29.王子と王女をお出迎え
「野営するには近すぎるから遅い訪問になってしまったぞ!」
「いえ、殿下にご足労いただけて幸いです」
「よい、元々この店に用事があったのだ」
護衛の騎士は食堂の椅子にも座らず。じっと立っている。いつもならいるはずのお客さんが居ない。代わりにいるのは装飾を施した防具を身につけた騎士と兵士達。
「王族や貴族は国力や経済力を相手に誇示する為に料理を振る舞うのです。我が国には新しい料理を調査する機関も組織されておりまして。クーナさんを学園にご招待しようと思っていたのですが、偶然にもこのお店が報告に上がっていて、こうして評価させていただいております」
「うむ!たしかに美味いぞ!見た目もいい、味もいい。これならパーティーに並べても恥をかくどころか、経済都市コストルを辺境の田舎呼ばわりする馬鹿どもの度肝を抜かせてやれるだろう。あいつらは何もしなくても金が入ると思っている」
「店主さん、もし良ければ王都の方でシェフに伝授……は出来ないでしょうから、レシピを頂けませんか?もちろん、謝礼はさせていただきます」
「クーナ……どうすればいい?」
ジーゼルさんが困惑している。元々はマルが教えたレシピをジーゼルさんがアレンジした合作の様な物だ。王族が謝礼するとなれば二束三文ではない大金が手元に来る事になるだろう。
ジーゼルさんが良ければ、私としては別に構わない。息子さんも産まれたばかりだし、それに、お風呂を作りたいと言っていたわね。
「お風呂の増築資金にすればいいと思うわ」
「分かった、ありがとう……レシピを書いて……渡します」
「うむ、頼むぞ!」
「ねぇクーナ……学園に招待ってどういう事?」
「王子の悩みを解決する為に学園に入学させてもらえるのよ。無理だったら退学という条件だけど」
「羨ましいと思ったけれど、試験受けた方がマシね。何を解決するの?」
「ここでは大っぴらには言えん。それは第三者から聞かれない場所で話そう。主人、部屋は空いているか?」
「……今日は埋まっています。いま、アレがあるのでどこも……埋まっているかと」
冬場のコストルは活動的ではなく、宿で冬が明けるまで休息をとる人が多い。この時期は宿が埋まりやすいそうだ。
「兵士達は兵舎があるが。俺たちは何処かのギルドに頼んで部屋をよういしてもらうか」
「王女、これから部屋で友達とお泊まり会をしているのですが。ご一緒にいかがですか?体も冷えている事でしょう。お風呂であったまってください」
「良いのですか?平民の方が私と一緒にいると緊張してしまわないかしら……」
本当ならマンションの事は隠しておくつもりだったけれど、近衛騎士が目にしてしまった。それなら存在を教えて、彼女に口止めを頼んだ方がいいだろう。
「こちらのハイラさんに気を遣わなくても良いと一言お声をかけていただければ。もう片方のルレは王子との会話中に割り込むぐらいの豪胆さがあるので気にしないでください」
「あ、マナー違反だったわね。ごめんなさい……知ってはいたのよ?……王族の方とはお父さんの関係で、お話しする機会もあったの」
王族を前に落ち着いたルレの態度はそれが理由だったのね。門番で落ち着いているけれど、ソックさんって実は相当偉いのかしら?
「ご挨拶をしていませんでしたね。デセンド王国第六王女のミェル•デセンドです。ハイラさん、ルレさん、本日はよろしくお願いします。クーナさんと楽しんでいたところにお邪魔してしまいますが、仲良くしてください」
「は!はひゃぃ!」
「……よろしくお願いします」
「私も最初は緊張したけれど、普段通りにしていれば怖がる必要は無いわ」
宿の看板娘が王女様を目の前にすれば緊張してしまうのは仕方がない。だけど、ルレは緊張している様子は全くない。どことなく不機嫌にも見える。一緒に遊ぶのを邪魔されてしまったから?
「俺は仲間はずれか……しかし、女子が集まる所に割り込むのは良くないか」
「私たちの寝る部屋とは別の寝所を用意しますので、アスティル王子もいかがですか?」
「王子、この娘の部屋が凄いのです!何と奥に……ムグゥ!」
「従者がごちゃごちゃと余計な事を抜かすな。黙って御二方の警護をしろ。警護は私1人で十分だが、殿下からの信用は私には無い。お前は置物に徹していろ」
ピニアが風呂場に乱入してきた女騎士を背後から口を押さえている。さっきまで私の後ろに立っていたのに。いつの間にか移動している。
騎士はジタバタと暴れているが、全くびくともしていない様子だ。
護衛の兵士達が剣の柄に手をかけた。
「申し訳ありません殿下、この娘は少々口が軽い様なので、手で蓋をさせていただきました。害意はございません」
「警戒を解け。殿下の前で動揺を見せるな」
胸元に貴金属の光沢が輝く勲章を付けた女騎士が命令すると、兵士達は剣の柄からでを離し、直立不動の姿勢に戻る。
「ペニャの背後を取り、それどころか置物扱いとはな。話に聞いていた通りだ。護衛はビド、ペニャ、ロスコの3人に頼む。皆は兵舎で休息してくれ」
ペニャさんはピニアの腕をバシバシと叩いている女騎士の人。ビドさんは王子と王女の後ろで立っている勲章を付けた女騎士だ。するとロスコさんは男性だろうか?
