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侯爵と女男爵の夜会

感想をくださった方、ありがとうございます!

 前レノン侯爵の妹君にあたるロストール伯爵夫人は、甥とは似ても似つかぬ愛想の良さで侯爵につれられたナディアを歓迎した。


(そして、盛大に勘違いしていらっしゃるわ)

 

 侯爵と並んであいさつに参上したナディアの手を取り、レノン侯爵とよく似た青灰色の瞳をほころばせた伯爵夫人に、ナディアは悟った。


「あなたがこんなに可愛らしい方を連れてくるなんて、年をとるのも悪いことばかりじゃないわ。ねえ、アルベルト?」

「お誕生日おめでとうございます、叔母上」


 レノン侯爵は伯爵夫人の言葉を肯定も否定もしなかった。見る者の魂を奪う凄絶な美貌から一切の表情を排して祝いを述べただけだ。氷のような瞳にはわかりやすすぎるほどの不機嫌さがにじんでいる。

 否定してください!という絶叫をナディアはかろうじて飲み込んだ。痛いほどに感じる周囲からの驚愕の視線が、取り乱すことを許さなかった。


(レノン侯爵が連れていらっしゃるの、どちらの方かご存じ?)

(ベルモント女男爵よ、ほら、ご両親が事故で)

(侯爵が誰かとご一緒なんて、めずらしい)


 注目されるのには慣れっこなのだろう、侯爵は冷ややかささえ感じる美貌をピクリとも動かさない。

 さすがだわ、と半ば感心して侯爵を眺めていたナディアは、伯爵夫人と言葉を交わしていた侯爵に視線を向けられびくりと身体をこわばらせた。


「叔母上、彼女はベルモント女男爵です」


 侯爵の手が腰に添えられる。

 近いです、離れてください、と叫ぶ代わりに、ナディアはこわばった顔を何とか笑みの形にひきつらせた。


「はじめまして、伯爵夫人。ナディア・ベルモントと申します。この度はお誕生日おめでとうございます」

「ありがとう、男爵。わたくしのことはクロチルドと呼んで頂戴な」


 親しげに手を取られて、青くなる。

 違うんです、と聞かれてもいないのにこぼれそうになる言葉を必死にこらえた。

 ステファンの行方を探るどころではない。

 想定の範囲内とはいえ、このおかしな状況を何とかしてほしくて侯爵に視線を向けるが、彼は完全に傍観者の構えで青灰色の双眸を細めた。

 以前にも覚えのある、嫌な予感が胸をかすめる。


「叔母上、叔父上はどちらにいらっしゃいますか」

「あの人なら書斎よ。仕事のお話?」

「ええ、少し」

「…男爵が残ってくださるなら、行ってもいいわ」

「そのつもりです」


 レノン侯爵は作り物めいた美貌にふ、と笑みを刷いた。

 失礼します、とだけ告げ、来て早々に去っていく後ろ姿に、ナディアは自分が誤解と注目の中に一人取り残されたことを悟る。


(あ、の、くそったれ侯爵…!)


 思わず、心の中で罵倒していた。怒りに血が巡ってくらくらする。

 

(こんな場所に一人で放りだされて、私にどうしろって言うわけ?!連れてきたなら責任もって協力してくれたっていいじゃない。二人を探さなきゃまずいのはあの人だって同じのくせに!) 


 怒りに輝く瞳で侯爵の去った後を見つめるナディアは、周囲の人々のさらなる誤解を招いていることに気づくのが遅れた。

 

「ほんのすこしでもあの方と離れるのはお嫌?」

「へ?!…え?いや!あの、」

「アルベルトったらすっかりお兄様に似てしまって、昔っからお勉強ばかりで浮いた話などひとつもないものだから、随分心配しておりましたの。でも、今日あなたみたいな方をつれていらっしゃって、わたくし安心しましたわ」


 侯爵との恋に夢中なのね、微笑ましいわ、と伯爵夫人の雄弁な青灰色の瞳が語っていた。


「男爵もご存じでしょうけれど、お義姉様があんな方だったから、あの方が女性とのお付き合いを疎む気持ちも分からないわけではなくて。侯爵に想う方がいらっしゃって本当によかったわ」

「あの、違、」

「あなたがたが本気なら、もちろん歓迎いたします。わたくし、あの方にはお兄様のような結婚だけはしてほしくないと常々思っておりますからね」


 伯爵夫人とナディアの会話に聞き耳を立てていた周囲が一段とざわめく。

 無理だ。これは覆せない。

 明日には尾ひれに背びれ、手足まで付いて広まっているだろう噂が容易に想像できて、ナディアは深く息をついた。


(…諦めて、前向きに考えるのよ。侯爵と私が注目されている間は、ステファン達を気にする人間が減るはず。恋愛の誤解と駆け落ちの事実、どっちがましかなんて考えるまでもないじゃない)


 侯爵もそれを狙ってあえて訂正しなかったのだ。きっとそうだ。

 ナディアは己に言い聞かせた。


「男爵、カトレーゼにはもうお会いになられたかしら?」


 愛らしく首をかしげて尋ねてきたロストール伯爵夫人に、ひきつった笑みを返す。

 侯爵と個人的にお会いしたのは5日前が初めてです、お付き合いなんて恐ろしくて無理です、カトレーゼが誰のことだかもわかりません、なんて言葉が次々浮かんできたが、当然言えなかった。


「あの…」

「やさしくて、いい方でしょう?それなのに、わたくし達は彼女に可哀想な結婚を強いてしまった」


 レノン侯爵とよく似た、けれどレノン侯爵と違って雄弁な青灰色の瞳が後悔に揺れていた。


(カトレーゼって、アップルガース子爵未亡人?)


 可哀想な結婚、という言葉がナディアの中で従兄からきいた子爵未亡人の境遇と重なった。



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