34.甘いお酒で甘く酔う
顔が熱気でヒリヒリと痛む。汗が水滴を作り、顔をくすぐってくる。拭ってもキリの無いそれを放って、私はひたすらハンマーに魔力を込める。途中で魔力が枯渇しない様にマーケットスキルで供給し続ける。
一打ずつハンマーを真っ赤になった鉄へと叩きつける。すると、魔力がこもった印の青白い点々の跡が付く。それが重ならない様、まばらに打っていく。何度も繰り返すと、魔力が剣にに乗る。
これ以上魔力を乗せる事は、私の技量では不可能。何度も何度も同じ物を繰り返しやり直した。これが今の最大限。高温のこれを冷却で一気に冷却してしまえばやり直しは出来ない。
再加熱をしてしまうと鉄に順応させた魔力が飛んでしまい。ただの鉄に戻ってしまうからだ。
剣を冷却水へ入れる。触れた表面から沸騰を起こして、ぐつぐつと泡が立つ。水面が落ち着くまで少し待つ。
「よっっしゃぁぁぁ!」
耳からイヤホンを外して、私は握り拳を作って叫んだ。普段の私なら絶対にしないような事も。1ヶ月もドワーフのワフ姉さんと過ごせば、影響もされてしまうようだ。
お酒臭かった鍛冶場にも、今では鼻が慣れて何も感じなくなった。熱気も、服のタグが体に当たる違和感と同じような物で、慣れてしまえば気にする事は無い。
「やったな、クーナ嬢!あと仕上げだ!今のお前なら簡単だ」
私の隣では小柄な女の子がガッツポーズを作り、激励してくれている。髭は無く、酒でしゃがれた声はおっさんそのものだ。
ドワーフさんは、おっさんさんではなく女性だったのだ。
初日、私が男性の居る所で寝泊まりは出来ない事を告げると、突然顔の体毛を剃り始めた。モサモサの毛の中から出てきたのは女の子。良く女性のお客さんに勘違いされるらしい。その時には髭を剃って、女だと証明するのだとか。
「ええ、でも簡単だからって手を抜く気は無いわ」
「数日でここまで成長するとはなぁ……俺も嬉しいぜ!」
「1ヶ月よ?」
「クソ長ぇ間、ここに居るからな。そんなに変わらねぇよ。そんなことより早く研磨しようぜ!」
「分かったわ。仕上がりが楽しみね!」
金ヤスリやサンドペーパーで細かい部分を整形する。指の関節が悲鳴を上げそうになると、一間置いて休憩をする。
「魔法剣って事は、クーナ嬢のダチは魔力操作のスキル持ちって事か?」
「そうよ。私の世界では近接スキルが無いと騎士になるのが難しくて。と言ってもその子が本当に騎士になりたいか分からないけどね。それでも、彼女に合う武器を作るって決めたのよ」
ルレからすれば余計なお世話かもしれない。でも、もし心の何処かで騎士になりたいって思っているのなら私はその手助けをしたい。
「学園程度の試験で、近接スキル持ちを圧倒するならコイツで十分だ。クーナとの魔力の相性もあるし、完全に使いこなすには使い手を選ぶけどな。騎士となると他の装備も作りたい所だな。まぁ、それはおいおいやってこうぜ。こいつをとっとと終わらせて、ダチの顔を見てぇだろ?」
「そうね!さぁ、ガンガン削るのだわ!」
大体の造形を終わらせたら、研磨は中断。今度はトイレットペーパーのお礼に、異世界の男の子から貰った魔力ブースターと魔法剣の柄を繋ぐ導線であるプラチナを流し込む。
「エルフのとこでプラチナを触ったんだろ?それと魔力を流す量は同じだ。失敗しても剣は無くならねぇ。はみ出ても研磨する手間がちと増えるだけだ。ビビる必要はねぇから一気にやっちまえ」
溶かしたプラチナが入った湯汲みへと、ゆっくりと魔力を流す。彫金でやった時と同じ感覚だ。極僅かに押し返してくる様なノイズを感じた所でピタリと止める。
