宇宙へ
懐かしさ、いや違う。私はこの艦を知っている!
初めて見たはず何にそう確信した。
壁の壁画はこの艦を描いていたんだ。
ずっと艦を見ていると暖かいオーラのようなものに包まれているような気がする。
でもなんだろうこの感じ……。違和感というよりもどこか心地いい。
私の中の何かと共鳴している。
私の意識は吸い寄せられるように、その艦の中心部に飲み込まれた。
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その艦は灰色の塗装に包まれており、船体の中央部に大々的に1と描かれている。
真っ直ぐと伸びた船体は、途中から二本の足が生えている。
数多もの対空砲とミサイル発射管を備え、前後に三つずつ取り付けられている主砲は70センチを優に超えるだろう。
艦首、両艦尾共に三門の副砲が戦列を並べ、船体のやや後ろ部分に存在するブリッジが、短い首を伸ばして顔を覗かせていた。
「何て大きさだ、訓練艦はおろか正規の軍用艦ですらこれほど大きくはないのに」
クライン達は入り口近くのリフトを使い、艦の元へと向かう。
「やあ、君達がモーゼルの言っていた子達かな?」
リフトから降りてすぐに女性の声が聞こえた。スピーカーを通して艦の方から聞こえたが姿は無い。
クラインは顔を顰めた。
モーゼルはクラインの父親である。何故知らない女性が父の名を知っているのだろうか?
女性、いや少女は艦のブリッジから出てきた。
艦橋に設置されたタラップを降りてクラインの方へ歩いていく。
見た目は十代半ばと言ったところか。
所々に寝癖のあとが目立つ灰色の髪をゴムで括りながら少し急ぎ気味で歩を進めていた。
「貴方は?父の知り合いですか?」
クラインが恐る恐る尋ねる。
少女はその様子を見てがっくりとしている。
「えー、モーゼルもマリーも私のこと伝えてなかったの?ショックだなー」
少女は大袈裟に泣き真似をする。
(うわぁ、面倒臭いな)
クラインは引き攣りそうな顔を何とか戻して両親の名前を知る彼女にもう一度聞いた。
「貴方は何者ですか?そして此処は一体どういう・・・」
「あー、そうだね。一から言わなきゃね」
クラインを遮るように少女は倦怠感を含んだ口調で言った。
「まず、此処は国のトップ連中ぐらいしか知らないドック。と言っても使用されることなんて殆ど無いんだけどね。最新技術を超える機密が彼処に詰まってる」
少女は斜め後方を指差す。
スーパーコンピーターだろうか。数百を超えるそれが、さらに奥で自動演算を繰り返している。
「ま、此処はこの艦の専用ドックなんだけど。最近きな臭かったから修理を急がせるためにこの艦を此処に入れたわけだ。人間の手作業より数百倍速い」
壁から伸びたロボットアームは、直すものが無いため、今は静止している。
「まあ間に合わなかったんだけどね。仕方ない。うちの軍用艦じゃあ、持ってあと数日。すぐに落とされるよ。政府も軍も軍拡を急ごうとしたんだけど、民衆の反対にあってね。敵襲があるのに誰も信じようとしなかった。愚かだねぇ」
「時間が無いので手短にお願いします」
嘲りと冗談に聞こえない発言を看過できなかったエリゼが割って入る。
「おっと、そうだったね。要は、この艦で上のドンパチを鎮めて来なってことさ。モーゼルから頼まれたから此処に来たんでしょ?なら急ごうか」
少女が指を鳴らす。それと同時に、艦から重鈍なエンジン音がドック内に木霊する。
「さあ、行こう。私はクラウディア。この艦、超重戦艦バレットの守護者さ」
九人はタラップを駆け上がり、艦橋を通ってブリッジに入った。
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ブリッジは外観とよく似た灰色の景色と、数台の人型ロボットが慌ただしく端末を操作していた。
その場に似合わない、煌びやかな座席にドカッと座ったクラウディアは、手元のスイッチを押して仮想キーボードを浮かび上がらせ、慣れた手つきで文字を打っていく。
「座りなよ」
クラウディアが別のスイッチを押すと、床に穴が開き、そこから座席が出てきた。
座席の数は十。全員が座ったとしても余る。
「特に……彼女はね」
クラウディアの目線の先、エストは棒立ちで、ブリッジ前方に聳えるモニターを眺めていた。
エストの目は焦点が合わず、どこか機械的な瞳をしている。
「エスト、どうしたの?」
ミーナが肩を叩くが反応が無い。
「あー、彼女はね。んー、まあ後でいいや。とりあえずエストちゃんだっけ?彼女をあそこに座らせといて」
クラインが振り返ってみると、エストは何処か虚空を見上げていた。どこかを見据えているようなのは分かったが、意識ここにあらずといった状態に思えた。
「急いでね、時間はあまりないから。もたもたしてるとモーゼルもマリーも死んじゃうよ?」
慌ててそれぞれが身近な席へと向かう。ミーナはエストを指定された席へと運び、自分も手近な所へと移動する。その中でクラインはクラウディアに呼び止められた。
「違う違う。クライン、君はそこでしょ?」
クラインはクラウディアが何故自分の名前を知っているのかと気になったが今はそれどころではない。
クラウディアが指を差しているのはブリッジで最も高い位置にある席、要は艦長席であった。
「僕が、艦長?」
「そ。どーせこの艦は君が仕切らなきゃ動かないよ。モーゼルは上にいるし。あ、指揮とか取ってね。私戦えないから」
「……分かりました」
クラインは重たい足取りで席に座った。
(艦長か……。まだ実戦経験も武功も名声もない俺が皆の命を預かるのか)
躊躇、ミス、遅延、その全てが許されざる状況で上手く立ち回れるだろうか?
——分からない。出来ないかもしれない。
そんな不安がクラインの体を駆け巡る。
どうしようもなく怖いのだ。竦んでしまいそうな程に。逃げ出してしまいたい程に。諦めてしまいたい程に。
でも、それでも戦う。家族のために。皆を守るために。この国の人々のために。
覚悟は決まった。
クラウディアは微笑み、少女たちは指示を待ち、エリゼとガイは頷く。
そうだ、僕は戦う。ここにいる皆と。
「超重戦艦バレット、発進!」
声と共にドックの天井部分が開き、床部分が押し上げられて上昇していく。
教会の天井も開き、光飛び交う空が露わになる。
「さーて、一丁やってやりますか」
クラウディアがエンジンを起動する。
静かに、艦が熱を帯びていく。
数秒の後、艦は宇宙へと飛び立った。




