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27. 防衛お嬢と○と頼れる仲間たち。(終)

 マイクを通した、雑音混じりの幼い少年の声が、私の耳に当てているスピーカーから流れる。


『アスティルだ。外壁防衛の担当は、衛生兵に護衛を付けて、治療をしろ。まだ戦える者はそのまま魔物を討伐を継続だ。魔物の数は明らかに減っている』

『治療魔法部隊長です。それが、怪我人が物凄い早さで減っています』


 部隊長の身分を自称する男性は、何か見てはいけない物を見てしまったかの様な、調子が悪そうな声で喋った。


『……死んだのか?』


 無線機越しから聞こえた、アスティル王子の声からは、顔は見えずとも悲しみの感情を含んだ表情を浮かべているのが、簡単に想像できた。

 彼が悲しむ必要はないのよね。


『そうではなく、戦線に復帰しています』

『絶望するのはまだ早い。勝利は目に見えているはずだ』


 自分の部下が、体だけでは無く心まで壊れてしまったのかと思っているのだろう。アスティル王子は残念そうに、部下を嗜めている。


『自分でも信じられない光景ですが、変な馬に乗った少女が、兵士の欠損した四肢をにょきにょき生やしまくっているのです!』

『疲れているのか?』

『本当です!』


 にょきにょきはやしている少女は、エクストラヒールを大盤振る舞いで、走り回っている私の事ね。珍しい上級魔法に、バイクで高速移動を繰り返す人間なんて、この世界では私ぐらいしかいないもの。


 兵士達と魔物が戦闘している間を、バイクで縫う様に移動しながら、治療魔法で兵士たちの体を癒していく。

 面白いくらいに戦線復帰を果たす兵士たちの姿は見ていて心強い。体は傷ついてもなお心は折れてはいないようで。傷が癒えれば、敵に向かって刃を向けて駆ける。そうさせる程に、彼らにとって、コストルは思い入れのある街なのだ。


「足がある……まだ俺は戦えるんだ!ありがとう!」


 治療した兵士は地面に転がっていた剣を握りしめる。弱々しくいつか途切れてしまいそうだった痛々しい姿だった彼は、雄叫びを上げながら前線へ駆け寄って行った。


『鐘の塔、ラルンだ。街の上空に魔物が増えてきた。大型の魔物は見当たらない、街の空を掃除するぞ』


 ラルンさんは遥か遠くに見える塔で、対物スナイパーライフルという強力な銃から激しい破裂音を響かせ続けている。彼女は無線で喋りながら、空の魔物を撃ち落としているようだ。


『今、街の外で兵士さん達を治療して回っているのだけれど、私も治療が終わったから。街に戻って空の魔物を攻撃するわ』


 広い戦場で散らばる様に、怪我でうずくまる数百もいる大勢の兵士を治療するには、丸一日と人数が必要だ。

 それに比べて、私のバイクとエクストラヒール。それにマーケットスキルの魔力購入さえあれば、数十分もあれば終わらせられる。

 ラルンさんの様な戦闘経験も、狙撃能力は無い。父から役立にたたないスキルだと言われていたけれど、こうして私は人の為に戦える事が嬉しかった。

 

『やけに部下達の現場復帰が早いと思ったが、クーナが助けてくれたのか。だが、ここまでやってくれているだけでも助かっているんだ。無理をして怪我をしないでくれ』

『おいクーナ、お前がやったのか。危うく部下に退役を勧める所だったではないか。それもカガクなのか?』

『殿下、これは治療魔法です。科学ではありません』


 私は地球の科学について、マルから教わったけれど。魔法の様な力は無いという事を知った。科学と魔法、そのどちらも一長一短で、エクストラヒールは医術と違い、使い手が少ない代わりにどんな怪我でも瞬時に治療できる。