傾けるとドロドロに溶けた、貴金属としての輝きの面影はないプラチナが剣に彫った溝に流れていく。
「あっ」
流したプラチナが溝から少しはみ出てしまった。出来る事なら綺麗にやりたかった。
「足りないよかいい。一発で出来たら上出来だ」
ワフ姉のフォローに気を取り直して、研磨台の上に剣を置いて、サンドペーパーを手に取る。溝から出てしまったプラチナを、金ヤスリでガリガリと削っていく。
「ミスリルは鋼よりもクッソ硬えし、加工も簡単で綺麗なんだ。造るのはムズイが魔法剣を作れば敵無しだ」
ミスリルは非常に希少な金属で滅多に手に入らない。鉱脈が見つかれば必ず国に接収される。流通する事はなくオークションで買う必要がある。
マーケットスキルではミスリルは買う事が出来ない。スキルレベルが上がれば買えるようになるだろうとマルが言っていた。
本当ならミスリルで作りたい。でも、時間を無限に貰っているのだから、それはワガママだ。
「だが、こいつがクーナ嬢のダチが魔力操作を上手く使って、二人の持ってる魔力が噛み合えば普通のミスリルなんて目じゃねぇ。鉄なんざ紙だ」
王立学園は戦闘試験がある。同じ戦闘スタイルの相手と模擬戦をするのだ。強力な装備を金で買う事のできる貴族への忖度なのか、装備は持ち込んだ物で行う。流石にミスリル製の剣で試験を受けるような貴族なんて居ないでしょうけど。
ルレが剣士として戦闘試験を受けるのであれば、この剣で戦う事になるだろう。
しかし、彼女は魔法使いとして試験を受けると言っていた。剣士として試験を受けなければ、騎士の道は途絶えてしまう。
この魔法剣をどう使うかはあの子が決める事だもの。私が口出しする筋合いは無いわ。
ルレが進みたい道が崩れて、最短の道から差し出した手を払われるよりも、そこへと続く別の道を自分の足で歩いてほしい。
「出来た……」
コンパウンドで剣を鏡面に仕上げる作業が終わり。インパクトドライバーを作業台にゆっくりと置いた。
鏡のように傷一つ無く仕上がった刃は、私の顔を映していた。ただでさえ眠そうな顔が酷く眠そうになっている。炭や煤で黒い汚れが至る所に付いていた。こんな顔、とてもみんなには見せられないわね。
柄と刀身、魔力ブースターを全て組み付ける。後は魔力を流せば魔法剣としての機能が整うのだけれど。それは私の作業では無い。この剣を使ってくれる人が流す事によって。この剣の持ち主になる。
「ここに来る奴らからすりゃてぇーしたもんじゃねぇ。でも、俺こうゆうの好きだぜ!試験合格するといいな!」
ワフ姉がサムズアップをしながら笑顔を向ける。アメリカやイギリスという国でいい意味があるハンドサインらしい。
それに対して私は中指を突き立てる。私の国で、お前は魔物並に頭が悪い。と言う最大級の侮辱と同じくらい非礼なハンドサインらしい。相手によっては殺しにかかってくるだろう。それ位、酷いサインだ。
「ルレは絶対に合格するのだわ!」
「ははっ、すまねぇ間違いだ!合格する!」
私は中指を折り、サムズアップで返した。
「ワフ姉さん、ありがとう」
「おいおい。こんなもんじゃねぇだろ?もっとヤベェもん作るんだから、いちいち礼を言ってたらキリが無いぜ?ひとっ風呂浴びて、その酷え顔を小綺麗にしてこい。洗濯ぐらいはしといてやるよ。乾燥機も買ってくれたしな!」
他のお客さんとワフ姉さんが洗濯をサボっているらしい。干すのが面倒くさいというので、洗濯乾燥機を備え付けた。私も使うし礼はいいから洗濯してくれと言い告げると、みるみると洗濯物が減ってきた。
