01 第二王子、愚行に走る
「アメリア・ローヴァル辺境伯令嬢! 悪いが君との婚約は、今日を限りに破棄させてもらう!」
ランチを食べようとカフェテリアに入った瞬間、いきなり名指しで叫ばれた。
仁王立ちで私を指差し、なぜかドヤ顔を決めているのは、私の婚約者でこの国の第二王子、ダイロン殿下である。
でも、ちょっと待ってほしい。
今は昼どき。しかもここは、王立学園内のカフェテリア。昼食のために集まった学園生がわんさかいるというのに、突然やばい見世物が始まったら、しかも有無を言わさず巻き込まれてしまったら、誰だって面食らう。
思わず仰け反る私を尻目に、ダイロン殿下はなおも続ける。
「僕はとうとう、真実の愛を見つけたんだ! ここにいるリナ・メルム子爵令嬢こそ、僕の唯一! 僕の最愛! リナは君とは違って所作もマナーも完璧な、申し分ない貴族令嬢だからな!」
そう言って、ダイロン殿下は隣に立っていた華奢で小柄な令嬢の腰を引き寄せた。
ここのところ、人目も憚らずやけにいちゃいちゃしまくってるな、と思ってはいたものの、まさかこんな突拍子もない愚行に走るとは。どうやら本格的に入れ揚げていたらしい。
リナと呼ばれた令嬢はアンバーの瞳をうるうると潤ませ、上目遣いで殿下を見つめている。確かに、女の私から見ても、可愛らしいなと思う。
そんな気持ちを見透かしたのか、殿下はさらに言い募る。
「そもそも、君は王子妃に相応しくないと常々思っていたんだ! 田舎の辺境伯領出身で、王都の中央貴族に比べれば洗練さの欠片もない! 粗野で野蛮でがさつな君に、王子妃など務まるはずがないだろう!」
殿下の言葉に、どこからか嘲笑の声が漏れた。
ずいぶんな言い草である。
でもまあ、殿下の言うことも否定はできない。
私の実家ローヴァル辺境伯家は、建国当初から北の国境地帯を預かる武門の家である。
その信条は、『勝ったやつが偉い』『勝利こそ正義』『勝つためなら何でもあり』。
実際、大陸の北に位置するマグノール王国と我が国とは、幾度となく武力衝突を繰り返している。そのたびに、ローヴァル辺境伯家は屈強な辺境伯騎士団を率いて敵軍の侵攻を阻み、退けてきたのだ。
血生臭い歴史を刻む辺境伯家の私は、殿下にとって「粗野で野蛮」と蔑むほど、忌むべき存在らしい。
これでも一応、婚約が決まってから学園に入学するまでの間は、王家が辺境伯領に派遣してくれた家庭教師のもとでしっかりと王子妃教育を受けていたんですけどね。殿下が言うほど、がさつではないつもりですし。多少大雑把で、可愛げがない自覚はありますけど。
それにしても、この状況にどう対処すべきか。
私は途方に暮れた。
いや、婚約自体は別に破棄してもらって構わない。というか、本当に破棄してくれるなら「はい! 喜んで!」と全力前のめりで絶賛したい。むしろスタンディングオベーションで受け入れたい。
でも、ここでしおらしく、「承知しました」と言ってしまっていいのかどうか。
こんなことをするなんて、やっぱり殿下はこの婚約の意味をきちんと理解していなかったのねと今更ながらにがっかりするし、王族の婚約ってそんな簡単に破棄できるわけなくない? とも思うし、とはいえ王子が衆人環視の中で宣言しちゃったらあとから取り消すことなどできないだろうし、あれこれ考えるとどうにも判断がつかずに躊躇してしまう。
黙り込む私に構うことなく、殿下は得意げに言い放つ。
「僕は君との婚約を破棄し、リナと婚約を結ぶ! これは決定事項だ! 異論は認めないからな!」
「…………は、はい」
「そして婚約者のいなくなった君には、新たにヴィンス・ルシオラ侯爵令息との婚約を命じる!」
唐突なその宣告に、至るところで小さな悲鳴が上がった。
「……はい? 今、なんて……?」
「ヴィンス・ルシオラだ! わかるだろう!?」
いや、わかるけど。そりゃあ、わかりますけども。
存外目を引く黒髪を探すべく、私はカフェテリアの中をきょろきょろと見回してみる。
――――いた。
窓際の席に座って黙々と昼食を取っていたらしい件の令息ヴィンス・ルシオラは、面倒くさそうに顔を上げる。
「……ダイロン殿下、俺がどうかしましたか?」
「喜べ、ヴィンス! お前の婚約者を決めてやったぞ!」
「……はい?」
「今日からこの、アメリア・ローヴァル辺境伯令嬢がお前の婚約者だ! 建国以来の犬猿の仲、ローヴァル辺境伯家とルシオラ侯爵家の縁談なんて面白すぎるだろう!」
殿下の無駄にやかましい高笑いは、慌てた私の「で、殿下……!」という声さえもかき消してしまう。
ちょちょちょっと。何を言っちゃってるのよこの人は……!!
