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7.7 穏やか、ではない日常


八神のメルアドをゲットしてしまった翌日の昼休み。つってもあと少しで昼休みは終わりだけど。今はいつものメンバー、と呼ぶにはまだ会ってから日が浅い気がするけど、とりあえずそんな関係になりつつある面子で駄弁ってるんだけど……


「……神よ、一体私が何をしたと言うのでしょうか?」


義岡はなんかよく分からないことを言ってる。元からゴリ岡は変なヤツだけど、今のゴリ岡はさらに変だ。


「これが、あと3日も続くのか……?」


悠哉は頭を抱えながら呟いてる。いつも陽気な悠哉がこんな状態になるなんて。


「俺はエロい俺はエロい俺はエロい俺はエロい俺はエロい俺はエロい……」


うん、磯西は放置でいいや。ある意味いつも通りだし。……にしてもコイツ、深刻そうな顔して何言ってんの? さすが自称エロリスト。


――まあ、確かにあれはオレもビビった。こいつらがこんなんになるのも分からなくはない。兄貴からいろいろ聞いてたけど、やっぱり百聞は一見にしかずだね、噂の応援歌練習。


□□□


時は少し遡り、昼休み開始直後。クラスメート達が弁当を広げ始める最中、何の前触れもなく、そいつはやってきた。


教室の前方の扉がドヴァン(ズヴァンより凄い)と開け放たれ、教室に来訪者の怒号が響く。


「てめぇら何チンタラ弁当喰ってんだよ! 昼休みは応援歌練習だって昨日放送で言ったろうが! さっさ体育館行けや!」


ざわついていた教室が一斉に静まり、みんなの視線は怒号の主――学ランに『Ⅲ』の襟章が付いていることから三年生だと分かる――に自然と集まる。驚きとか恐さとか、そんな感情が場を包んで、誰一人として身動きを取ろうとしない。というか身動きが取れない。


「何固まってんだてめぇら! 移動しろっつってんだろうが!」


再び声が響く。そんなこと言われても、みんな「え? え?」みたいな感じで戸惑っている。


何故かは知らないけど、この三年生はひどくお怒りな様子だ。『何故か』というのも、オレたちには怒られる心当たりがないからだ。昨日の放送以外に応援歌練習の連絡が一切無かったので、『応援歌練習は昼休みに行う』という情報以外は知らされていない。昼休み開始直後にやるとか、体育館でやるとか、そういう細かいことは一切説明なし。


要するに、この先輩がオレたちに怒鳴り散らすのはちょっと理不尽だってことだ。まあ、そんなことを口に出せる訳ないけど……


「さっさ行けオラァ!」


怒鳴り声と共に例の三年生が入り口脇の壁を平手で叩く。その音が合図となったかのように、クラスメートたちは一目散に教室の出入り口へと走り始めた。我先にと急ぎ、みんな軽くパニックになっている。そういうオレもさっきから心臓がバクバクいってるけど。この人マジ怖い。


ていうかクソ兄貴! 「応援歌練習はとにかくヤバい」ってのは聞いてたけど、教室に怒鳴り込んで来るなんて聞いてねえぞ! まだ心の準備が出来てねえよ! ヤバイヤバイ急がなきゃ急がなきゃ!


「オイ落ち着けてめぇら! 走ったらケガするだろ! 非常時は『おかし』の約束守れや!」


……いま何て? 声は怒気を含んだままだけど、いきなり優しさを見せたぞこの人。なんか知らんけど感動した。これっていわゆるギャップ萌えってやつ? もしかしてこの人、根はすごく優しい人――


「だからってチンタラ歩くなよ! ぶつからねぇ程度の速さで走れや!」


――ではなかった。やっぱり怖かった。非常時の『おかし』の約束って走っちゃダメなんじゃなかったっけ? ってんなこと考えてる場合じゃねえ! 走れ蒼木!


とまあ、こんな感じでオレたちは体育館へと向かった、というか向かわされた。そこに地獄が待っているとも知らずに……


□□□


「いやあ、あれはビビった。なあ?」


さっきの出来事を振り返りながら、オレは微笑みながら悠哉の右肩にポンっと手を置く。


「「「何でお前そんなに余裕なの!?」」」


うおっ、ハモった。義岡も磯西も悠哉も、信じられないものを目の当たりにしたかのような視線をオレに向ける。そんなに見つめないで、恥ずかしいから。嘘だけど。


「体育館に入るやいなや、数十名のいかつい先輩の怒号を浴びせられながら整列させられ!」


「腕章を着けた怖い顔の応援団の人が常に列の間を徘徊するから気を抜くことは決して許されず!」


「どれだけ全力で歌おうとも怒鳴り声でダメ出しをされ! いつ終わるのか分からない恐怖を味わっておきながら何故貴様は平然としていられるんだ!」


磯西、悠哉、義岡の順に次々とまくし立てるように言われたけど。


「だってあの人たち、わざと怖いふりしてるだけだし。だからって全然平気な訳じゃないけど……ってまさか知らなかったか?」


間の抜けた表情をする3人。あ、知らなかったのね。あれが演技だって。


「オレの兄貴から聞いたんだけど、応援歌練習で新入生に怒声を浴びせるのは長年の伝統らしいよ。恒例行事というか通過儀礼というか。だから先輩たちもガチで怒ってる訳じゃない」


