第4話
俺達が連れて行かれた先は、特に象徴となる物が何もない広場だった。遠目にだが訓練をしている兵士達が見える。
「貴様達は一列で待機していろ」
ここに案内した隊長格の兵士はそれだけ言うと、訓練している兵士達の方へ歩いて行った。クラスメイト達は急な展開についていけずに立ち尽くしている。
「なぁ……俺ら何やらされるんだ?」
「し、知るかよ……」
せっかく落ち着きを取り戻していたというのに、集団を2つに分けられたことで冷静さを欠き始めている。下手すれば、そのうち精神を病むやつが出てきてもおかしくないだろう。
とはいえ、俺では励まそうにも現実を突きつけるようなことしか言えない気がする。励まそうとしても逆効果になる可能性が高いのではないだろうか。きちんと不安を安らげるような励ましが出来る高倉は尊敬に値する。
……これは訓練することになりそうだな。
俺達と同数ほどの兵士達がこちらに向かってきている。持っている武器は剣や槍と様々だ。おそらく俺達が持っている武器と同じ種類の武器を持っている兵士がマンツーマンで指導するのだろう。
考えている間にも兵士達はこちらに近づき、自分と同じ種類の武器を持つ者の前に移動している。ただ俺の前に立って兵士に関しては、俺とは違う武器を手にしているようだ。
「いま目の前にいる者達が今後貴様達の訓練を担当する者達だ。今から訓練を開始するが、内容はそれぞれの兵士に任せる。ただし、力量にあった内容にしろ。以上だ!」
それだけ言うと、隊長と思われる兵士はどこかに歩いて行った。兵士達は担当になったクラスメイトを連れて移動を始める。クラスメイト達は不安そうな顔や状況についていけずに呆気に取られた顔をしているが、反抗する者はいない。
「ふぁ……兄ちゃん、俺らも移動するか」
俺の目の前にいた長身で短髪の男は欠伸を噛み殺した後、軽く手を上げながら言ってきた。こちらが軽く頷くと歩き始めたので、1メートルほど離れて位置を維持するようにあとをついて行く。彼に連れて行かれた先は、人気がほとんどない広場の隅だった。
「このへんでいっか……」
他の兵士に比べてやる気のない男は立ちどまってこちらに振り返った。
「まずは自己紹介。俺はフロスト・ネスタール、よろしくな兄ちゃん」
フロスト・ネスタールという男は、やる気がなさそうな顔のまま手をこちらに出してきた。他の兵士のようにピリピリとした空気がなく友好的な人間のようだ。俺も手を出し、握手をしながら自分の名前を言う。
「神田李恩」
「ふーん、兄ちゃんはカンダ・リオンっていうのか」
何やら自分の名前を言われて違和感を感じた。
……待てよ、男の名前はフロスト・ネスタール。語感すればフロストが名前のように思える。今後のために聞いておいたほうがいいかもしれない。
「ネスタールさん、質問してもいいでしょうか?」
「おう構わないぜ。それとネスタールさんじゃなくてフロストでいい。あと敬語とかいらねぇよ。そんで何が聞きたいんだ?」
気楽に聞いていいと言われたが、今の言葉でこの世界では名前・姓の順だと推測できた。国ごとに違う可能性もあるだろうが……。
「……やっぱりいい」
「は? ……まあいいけどよ」
「自分から言ったのに悪いな。それとさっき言った俺の名前だが、俺の居たところでは名前が後だったんだ。ここで言えばリオン・カンダになる」
「そうなのか。あぁ、どおりでさっき俺が名前を呼んだとき疑問を持った顔したんだな。さっき聞きたかったことはこの世界での名前と姓の順番ってとこか」
言っては失礼だろうが、フロストはやる気がないように見えて頭の回転は良いらしい。人のことも良く見ているようだ。他の兵士達のように訓練させようとしていないから、違う方向に頭が働いているのかも知れないが。
「それで俺は何をすればいいんだ?」
「そういやリオンに訓練させないといけないんだった……リオンでいいよな?」
「ああ」
あまり他人から下の名前で呼ばれることはないので恥ずかしさを感じる。初対面の相手に呼ばれるのはガキの頃以外では初めてかもしれない。まあフロストとは、これから頻繁に顔を合わせる関係になるはずなので、親しくしておいて損はないだろう。
「訓練の内容は……そういやお前って剣とか使ったことあるのか? 他の連中はなさそうだけど」
フロストは遠目に見えるクラスメイト達を見ながら質問してきた。クラスメイト達はそれぞれの武器によって違うが、兵士に教えられながら訓練している。クラスメイト達の顔には困惑の色が窺え、喜んでやっている者は誰一人としていない。
