72. デセンドの優しき第六王女ミェルVS謎の地雷系美少女スーニャ!?③(虚な世界編)
『ミェルが着替えに行った。聞こえてるか?』
無線機と繋げたインカムから聞こえてくるのは、小さな声量で喋るアスティの声だった。試合中に付けているのをミェルに見られてしまうと気づかれてしまう。今の私はクーナではなく、スーニャなのだ。なので、彼と会話できる最後タイミングだ。
「ええ。ヤルヤがミェルに勝てと言われたのだけど。お兄様としては良いのかしら」
『ミェルは過去を含めて、ミェルである事に固執している。お前が誤解だと言った時に、王女として矜持を否定されたと、言い掛かりを付けられたはずだ』
「記憶喪失と何か関係があるの?」
母親を目の前で暗殺された彼女は記憶を失ってしまった。人は記憶を閉じる事で心を守る機能があると聞いた事がある。
『ミェルには俺が兄という事だけの記憶しか残って無かった。それ以外に自分がミェルだと自覚できる証拠がないんだ』
ミェルがほとんどアスティルと一緒にいるのはそう言う事なのね。王女という肩書きは彼との唯一の繋がり。本当に王女なのか。周りからそう言われているのではないか。その不安から大きな勘違いをしてしまったと。
『メディが怯えていたのも、同様のことがあった。君なら想像はつくだろうが。……時間がない、要件だけ言う。聖剣の称号を付与した剣の耐久は最強だ。例の場所でクーナのステータスに合う剣を作れ。折れたらスキルで新しいのを出すとか考えるな。それと痛覚トレースは教師に言って切らせた』
鉄の剣は学園の生徒同士が戦って、簡単に折れる物ではない。手入れと扱いさえしっかりしていれば長持ちする。だけど、私ぐらいのレベルになってくると、鉄の剣では損耗が激しくなる。
『お兄様、もう入ってもいいですよ』
『あ、ああ。分かった』
ミェルの声が聞こえた後からは、彼からの通信は一切来なくなった。聖剣を付与って一体どう言うことかしら。いずれにしても、私とミェルが戦っても折れない剣が必要ね。
「となると……アレしかないわね」
ワフ姉さんの所に行こう。彼女ならアドバイスをくれるだろう。時が止まったあの場所なら時間はいくらでもある。
「なんでぇ。聖剣を付与した剣に勝てる様なお前さんにあった武器だって?」
「何かアドバイスを貰えないかしら?」
「お前さんは銃しか使わねぇんだろ。ならどれを使ってもいい。何ならアダマンタイトで作った鉄の棒でも、ハンマーでも使ってぶん殴りゃいいじゃねぇか」
「アダマンタイトってすごく重いのでしょ。私がそんな物を振り回せるわけがないわ。刀なら少し使い方を教えてもらったわ。筋がいいって褒められたのよ」
ピニアに教えてもらった時に褒めてくれた。
「そうかい。なら刀を打ってもらいな。クーナ嬢のスキルで刀鍛冶の場所に行けるなら、その方がいいぜ。俺も作れるけど、餅は餅屋つー言葉があんだよ」
「そんな事を前にも言ってたわね。分かったわ。ありがとう、また来るわね」
「おう、また来いよ。あ、アレの補充頼んでもいいか?」
冷蔵庫にワフ姉さんの好きなビールを大量にストックして外に出る。他のお客さんも飲むからと、いろんな種類のお酒も用意しておいた。 アダマンタイトとミスリルのインゴットのお礼を、知らない人から対価としてもらった。
複数人でカンパし合って作った物だそうだ。
控室に設置している、ワフ姉さんの鍛冶場を解約する。不動産タブから刀鍛冶場を契約すると、新しくドアが現れる。日本っぽい扉が出てくるかと思いきや、大して目新しくはない。
そのドアを開けて中に入る。今回は室内ではなく屋外に出てきた。
周囲を見渡すと、空がオレンジ色に染まっている。方角が分からないので、時刻がわからない。
正面には真っ赤な柱が二本生えて、上の方で繋がっているモニュメントが立っていた。その先には、長く上の方まで続く大きな階段が森へと伸びている。周囲は大きなレンガの様な壁がずっと並んで、見慣れない建物が並んでいた。
電信柱が建っていたり、日本語で書かれた看板が建物から生えていたりと、慣れない雰囲気に違和感しかない。
初めてくる場所なのに、どことなく懐かしさを覚える場所だ。振り返って、私の出てきた建造物を見ると、カタカナと漢字書かれた看板が付いていた。
「モダン……ちゃ……ヤング」
喫と書かれた文字が読めないので、何のお店なのかわからない。困った事に鍛冶場が見当たらない。
近くの建物に誰かいないかしら……。
私は一つ隣のベーカリーかりふわと看板に書かれたお店のドアを開けようと、ドアノブをひねるが、鍵がかかっている様だった。
ドアのプレートには閉業中と書かれているので、営業していると思ったのだけど。あれ、閉ではなく開だったかしら?
