~閑話~ 神殿での異変~前編~
リューゲル王国 王都リオン――
早朝の朝霧がうっすらと残る中――救護院の敷地内にある薬草園にて、アイネはひとり薬草の摘み取りを行っていた。
この時間が、最も心が落ちつき物事を冷静に考えることができるのだ。
昨日、神殿からの使者がアイネのもとを訪たのだ。
神殿の支部――それも末端にあたる救護院の院長である自分に一体なんの用があるのかと訝しんだが……
手渡された封書を開封すると、そこには明日、神殿までくるようにと記されていたのだ。
――心当たりはある。ここ最近だろうか、王都リオンではふたつの噂が広がっていた。
ひとつは、この国の主神であるフィヌイ様と聖女様が神殿の腐敗ぶりに嫌気がさし旅に出たという――この噂から始まったのだ。
しかしこれについては、本当のことだとアイネは知っていた。
実際に、神と聖女は旅に出る前にこの救護院を訪れている。
正確には、新しく聖女に選ばれたばかりの教え子のティアと白い子犬のフリをした主神フィヌイ様のようだが…
僅かだが、子犬からは神力を感じることができたので間違いはない。だが、あえて気づかないふりをした。
教え子のティアは孤児院を出た後、神殿で下働きをしていたが、聖女様を始め神殿の関係者から理不尽な扱いを受けたあげく追い出され、とても傷ついていた。
詮索することはせず、懐かしい教え子が訪ねてきてくれたことが嬉しいこともあり普段と同じように接することにした。
これからの人生を決めるのはあの子であり、私はそれを見守ろうと思ったのだ。周りがとやかく言うことではない。
主神フィヌイ様も子犬の姿で、あの子にそっと寄り添いともに歩んでいこうとしているように見えたのだ。
私はただ……ティアのこれからの人生が少しでも幸せが訪れるように、ほんの少しでもいいから手助けをしたかったのだ。
そのティアも風の噂では、無事に元気でやっているようだと聞いている。
そして、ふたつめの噂だが――
これは王都の神殿で祈りを捧げると不幸になり、救護院や孤児院に奉仕したり寄付をしたりすると幸せになるというものだ。
先ほどの噂よりも、少し遅れて広がったもので……
始めは神殿も必死に根拠のないデマだと猛反発して否定していたが…それでも信者の数、寄付金は減る一方のようで……代わりにこちらの救護院や孤児院の寄付金が大幅に増えていった。
あの神殿長に、そのことについてさんざん嫌味を言われる可能性はある。
彼女は密かにため息を吐くと、準備のため薬草を摘む手を止めたのだ。さすがに断るわけにもいかない。
遠い昔、修道女になるため私は家を飛び出し今でも実家と連絡は取ってはいないが、それでも小心者の神官長は私の実家の権力を恐れ…大きな嫌がらせはしてこないだろう。それでも、どうでもよい小言を聞きに行かなければならないのだ。
アイネは急ぎ身支度を整えると、供を連れ神殿へと向かったのだ。