 マルの故郷では難病とされる、ガンという病気すらも治療できるらしい。


『そうか……それではエクストラヒールではないか。四肢をにょきにょき生やせる治療魔法などエクストラヒールしか知らん!何故、聖女でも無いおまえが使えるのだ!』


 王子の甲高い声がキンキンと耳の奥に響いて痛い。スピーカーの膜も、私の耳も壊れてしまいそう。

 静かにしてもらえないかしら……。勝っているのだし、説明している暇なんて無いのだわ。


「確か、空の魔物を倒すのに向いている銃があるって言っていたわね?」

『ショットガンの事です。鉄、鉛の球を一度に発車します。面の攻撃が得意で命中率が上がります』


 マーケットスキルでショットガンのカテゴリーを探すと、似た様な銃が並んでいて、私には何がどう違うのか分からない。

 とりあえず買って試す様な金額でも無いから、買うのには躊躇いが生まれてまう。


『では、私が指定する物を購入してください』


 イロハを知らなくても、それを教えてくれるマルには本当に感謝するしか無いわね。


 スキルで購入したショットガンはずっしりとした重さを感じる。虚無から物が現れるのにもだいぶ慣れてきた。銃器を触っている経験のおかげか、何となく使い方はわかる。

 銃の上に載っているレバーを回すと、銃身が折れて、チャンバーが露出する。


「弾は……?」

『12ゲージショットシェル、一つはバードショットを購入して下さい。もう片方にはスラグ弾を装填しておいてください。セレクターで撃つ弾を変えることができ、地上にいる魔物に効果を発揮します』


 マルが指定した物は種類が沢山ある。同じような形で様々な色がある。一発数十円から百何十円の物まで。

 

『球の数は多いものから試しましょう。魔物に対する効果はデータがないので、実際に撃ってみて検証しましょう』

「いつも使っているものより、木で出来て弱そうに見えますが……マル、これがそんなに強いのか?」


 ピニアのいう通り、私が普段使っているライフルとは時代の差を感じる。金属と木、クラシックなデザイン。水平に並ぶ二本の銃身から発射できる弾は、二発だけしか装填できない。ライフルのマガジンのようにすれば強いと思うのだけれど。

 

『銃同士で戦うのであれば、強くはありません。水平二連はクーナが使用すれば、弾を装填する弱点を補えます。』


 私はスキルで購入した二種類のシェルを、チャンバーに手を使わずに、直接出現させる。折れている銃身を元の位置に戻すと、カチンと音が鳴って、真っ直ぐに戻る。勝手が分からず、実戦で使うには怖いので、試し撃ちで空に向かって発砲する。

 反動はライフルよりも強いけれど、後ろにのけぞるような事はない。

 

「大量の粒が飛んでいったな……これは避けるのが大変そうだ」

『どういう動体視力をしているのでしょうか?ハイスピードカメラですかあなたは?』


 銃身を再び折ると、シェルが一つ飛び出した。スラグ弾というものはそのままチャンバーに残っている。

 ぽっかりと空いた穴にスキルで新しい弾を装填して、銃身を戻す。

 スキルに慣れた私なら、追って戻すだけで簡単にリロードできる。ライフルよりも遅いけれど、火力としては充分。近いところなら、外す方が難しい。


『チャンバーとバレルのダブルアクションのライフル銃があれば、クーナのスキルとは相性がいいですね』

「無いの?」

『この騒動が落ち着いたら、クーナのスキルを活かせる武器を作る事を考えてみてもいいかもしれませんね』


 その為にも、我が物顔で街の上を飛び回っている魔物を倒さなくては。

 

「街に戻りましょう」

「かしこまりました。では、先導させていただきます」


 ピニアが物凄いスピードで走り始める。私も続いて、バイクのアクセルを回して後を追う。時速は80キロ、彼女の足の速さは並のメイドではない。

 唸るストリートマジックのエンジン音に気づいて待ち構える魔物を、ピニアが蹴り飛ばして道を空けてくれる。優秀なメイドのお陰で、快適な道のりを走り抜けることができ、街まですぐに到着した。


