演習
彼方で砲撃の声が木霊する。
重い火器、嗅ぎ慣れない硝煙の匂い。どうも地上での戦闘は好きになれないと、士官候補生クライン・フラッドは思った。
クライン・フラッドはアルマ星宇宙軍士官学校に通う二年生である。普段は宇宙空間での演習や座学を行っているのだが、カリキュラムである「白兵戦対策」を行うため半月に一度、射撃、格闘訓練を行っていた。
場所が陸軍の演習場なので砲撃の音が聞こえるのである。
無論海賊ならぬ宙賊などは、艦をぶつけて乗り込んでくる。
そういった脅威にも対応しなければ士官にはなれない。頭では分かっていても、どうしてもクラインはこの演習を嫌っていた。
「次、四班!準備しろ」
「はい」
クラインの所属する第四班が呼ばれる。クラインは重い足取りで配置につき、ライフルを持ち上げ、的を狙う。たった十メートルの距離、五十センチの的。それが当てられずにいた。
(今度こそ当てないと……単位落としちまうぞ)
クラインのこの演習の成績は最低クラス。落第寸前である。
ライフルを持つ手が震える。息をする度に照準が合わなくなるような気さえする。
集中して、目の前の的を狙う。
(当たれ!)
クラインの撃った弾丸は銃声とともに、着弾点を求めて真っ直ぐに進んで行く。
そして――。
的は倒れた。地面の揺らぎによって。
「うわっ!なんだ!?」
「地震か!?」
「お前ら落ち着け!今本部に連絡を取っている」
三者三様の慌てようを見せていた候補生達であったが、揺れが収まるに連れて落ち着きを取り戻した。
「一体何だったんだ・・・・・・っ!見ろ!」
教官の指さす方角は森。普段は誰も入らない、鬱蒼とした新緑地帯が燃え上がっているのだ。
「隕石か?いや、それなら分かるはず。と、とりあえずお前たちは待機だ。乗ってきた軍用演習車に乗り込んでおけ」
演習車と言えば聞こえは良いが、実際の見た目は犯罪者の護送車だ。
慣れない事態にあたふたする教官を横目に、ぞろぞろと候補生達は五両の演習車に乗り込む。
教官は運転席に乗り込み本部と連絡を取っている。
(はぁ……。幸か不幸か、あの火事のおかげで落第せずに済んだ。俺が撃った弾はおそらく外れていただろうな)
クラインは手を強く握り締める。苦虫を噛み潰したような顔をしている友人を、放っておけない人物が声を掛けてきた。
「クライン、どうした、具合でも悪いのか?」
「ガイか。いや、何でもないんだ」
心配する友人を不安にさせまいと、クラインは空元気の表情を作る。ガイ・アーベルは少し訝しげにクラインの顔を見たが、やがて納得して元の席に戻った。
(しかし、このタイミングで火事か。もしかしたらさっきの地震と関係あるかもしれないな)
クラインは胸ポケットの携帯型端末を取り出す。
電源を入れ、インターネットに繋ぐと「謎の飛来物か!?」の記事を見つける。
先ほどの地震についての記事で、飛来物は森の方へ落ちたと書かれている。
これが原因かもしれない、クラインはそう思った。
ある程度調べて端末の電源を落としたところで、教官が戻ってくる。
「我が隊はこれより森の探索に向かう。火事の方は、消火用ヘリが飛んでいるから大丈夫なはずだ。……お前達、久々の課外授業だ。はりきっていけよ!」
「「「了解!」」」
候補生達は、誰一人として乱すことなく返事と敬礼を返した。
候補生達は一面を緑に囲まれた、アルデンの森に着いた。
上空から見れば、三平方キロメートルの緑の絨毯が敷かれているかのようにも思える。
だが今は、数々の木々が焼け落ち、消火活動の後の地面は泥濘んでいる。
「我が隊は被害の少ない森の南西部へと向かう。空の航空機から無線通信が来るから、その指示に従ってくれ」
「了解」
軽装備の候補生達は次々に森へと入っていった。
「そこから、一時の方角に五百メートルの距離だ。そこでレーダーに反応がある。悪いがこちらからは見えない」
クライン達の部隊は最前列にいた。
「おかしくないか?」
ふいに隣にいたガイがクラインに問う。
「何が?」
「普通こういうのは士官候補生なんかにやらせないと思うんだが……」
「確かにな。のちの司令官を前線ではないにしろ、未知の場所に出撃させるとはな」
屈み、前進していく。少しずつ、少しずつ目標の位置へと近くなる。
「まあ、上からの指示は絶対だ。ここはそういう世界だろ」
「まあな」
静かな森に足音だけが響く。そして、目標の位置へと着いた。
そこには何もなかった。
木々が不自然に薙がれ、草が押し倒されている。
地面には何かが擦ったような跡があり、それは奥へと続いている。
「変だな、何もない。こちら候補生部隊。目標の位置には何もありません」
部隊をまとめていた、主席のエリゼ・フォルンが報告を済ませる。
「えっ、いやでもレーダーに反応はあるんだ」
通信機から、狼狽の声が聞こえてくる。
ふいに風が吹く。蒸された空気に少し不快感を覚えるが、口に出す程のことではない。
目の前の草や木は、流れに身を任せるように揺れている。ただ、一部を除いて。
クラインは一瞬のラグを見逃さなかった。正面の景色だけがほんの僅かな間だけ遅れていたことを。その形状は、小型の乗り物程だろうか。
それは正面を警戒していたガイも同じであった。
「そういうことか」
二人して顔を見合わせる。お互いにふっと笑い、それからクラインは少し前に出て、周りに聞こえるように言った。
「光学迷彩を解いたらどうだ?大人しく出てくれば危害を加えるつもりはない」
士官候補生達の視線が集まる。観念したのか、景色が一瞬ぼやけた後灰色の装甲が露わになる。
鈍い金属音の後、白い煙を吐いて扉が開く。
手を上げながら出てきたのは、数名の少女達。
これが、士官候補生達にとって初めての異星人との出会いであった。