第17話:苦戦
愛とは、一体何なのだろうか。
堂也はモニターを前に、沈黙していた。
窓の外の夜も、次第に深まっていく。
パソコンのデスクトップには、書きかけのプロットファイルがいくつも並んでいた。
だが、そのどれもが堂也を満足させるものではなかった。
最初に堂也が書き始めたのは、恋愛を絡めた復讐劇だった。
ヒロインは公爵家の娘で、王子と婚約している。
「悪役令嬢か……ちょっと流行りに乗りすぎかな?」
少し迷ったものの、ひとまず物語の構成を完成させることにした。
物語は、王子から婚約破棄を告げられるところから始まる。
王子はヒロインのことを邪悪な悪女だと思っており、新しく現れた平民の少女と結婚すると宣言する。
「なんだかありきたりだな。これで大丈夫かな?」
堂也は考える。
普通なら、ここでどんでん返しを入れる。
例えば、実はヒロインはいい人だったとか。
あるいは、最初から王子と結婚する気などなかったとか。
「いや、ここは読者の予想を裏切るべきだ!」
堂也はヒロインを本当の「悪人」に仕立て上げることにした。
ヒロインは公爵令嬢という立場を利用し、無理やり王子との婚約を成立させた。
もちろん、その理由は王子を愛していたからではない。
もっと現実的な、政治的理由だった。
最後には王子を追放し、好きな相手と結婚させる。
そして自ら国を乗っ取り、新たな帝国を築いて女帝となる。
「いや、これ……恋愛小説じゃないなぁ」
堂也の口元が引きつった。
この話が面白いかどうかは置いといて、もはや恋愛ストーリーですらない。
「じゃあ、恋愛対象として執事か騎士団長でも追加する?」
一度方向性がずれてしまった物語を修正するのは、なかなか大変だ。
少し考えたあと、堂也はこの物語をひとまず脇に置くことにした。
「もう一本、新しく書こう」
堂也は天井を見上げ、今度は追放ものを書いてみることにした。
追放もの。
簡単に言えば、主人公がパーティーから追放される物語だ。
だが主人公は何らかの特別な能力を持っており、追放されたあと、むしろ以前より幸せになっていく。
ある意味では、復讐ものの一種とも言えるだろう。
「でも、ただの追放ものじゃベタすぎるな」
堂也は少し考え、少しだけ設定を変えることにした。
主人公は勇者パーティーの戦士。
しかも、すでに魔王を倒している。
そんなタイミングで追放されるからこそ、インパクトもある。
「じゃあ、追放される理由は何だろう?」
魔王は既に倒しているのだから、理由はもっと荒唐無稽でいい。
女勇者が主人公を指差し、高らかに宣言する。
「これから私たちは温泉巡りをするの! だから、男のあなたは邪魔なのよ!」
実際のところ、パーティーはもう解散する予定だった。
ただ、パーティーの女性陣がみんなで温泉に行きたいだけだったのだ。
「このセリフ、小説で何度も見かけて、前から一度使ってみたかったんだよな」
そんな、取るに足らない理由だった。
「ここから、どうやって恋愛につなげるんだ?」
堂也は少し悩んだあと、いっそのことパーティーの女性たち全員が主人公を好きだったことにした。
追放は、主人公と二人きりになる機会を作るための口実に過ぎない。
「でも、これじゃ2万字じゃ収まらないかもしれないな」
尺の都合上、堂也はこの作品でコンテストに挑むのは諦めた。
「恋愛……恋愛……」
堂也は天井を見上げ、長い間沈黙する。
そして再び、キーボードを叩き始めた。
今度は、あるカメラマンの物語だった。
主人公は休暇を過ごすため、温泉街を訪れる。
だが、ちょっとした手違いで宿を予約できていなかった。
それでも大らかな主人公は気にすることなく、カメラを片手に街を歩き回る。
そんな時、彼は街中で撮りたいと思う景色に出会った。
着物を着て、掃除をしている少女だった。
俯いたまま静かに作業をするその表情が、彼の心を動かした。
主人公は彼女に近づき、写真を撮ってもいいかと尋ねる。
主人公がカメラマンだと知った少女は、目を輝かせた。
さらに宿を探していると聞くと、彼女は親切に案内してくれる。
実は少女の家が、民宿を経営していたのだ。
民宿に着くと、少女の母親であり、宿の女将でもある女性に出会う。
この作品では、主人公と母娘の二人が出会い、それぞれが抱える心の傷を癒やしていく展開を予定していた。
……そこまではいい。
だが。
「ヒロインは娘にするべきか、それとも女将にするべきか……」
堂也は悩んだ。
娘は高校生で、大学進学を控えている。
外の世界に憧れているが、母親が大変そうなのを知っているため、家業を手伝うために残ろうとしている。
一方、女将は未亡人だった。
普段は仕事に追われ、踊り子としての夢も諦めていた。
最近は経営もうまくいっておらず、娘の学費を払えなくなるのではないかと不安を抱えていた。
「この話……もしかしたら、想像以上にいいものになるかもしれない」
堂也は画面に表示されたプロットを見つめる。
丁寧に描けば、優しい物語になる自信があった。
だが、浅倉に対抗するためには、短時間で読者の目を惹きつけるテーマが必要だった。
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
堂也はプロットを里奈に送った。
そして、返ってきた結論も同じだった。
「このままじゃダメだな」
堂也は腕を組み、眉をひそめる。
ただ恋愛を書くのでは、勝ち目が薄い。
自分だけの強みを見つけなければならない。
(やっぱり……俺には恋愛小説は向いてないのか?)
「強み……まさか、恋愛小説をホラーみたいに書くわけにもいかないし」
その言葉を口にした瞬間、堂也自身が固まった。
どうしてダメなんだ?
自分が一番得意なのは、紛れもなくホラーなのだから。
確かに、浅倉とは恋愛小説を書くと約束した。
だが、ホラーを書くような方法で描いてはいけないとは、誰も言っていない。
堂也の口元が、ゆっくりと上がっていく。
ようやく分かった。
自分はずっと、一つのことを間違えていたのだ。
浅倉は言った。
自分の才能は、恋愛小説を書くにはもったいないと。
だが、もし。
もし自分が一番得意なものを、恋愛小説の中に描いたら?
恐怖。
不安。
息が詰まるほどの執着。
それでもなお、揺るぎない愛。
「よし、決めた!」
堂也の目が爛々と輝き、一気に活力がみなぎってきた。
両手を伸ばし、勢いよくキーボードを叩く。
画面上に、新しいファイルが作られる。
堂也は笑みを浮かべた。
「俺にしか書けない恋愛小説を書いてみせるぞ、浅倉!!」
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