 早速目についた魔物に目掛けて、一発目を放つ。直撃しなかったが、羽を散らしているところを見ると、かすってしまった様だ。

 間髪入れず、ストックを折って戻す。もう一発。今度は魔物が進む方向を狙って撃つ。


「ほとんど空を飛んでいる奴だけですね。暇です……」


 殆ど街の中に居た、ゴブリンや魔獣は討伐されていた。私を護衛するピニアには、自分の能力を存分に活かせない状況に不満を抱いているようだ。トリガーを引くと、今度は血飛沫を上げた直後に、魔物が下へと落下する。


「当たったのだわ!」

「流石です」


 もう一度、装填。次の獲物を狙い撃つ。空に広がる様に飛んで行く鉛玉は、魔物に簡単に直撃する。

 

「あ!」


 鳥の魔物も考えなしでは無い。同族が撃ち落とされていく未知の攻撃に気づいた魔物は。大きな音の発信源である私を狙い始めた。

 十数匹の魔物が頭上で旋回すると、私目掛けて飛んできた。ショットガンでは対応しきれない程に数が多い。

 ラルンさんが異変に気づいたのか、何匹か撃ち落とすが落としきれない。


「ふん!」


 ピニアがジャンプする。一羽に切り掛かると、その死骸を投げつけて牽制をする。次に一番近い魔物を蹴り殺すと、その反動で別の魔物に近寄って切る。

 魔物を階段の様に足場として使い、空へと駆け上がる。さらに手に届かない魔物にナイフを投げて絶命させたりと、複数の攻撃を同時に行なっている。私へと襲い掛かってきた魔物を全滅させるのには、そう時間はかからなかった。

 空から急降下するピニアは地面へ静かに着地した。


「凄いわ!」

「クーナ様は安心して空の魔物を狩ってください」

『ラルンだ。あれだけ居たスカベンジャークロウもカオスオウルも居なくなってきたな。ルレがもう限界だ、少し休ませる』

『ごめんなさい、沢山の弾を入れてたから指がつりそうなのよ……何なの?あの大きい弾は。私の中指よりも大きいじゃない』


 ルレとラルンさんからの通信だ。ルレが疲れたと文句を言っているが、声は元気そうだ。

 対物ライフルは私だって知っている範囲外の武器だ。初めて見た時はそのサイズに驚いた。


『私だってあんな太くて大きいのなんて見たことないのだわ。でも、ルレのお陰でみんな助かっているわ』

『別にいつものより太いのだったから、少し痛くなっただけよ。全部、ラルンが上手だったからだわ』

『ルレのお陰で弾が凄い勢いで減ったからな。強力な攻撃を素早く出来て心強かったぞ』


 余裕も出来てきたけれど、ハイラさんやジーゼルさん達は無事かしら?ハイラさん達の宿屋は東側にある。出産中の奥さんを守るために、ジーゼルさんが一人で守るって言っていたけれど。様子を見に行ったほうがいいわね。


『これからハイラさんの所に行ってくるわ』

『もしかして……ハイラは家にいるの!?』


 ルレが驚くのも無理はない。防衛線でもある、街の中を分断する川から東に宿屋があるのだから。

 魔物で溢れているところから避難していないという事になる。


『ジーゼルさんが守るって言ってたから大丈夫よ。それに私が様子を見にいくわ』


 ピニアがジーゼルさんを観察した限りでは、相当強いと思ったらしい。確かに、ガタイのいい男性だから強いと思うのはわかるけれど。彼は冒険者ではなく、宿屋のおじさんだ。強いと言うには、違和感しか感じられない。


『アイツなら大丈夫だと思うが。大声を上げて戦っていたら。絶っ対に近寄るなよ。狂化せざるを得ない魔物が出ない限り大丈夫だとはおもうが……あ?シャドウストーカーが街に逃げた?弱いものいじめが好きな虫っカスじゃねーか。そんなん火炎魔法で……くーーーなぁぁぁ!今すぐジーゼルんとこ行け!』


