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28.巣作りクーナとポカポカお風呂

 迫っていたスタンピードから落ち着きを取り戻したコストルは冬を迎えていた。木造で暖炉もない借りている部屋で、暖を取る方法は布を重ねるしか無い。

 しかし、私には何でも買えるスキルがある。石油ストーブと灯油を買えだけどば、薪ストーブを使えない部屋でも暖を取ることが出来るのだ。

 使い方はスイッチを入れるだけ。薪のように火種を用意する必要は無く、簡単に火をつけられるのだ。

 更にはジャージという伸縮性に優れた服装に、半纏という大きめの上着を着込む事によって、体の熱を逃さなくさせる。


「うゔーーー寒いのだわ」


 とは言え、石油ストーブは部屋を一瞬であっためる機能は無い。熱伝導でじわじわと熱を帯び始めるのをゆっくりと待つ。

 ストーブの上に置いたお湯が温まり、部屋を暖めるまでには時間がかかる。私はそれでも、ゆらゆらと揺れる火をじっくりと見据えて、暖かくなるまで待っている。

 


「クーナ、入るわよ」

「ええ、どうぞ入って」


 ルレの声が扉の向こうから聞こえて来る。私は一言声をかけて、招き入れる。ノブが回りドアが開いた先には、防寒完全装備に身を包んだルレと、宿の手伝いの時に必ず身につけているエプロンを外したハイラさんが立っていた。

 最近のピニアは宿で、臨時の従業員として働いているのでハイラさんにも自由な時間が出来た。給金が目的では無く、忙しいと遊んだり出来ないだろうというピニアの気遣いだ。

 幼い頃から仕事に従事してきた故の優しさなのかもしれない。


「いらっしゃい。あ、カーペットの上は靴を脱いでね」

「地べたに座ってると思ったら……でもゴロゴロして、快適そうね」


 マルから教えられた時は私も変だとは思ったが、いざやってみるとすごく楽だ。


「間借りしてる宿には見えないぐらい可愛らしくしているわね」

「だよね。私もぬいぐるみとか、クーナちゃんに貰ってるよ」


 マーケットスキルや市場で見つけた置物やカーペットで部屋を飾っている。自分で好きなように飾れるスペースがあると衝動買いしてしまう。お陰で殺風景な冒険者や旅人御用達の宿が、女の子が住んでいると側から分かる部屋になっている。

 可愛らしさで言えば、リェースにあった私の部屋よりもお金は掛かっていないが可愛らしさでは負けていない。


「それで、今日は何するのよ?」

「2人に見せたい物があったの」

「見せたい物?」



 ルレとハイラさん達を部屋に呼んだのは、レベルアップして得たマーケットスキルの新機能で使えるようになった物の相談だ。


「ルレは学園に合格したら、王都に滞在するわよね?」

「そうよ。私はお父さんの伝手で兵舎の女子寮を使わせてもらうの」


 マーケットスキルの不動産で借りたマンションの扉を、この部屋の壁に出現させる。木造の建物とは明らかにギャップのある金属製の扉。横には来訪を住人に知らせる為の機械が備わっている。ボタンを押せばカメラで撮影した人物を画面越しに見る事ができる。


「魔法……幻覚……それとも空間?」

「ダメだよ!うちの宿勝手に改造したら」

「大丈夫、ちゃんと元には戻るわ」


 私はポケットから鍵を取り出した。これはマンションの賃貸契約をと共に出てきた、扉を開ける為の鍵だ。私が借りている部屋にも使われている様な、よく見かける鍵とは違う。金属加工の精度も高く、盗賊のピッキングではとても開けられそうにも無い。

 鍵穴に差し込むと金属が複雑な音を立てて、中にするりと飲み込まれる。回すと、重厚な金属の金具が稼働している事がわかる手応えと音を感じる。


「外に出るの?」


 今この部屋には窓ガラスの横に扉があり。その反対側は屋外のはず。だけど扉はマーケットスキルで賃貸した部屋に繋がっている。


「どうぞ上がって」

「えっ?えっ?」

「どうなっているの?空間魔法……にしてはお手軽に出していたわ。普通のストレージだって長い詠唱をして、保存している時空のチャンネル指定を演算してから固定……それから……」

