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62.クーナ先生の初めての授業(ハイラside)

 私はルレと騎士のペニャちゃん、それに王女様のミェルちゃんも一緒に一列に並んでいた。 クーナちゃんが受け持つ事になった授業を受ける為に、コストルの学校よりも大きな教室の席に座っている。

 アスティルくんは体質で魔力を扱えないので、錬金術の適性がないとかで錬金術の授業は取っていない。


 一年前まで、私が王立学園に来るなんて事は全く想像もしていなかった。ルレが学園に行くと聞いて、寂しくなると思っていたのに。今度はコストルから離れる事になって家族と離れ離れになると思っていたら、学園から実家に数十分で帰れるようになってしまった。

 同い年なのに先生をしたりと、クーナちゃんはやっぱりすごい。

 

「皆さん、王立学園への入学、おめでとうございます。私は錬金術科目、補佐教員のルー。隣にいるこちらの方が錬金術科の本教員、メテリエ先生よ」


 クーナちゃんはお姉さんに名乗った偽名を、そのまま使うことに決めたらしい。

 メテリエ先生は顔を真っ青にしながらプルプルと震えている。人見知りな人が、30人もの生徒を前にしているだけあって、緊張しているんだろうね。初めてだから仕方ないよね。


 ルー先生もといクーナちゃんは、少し大人びた雰囲気のスカートとスーツを着て、ギルド職員の制服に似た格好をしている。更にメガネをかけて変装しているようだ。知らずに街中で見かけたら、私でも気づかないかもしれない。

 クーナちゃんのお姉さんから姿を隠すには、私から見た限りだと、十分に効果を発揮していると思う。


「この中に錬金術スキルを持って生まれた方は、何人もいるでしょう。修練してアビリティを覚えれば、役立つ時がくるわ」


 錬金術スキルは回復ポーションと魔力ポーション、それといくつかの状態異常を回復させるアイテムの製作や素材を高品質で作れるレシピを最初から覚えられる。

 でも、そのレシピは知られているので、錬金術スキルが無くても作れる。今の時代、錬金術スキルは役に立たないと言われている。


「錬金術スキルが無くても覚える価値はあるわ。全ての学問は錬金術に関係しているから。学んでいる専門分野が別にあれば、その助けになる事は山ほどあるの」

「質問してもよろしいですか?」

「ええ、どうぞ。ヒュテムさんで良かったかしら?」


 手を上げた男の人は私達よりも少し上、ペニャちゃんと同じぐらいかな?


「はい、ありがとうございます……。全ての学問に関係しているとは、全てを凌駕するほど優秀な学問だという事ですか?」

「一番優れた分野なんて物は無いわ」

「そうですか……」

「だけど、どの分野も錬金術との関係が切り離せない、いわゆる相互関係にあるの」


 クーナちゃんはハンカチをポケットから取り出して、手の上に被せた。彼女が今から、何するか想像はつく。

 ハンカチを取ると、小さな手のひらにはリンゴが乗っていた。マーケットスキルを使った手品だ。


「こんなところにリンゴが一つあります。私の手品にびっくりしてくれている。オウマさん、リンゴは食べた事はあるわよね?」

「え……もちろん、ありますけど」

「学園には農学科目があるわね。農作物を育てるには肥料が必要よね?」

「農家ではないので、農学には詳しくなくて……土いじりも全くした事がありません」

「ええ、土に触れる必要はないわ。その知識に関わる事がある。とだけ覚えておいて貰えればいいわ。必要な時に調べればいい。……肥料は錬金術で合成できるわ。今流通しているものより高性能なものを作れるわよ」


 教卓にお皿を置いて、ナイフを手に持ち、リンゴの皮をショリショリと音を立てながら剥き始める。


「他にも、このリンゴは人類や動物が食べられるようになっているのか。この真っ赤な皮の色が何故、赤く見えているのか。私が剥いている皮はどうして下に落ちるのか」


 クーナちゃんが投げかけた問いは、私にも理解していなかった。それが当たり前だからとしか答えられない。


 クーナちゃんが器用にリンゴをウサギの形に剥くと、お皿の上に置いた。

 かわいい。後で剥き方を教えてもらおう。子供連れのお客さんに出したら喜んでくれるかも。


「そこの、ウサギさんに見惚れているサリナさん。重力属性の重力とは何かしら?」

「……へ? 見惚れてません! 重力は重さのことです。発現地点にある物を重くしたり軽くしたりします」

「そうね。どうして、物は地面に落ちるのかしら」

「それは物に重さがあるから」

「持ち上げる時には力を使う。地面に向かう時だけ力を使っていない、という事で良いのかしら?」

「確かに……何もせずに力が働くとは思えません。まさか、地面が引っ張っているとか……?」

「正解のサリナさんには、このウサギさんリンゴをあげます。サリナさんの言う通り、地面は引っ張る力を持っているの。更に、私たちは遠心力で浮かんでいるわ」


 そういえば、地面は平面じゃなくて、マルちゃんみたいな球体だって言ってた。という事は、真ん中の中心に向かって引っ張られているってことかな?