取り乱す私のことなど気にする様子もなく、ヴィンス・ルシオラ侯爵令息は無表情のままその場にすっと立ち上がった。
そして一ミリも表情を動かさず、あっさりと切り返す。
「わかりました。その命、謹んでお受けいたします」
予想だにしないまさかの答えに、居合わせた学園生たちは全員耳を疑った。
◇・◇・◇
そもそも、なぜ私とダイロン殿下が婚約する羽目になったのか。
それは偏に、隣国マグノールとの関係悪化が影響している。
実は七年前にも、マグノール軍が国境を越えて侵攻し、突如戦争が勃発した。我が辺境伯騎士団は誰よりも勇猛果敢に戦い、敵軍を退けることに成功する。
お父様なんか、群れをなして襲いかかるマグノール軍の兵士をバッタバッタと薙ぎ倒し、真っ赤な返り血を浴びてなお笑いながら「弱い、弱すぎる!」などと敵を煽り続けたせいで、『血まみれ辺境伯』なんて大層な二つ名がついてしまったほどである。
ちなみに、辺境伯騎士団は『血染めの戦闘狂集団』とか『血に飢えた狂犬騎士軍団』とか言われているらしい。格好いいんだか悪いんだかよくわからない二つ名だけど、辺境伯家の人間は赤みの強いガーネット色の髪が特徴だから、というのも関係していると思う。
そんなわけで、王都の中央貴族は我が辺境伯家を戦争終結の立役者として畏敬の念を向ける一方、気性が荒くて乱暴者の家門だとどこか蔑んでもいる。そういう風潮を、ビシバシと感じる。
だから、ダイロン殿下が私を「粗野で野蛮」と罵り、その言葉に同調する雰囲気があるのも、まあ仕方がないといえば仕方がないことだと思う。
ただ、七年前の戦争以降も、国境地帯での小競り合いは頻発している。幸い大ごとにはなっていないものの、王家はこの状況に危機感を強めている。そこで、国防の要である我が家との更なる強固な結びつきを求めた結果、私と第二王子ダイロン殿下との婚約が決まったのだ。
初めて顔を合わせたとき、殿下はあからさまにホッとした様子で「よかった、普通の令嬢だった」と小声でつぶやいた。残念ながら、まるっと聞こえてしまった。いったいどんなのを想像していたんだ。聞くに聞けなかった。だいたい予想はつくけども。
あれから、七年。
予期せぬ婚約破棄宣言に、戸惑えばいいのか素直に喜んでいいのかわからない。本音をいえば、全力でガッツポーズしたいくらいなんだけど。でもさすがに、ここではまずいわよね?
そんな私に颯爽と近づいてきたのは、黒髪の貴公子だった。
「――アメリア嬢。少し、いいかな?」
お読みいただき、ありがとうございます!
本編は全二十話の予定です。
これから毎日投稿していきますので、よろしくお願いします!
(今日はあと二話投稿する予定です)




