アイドルが隣に寝てます!?
途切れ途切れに、誰かの声が聞こえる。
ぼんやりとしていた意識が、ゆっくりと浮かび上がっていく。
田中堂也はかろうじて目を開けた。
激しい痛みに、頭が割れそうだった。
まるで頭の中で工事現場の作業員たちが、朝からトンカンと工事をしているかのようだ。
「うう……やっぱりあんなに飲むんじゃなかったか?」
普段の堂也は自分が酒に弱いことを知っているため、ここまで飲むことはない。
だが昨日は祝いの席だったうえ、同席していた人から何度も酒を勧められた。
その流れで、つい飲みすぎてしまったのだ。
「でもまあ、少なくとも無事に家には帰れたな」
見慣れた天井を見つめ、堂也は思わずホッとした。
リビングのテレビはまだ点いたままで、朝のニュースが流れていた。
さっきから耳に飛び込んでくる声は、ここから聞こえていたものだった。
「昨日、消し忘れたのか……。まずいな、本当に何も覚えてない」
苦笑しながら頭を軽く叩き、無理やり体を起こす。
手探りで周囲を探し、リモコンを見つけようとした。
「……ん?」
右手の指先に、柔らかな感触が伝わる。
ほんのりとした温もりまで感じられた。
さらに、花のように甘く優しい少女の香りが、ふわりと鼻をくすぐる。
堂也は首を傾げながら、そちらへ視線を向けた。
そこには、天使が眠っていた。
少女は静かに目を閉じ、無防備な寝顔を晒していた。
絹のようになめらかな黒髪が、少し乱れながら枕へと広がっていた。
透き通るほど白い肌に、整った小さな顔立ち。
思わず息を呑んでしまうほどの美しさだった。
そして、自分の手はその天使の肩へと置かれていた。
肩に羽織られた赤いジャケットには、どこか見覚えがある。
だが堂也は考える余裕もなく、慌てて手を引っ込めた。
喉まで込み上げた悲鳴を、必死に飲み込む。
少女が目を覚ましていないことを確認すると、胸につかえていた息をゆっくり吐き出した。
堂也はその顔を見つめたまま、しばらく我を忘れていた。
「どうして……?」
それは、堂也が実によく知っている顔だった。
逸見悠花。
中学の頃、結局告白する勇気を出せないまま、今もなお想い続けている初恋の人。
あの頃の悠花は、まだ少し幼さが残っていて、笑うとどこにでもいるような親しみやすい女の子だった。
二人は同じクラスで、仲の良い友達だったと言っていい。
『俺さ、将来は有名な小説家になりたいんだ』
当時の堂也は胸を張って、そう言った。
『じゃあ私は、武道館でライブができるくらい、すっごいアイドルになる!』
負けじと少女は言い返した。
『悠花なら、きっとなれるよ』
『堂也だってそうだよ。こんなに面白いお話が書けるんだから、絶対に大作家になれる』
『はは、ありがとう』
『大作家になったら、ヒロイン役はちゃんと私にやらせてね』
『もちろん、約束だ』
堂也は苦笑しながら首を振る。
今の自分は確かに小説家にはなった。
とはいえ、食べていくので精一杯の作家だ。
しかも新作の執筆は行き詰まっている状態だ。
それに比べて、逸見は有言実行だった。
【超人気アイドル逸見悠花、7月14日に武道館ライブ開催決定。ファンの熱狂を呼ぶ】
ニュースキャスターの声とともに、テレビには華やかなステージで歌い踊る逸見の姿が映し出される。
堂也は思わず、また隣に視線を走らせた。
「いやいやいや……なんでだよ……なんで悠花が俺の隣で寝てるんだ?」
国民的人気を誇るトップアイドルが、今、自分の隣に横たわっている。
気持ちよさそうにすやすやと眠っている。
堂也の頭の中は混乱を極めていた。
「俺、何かやらかしてないよな?」
彼は慌てて全身を確認した。
身にまとっている服は昨日と同じだ。
しわくちゃになってはいるが、しっかり服は着たままだ。
「ふぅ……」
堂也は安堵の息をついた。
そのとき。
隣で眠っていた少女の長いまつげが、小さく震えた。
ゆっくりと、澄んだ無垢な瞳が開かれる。
その瞳には少しの動揺もなく、自分が置かれている環境に何の疑問も抱いていないようだ。
彼女は首を少し傾げ、堂也をじっと見つめた。
まるで気品のあるラグドールのようだ。
口元に微かな笑みが浮かぶ。
桜色の唇がゆっくりと開き、鈴の音のように澄んだ声が紡がれた。
「おはよう、堂也」
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