79.黒猫の家出、再び(ファズside)③
「はぁ……」
朝軒先で肉を焼きながら、何か推薦状を貰える方法はないか考えていた。
「ん、元気がないね。どうかしたのかい?」
「あ、お兄さん。いらっしゃい……」
昨日、初めての店番で一番最初に来てくれた、兄妹のお客さんだ。今日は3人で来てくれている。以前と変わらず、三人でフードを被って、あからさまに風貌を隠しているように思える。
「今日は3本で頼むよ。悩みがあるなら、俺でよければ話しを聞くよ」
「お兄様?」
「友達が歌姫コンテストに出たいんだけど、それが……推薦状が必要だって知って困ってるんだ」
この人達に言っても仕方がない。ほとんど愚痴のような物だ。でも、お客さんに愚痴をこぼすのは良くない。悪い事をしてしまった。
「ごめんね。お客さんなのに変なこと言って」
「偶然だね。推薦状なら僕が用意してあげられるよ。その子の名前は?」
「えっと……」
お姉ちゃんに名前はない。本当はあるけれど、忘れてしまったと言っていた。父親からは名前で呼ばれないせいで、自分の名前を知らないのだ。
「フィアだよ」
雪の様に白い髪を持つ、お姉ちゃんにピッタリだと思って、咄嗟に出た名前だ。獣人語で、白猫の女という言葉を由来にしている。
お兄さんとお姉さんはフードで目立たないようにしている。もしかしたら、偉い人だからかもしれない。
もしそうだとしたら、気づかないふりをしておこう。僕の為に推薦状を用意してくれると言ったのだ。
後は歌詞を作りながら、推薦状が貰えるか結果を待とう。もし、駄目なら。広場で歌うのも良いかもしれない。
「うーん……」
「おや、随分と唸ってるねぇ」
食堂で、ノートと睨めっこしていると、シュイラおばさんがテーブルにコーヒー牛乳を差し出してくれた。
「ありがとう。何も無い所から、何かを作るのって難しいね。建築部と重工部のおじさん達がすごく思えるよ」
重工部は主に馬車を作っている部署だ。揺れにくい馬車を作って、販売している。スフィア商会の大ヒット商品で、結構儲かっているそうだ。今度はラジオを作って売るらしいけど、普及させたいから、作り方を公開したらしい。
僕は想像以上に凄いところに、働かせてもらえている様だ。
「そう言われると嬉しいじゃねぇか」
「んだ、みすぼらしかったオラたちも、そう言われる様になると嬉しくなる」
建築部ではたらいている、ビンケルさんとドスゴンさんだ。
「んで、何やってんだファズ坊、勉強か?」
「おら、勉強は苦手だ」
「コンテストに出る友達の為に詞を書いてるんだけど……何か足りないんだよね」
「そいつは大変だな。昔、ガキの頃に弦楽器やってたけど忘れちまったわ」
「ビンケルさんていくつなの。エルフって長生きなんだよね」
「おうよ。ぴちぴちの36歳だ。つっても、ハーフエルフだから三百年くらいが寿命だけどな」
ハーフエルフの人はエルフの里で住むことが出来ないので。街とか亜人の多いところに住むしかない。デセンドは人族が作った国だけど、僕達には住みやすい国らしい。
「二十代のお兄さんだと思ってたけど、実はおじさんなんだね」
「おじさんじゃねぇよ?」
「肉球のお兄ちゃん。マンマルがこれを渡してって、言ってた」
マニルが渡してきたのは、楽譜が印刷されたコピー用紙だ。どうやら、廃墟のお姉ちゃんの曲を完成させてくれた様だ。後は、僕の歌詞を入れるだけ……。
「マンマルが、頑張ってね。って言ってた」
「そっか、後でお礼を言わないとね」
ここまでしてもらったら、僕も頑張らないと。だけど、ダンジョンの村という狭い世界しか知らない僕に、思い浮かぶ歌詞は浅いフレーズしかない。
「ビンケルさんとドスゴンさんの故郷ってどんな所かな。……遠く離れた所から、故郷を懐かしむ人の歌詞を書きたいんだけど……」
「いいじゃねぇか。でも……俺は、浮浪児だったからな。街しか知らねぇんだ。ドスゴンは地底の国出身だろ?」
「んだ、地底ダンジョンを利用した所だから、ダンジョン生まれのファズ坊と同じ様なもんだ。参考になんねえと思う」
「そっか……」
「他の奴呼ぶから聞いてみようぜ」