「よくわからないけれど、お金の力なのだわ」


 中へと2人を案内する。まずはリビングから見させる。用意したのは照明ぐらいで、まだ家具は置いていない。窓の外にはマルがやってきた故郷の風景が広がっているけれど、外に出る事ができない。マルが言うには時代も違うと言っている。


「まずはここにテレビを置くでしょう?」


 マーケットスキルで購入した40インチテレビを一台置いた。テレビ放送というものが観れるらしいけれど、電波が遮断されているので映らないらしい。

 マルとテレビを繋ぐと映画を観れるとのこと。後で私達の世界で使われている言語に翻訳した映画を見せてくれる。

 私は既に何本か観た事があり。とても面白かったので、是非2人にも観てもらいたかった。


「何なのこの板は?」

「映画がという劇が観れるのよ。それは後で一緒にみましょう」

「演劇が観られるの!?見たいわ!」

「あなた達も使うんだから。この家を案内してからよ。それまで我慢して」

「……達?」

『次はキッチン周りですね』


 リビングのすぐ横にはシステムキッチンという便利な調理場がある。


『ここに必要なものは電子レンジと冷蔵庫ですね。炊飯器は……お米は食べませんよね?』

「ライス?食べる地方もあるらしいけれど、私達は食べないわね」 


 

 行商人が買っていくのでコストルに流通しているが、食べる為に買う人はまずいない。マーケットスキルでも米を使った料理が売られているが、食べようと思った事はない。


『マスターが聞いたら猛り狂いそうですね。そういえば、クーナは最近お米を食べていますよ?』

「嘘、食べた覚えはないわよ」

『お餅やお煎餅にどハマりしているではないですか』


 焼くと膨らむお餅という食べ物は、映画で見かけて、実際に食べたくなったので、一つ試しに食べてみたところ。非常に美味しかったのでパンの代わりに食べている。

 お餅の仲間だとマルから教えられた煎餅も非常に香ばしい醤油の香りが好きだ。


「ライスだったの!?」

『だいぶ和の味覚に染められています。醤油に魅了されたのであれば、焼き魚と一緒にほかほかご飯を頂けば満足できると思います』

「ショーユね。お肉につけて、焼いて食べると美味しかったわね」


 ルレは以前バーベキューをした時に醤油を使った料理を食べた事がある。沢山食べていたので、舌にあったらしい。


「ショーユ?」

「ほら、前にクーナとキャンプ行ってきたって言ったじゃない?あの時ショーユって言う調味料で焼いたお肉が美味しかったのよ」

「ふーん」


 大抵の話は興味深そうに聞いてくれるハイラさんが、珍しくそっけない返事で返した。それもそうだ。キャンプにはハイラさんを誘ったけれど、数日も休むわけにはいかなかったのだ。


「きょ、今日は映画を見ながらお菓子パーティーをするのだわ!」

『女子会ですね。キャンプよりもボディやモーターに負荷のかからないのでそちらの方がいいと思います』

「マルちゃんは女の子なの?」

『性別はありません。音声合成ソフトウェアが女性の声で作成されているだけです。……だから声を変える事もできるのです』


 いつものゆったりとした女性の声から、甲高く若い女の子が出す様な別人の声に代わる。


『日本語と英語に対応したソフトウェアでしたが、異世界言語用にカスタマイズしています。サンプリングをすれば……こんな事も出来るのだわ』


 マルから私の声が聞こえてくる。でも、私の声に似ているだけで別物だ。よく似ているけど同じではない。

 私はこんな声では無いのだわ。


「クーナの声とそっくり!」

『録音したクーナの声を利用して作っているのだわ。ルレに理解させるには録音という技術を教える必要があるわね』

「私ってこんな感じの声なのかしら?違うように感じるのだけれど」

『それはね。自分の声を聞く時には、頭の中を伝わっているのを聞いているの。そのせいで他の人に聞こえてる声と違うように感じるの』


 今度はルレの真似をしながら説明をしてくれた。自分の声にそんな秘密あったなんて知らなかったわ!