「ロスコは何処だ?」
「外で馬の世話をしています」
「そうか。リヌス、すまないが兵舎に移動するついでに呼んできてもらえるか?」
「分かった。兵士達に酒飲ませてやっても良いか?」
「そうだな。これで何か買ってやれ」
リヌスと呼ばれた若い男性の騎士にビドさんが十万カクルの価値がある大金貨を渡す。
マルは日本円とカクルのレートは日常的な物価で考えると、十万カクルで百万円程らしく、マーケットスキルで十万カクルは七万円の価値しか無い。これは金貨の金の価値として算出されているらしい。
それをポンと渡すビドさんは随分と気前がいい人なのだろう。
「喜べ、ビド様からの奢りだぞ。俺も出すから良い酒が飲めるぞぅ。もちろん崇拝しても良いからな。じゃっ、お疲れ!それでは殿下、むさ苦しい奴らは引き下げますので。存分に羽を伸ばしてください」
「ああ、ご苦労だった。お前らもゆっくり休むがいい。酒は仕事に支障をきたさない様にな」
「皆さん、突然の護衛要請を受けていただいてありがとうございました。帰りもよろしくお願いしますわ」
「陛下の要請とあらば部下を全員叩き起こしてでも召集させますので」
男性の騎士の人は部下の兵士たちを引き連れて、ゾロゾロと宿の外へと移動を始めた。
「あのぅ……ビド様から中に入る様にと言われたのですが……」
入れ替わる様に私達と変わらない少女が宿の出入り口からひょっこりと、可愛らしい印象のある顔を覗かせてきた。
「ロスコか、馬の世話ありがとう。入ってくれ」
宿の中に恐る恐る、ぎこちない足取りで王子と王女の前まで歩く。ゆっくりと片膝立ちで跪き、頭を下げた。
アスティル王子は平民に寄り添う思想を持つ王子。そうとは言え一兵卒の少女からすれば雲の上の存在なのだ。
「ロ……ロスコです。王子の命令により……あびやっ!」
盛大に舌を噛んだ。とんでもない失態をしてしまったというような表情でかたをふるふると震わせている。
「そこまでしなくていいもよい。俺は部下の名前も覚えない様な兄とは違うのだ」
「王都に帰ったら慇懃無礼という言葉を後で調べておけ」
「は、はい!この命に代えましても図書館にて慇懃無礼について調べます!」
「だから……まぁいい……。何としてもあいつだけは次期王位から引きずり下ろさねば……おい、ペニャ」
アスティル王子が呼んだが、当のペニャはピニアに押さえつけられてピクピクと全身を震わせていた。
彼女の様子に気づいたピニアは、腕に抱えていた身体を椅子に座らせる。
「近衛騎士ともあろう者がこの程度で気絶するとは……ふっ!」
ピニアがペニャの胸の中心に手を当て、勢いよく押し込んだ。
「はっ!?……私何をして……この……クソメイド……私を!……殺す気!?」
「申し訳ないな……軽く抑えたつもりだったのだが。中途半端に力が強いから加減が出来なかった。ああいう時は動かずに隙を窺え。力が入れば相手も力を入れる」
「だ、誰が中途半端だって!?不意打ちされただけだし!正々堂々やったらメイドなんかに負けないし!……っ!コストルにはソックといいこいつといい。ろくな奴がいないわね」
そういえばスタンピードの時に彼女はソックさんにやたらと悪態をついていた。
「ペニャさん呼ばれていますよ!殿下の前です!」
「下級兵士が近衛騎士の私に指図するんじゃないわよ。殿下、何故下級兵士のこいつと組まないといけないのですか」
「お前は俺に、屈強なおっさんと一緒の寝室で夜を共にさせたいのか?そういうつもりなら減給するぞ。ミェルはクーナ達と仲良く話をしている隣の部屋で、俺1人寂しく寝てろと?それともハーレムでも作らせる気か?」
流石にアスティル王子と寝室を一緒にする事はできない。色々と問題が起きてしまう。
「そ、そんなことはありません!しかし、警護はどうするのですか!?下級兵士なんて役に立ちません!」
「お前とビドがれば問題ない。ミェルと同じ部屋で警護だ。クーナ、問題はないか?」
「ええ。後でお見せしますが、面積はとても広い部屋だということだけ言っておきます」
その気になればさっき部屋を埋めていた兵士達もリビングで雑魚寝できるぐらいには広い。その気はないけれどね。
「メイド、警護を頼んでもいいのか?」
「はい。クーナ様のお客様も私が警護させていただきます。私も睡眠をとりながら警護させていただくので交代は必要ありません」
「寝ながら……どうやるのだ?特殊なスキルか?」
「生物の呼吸をまねる事により、その動物の特徴を引き出せるという、にん……アビリティがあるのです。イルカという魚の真似をする事により、半身だけ休息をとる事が出来るのです」
『あれ本当に……出来たんですか?』
マルがハッチをパタパタ開け閉めして驚いている。イルカという生き物は知らないけれど。マルとピニアの2人で何かやり取りがあった様だ。
「ああ。お前に見せてもらった音の出る動く絵で習得できた。お陰で効率よくクーナお嬢様をお守りできる様になったぞ。流石に私も睡眠を全く取らないわけではないからな」
「色々出来るのだな!ニンジャみたいだな!」
「殿下、忍者は架空の存在ですよ。あんな煙で隠れたり風呂敷で飛んだりなんか出来るはずがありません」
[先程、スケベを英雄の名ではなく。日本語として使っていましたよね?もしかしてわかったりしませんよね?]