「剣みたいな物で少し素振りしたことがあるくらいだ」
「ってことは本物の剣を持ったのは初めてってことか。う~ん……じゃあ今日は、剣に慣れるために今持ってるので素振りしてくれ、って言いたいところだが……」
フロストはバツの悪そうな顔を浮かべながら頭を掻き始める。
「俺、あいにくお前の持ってるような剣を使ったことないんだよな。それ使ってる奴もそういねぇし……素人の俺が教えるのも良くねぇだろうしな」
どうやら太刀を扱える人間は少ないらしい。いや、だから武器庫にあまり数がなかったのか。これでは俺がやれることなんて……
「いや、待てよ……」
「何か良い案でもあるのか?」
「ん、まあな……といっても、今すぐにどうこうできることじゃねぇ。まあ指導役は俺がどうにか用意すっから、それまでは体作りでもやってもらうぜ」
まずは広場の大外を走ってこい、とだけ言ってフロストは少し離れたところに座り込む。
何周走るのかさえ言わないあたり、不真面目すぎるとしか言いようがない。とはいえ、剣術を習うことができない以上、俺にできることは体を作ることくらいだろう。
俺は動きやすいようにネクタイを外してブレザーを脱いだ。太刀も外そうとしたのだが、それはフロストから着けたままでやれと指示が飛んできた。やる気のない態度に思うところがあったものの、俺は黙って走り始めるのだった。
*
訓練が始まった日から数日が経過した。
クラスメイト達は日に日に疲れの色が濃くなっていっている。特に武器を使って訓練しているグループは大抵の人間が筋肉痛になっている。魔力があると判断されたグループは宿舎で少し耳にした内容からすると魔法の勉強しているらしい。こちらは俺たちとは違って精神の疲労が濃い。
……いや俺達の方にも精神的に疲労している奴はいるか。
俺を担当しているフロストのような兵士なら精神的な疲労は特にない。だがクラスメイト達の中には鬼教官と呼べるような厳しい兵士が担当になった者もいる。先のことを考えれば後者のほうが良いと思うが、その兵士に教わったら前者で良かったと思うかもしれない。
「……さて」
いつまでもベットの上で考えているわけにもいかないので太刀を身に着ける。これから基本的に一日中訓練だ。最初はランニング、その後は担当の兵士とマンツーマン。休憩の回数は担当の兵士によってバラバラだ。
「はぁ……今日もまた延々とあれか」
「肉刺が潰れて痛くてもやらされるよな……」
寝起きしている個室から出ると、同じグループのクラスメイト達が話しながら歩いていた。向かっている先は俺と同じ訓練場だろう。そこ以外に俺達が向かう先は今のところないのだから。
……肉刺か。
視線を落とすと、そこには綺麗なままの手の平がある。俺の手がクラスメイト達と違って綺麗なままかというと、行っている訓練が走り込みや腕立て伏せ、腹筋といったものばかりだからだ。
その理由は今いる兵士には太刀を上手く扱える者がいないからなのだが、フロストが心当たりを当たっているらしいので今は目の前のことに集中すべきだろう。
「……こんなことをしてる場合じゃないな」
手のひらを見るのをやめて歩き始める。目の前のことに集中しようと思ってはいるものの、やはろ何かしら進展があってはほしいものだ。淡い期待を胸に抱きつつ、俺は訓練場に足を進めた。
訓練場に全員揃うと武器を持ったままランニングが始まる。
この世界に来て身体能力は上がっているので片手剣などの比較的軽量の武器を選んだ者は普通にランニングできる。だが槍や斧などの長い武器や重量がある武器を選んだ者はそうはいかない。体育会系の部活動をしていた奴らは別だが。
「はぁ……はぁ……」
「リオン、走り終わったばかりできついだろうが休むのは移動してからな。ここで休ませるとうるさい奴がいるからよ」
今日も相変わらず顔にやる気がないフロストは、俺の返事を待たずにいつも訓練している隅の方に歩き始める。涼しい顔をしている彼に思うところはあったが、息を整えられるペースでフロストの後を追うことにした。
「到着っと。リオン、休め休め」
いつもの場所に到着するとフロストは座りながら良い笑顔で言ってきた。彼が自分の隣に来るように手招きしたので、休憩のときは良い顔をする奴だと思いながら隣に座る。
「「…………」」
特に会話することなく時間が過ぎていく。時折吹く風が火照った体を冷やしてくれて気持ちが良い。
「……なぁリオン」
無言のまま休憩時間を終えると思っていたのだが、不意にフロストが空を見上げたまま話しかけてきた。俺が視線を向けると静かに続きを言う。