「ええ。お風呂頂かせて貰うわね」
「で、風呂上がりのビールは?」
「苦いし美味しくないから要らないわ」
「そうか……早くクーナ嬢も味がわかる様になればなー」
「酔って変な事をしたく無いのだわ」
汗でベトベトなった汗を流し。湯船に入ると、疲弊した体が温められて心地よい。一瞬、ガクッと体が揺れる。
「やべっ……寝てしまう所だったわ……危ないわね……気をつけなきゃ」
レベルの恩恵で身体能力が上がっていても、溺れて長時間酸欠が続いたら私でも死んでしまう。
お風呂から上がり、寝間着を着る。
「どうする?乾くまで待つか?」
「今度来た時に受け取るわね」
「そうか。じゃあ預かっとくぜ」
「それじゃあまたね」
「おう、待ってるぜ」
扉からマンションへと戻る。
「ん〜〜」
背伸びをする。まだ眠るには早い。マーケットスキルでメモ用紙とボールペンを購入する。ダイニングテーブルの上でルレに宛てた文章を書く。
ワフ姉から教えられた魔法剣を使い方と、一言だけ。
それを持ってルレのいる部屋の前に立つ。軽く数回ノックをする。
「ルレ、私だけどちょっといいかしら?」
「どうぞ」
2ヶ月ぶりに聞いたルレの声だ。彼女からすれば1時間も経っていないのだけれど。
「これをルレに渡しておきたくて」
「剣?急にどうしたの?」
「ルレに合う剣を見つけたのよ。ほら、馬車で移動するのだから。良い武器があった方が良いでしょ?」
「剣は使えるけどアビリティは大したものは使えないし……私は魔法使いよ?」
魔法使いがスキルも無しに、剣戦闘アビリティを習得しているのなら、剣を使った戦闘でかなりの経験を積んだ証拠だ。
ルレのレベルは高くない。たぶん彼女が魔物を倒した時にソックさんが近くに居るからだ。近くに強い人が居ると経験値が上がりにくい現象が起こる。
ソックさんはスタンピードを無傷で生き残る様な人だ。そんな人が近くに居れば、ルレには殆ど経験値が入らない。
私が初めて殺した盗賊達は、誰かが依頼した暗殺者だったとピニアが言っていた。腕利きの護衛を簡単に殺す様な相手を数人倒して、ルレと同じぐらいのレベルになった。
もしかしたら喧嘩慣れしていない私が、ルレと渡り合えた事を考えると私の方が高かったかもしれない。
彼女と出会った時の魔物を倒した事があるという、ハイラさんの言葉を甘く受け取っていた。彼女は少ない経験値を集めて今のレベルになったのだ。
「その魔法使い用の剣よ。下手な魔力操作をすれば魔力を全て持って行かれちゃうから気をつけて。使い方はメモに書いたから。ルレが上手く使えると思って気に入ったら貰って」
「う、うん。ありがとう……なんかクーナにはしてもらってばっかりね」
「学園で開発のお手伝いで返して貰うのだわ」
「そうね。ちゃちゃっと合格してくるわね」
「私も王都に行くから。向こうで会いましょう」
おやすみの挨拶を交わした後、私はルレの部屋から出た。まだ寝るには早いわね。ミェル達と少し遊んでから寝るとしましょう。
「ただいま……っと、今どんな感じかしら?」
「クーナちゃんおかえりー」
『おかえりなさい』
久しぶり再会した様な感覚のせいで、変に挨拶してしまったが、ハイラさんは気にならず返してきた。純粋な人なりは彼女の良い所だと思う。
「クーナ!勝負よ!」
「ちょっと、ペニャさん!何でお酒三本目を飲んでるのよ!?」
「こんなん水よ水!」
「全くですよ〜!僕は〜なんて〜全然飲んでませんよ〜!十本なんて全然ですよ〜あはは」