「オラも呼んでくる」
「ありがとう!」
二人が食堂から出て行って、しばらく待っていると。少しずつ人が集まって来た。一人ずつ僕に故郷の話をしてくれた。
家族みんなで麦を踏んだり。夏に冷たい川の水で涼んだり。スフィア商会には、故郷を失った人や王都に流れ着いた人が沢山いる。
その中には、マニルに怒鳴ったおじさんもいた。
「マニル、坊主……この間は悪かったな。昔の事を思い出して、ついカッとなっちまった」
「ううん、怒ってないよ」
マニルはおじさんを潔く許した。
「俺の故郷は王都から南部にあるキキャントという村だ。ろくに栄えても無い田舎の村だったけど、農作物がたくさん収穫できる自然が豊かでな」
おじさんは俯き、表情に影がさした。みんなの話は、大体は最後に悲しい話になる。でも、これは経験に乏しい、僕には必要な事だ。
「俺が最後に見た村の光景は、子供たちが楽しそうに走り回る姿だった。農作業しながら、ガキどものはしゃぐ声を聞く。そんな毎日だった」
「……魔獣の群れが全部を壊した。俺はびびって助けられなかった……両腕を失って、みっともなく生き延びて、ここで腐って行く様に生きていた。マニルに食べ物を貰っている時、情け容赦のねぇ世界で、いつか酷い目に遭わないか……怖かったんだ」
ここにスフィア商会が出来る前は、本当に酷い生活環境だったと聞いている。エレルお姉さんは、病気で死にかける一歩手前の所で助けられたと聞いた。
「子供を見るのが怖かった」
「そんな事情があったんだね……そうとは知らず。僕も言い過ぎちゃった。ごめんなさい」
「いや……あの時、坊主が俺に向けた目に気付かされた。俺なんかが心配するほど、弱く無かったんだ。お前のおかげで思い出せたんだ......あの村に大きな湖があって。夕方になると水面にキラキラと反射してな……すげぇ綺麗なんだ……」
おじさんの頬に涙が流れる。
「実はマニルの為に金を貯めてるんだ。これで、学園に行くために勉強をしたり……」
「私は幸せだよ。もっと辛い目に遭ってる子は沢山いるよ。誰かの為にお金を使うなら、何処かの誰かの為に使お?」
「そうか……そうだな。マニルの言う通りだ。その金はその為に使うとするよ」
「実は俺も……」
「マジかよ……おいらもだ」
この場に居た全員がマニルの為にお金を貯めていた様だ。そう思えるぐらい、みんな感謝しているのだろう。
それから他のみんなも、僕の知らない、二度と行くことの出来ない故郷の話を聞かせてくれた。いつでも家に帰れる僕が、絶対に知ることのできない強い気持ち。みんなの話を聞いたおかげで、ポールペンがスラスラと紙の上を滑らかに走ってくれる。
具体的なイメージが整って、形になってきた。心配が少なくなってきて、今夜はぐっすりと眠ることが出来た。代わりに、魔物に追いかけられる夢を見たけど……。
「ふーんふふんにゃー」
早朝の冒険者が来て忙しい時間帯が終わり。お昼頃、マルの作ってくれたピアノの伴奏を頭の中で流しながら、鼻歌を歌いながらお肉を焼く。気分が高揚しすぎて、猫声を出してしまった。猫人族が語尾に、にゃーをつけるだなんて。誰かに聞かれていたら、恥ずかしくて死んでしまう。
「調子はいいみたいだね。昨日、約束した物を私に来たよ。今日は2本もらえるかな?」
あ、死んだ……。
お兄さんはくすくすと笑った後に、その約束の物を鞄から取り出そうとしている。
「毎日ありがとう……って、お兄さん本当に推薦状を用意してくれたの!?」
「約束だからね。でも、僕が推薦状を出したのは秘密だよ。誰にも言っちゃ駄目だよ」
お兄さんが赤い封印の付いた、三つの書簡を差し出して、僕はそれを受け取った。赤い蝋燭には、お城に掛かっている垂れ幕や、スルゥウェルの衛兵隊にある旗に描かれたのと同じ紋章が刻まれていた。
「楽しみにしてるよ」
二人の不思議な兄妹は、それから来ることはなかった。だけど、お姉ちゃんがコンテストに参加するのは現実的な話になった。早くみんなにお姉ちゃんの歌を聞かせたい。
そんなは気持ちを抑えつ、僕はひたすらに歌詞を書いていった。




