした。

 

「ここに来たのは何年ぶりか覚えてる?」

 クラインは、同じく壁画を眺めていたエリゼに尋ねる。

 エリゼは視線を落とすことなく告げる。

「……三年ぶりだったと思う」

「そっか、覚えてたんだね」

 クラインはそっと視線を壁画に戻す。エリゼはふっと、笑みを零した。

「忘れられるわけがないわ。だってあの日は……!」


——それは唐突だった。


 三度の轟音と共に、大地が揺れる。教会の中の調度品が勢いよく倒れる。

 壁画の周りの壁が、ポロリポロリと欠片を落とす。

 その時、脆くなっていた教会の壁の一部が音と共に崩れ、入口を塞いだ。


 やがて揺れは収まり、完全に静まって、

「痛ぇ!くそっ!いったい何だってんだ」

 倒れてきた調度品にぶつかったガイは、頭を摩りながら立ち上がった。

 しゃがんでいたクラインとエリゼも、周りを見ながらゆっくりと腰を上げる。

「皆、怪我はない?」

 五人の少女たちは、それぞれ恐怖に慄きながらも互いの無事を確認する。

「大丈夫。皆いるよ」

「そう。よかった」


「とりあえず、外に出て様子を確認するよ」

 クラインは二階のバルコニー部分に走る。

 眩しい光が注ぐ外に出ると、そこは焦土だった。


 緑豊かだった大地は所々陥没しており、木々は紅蓮の炎に包まれている。

 町からは悲鳴と、対宙ミサイルの音が聞こえる。

 倒壊する建物、逃げ惑う人々。地獄としか形容できなかった。

 昨年度から導入された、ALAIS(対レーザー用自動迎撃システム)が宙を飛び交い敵のレーザーを反射させて防いではいるものの、圧倒的に数が足りない。


「一体何が起きているんだ?」

 目の前の信じがたい光景と、信じられないという気持ちがクラインの思考を掻き乱す。

 その時、目の前にレーザーが落ちた。

「うわっ!」

 衝撃と風圧により、クラインは壁に打ち付けられた。

 骨が軋むような痛みが迸る。

「ぐっ!」

 それでも、クラインは歯を食いしばって何とか意識を保つ。


 幸いだったのは、小型端末が無事であったということで、もし壊れていたならこの着信を聞くことが出来なかっただろう。

(こんな時に?一体誰から?)

 相手は父であった。クラインはすぐさま応対する。

「父さん!?こんな時にどうしたんだ!」

「すまない、今何処に居る?」

 父の声は時々ノイズに紛れていた。この状況で使えるのは軍の通信しかない。

 おそらくは戦場にいるのだろう。父の声とは別に、指揮官たちの声が混ざっている。


「教会だけど……。それよりも、父さん俺も宇宙に出」

「よく聞け、クライン」

 クラインの声は、いつもより落ち着いた口調の父の声に遮られた。

「教会の地下に行け。すぐにだ。これだけは口答えを認めない。いいな」

「待ってくれそれってどういう」

「じゃあな。これが、今生の別れになるかもしれん。お前がしっかりするんだぞ」

 クラインが二の句を告げる前に、父親が通信を切ってしまった。

(今生の別れってどういうことだよ……)

 最悪の様相が脳裏に浮かぶが、そんなことを考える暇を与えてくれない程、光の雨が降り注ぐ。


——行かなきゃ。


 痛む体に鞭を撃ち、心配事を無理矢理頭から切り離す。

 父の最後にならぬように。希望を見つけるために。

 クラインは、振り返らないようにその場を離れた。




「クライン、遅かったな。何があったんだ?」

「説明は後だ。とにかく地下に急ぐぞ」

 クラインの表情を察したのか、ガイはそれ以上の追及はしなかった。


 非常階段の前、いつもは開かない扉のロックが外れている。

(父さんが開けたのだろうか?)

 疑問に思いつつも、そんなことを気にしている場合ではなかったので、強引に開き中に入る。

 そこは、空洞という表現がぴったりの場所だった。

 何もない空間に螺旋階段だけが存在している。薄暗く、気味の悪さを感じる。


 それでも、クラインを筆頭に八人はダッシュで駆け降りる。

 ずっと変わらない景色の所為で、同じところをグルグル回っているだけのような錯覚に陥る。

 それほどに長い階段を下り終えると、入って来た時と同じ扉が見えた。

 クラインは後先考えず、扉の向こうに押し入った。


 扉が開くと同時に、暖色の明かりが灯る。

 どうやらここはドックのようだ。先ほどの揺れ故にか工具類が散乱している。

 ここは敷地よりも広く、一辺が一キロメートルよりも長いのではないかと八人は感じる。

 壁は、金属製で傷や錆が目立つ。

 人影はなく、完全自動制御のようで、壁に付けられたモニターにはあらゆる数列が映し出されている。

 最も目を引いたのは、修理済みというモニターが映し出されているエスト達の船。

 そして、度肝を抜かれた八人の視線の先に移るのは、艦。


——エスト達の輸送船の十倍以上の大きさを誇る巨大な艦であった。

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