「何でお前は周りの連中が困惑しながら嫌々訓練してるってのにそんなに頑張れるんだ?」
「……何かおかしいのか?」
「普通に考えればおかしいだろ。全く別の世界からここに召喚されてまだそんなに経ってねぇ。訳が分からないまま訓練を受けてるようなもんだ。なのにお前は兵士と変わらないくらいに集中して訓練に取り組んでる」
フロストはいつものやる気のない顔ではなく、真剣な顔で俺にそう言った。
この国の兵士であるはずなのに、フロストの考え方は俺達側のことを考えて言われた物だ。友好的な奴だとは思っていたが、この国の兵である以上は俺達側に立って考えるとは思わなかった。
フロストは一旦口を閉じた後、またやる気のない顔に戻ってから再び口を開いた。
「……まあ本当におかしいのはこの国の方だけどよ。どこかと戦争してて国が滅びそうになってるわけでもねぇし、兵士の数が足りねぇわけでもない。なのになんでお前らを召喚したのか俺にはさっぱり分からねぇ」
「……兵士が考える事とは思えないな」
「そうだけどよ……どう考えてもおかしいだろ。この国が何かしたいのか分からねぇよ」
今の言葉は、物事を多方面から見ていなければ口に出来ない言葉だろう。怠け者に見えて意外と切れ者なのかもしれない。
もしかすると……フロストのやる気のなさは胸中にある疑問が招いているのかもしれないな。
「……この国に注目が集まるように話題がほしかったとか、何かを討伐させたいとかじゃないのか?」
「確かにその可能性はある。だけど景気が悪いわけでもねぇから注目される必要はない。それに魔物の討伐ならこの国の戦力なら大抵は討伐できる」
何やら議論のようになってきたが、情報を得るのにちょうどいい。
景気が悪いわけでもなく、戦力不足でもない……まあそうならフロストは納得しているか。
――この国をあらゆるものから救え。
ふと側近が口にしていた言葉が脳裏を過ぎる。魔物の討伐には困っておらず、国の景気が悪いわけでもない。にも関わらず戦力がほしいということは……嫌な想像しか浮かんでこない。
「どうしたよ暗い顔して?」
「……俺達はあらゆるものからこの国を救えと言われた。多分特定の相手じゃなく、この国の敵となるもの全てから守れってことだろう。なら……この国の討伐の対象が他国という可能性は出てこないか?」
「他国って、そんなことすりゃ平和をぶち壊すような……いや待てよ」
フロストは否定しかけたが、再び真剣な表情を浮かべて考え始めた。しばらく考えた後、真剣な眼差しを崩さずに俺の方に向けてきた。
「……その可能性はあるかもしれねぇ。この国は……人間以外の種族を認めねぇ考えを持っている奴が多いからな」
「人間以外の種族を認めない?」
「ああ……ってお前はよく分かんねぇか。この世界には人間以外にエルフとか他種族がいるんだ。もちろん種族ごとに国もある」
魔法がなんてもんあるから、人間以外の種族がいてもおかしくないんだろうけど……見ない限り信じられないな。だがあのフロストが真剣に言うのだから実在しているのだろう。
「大抵の種族は他の種族を恐怖の対象として見たり、見下してたりする。まあ知らない相手には誰でもそうだろう。けど国の貿易はちゃんと出来てる。その証拠に他種族を領土内で見かけることは割りとあるんだ。だがな、この国では絶対っていいほど見ない。貿易はしてても兵士とかが取りに行って、他種族を自国内に入れないようにしてる」
「……だから人間以外の種族を認めないか」
「ああ、そういう風な考えの中で生活を送っていればガキ共もそういう考えを持っちまう。そしたら時間と共に他国との関係が悪化して戦乱の世の中に……って話がズレたな。だからお前が言ったようなことは他種族の国になら可能性はあるぜ」
フロストは最後はまたやる気のない顔に戻り、見ている側が力の抜けそうな笑みを浮かべた。
……まさかここまで踏み込んだ話を聞けるとは思ってなかったが、自分の気持ちを整理するには大いに役立つ。今すぐではないにしろ戦争に巻き込まれる可能性があるのなら、隙を見てここを逃げ出さなければ。そうしなければ、大した力のない俺では戦死するのがオチだ。
「……ところでリオン、お前何か考えてるんだろ」
「何かって何だよ?」
「おいおい惚けるなよ。俺だって下手したら反逆罪になるかも知れねぇこと腹割って話したんだ。お前も話すよな?」
フロストは意味深な笑みを浮かべている。
話し始めた時からここまで計画してたならどんだけキレ者だよこいつ。誤魔化した方がこいつの場合面倒になりそうだし、素直に話したほうが良いかもしれないな。