他に手がかりはないか見回してみる。すると路地の向こうに人が歩いているのが見えた。あの人に鍛冶場の場所について聞いてみよう。
おかしい……しばらく早歩きで追いかけているのに近寄れない。どうして、あの人は歩いているようには見えないのに。
私は足を止めて、向こうにいる人を見つめる。すると背中からくいくいと服を引っ張られた。
「うな……だめ……おうまがどき……一緒に歩く」
黒い和服に身を包んだ小さな女の子が、私の服を掴んでいた。ピニアにそっくりな、真っ黒な狐耳が生えている。
私は屈んで、目線を合わせて声をかけた。
「こんにちは、あなたはきんじょのこどもですか?」
「うな……おかしい」
やっぱりこの子が喋っているのは日本語ね。うなという言葉は知らないけれど。だめ、は向こうに向かうのが駄目と言るのね。おうまがどきって何かしら?
おかし、は甘い食べ物だったはず。この子はお菓子が欲しいと言っているのね。獣人の子が物をねだるという事は、ここは貧民街なのかしら?
それにしては、この子の服装はとても綺麗なのよね。高貴な生まれの子で、兄弟からいじめられて取り上げられたり、家が厳しくてお菓子を食べさせてもらえないのかもしれない。
兄弟に取られたり、実家で取り上げられては可哀想だ。あれほど辛い事はない。そうだった時を考えて、外ですぐに食べられる様なお菓子を沢山スキルで用意した。
「たべるといいです」
「うな……ありがとう?」
女の子は首をかしげながらそう言うと、手に持った小さな巾着袋に一つ一つお菓子を入れていく。明らかに袋の容量を超えたお菓子を入れても、小さいままだった。
こんな小さな子がマジカルバックをどうして持っているのだろう?
「わたし、かたなほしいです」
「うな……刀欲しいの……しってる」
知っているというのは、刀が売っているところなのか、作るところなのか分からないかもしれない。言い方を変えてみましょう。
「かたなはどこでつくれますか」
「うな……おいで」
女の子が歩き始める。良く見ると、看板の至る所には読めない日本語にあふれていた。ひらがなとカタカナ、簡単な漢字は読めるけど。ここら辺に書かれている日本語は一切読めない。
なんだか不気味だ。話をして気を紛らわそう。
「あなたのおなまえは?」
「私はここ……うな……へん」
ここちゃんね。なんだか不思議な子ね。表情が変わらない所とか、声の小ささがヤルヤにそっくりね。
「あなたはここちゃんですか?」
「うなは……もちは好き?」
「もちはすきです。よくたべます」
拙い言葉でしか喋れないのはもどかしいわね。
「うなはうなじゃない……違う……うなが大きい!」
「うなって、なんですか?」
「大きな、うなは……ここで待って」
ここちゃんはそう言うと、モフモフとした大きな黒い尻尾を振りながら、トテトテと何処かへ向かって歩いて行った。
「うなって……何の意味だったのかしら……?」
「お迎えにあがりました」
「ひっ……」
背後から声をかけられ、振り向くと白と赤の衣装に身を包んだ女の子が立っていた。誰も居なかったはずなのに、いつの間に?
「ど、どなたかしら……?」
「お迎えが遅くなり、申し訳ございません。お客様を危うく、残虚で迷わせてしまう所でした」
一瞬、日本語かと思ったけれど、この人は大陸語を喋れるのね。
「ここちゃんという子に、ここで待つように言われたのだけど」
「狐々様がここまで連れてきてくれたのですね。私はそちらにある神社で、巫女として仕えさせて頂いております。ふち、とお呼びください」
巫女として神社に仕えていると言うふちさんは、純白の大きな袖を上げ、大きな階段があった先の森を指差した。
さっきいた風景と同じ、理解できる日本語の看板が並んでいる。どうやら、ここちゃんの案内で、元にいた場所まで戻って来れた様だ。
ここちゃんとピニアは狐耳を生やしている。私は狐の獣人に助けられやすい運命なのかもしれない。
「その神社の中に鍛冶場があります」
彼女が口にした神社って、日異の国教よね。日本は敗戦するまでの間は国教だったとか。マルとアスティルが話していたのを聞いた事がある。彼女はシスターのような方なのかしら。
「神職の方でしたか、失礼しました。私はクーナと申します」
「はい……くうなさんですね。よろしくお願いします。それでは参りましょうか」
ふちさんは階段へ向かうと、赤い柱の前で止まり、お辞儀をした。私も同じようにして、彼女についていく。
とても長い階段を登ると、開けた石畳の広場があった。そこで行う、参拝という行動についてふちさんにり教えてもらった。
「お金を入れて……大きな鐘を鳴らして……」
「鐘ではなく鈴といいます。大切なのは敬意と感謝の気持ちなので、間違えても心配はありません」
お参りを終え、本殿を後にする。
「緊張しました」
「参拝で畏れ敬うとは、くうなさんはお若いのに信心深い方なのですね。ところで、夕餉は済ませましたか?」
そういえば、お昼ご飯を食べていなかった。ベンチの上に置いてあったお菓子は、砂糖が多ければ美味しい物だと思われているから、砂糖てんこ盛りで、甘ったるくて苦手なのよね。
「いいえ、まだです」
「異国から来られる方は時間が沢山あるとか。父は年寄りですから、刀を作るのにも時間がかかります。まずは街に夕食の材料を買いに行きましょう」
時間が止まっているとはいえ、ミエルを待たせてしまうのは申し訳ない気がする。だけど、これは勝つためには仕方がない。ここで刀が出来るまで、この不思議な街で数日過ごす事になるのだ。私はふちさんと一緒に、夕日に染まった神社の階段を下った。