『冷蔵庫とレンジ……お米を炊く炊飯器はどうしますか?』

「マーケットスキルでご飯を買って食べる事から始めるのだわ」


 キッチン周りに必要とマルが言う家電や調理器具を一通り揃えていく。


「ちょっとトイレに行ってくるね」


 ハイラさんが臆する事もなくトイレに行くと言い放った。


「あなたね……男の子じゃ無いんだから濁したりとか……あるでしょ?」

「貴族のお嬢様じゃ無いんだから。そんなの気にしないよ。誰だってする事なんだから」


 そう言いながらハイラさんは部屋の玄関から外へと向かおうとしている。私は必要のない行動だとハイラさんを止める。


「そっちでは無いわ。こっちにあるのを使うと良いわ」


 私はトイレのドアを開けて、ハイラさんを誘導する。私も何度か利用したけれど、その快適さに驚いた。


「本当に……トイレ?これは綺麗すぎるよ。こんな所にしていいの?」

「このボタンを押すと水が流れるの。終わったら横についている紙で拭いてね」

「紙?そんなの勿体無いよ!」

「それ12個で大体500カクルぐらいよ。そんなに高くは無いわ。だからガンガンと使うと良いのだわ」

「500カクルってうちの宿が一泊出来るって忘れてないよね?クーナちゃんの金銭感覚狂ってるよ」


 確かにコストルで過ごしている数ヶ月で、平民の生涯年収を何人分もマーケットスキルで使ってしまっている。少し気をつけた方がいいかもしれない。


「ルレはご飯食べた?」

「どうせクーナが何か食べさせてくれると思って何も食べてきてないわよ?」

「準備のいい図々しさね。ハイラさんは?」

「はっ……えっ!?ええ!?う、うん食べてないよ!?」


 トイレから戻ってきたというもの、ハイラさんの様子がおかしい。間違った使い方をしてトイレを壊してしまったのかしら?後から知って困るといけないし、ちゃんと聞いておきましょう。


「ハイラさん……もしかして変な事しちゃったのかしら?」

「し、してないよ!?」

「そ、そう?おトイレが壊れていたらマルに治し方教えてもらうから、怒らないから言ってね」

「わ、分かった」


 さて、夕食だけれど。せっかくのキッチンがあるのだし、何か自分で作ってみたいわね。


「マル、私でも簡単に作れる料理ってあるかしら?」

「スパゲティはどうですか?茹でてレトルトのソースをかけるだけで出来ます」


 マルから作り方を教えてもらう。水を張った鍋に火をかけて塩を入れる。沸騰したら麺を投入して数分間待つ。時間の計測はマルがやってくれた。


『ソースは日持ちするので色々買ってみてもいいと思います』


 マーケットスキルでパスタソースを数種類購入する。トマトソースやチーズ、野菜やベーコンが入った物などいろんな種類がある。


「私、チーズのやつね……クーナ、何て書いてあるの?」


 名前を知らずに買ったので、日本語で書かれた文字を読むしかない。これはカタカナだから何とか読める。


「かぁ……るぅぶぅぉ……ねぇ……らぁ?マル、あってるかしら?」

『合格点です』


 ルレはパッケージの、カタカナで書かれた日本語に困惑している。私もひらがなとカタカナは勉強中で読めているかも怪しい。漢字を読むのは話にならない。


「このキノコと……この黒いのって野菜かな?」


 ハイラさんはパッケージの写真を指差して尋ねる。私もみた事がない野菜だ。皮は黒く、果肉は白い。


『ナスビですね。野菜が好きな人にはとても人気のある野菜です』

「私これにするね」

「マルのマスターはどれが好きなの?」


 私の質問を聞いたマルはマニュピレーターで、レトルトのパッケージが並んでいる所から一つ持ち上げて、私に提示した。


『このあさりの入った、ボンゴレビアンコが好きでしたね。あさりという貝のダシが効いていてとても美味しいらしいです』

「貝ね……泥の匂いが好きでは無いのだけど」

『あさりは海の貝なので泥臭さはありません。塩抜きが万全では無いと砂が入ったりはしますが、この商品で砂が混ざっている事はないです』

「海の貝!それは食べてみたいわね」


 大陸の内陸にあるリェースやコストルでは海産物を食べられない。

 最近海産物の流通を知る機会があったが。その方法はコストも時間もかかる方法で、氷魔法を使える魔法使いを多く雇い、大量に魔力回復ポーションを用意する必要がある。お金周りの良い商人か、貴族や王族ぐらいしか食べられない。