「……正直に言って、俺はこの国の兵士として戦うなんて御免だ。だけど今はこの国や世界のことも何も知らない。現状をどうすることもできない」
「ふ~ん……つまりは情報とかさえあれば行動を起こすつもりなんだな。まあ勝手に召喚されたんなら自分の世界に帰りたいって思うのも当然か。訓練を頑張ってるのはこの先戦う可能性が高いから自衛くらいできるようになろうって考えからか」
……フロスト、お前は兵士じゃなくて参謀や軍師とかになった方が出世するんじゃないか。そのへんになるまでに苦労はあるだろうけど。
「行動するにしても前途多難だな。魔法ってもんはほとんどが昔に作られたもんだし。お前を召喚した魔法の逆の魔法がこの国にあるか分からねぇ。あったとしても、あの王様達が素直に帰すはずもねぇだろうし。他の国にもあるかも知れねぇけど、お前はこの世界の地理なんて分からねぇよな。それに旅する金もない」
冷静に言葉にされると、実にこの国を脱出し世界を旅することが多難か分かる。
さらりとフロストが口にしたので聞き流しそうになったが、元の世界に帰れる可能性はあるようだ。ならば世界を旅して回る意味もある。現状では彼の言うように地理も分からないし金もないが。
「けどまあ、地理のほうは地図があれば何とかなんだろう。問題は旅に必要な金だが……大抵の国や街にはギルドっていうのがある。ギルドに名前を登録しておけば、世界中のギルドで仕事できるから報酬は手に入る。それでやりくりするなら何とかなるかもな」
「本当か?」
「嘘ではないな。俺の知り合いにもその手で旅してる奴はいるしよ。まあ今のお前じゃ戦う力がないから無理だろうがな」
それはそのとおりだが、上げて落とすような言い回しをしなくてもいいのではないだろうか。
「けど心配すんな。昨日知り合いから連絡が来たんだが、簡単な手ほどきくらいならしてくれるってよ」
「本当か?」
「嘘ついてどうすんだ。ずっと体作ってるだけじゃ俺が目を付けられて怒られちまう」
普段の態度を見ているとすでに目を付けられているのでは?
そう思ったものの、言うのも何だか可哀想だったのでやめておくことにした。
「それと……運が良けりゃの話だが、お前すぐにこの国を出れるかもしれねぇぜ」
「……? どういうことだ?」
「お前に教えてくれる奴は割りと有名な奴でな。これまでに化け物退治とかで国からも信頼されてる。弟子とかになれれば、お前が国の外に出るのも認めるだろうよ。ぶっちゃけ、普通の兵士は足りてるからお前らっていらねぇというか、いてもいなくても上はどっちでもいいだろうしな」
あまりに良くしてくれるので、国に従おうとしない学生を粛清しようとしているのかとも考えたが……こいつは違う。率直に言って馬鹿だ。良い意味で馬鹿のお人好しだ。
「あっ、そうだ。明日俺がお前くらいのときに着てた服を持ってきてやるからそっちを着ろ。今着てる服は出来るだけ痛まないようにしとけ」
「急に何言ってるんだ?」
「上手く弟子入り出来てここを出て行ければいいけどよ、出来なかったときはあれこれ準備が必要だろう。お前みたいなガキひとりのために追っ手を用意するか分かんねぇけど、もし追っ手があったときにその服じゃすぐに追いつかれる。この世界でその服持ってるのはお前らだけだからな」
言っていることは納得できることなのだが……こんな場所で話してていいことなのだろうか。誰かに聞かれたら俺だけでなくフロストも処罰されるのでは。
そう思って周囲を確認してみたが、人気は全くない。最も近い兵士でも数十メートルはあるだろう。ここにいる人間は魔力の乏しい者ばかりのはずなので、純粋な聴力だけではこちらの会話を盗み聞きするのは難しいはずだ。
もしかして……フロストって友人が少ないのか。まあ不真面目そうな兵士と楽しそうにしていては上から目を付けられるかもしれない。勤務中に話しかける人間は少ないかもしれないな。
「だから旅するときに売って金にするのが賢明だ。珍しいし、勇者達が着てるってことで高く売れるぜ。まあ大事なもんなら別だが」
「そういうことならこの服くらい売るさ。あっちに戻ったときにまた買えばいいんだしな。今はこっちで必要な物の方が大事だ」
「そうか。なら方針も決まったし訓練始めるぞ。今日も自分を苛め抜け」
動こうせずに笑顔でそう言うフロストに苛立ちを覚えたものの、彼のおかげでほんのわずかにだが希望という光が見えてきた。ここは大人しく従っておくことにしよう。




