第3話
武器を選び終わった後、俺達は兵士が使う宿舎のような建物に連れて行かれた。疲れたから今日は休めということらしい。
建物は数人は入れる部屋と小さな個室で出来ている。ほとんどのクラスメイト達は、同性で集まり数人部屋に入って行った。誰かが個室に入るしかないため、俺は進んで個室へと足を向けた。
クラスメイトを元気付ける高倉のような真似が俺に出来るとは思わない。寧ろ何か訊かれたら現実を突きつけるようなことを言って空気を暗くしそうだ。
扉を開けて中に入る。中にはベッドと小さなテーブルとイスといった最低限の物しか置かれていない。家具はおまけで寝るためだけの場所といったところか。
……兵士みたいな扱いだな。
内心でそう呟きながら部屋の隅に武器庫で選んだ太刀を置き、ベッドに腰を下ろす。片手でネクタイを緩めながら身体の力を抜いて倒れ込んだ。
「……あれから天宮の姿を見ていないな」
天宮の事が心配というわけではない。仲が良いわけではなかったし、普通に考えれば勇者として扱われているあいつが乱暴なことをされることはないだろう。
おそらく俺達と別れた後、あいつはあの国王達と話して勇者用の装備でももらったのだろう。そして今は俺達とは違って王宮の勇者用に設けられた個室にいるに違いない。
勇者とその従者とでここまで待遇の差が出るか普通……。国の象徴になるであろう天宮は豪華に持て成して飼いならすけど、従者は替えがきくからどうでもいいってことか。
寝返りを打ちながら現在の状況から色々と推測していく。正直に言って今の状況に希望の光なんてものは全くといってない。想像できる未来も暗いものしか浮かんでこない。
考えるのをやめて寝ようと思ったが、眠気はない等しい。時計がないので詳しい時間は分からないが、まだ日が落ち始めた時間帯だ。明かりのない部屋内は徐々に暗くなっていくが、それに反比例して目は冴えていくばかりだ。そもそも、部活もしていない高校生が日が落ちてすぐに眠れるわけがない。
「……明かりつけるか」
起きているのならば暗い中にいる必要はない。
ただ長年の習慣からか、電気がないと分かっていてもついスイッチを探してしまった。そんな自分に呆れてしまう。ため息を吐きながら、部屋の中を歩き回って明かりになる物を探した。
「…………ない」
結果、部屋には明かりになる物はないことが判明した。ロウソクを置ける台はあるが、ロウソクもそれに火をつけるマッチもない。
「はぁ……」
再びため息を吐いた後、ベッドの戻り天井を見ながら倒れ込む。
明かりになる物くらい用意しておけよ。それとも必要なら言えってことか。もしくは必要な物は自分で買いに行けって……俺はこの世界の金も持っていないし、店の場所も分からないんだがな。
「…………はぁ」
もうため息しか出なかった。片腕をを額の上に乗せてぼんやりと天井を眺める。眺めていても視界に映る景色が何も変わらない。
それなら目を休めるために目を閉じた方がいいと思い瞼を下ろす。眠気がなくてもこうしていれば身体は休まるはずだ。
ふと目を覚ますと目を閉じる前に見ていた天井が広がった。目を閉じてからどれくらい時間が経ったかは分からないが、いつの間にか寝ていたようだ。
「…………やってしまった」
せめてブレザーだけでも脱いで置くべきだった。ところどころ皺になっている。だが今はアイロンなどの電気機器はないのでどうすることもできない。
今思ったが服の皺が気になるくらいには精神に余裕が出来ている。人間の誰もが持つ環境適応能力がほんの少し発揮されたのか、現実逃避しているのか、はたまた寝ぼけているのかは分からないが。
「……暇だな」
今日も俺の行動はあちらに決められているのだろう。自分勝手な行動を起こすと面倒なことになりかねない。それに何か行動を起こすにしろ情報が足りない。しばらくの間は大人しくしているのが無難だろう。
……俺は、何か行動を起こそうと考えるやつだったんだ。
起きたら準備して学校に行く。学校が終われば家の買出しまたは自分の買い物をして家に帰る。その後、夕食や風呂の用意し、やることやったら寝る。
そういう平凡な日々を変えようとは思わずに生きてきた自分が今の状況を変えようと考えている。ここに来て自分の意外な一面が知れた。
