~閑話~ 神殿での異変~後編~
アイネが神殿に着くと、会議を行う講堂へと通されたのだ。
どうやらただ嫌味を言われるために呼ばれたのではないようだと悟り……そこで言い渡された内容は彼女にとって意外なものだった。
「どういうことでしょうか? 私を新しい神官長に指名するというのは、理由を説明していただけないでしょうか…」
「理由は、今申した通り。現在の神官長が急病で倒れられ、職務を遂行するのは困難だと国王陛下が判断された。そして次の神官長にアイネ・フラウを指名されたのだ。異存はあるまい」
国王の使者からの言葉に彼女は内心驚いてはいたが、なるべく表情に出さないように努める。
相手の思惑がわからないからである…。
通常――新しい神官長を選ぶには、幹部の神官たちで協議を行い投票により決められる。その後で国王陛下が承認されるのだ。
陛下の承認があるとはいえ、このような決め方は異例中の異例だ。
どおりで神官長の姿がないはずだ。
権力を恐れる小心者だが、根は傲慢な性格から散々嫌味や難癖をつけた後、こちらの寄付金を神殿に全額まわすよう圧力をかけてくると思っていたのだが……まさかこんなことになっていたとは、
王城――しかも国王陛下からの使者の姿があるにも関わらず、神官長が姿を見せていないのはこういうことだったのかとアイネは納得する。
それに神官長の息のかかった幹部の神官たちは…まあ、ほとんどの幹部神官がそうなのだが……なぜか皆落ち着きがなく、怯えているように見えた。
これは神官長の派閥を根こそぎ片付けるため王家が動いたことを意味していた。もちろん、神官長と関係の深い第二王子ではない。おそらくは王太子セレスティア殿下が、裏で国王陛下に進言し動いたのだろう。
簡単にこの話を受けるわけにはいかないとアイネは考える。
「慣例に反します。周りが納得できる理由でなければ私が神官長となったとしても、皆はついてはこないでしょう」
「よかろう。新しい聖女と共に旅に出ている、主神フィヌイ様のご意志と言えば納得するか。こちらの密偵が聖女様に接触し掴んだ確かな情報だ。それに、そこにいる神官も証人となってくれている。詳しくはその者に聞くといい」
「は、はい。たしかに……私は聖女ティア様を探す旅に出ました。そこでティア様のご意志を伺ったのです」
国王の使者が指名した幹部神官はそう証言したが、どこかオドオドとしている。
なにか弱みを握られているようだと、アイネは感じ取っていた。
「わかりました。主神フィヌイ様のご意志であれば断ることはできませんね。ですが、反発もあるかと思いますので……まずは『神官長代理』として実績を作りたいと思います。それに神のご意志とはいえ些か急を要します。ゆえに他の神官たちも混乱しますので、まずは実績をつくったうえで正式にお受けしたいと存じますが、いかがでしょうか?」
「うむ……。今の話、一度持ち帰らせてもらうこととする」
「よろしくお願いいたします」
アイネの言葉に、国王の使者は渋々と言ったようすで返事をしたのだ。
彼女はその様子を見て安堵する。軽々しく受けるのは危険だとアイネは考えていた。
国王陛下の発言の裏では、王太子セレスティア殿下が邪魔な第二王子と神官長の勢力を排除しよう暗躍しているように見える。
主神フィヌイ様のお言葉を利用して、邪魔者を片付けようする手腕。ほんとうに侮れないお方だとアイネは思ったのだ。
その数日後、アイネは正式に神官長代理として職務に就くことになったである。
会議の翌日――アイネは救護院の敷地にある薬草園にいた。
これからは本当に忙しくなる。
この薬草園にもしばらくはこれなくなるかもしれないと、彼女は薬草を摘みながらこれからのことについて思いをはせたのである。