 だから海の物を食べるのは初めてだ。


「地球……美味しいものが沢山あるのね……。いつか行ってみたいわね」


 初めて食べるあさりの味はとても美味しかった。窓の外から見える日本の景色に羨ましく見つめる。しかし、ここから異世界の土を踏む事は出来ない。


『ええ、もしかしたら自由に行ったり来たり出来る方法があるかもしれませんね。この世界には魔法もありますし。それに私のボディもここへくる前の装備のままでした。という事は、物質的な転送がされているはず。それにマーケットスキルの商品も地球産です』

「別の世界ねぇ……スケベ伝説みたいね」

「私も聞いた事があるよ。何百年も昔に魔族の侵攻を止めた英雄達だよね。最後は国を作ったらしいね」

「そうよ。スケベの国にあった文献を借りて、魔導銃を開発したらしいわね。火縄銃の本体は作れたんだけど、カヤクという物の作り方がわからなかったのよ。それを魔導で代用したのよ」

『ス、スケベ!?何を言っているのですか、この子たちは!エッチなのはいけません!』


 私も本で読んだ事がある。サムライ、ニンジャと呼ばれる戦士が居る国から来たと言われている。スケベ率いる数人の部下達が魔族を圧倒する伝説。

 人を人と思わない魔族達に人間の恐ろしさを教えた人たちだと言われている。今、魔族が大きな戦争を仕掛けてこないのも、スケベ達にトラウマを植え付けられたからと言われている。

 

 マルが過剰反応する様な変な話でもないし。何故怒っているのだろう?


「スケベ伝説嫌いなの?」

『日本語でスケベはエッチな事が好きな男性を指します。もしかしたらスケベエ……助兵衛、侍か忍者でしょうか?』

「マル、サムライを知っているの?」

『はい、そこに見える日本の数百年も昔に存在していた戦士です。日本刀という武器を使い、命よりも誇りを大切にします』


 外は夜で点々と灯りが点いている。車も明るい光を放ちながら走っており、映画で観た様な光景が広がっている。

 しかし、スケベはマルの様な進んだ技術は持っていない。


「今は居ないの?」

『衰退こそはしていますが、武道という競技の形で残っています。そういえばピニアは忍者に近い戦い方をしていますね。相手を撹乱して、素早く制圧。身軽さと手数の多さ。長いスカートで足捌きを隠し、幾つも暗器を隠し持っています』

「そうよね。私もピニアはニンジャに似てると思っていたんだけど。ピニアはニンジャなんかいる訳が無いって言っていたわよ?」

『ピニアはまさか人差し指を立ててドロンとか出来たりしませんよね?』

「ええ、出来るわよ。あれ見せてもらったの?ピニアに私の作った煙幕袋をあげてから煙の量が増えて喜んでくれていたわ」

『……風呂敷で滑空したり出来ませんよね?』

「大きな布でたかいところからゆっくり落ちていくピニアを見ていた時に、一緒に見ていたワバル爺や……執事がそれを見て泣いていたのを覚えているわ」


 でも、ピニアがニンジャじゃないと言っているのだから。ニンジャでは無いのだろう。


『忍者ですね』

「私はニンジャではありません。この命あり続ける限り、ピニアお嬢様の専属メイドです。と言っていたわ。だからメイドなのよ」

『それはメイドのセリフではなく、主君に忠誠を誓う忍者のセリフですね。彼女のアレは明らかにメイドの忠誠心を超えています』

「私もそう思うけれど、ニンジャって単語を口にするとまともに会話が出来ないのよ。最終的に絶対に居ないとしか言わなくなるわ」

「そんなのニンジャで確定じゃない」

「ニンジャ……本当に居たんだ!あの配膳の速さはニンジャみたいだって思ってたんだよね」

『アレはメイドって事にしておきましょう。狐耳メイド忍者とか属性盛り込みすぎです』


 サムライが地球の戦士だという事は、マーケットスキルにはカタナも売られているのだろうか?試しにマーケットスキルで調べてみる。すると刃物以外に別の物も出てきた。


「スケベが使っていたと言われている武器をマーケットスキルで調べたらバイクが出てきたのだけれど?」

『クーナのストリートマジックと同じ会社が作ったバイクですよ。ストリートマジックよりも操作は難しいですが、とても速いです。ちなみに別の会社にはニンジャもあります。ここは路面舗装されていない世界なのでこれらのバイクは向いていません』

