悩みは尽きない
「あんたらは神様の使いを連れてきてくれた。それはこの街にとって縁起がいいことなんだよ。特に、この街の鍛冶師にとっては特別な加護が得られるっていわれていてね」
「そうなのか?」
おばちゃんはフィヌイにむかい恭しく祈りを捧げていたが、ラースは首を捻り合点がいかないという顔をしていた。
一般的な言い伝えでは、この国の主神フィヌイは真っ白な生き物の姿で現れると伝わってはいる。だが、白い動物が現われたからといって、ここまで大騒ぎになるようなことは彼が知る限りでは思い浮かばず。
たしかに白い生き物は幸運を呼ぶとして珍しがられ、一部の地域や、かなりの物好きがたまに高値でも買いたがるぐらいで、それでも人が集まってくるくらいの騒ぎになることなどまずありえない。
「この街が、これからも栄える良い兆しだよ」
祈りを捧げ終わるとおばちゃんはうんうんと満足そうに頷いていたのだ。
「はあ……そんなもんかね」
「あんただって、一緒に旅をしているっていうお嬢さん、恋人なんだろ。巡り合えたのも、御使いさまのお陰なんだろうね」
「は…?」
おばちゃん特有の勘違いに、ラースの目は点になる。
さらにあれから飛躍したおばちゃんの話によると、修道女であるティアがラースに一目惚れし、結果ふたりは手を取り合い逃げだし、今は駆け落ちの真っ最中らしいのだ。
誤解がないように、何度も自分はただの護衛で……と訂正をしても、またまた誤魔化さなくっていいんだよとまったく聞き入れてもらえない。
ティアとは別の意味で、彼としてはとんでもない迷惑をこうむったのだ。
そう、ラースの脳裏によぎったのは彼が仕えている主君の姿。将来この国を治める人物としては聡明で一見すると非の打ち所のない人物。だが……唯一、困ったことに人をからかい面白がる癖をもっていた。
もし、万が一にもこの話が殿下の耳に入ったら、当然面白がって、ことあることに彼の前でこの話をするだろう。
連絡手段は霊獣のノアを使い行っているのでこの話が殿下の耳に入ることなどないはずだ。ノアは今頃、殿下のもとにいるはずだし、殿下の配下がこの街にいることなどない! そのはずだ…
だが、万が一にもこの話が殿下の耳に入ったりしたら…そう考えると、冷たい汗が頬を流れたのだ。
しばらくたつと、ラースがこちらへと戻ってきた。
そこでこの街の人から聞いた御使いさまの話をティアに教えると憂鬱なため息をつき、なぜかはわからないがこの短時間で心なしか、ぼろ雑巾のようになったようにみえたのだ。
その様子にティアは首を傾げる。なぜかラースが、もの凄ーく疲れているように見えたからだ。
まあ、そんなこともあったが……注目されていた原因もわかり、白い子狼の姿をしたフィヌイのお陰で、ワンランク上の宿に泊まることもでき、かなり目立つことにはなったがおおむね大満足のティアだったのである。
美味しそうにシチューを食べるフィヌイ様を見て、しみじみと先ほどの出来事を思い出していたが、ふとラースに視線を向けるとなぜかテーブルの上に肘をつき、また憂鬱そうに頭を抱えていたのだ。