「……この先も知る事になるんだろうな」
部屋の隅に置いておいた太刀を手に取り、右手で柄を握って少しだけ刀身を出す。鋼色の刀身は、昨日同様に冷たい美しさを放っている。そんな風に感じるのは、太刀に対して無意識に恐怖を覚えているのかもしれない。
「……これで誰かを」
近い内に罪を背負うことになるのでは、と考えた矢先、扉を叩く音が聞こえた。
兵士が来たのかと思った俺は、太刀を鞘に納めて部屋の隅に戻し扉に近づく。普段の口調で言葉を発してしまいそうになったが、短気な兵士だった場合は面倒事が起きるかもしれないと考えることで我慢できた。
「……何か?」
『ちゃんと起きているとは感心ですよ』
扉の向こうにいるのは声からして朝田のようだ。これならいつもの口調で話していいだろう。
それにしても、朝田の奴すぐに俺と断定したな。まあ個室に入るのを見られていた可能性もあるからおかしくはないんだが……でも普通の奴は確認する気がする。
まさか誰がどの部屋にいるか分かっているのだろうか……情報通の朝田ならば充分にありえる。
「用件はなんだ?」
『わたしと分かったからって口調戻しましたね……まあいいです。武器を持って宿舎の外に集まれ、だそうですよ』
「分かった」
一度扉から離れて隅に置いていた太刀を取りに行く。鞘に付いている剣帯を使って腰の左側に太刀を装備。扉へと再度向かってドアノブを握った。
「――っ!? 急に開けないでくださいよ。びっくりするじゃないですか!」
扉を開けた矢先、朝田に怒鳴られた。事前に会話をしていなければ、俺にも非があるだろう。しかし、今回は出てくるのが分かっていたはずだ。扉の前に立っていた彼女が悪いとしか思えない。
何でこいつは移動しなかったんだ。まさか情報集めるのが好きなのに意外と怖がりなのか……。まあお化けを怖いと言ってもおかしくない奴ではあるが。見た目的に。
「悪かった」
「うわ……気持ちのこもっていない謝罪ですね。って、置いていかないでくださいよ!」
*
俺達は兵士に連れられて行かれた場所にはローブなどを着ている老若男女が居た。中にはフードを被って顔を隠している者もいる。
「今からおぬしらにはこの水晶に触れてもらう。その後は個別に指示するのでの。誰からでもよいから順番に触れて行くんじゃ」
この場で一番偉いと思われる見事な髭を生やした白髪の老人が俺達に指示してきた。クラスメイト達は昨日より落ち着いているようで、立ち尽くすことなく先頭にいる者から水晶に近づいていく。
いったい何をするのだろうか、と思っていると突然水晶から強い光が発せられる。何事かと思ったのだが、クラスメイトが水晶から手を話すとすぐに光は収まった。
その後もクラスメイト達が水晶に触って行くと数人に1人のペースで水晶が光る。水晶が光ったクラスメイトは、別の集団として集められているようだ。身に付けていた武器は回収され、その代わりに杖を渡されている。
「次はお前さんの番じゃ」
考えている内に俺の番が来た。右手を伸ばして水晶に触れる。直後、水晶がわずかにだが光った。だが別方向に行くように言われた連中の出した光に比べれば格段に弱い。
「ふむ……魔力はもっておるが少量じゃな。おぬしはあっちじゃ」
老人が示した方向は、昨日選んだ武器を所持したままの集団だった。
魔力。
俺達の世界では、魔法を使うために必要なエネルギーの名称として知られている。俺達をこちらの世界に召喚したことから、この世界に魔法が存在していることはおかしくない。
つまり、今行われているのは魔力の保有量の検査か。
これまでの発光の仕方からして、水晶は触れている者の魔力量が多いほど強い光を放つのだろう。俺は発光が弱かっただけに、魔法ではなく武器を主体で戦う集団に分類されたようだ。
検査の結果、魔力なしまたは少量の集団の数は20数人。大雑把に言えば、この検査によって集団は半分ずつに分かれたことになる。
集団を2つに分けられたことでクラスメイト達の表情に影が差したが、兵士達は気にした様子はなく、魔力が多かった集団を連れて移動を開始した。残っていた俺達も、別の兵士達に連れられて移動を始める。もちろん、先ほど移動して行った集団とは別方向だ。見知っている人間と離れていく現実に俺達の心に渦巻く不安は強まる一方だった。