「刀……綺麗ね」

『いいバイクですよね』

「バイクじゃなくて、刃物の方ね」

『そっちですか……明治から昭和なら安い値段で買えるはずですよ』


 値段は数円から数十円。高い物では数十万円。明治という時代よりも前では両という通貨で買えるが、それらの昔のものは数十万円から数百万円もする。

 軍刀というカタナなら使い捨てで大量に買えそうだ。でも、銃があるので私には必要がない。

 刃物を強化するスキルもない私には包丁がわりにしか使い道がない。

 今度、ピニアに短刀をプレゼントしてみようかしら?


[お風呂が沸きました]


 軽快なオルゴールの音楽と共に日本語の音声が聴こえてきた。お風呂の湯を張り終えた時に鳴るお知らせだ。

 ルレとハイラさんはキョロキョロと周りを見ている。


「誰か居るの?」

「もしかしてニンジャ……?」

「お風呂の準備が出来た音よ」

『私は久々に家庭用電源の交流を堪能しつつ、ネットに接続していますね。ここの電源は東京の電源で50ヘルツで濃厚なんですよ。都会的な電源も良いですが、広大な自然に張られた電線を駆け巡る、地方の電源も野生味があって良いんですよね。ポータブル発電機は荒い正弦波でジャンク感があり。擬似正弦波や矩形波は……クーナ達にはまだ早いかもしれませんね』

「マルが何を言っているのか分からないのだわ」


 マルを残して3人でお風呂に向かう。脱衣には洗濯機と乾燥機が置いてあるので、脱いだ服を放り入れる。


「何この箱?」

「洗濯機と言って、中に入れると洗濯をしてくれるの」

「冷たい水に触らなくていいんだ。いいなぁ……」


 日常的に大量の洗濯に追われるハイラさんには喉から手が出る程欲しい物だろう。宿屋には電源がないから洗濯機は使えない。

 ここの洗濯機を使わせてあげたいけれど、他のお客さんの洗濯物を洗うのはちょっと気がひける。

 格安のアパートを借りて洗濯機を置いてあげても良いけれど、ハイラさんが遠慮するだろう。それならお湯を簡単に使えるお風呂場を貸した方がハイラさんも気負うことは無い。


「お客さんの洗濯物を洗わせてあげる事は出来ないけれど。お風呂場でお湯を使って洗うといいわ」

「いいの!?だって一瞬でお湯を沸かす様な魔石ってすごく高いんだよ?」

「気にしないで使って。洗濯機を置くためにアパートを用意しても気を遣って遠慮するでしょう?」

「それはそうだけど……」

「ねぇ!あんた達素っ裸で話してないで早くはいりましょ?風邪引くわよ」


 ルレが体も洗わずに片足を風呂桶に入れようとしていた。それを見た私は激昂する。


「入る前に体を綺麗に洗うのだわ!」

「綺麗にする為に入るんじゃない」

「いいから!そこに座りなさい!」


 ルレを椅子に座らせて、シャワーからお湯をだし、温度を確認してからルレにかけた。


「くすぐったいお湯ね……」


 続いて、垢すり用の布にボディソープを付けて泡立てる。モコモコと増えていく泡をルレの肌に塗り付けていく。毎日動き回るルレには無駄な肉がついていない。だけど肌がすべすべで撫で心地は良い。


「ちょっと、くすぐったいわ!」

「腋を閉じないで、ちゃんと洗えないのだわ」

「分かった!自分で洗うから!ちょっ!そんな所!や、やめっ!」


 全身くまなく、ルレの身体を泡まみれにして擦った。キシキシの髪の毛も、シャンプーとトリートメントでサラサラにしてやったのだわ!