ていうかキレられる理由がない。みんなだいたい歌詞を覚えてたし、力の限り叫んでたし。あくまでオレが見た感じだけど。怒鳴られるどころか誉められてもいいくらいな気がする。


「それと悠哉、さっき『あと3日も続く』って言ってたけど、明日を耐えればとりあえず大丈夫だ。3日目以降は上級生も参加して標的(ターゲット)が分散するからな」


オレの言葉を聞き終えた3人はしばらく呆然としていたが、おもむろにゴリ岡がゆらりと立ち上がる。


「貴様……何故昨日黙っていた?」


だっておもしろそうだったもん。


「何も知らないお前がどんなリアクションをするのか見てみたかったゴホンゴホン、じゃなくて事前に知っていようが知らなかろうが怒鳴られるのは変わらないじゃん?」


「本音がだだ漏れなんだよ!」


義岡が腰を低くし拳を握る。あ、これは例のヤツが来るな。


「喰らえ、怒りの鉄槌! 『ライトキャノン』!」


いつもの右ストレートじゃねえか。派手な技名つけやがって。身構えて損したじゃん。余裕をもって回避。


「外れた……俺の奥義が……」


ガックリと両膝を床につき、うなだれた義岡がかすれた声を出す。奥義って、どんだけその技に自信持ってんの?


「だからその技は見切っt」


「『ファイナルエロス』!」


「えーと……『ぱんち』!」


義岡に捨て台詞を吐こうとしたら、いつの間にか背後に回り込んでいた磯西と悠哉から攻撃を受ける。どっちもただのパンチだけど。あえて技名に関しては突っ込まない。


「義岡よ、手伝おう。こいつが黙っていたせいで我々はあんな目に……! エロリストの名のもとに……蒼木、お前を粛正する!」


「よくやった義岡、後は俺たちに任せな。蒼木、お前の悪行もここまでだ!」


あれ、なにこのバトル漫画みたいな展開? しかもオレ悪役? なんかみんなノリノリだし。


「磯西……悠哉……」


顔を上げた義岡が呟くように2人の名前を呼ぶと、磯西は右手でグッドサインを作り、悠哉は優しく微笑んだ――ってだから何これ?


「ありがとう、2人とも……そうだ、俺は――いや、俺たちは負けるわけにはいかない……!」


脇腹を押さえ、よろめきながらも義岡は再び立ち上がり、鋭い眼差しをオレに向ける。「何でボロボロなんだよ、オレ何もしてねえよ」と思ったが、空気を読んで言わないでおいた。


「大切な人を守る為に……蒼木、貴様とここで決ちゃ」


キーンコーンカーンコーン……哀れ、義岡の決め台詞は予鈴(授業開始5分前に鳴るヤツ)に遮られた。


「ぶはっ! タイミング悪すぎ!」


思わず吹き出しちゃった。黙ってこいつらの変なノリに付き合ってきたけど、終わり方が残念すぎる。


義岡は決め台詞を言った時のポーズのまま固まっている。いや、よく見ると小刻みに震えてる。いろいろと恥ずかしいんだろうね。今までのテンションとか、さっきの出来事とか。


「おつかれ」


「ドンマイ」


そんな義岡に雑なコメントを送る磯西と悠哉。お前らさっきまでノリノリだったよな? というかあの流れのきっかけ作ったのってお前らじゃん。確かに主犯(?)は義岡だけど。なんと言う変わり身の速さ。


「っておぉい! 貴様らぁぁ! 俺を見捨てる気か!?」


立ち直ったゴリ岡が悲痛な声を上げるけど。


「次の授業って何だっけか?」


「数学だったはず」


「マジかよ……萎える」


義岡を除くオレたち3人は、次の授業についての会話をしながらゴリ岡の脇を通り過ぎる。我ながら完璧なスルー。


「……覚えてろ貴様らああぁぁ!」


雄叫びを上げている義岡を尻目に、オレたちは各々の席へと向かう。ごめんね義岡、後でバナナあげるから許してね。まあ反省はしないけど。

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