「太陽や月のような空にある天体は、全て丸いのだけど。私達が住んでいるこの地面って、違う物かしら。私は丸いと思っているの。……この子はゴーレムのマル、丁度マルのような球体の天体みたいに、まんまるな形をしているわ」


 教卓の上で左右に揺れているマルちゃんを、クーナちゃんが撫でた。


「そんなわけありません。海の向こうに行けば無の世界に落ちる!」


 1人の男子生徒が声を大にして否定した。

 丸いという人も居れば、平面だと言う人もいる。私はどちらが正しいのか分からなかったけれど、クーナちゃんやマルちゃんから教えてもらった。合理的な理由で理解している私には、彼の言っている事が間違いなのがはっきりと分かる。


「テヘルさんね。平野って歩いた事があるかしら?」

「あります。ベギラの街から徒歩で王都まで来たので」

「立っているところから、16キロ先の地平線から先の物が見えなくなるの。ベギラの街が王都から見えるか考えてみましょう」



 クーナちゃんが、ホワイトボードに大きな半円を描いて、その上に人を立たせた。その横に王都と書いた四角を書き加えた。

 それとは別に、同じ様に平面の地面を模した絵を描いていく。


「マル、ベギラの街は学園の門から何キロ?」

『32キロです』

「ありがとう」


 平面と半円の両方にベギラと書いた四角が書き加えられた。人の絵から、真っ直ぐと線を引くと、平面はベギラまで届いているけれど、半円はベギラの街に届かずに空へと真っ直ぐ進んでいった。


「球面なら、地平線の向こうにあるベギラの街はちゃんと存在しているでしょう?」

「山に隠れて見えなくなっているだけです」

「海には山がないわよね。何故向こうにある大陸や島が見えないのかしら?」

「陸地に山があるのですから、海が盛り上がっていてもおかしくはありません」

「海が盛り上がる方がおかしい考えじゃない。球面の向こうに隠れているとしか考えようがないわ。自分の考えが通じないからって妄言を言わないで」

「球体なら遠心力で吹き飛ばされないのはどうしてだ!」

「さっき先生が言ってたでしょ。重力で球体に引っ張られてるって!」

「球体という事は、俺達が住む天体が高速で回っていることになるんだぞ。そんなの……死ぬだろ!?」

「生きてるじゃない!」

「おまえ引退した老軍馬の馬車乗ったことないだろ。早すぎて本当に死ぬかと思ったんだぞ!」

「軍馬に乗って死ぬのなら、私も死んでいるわよ。そんなので死ぬわけないでしょ!」


 先程、クーナちゃんからウサギさんをもらったサリナさんとテヘルくんがお互いの言葉を強く否定し合う。更に言い合いが止まらない。

 どんどんと話ずれてきているし。


「2人とも真剣に考えてくれて嬉しいのだけれど。少し落ち着いて。テヘルさんの言う通り、海は山の様に盛り上がるわ」

「そうなんですか!?」

「ええ、月の重力が海水を引っ張るの。それで潮の満ち干きが起きるのよ」

「うそ……」


 へーそうなんだ。月にも重力があるんだね。引き潮の時にアサリを取りに行きたいなぁ。お味噌汁に合うんだよね。酒蒸しにするとお酒が好きなお客さんの評判もいいし。


「俺が言っている事は正しかったじゃないか。船が見えなくなるのは、その海の山に隠れるからだ」

「なるほどね。満ち潮の時に海の向こう側にある島が見えないのは何故かしら」

「それは……」

「考えてみてね。と、このように平地だと考えていたら、海が山になるという考えが浮かんだわね。大切なのは考えを否定せずに、記録や情報を比べて、ちゃんと考えること。遠い空から地面を見たら、平面なのか球面なのか真実がわかるかもしれないわね。錬金術を極めたら、空飛ぶ船を作るなんて、夢があると思わない?」

「空を飛ぶ船なんか実際に作れるんですか?」


 クーナちゃんは紙を一枚出現させて、それを折り始め、手早く紙飛行機を作って、サリナさんに向けて飛ばした。

 あの折り方は、よく飛ぶから、孤児院の子達に教えてあげると、とても喜んでいた。

 サリナさんは紙飛行機をキャッチすると、紙を広げて確認するけれど、何の変哲もないただの紙だった事にびっくりしている様子だ。


「実際にそれらしい物が出土しているから、作れるはずよ」


 お金が溜まったら、実際にプロペラの飛行機を買うとか言っていたけど。空を飛ぶのが楽しみだ。


「それじゃ、研究室に移動しましょう。テンサイから砂糖を抽出して、べっこう飴を作るわ。その後は塩の結晶を作る準備をする予定よ。展示しておくから、それぞれの違いを観察してね」


 ルレが耳元に近寄って来た。耳打ちするような仕草をしたので、私も耳を傾けた。


「ハイラ、べっこう飴って。クーナが格安で子供に売ってる、あの茶色い飴よね。錬金術と何の関係があるのかしら……?」

「記憶に残りやすい物で実演すると覚えやすいから、お菓子作りにしたんだって」

「へー、ちゃんとした理由があるのね。クーナも色々と考えているのね」

「いやいや……メテリエ先生は置物みたいになっているけど、喋る内容もクーナちゃんと打ち合わせしてるからね」


 昨日は、緊張して寝れないのだわ。とか言って、リビングをうろうろとしていたのに。クーナちゃんが先生のお仕事を、しっかりと出来ていて安心した。

 実技の授業が終わったら。アピタさんのお家にお邪魔して、料理の準備をしなくちゃ。

 宰相のお家にお邪魔するとなると、緊張するのだわ。

 なんて、いつもの王子様と王女様の距離感のせいで少し感覚が麻痺しているから大丈夫でしょ。

 慣れのせいで、失礼な事をしないように気をつけなきゃ。

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