「お嫁に行けない……」

「別に女の子同士なんだから、気にする事なんか無いでしょう?」

「いつの間にそんな馬鹿力になったのよ……」


 洗い終わったルレは暴れて、力で押さえつけられて疲れたのか、風呂桶の中でぐったりとしている。

 スタンピードで魔物を倒したり。ひたすら治療し続けたおかげで、波の冒険者よりレベルは高いはず。今のルレの腕力では私に敵わない。


「さて、次はハイラさんね?」

「わ、私はいいかなー?自分で洗うから!」

「お風呂で暴れると危ないから、大人しくするのだわ」


 

「疲れてるから!私……ほら仕事とかで疲れてるの!」

「今日はピニアが働いていたのだから。ハイラさんはお休みだったでしょう?」

「分かったから!……優しくしてね」


 ハイラさんはジーゼルさんの料理を沢山食べて育っているからか、肉付きが良い。しかし、毎日働いているので無駄な肉は無い。バランスが取れていて健康的だ。


「前側は!自分で洗うから!」

「大丈夫、変な事はしないわ!」


 身長といい。2人は私よりも成長していて羨ましい。


「それじゃ……お返しにクーナを洗ってあげるわね」

「私は毎日入っているからちょっと洗うぐらいでいいのよ」

「そうだね!私も手伝うよ」

「……そんなの気にしなくて良いのだわ」

「丹念に洗ってあげるわ!」


 ハイラさんとルレに前後を囲まれてしまった。いくら2人よりも力が強いとはいえ、じゃれ合いで怪我をさせる訳にはいかず。

 私は2人に全身を泡まみれにさせられることになってまった。


「酷いのだわ。アレは洗うのではなくてくすぐりなのだわ!」

「それにしてもクーナが毎日入るのもわかる様な気がするわね。寒い日には最高ね」

「お父さんがこの間穴開けて応急処置した所にお風呂作ろうとしてるんだよね。仕事増えるから反対したけど……これは欲しがる理由が分かるよ」


 あったかいお湯に浸かれるのは幸せだ。星を見ながら浸かれるドラム缶風呂も良かった。だけどこういった足を伸ばせるお風呂も最高だ。今日は2人がいるから足は伸ばせないけれど。



「一緒に住ませてくれるのなら家賃を払わないといけないわね。幾らなの?」

「一月四万円……大体五万カクルかしら」

「……さらっととんでもない金額提示してるんじゃないわよ。そんなの払ったらお父さん給金がほとんど吹き飛ぶじゃないの」

「うちの宿3ヶ月半分……」


 

 マルの分析で、これくらいの物件は安いところでも七万円、およそ十万カクルぐらいだという事はハイラさんには秘密にしておこう。


「別にお金はいいわよ。1人だと寂しいでしょ?」

「クーナ……」

「そっか、試験のために明日から出発するんだよね」

「待って、明日なの?」

「9日後には試験だから、一週間ぐらい前には着いておかないと」


 試験については王子から全く聞いていない。後で連絡するとは聞いていたけれど。私は試験を受けなくても良いという事だろうか?


「お嬢様、王都から王子と王女がいらしています。今、食堂の方でお待ちしています」

「あんたね!馬鹿みたいに寒いのに、長い時間をかけてこんな田舎までお越しくださった殿下をお待たせして風呂なんて……風呂ぉ!?なんでこんなボロい宿に風呂!?」


 スタンピードの時にアスティル王子に逃げる様に催促していた騎士だ。構造を無視したこの場所にお風呂がある事に驚いている様だ。


「口の聞き方に気をつけろ」

「メイド風情が何を言っているの?私は近衛騎士よ。あんたこそ気をつけなさい」

「まぁいい。クーナ様、体が冷えぬ様お気をつけて、下の方でお待ちしております。いつまでもクーナ様とご友人をジロジロと見るな、このスケベが!」


 ピニアが騎士の女の子に英雄スケベの名前で呼んだ。のではなく、マルがさっき言っていたエッチな人という意味だろう。

 スケベを日本語として解釈しているという事だ。


「スケベなのだわ!」

「いきなり来て本当にスケベな騎士ね!」

「スケベ!」

「なんでいきなりスケベの話をするのよ。何で悪くいう風なのよ。ああもう、分かったわよ……。さっさと上がって早く来なさいよね!」


 まったりとお菓子を食べながら映画を観る訳にはいかなくなった様だ。要件を早く終わらせなくては。

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