マルが聞きなれない言語でピニアに話しかけた。最近聞いた様なフレーズがいくつかある。多分、日本語だろう。
「ワタシニホンゴワカリマセーン……」
[ピニアはクーナに、スケベな事をしたいスケベメイド……]
「貴様ぁ!蹴り飛ばすぞ!私はお嬢様にそんな不埒な感情を抱く事は無い!」
突然、ピニアが怒り始めた。一体マルに何を言われたのだろう?
[お前ら……一国の王子を放って、何を話しているのだ?ニチイ語は俺にも分かるからな]
今度は王子まで会話に加わり始めた。いくつかわかる単語もあるけれど、内容に対する理解が追いつかない。
『ニチイ……北東に位置する、英雄スケベが建国した島国。なるほど……日異ですか』
「ニチイのニホントウはかっこいいんだ!俺も欲しいが……偽物が多いらしくてな、直接職人に打ってもらうのが良いらしい。いつか訪問した時の為に覚えておいたのだ!それにスケベは魔力を持たずして魔族を圧倒したと言われている。俺が最も憧れる英雄だ」
「殿下……その……スケベではなく助兵衛です。クーナ様もスケベ、スケベと連呼されると……その……」
「スケベとスケベエは違うのか!?」
「さっきマルから教えてもらったわ。ちゃんと理解したから安心して」
アスティル王子は日本刀が欲しいらしい。今度、刀を一振献上するのも良いかもしれない。鉄製だから上級冒険者が使うにはエンチャントしないと使い物にはならないだろうけれど。刀身が美しく、鞘が装飾された物もあるので、美術品としても贈答してもいい。
「それでは部屋に案内しますね」
私の借りている部屋の扉を開けると、1人部屋が拡がっている。事情を知らない人達は困惑している様子だ。
「この様な狭い部屋では、同衾ではないか!?俺とロスコを婦女子に囲ませて眠らせる気か!?ハーレムを作れと言った覚えは無いぞ!」
「僕、女の人に囲まれて寝ることなんて出来ません!」
ロスコという少女……ではなく少年だった様だ。王子のいい様が何かおかしいと思っていたけれど。そういうことだったのね。
治療兵は女性が多い上に中性的な顔つきをしているので、勘違いをしてしまった。
「私はお兄様と同じお部屋でも構いませんよ。狭いところに皆さんで一緒に寝るのは楽しそうですし、初めての経験ですわね」
「さて……驚いたふりをしてやったが。どうせクーナの事だ。何かあるのだろう?カガク、それとも魔法か?」
「ある意味、科学に関係する事です。こちらへどうぞ、ついて来てください」
私はマンションに繋がる扉を開けた。寒い私の部屋に暖かい空気が流れ込む。
「クーナさん、こちらはの部屋は外へ突き出る様な構造になる筈ですよね?この宿の外観とは違いますね。それに内装も絢爛豪華では無いものの綺麗です」
「王女の言う通り、この部屋の壁に扉が私のスキルによって貼り付けているだけです。この先は技術レベルが数百年先の建造物と繋がっています。詳しいお話は中で温まりながら説明しましょう。カーペットは踏まないで避けてくださいね。殿下、ここでブーツを脱いで下さい。室内は土足厳禁です」
「ニチイの文化だな?」
異世界からやってきた戦士達の伝説が嫌いな男の子はまず居ない。しかし王子の様に異国の文化を追いかけるほど好きなのは珍しい。彼は英雄助兵衛に相当憧れているのだろう。
「助兵衛の故郷、日本という国の文化です。こちらの建物も日本のマンションと呼ばれる建築様式です。……マル、殿下達とお話しするからみんなで遊べるボードゲームかカードゲームを教えてあげてもらえるかしら」
『分かりました。手始めにトランプでババ抜きでもしましょう』
マル達は一番広い個室に入ってもらい、私と殿下達はリビングに3人で移動した。
「これから話す事は、ご内密にお願いします。よろしいですか?」
「もちろんだ。クーナの様な力を持った存在に見限られたくはない。お互いに良好な関係を築けたら良いと思っている」
「私はお兄様を止める事が出来ません。もしクーナさんがお兄様を助ける事が出来ると言うのであれば、私はなんでもします」
アスティル王子にいつものわんぱくな雰囲気はなく。スタンピードの時に見た、真剣な表情をしている。
私はそれを見て、さっき購入してレールに取り付けておいた、ベランダのカーテンの端に手を添えた。