ロスコさんは相当ふらふらになっているのに、飲んでいないと言っているが。口調からしてだいぶ怪しい。
「ロスコさん……あなたの周りに沢山、転がっている缶はピニアとビドさんが飲んだんじゃ無いの?全部の部屋に冷蔵庫置いたのが間違いだったわね……」
「下級兵士の癖にいきがるんじゃ無いわよ!いじめられっ子の泣き虫ロスコ!」
「」
「ねぇマル。飲酒は健康に悪いって止めなかったの?」
『私、皆さんがデロデロに酔っ払っているので勘違いをしていたのですが……異世界の方って甘酒で酔うんですね……』
「アマザケ?お酒はお酒よ!ミェル!ミェルは飲んで無いわよね!?」
「嗜む程度に頂いておりますわ。パーティーで失態を犯すことの無い様に、酒気には慣れる必要もありますから、飲まれる様なことはありませんので安心なさって。さぁクーナもどうぞ」
ミェルからコップを渡されて、お酌される。流石に王女から酒を注がせて突き返すのは非礼だ。しょせん私は権力に弱い貴族の教育を受けた、元令嬢なのだ……。
「いただきます……」
大丈夫。そんなに強いお酒じゃ無い。飲んでも酔う様な事はない。アルコールのツンとくる様な匂いもないから美味しく飲める。
「やっぱりジュースよね?」
だけど、初めて飲んだ時よりも、体がぽかぽかと暖かくなってきた。風邪の時に飲まされる薄めたワインを飲んだ時のようだ。
それにしても酒気のような物は感じられない。
『ジュースとして売られている物です。酒粕甘酒なので微量のアルコールは入っていますが。酩酊するほどではありません』
「これで酔うのなら……ワインなんて飲んだらゾッとするわね……ってミェル!分かっていてやったのね!」
「クーナさんなら王女からの酌を断れないって意地悪してしまいました」
「マルちゃんが不思議がっているのは、お酒の神様から与えられる祝福だね。私たちのようにまだ体が出来上がっていない子達は薄いお酒で酔えるようになっているんだよ。もちろん強いお酒なんて飲んじゃったら酔っちゃうけどねー」
「酔いたく無かったり、危ない時には酔いが覚めます。今、私に命の危険が起こる際には目を覚まして私を守ってくれます。きっとピニアさんもそうでしょう」
ハイラさんは教会によく行っているだけあって、メイメル教に詳しい。
「……私それ知らないわ。薄いワインを口にしてもああはならないもの」
「メイメル教には詳しくありませんか?」
メイメル教はデセンドの国教で、ヒェザム教はゼゼンダルの国教。どちらも複数の柱を祀る多神教で、同じ神を祀ることもある。
「ヒェザム教だったから。獣人と亜人に排他的なのは嫌いだしりらは、今は信仰していないわ」
「酒の神はドワーフの神とも言われています。ヒェザム教とは相性が悪くて。ヒェザム教の方は、酒の神から祝福される事はないのです」
だからピニアは酩酊していたのか。獣人である彼女がヒェザム教を信仰するはずがない。
「以前……さっき飲んだ時に、酩酊感は無かったのだけど。でもミェルさんに飲まされたら、ちょっとくらくらするのだけど」
「あら?ヒェザム教から改宗しても、簡単には酒の神からは祝福されないのですが……」
2ヶ月ほど前の、つい先程から、突然に祝福を受ける事になった心当たりはある。
「では、祝福を受けた所でクーナさんも遠慮なく頂きましょう?」
「それでは程々に頂くのだわ」
私はドワーフの神と聞いて、勧められた酒を飲まないと言うたびに、少しだけ残念そうな顔をしたワフ姉さんの顔を思い出した。今度、彼女の所へ行く時は、甘酒を一緒に飲んであげても良いかもしれないわね。