 ソックさんが突然怒鳴り始めた。アスティル王子につづいて、鼓膜が破れそうなった事に対する文句を言おうと思ったが、ソックさんが冷静さを欠くのだから、そんな暇はない。


『もう、どうしたのよ?』

『シャドウストーカーはジーゼルが苦手なタイプの魔物だ。レベルの低い人間から襲うから、ハイラ達が危ない。今すぐに迎え!』


 ストリートマジックのエンジンを始動させて、ジーゼルさんの宿まで向かう。道中、ソックさんに説明される。


『シャドウストーカーという魔物は火に弱いけれど、街中で使うわけにはいかないの?』

『そうだ。しかも生命力が強くて、更にすばしっこい。集団で人型になって襲ってくる』

『そんなの……銃でどうにかなるの?冒険者の方にお願いした方がいいんじゃないかしら?』

『キャンプの時……ほら……む、む……とりあえずクーナなら倒せる!お前しかいない!』

「うぉぉぉぁぉぁぉぉぉ!!!」


 突然、ウォークライが鳴り響く。ヘルメット越しにでも、耳にビリビリと震える。遮音されていなかったら、まともに聞こえていただろう。

 しかし、それは魔物の発した声ではなく、人間の声帯から出した声。ジーゼルさんが大量の虫にたかられて居る。

 あの、いつも物静かな人が、顔にシワをいくつも作り、血管を浮かべて叫んでいる。普段の様子からはとても想像できない表情になっている。


『ジーゼルさんの様子がおかしいわ』

『やっぱり狂化してたか、あいつ虫が苦手なんだよ。あいつに気付かれない様に、宿屋の奥に入って、シャドウストーカーからハイラ達を守ってくれないか。バーサク中でも家族には手を出さないだろうが、クーナにはわからない。気をつけろ』

『分かったわ』


 虫に特化した、虫除けスプレーを購入する。キャンプの時に使っていたもので、虫が近寄らなくなる効果がある。

 それを構えて、宿屋の中に入ろうとする。


『それはダメです!それは虫を殺すものではありません。殺虫剤を購入してください』

「え?」

「クーナ様!」


 ピニアが、シャドウストーカーの一匹を握り潰した。


「ひゃーーーん」


 素手で握りつぶしたピニアは鳴き声をあげ、泣きそうな顔になっている。


「ど、どうしたの?」

「私はシャドウストーカーが苦手なのです……」


 魔物の血を浴びても、へいぜんとしていられる彼女とは思えない反応。確かに私もあの量の虫にたかられたら気持ちが悪いし、危ないから嫌だけど。


「ただの虫でしょう?ほら、ハンカチで拭いて?」

「ありがとうございます……ひゃーーん」

『ようはアレですね。アレジェットを購入ましょう。虫の脳神経の伝達物質を阻害する薬が入っているので効くと思います』


 マルの指定した商品を購入して、ビニール包装を開封してピニアにも一本渡す。シャドウストーカーは、暴れ狂いながら仲間を潰してくるジーゼルさんから少しずつ離れて、宿の中に入っていく。

 私も追いかけて、宿屋の中に入ると、ジーゼルさんの家に繋がるドアの前で、ハイラさんが棒を振り回して、シャドウストーカーと戦っていた。


「向こう行って!」


 シャドウストーカーの数が少ないお陰で、ハイラさんは無事な様だ。一匹は、強くはないけれど。数が集まると脅威になるらしい。

 警戒して、ハイラさんから距離を取るシャドウストーカーに殺虫剤を噴射する。全てパタパタと裏返って即死する。


『地球のアレに比べ、獰猛なシャドウストーカーの方が弱い様ですね。ですが……いつか、この薬剤に耐えうる第二、第三のシャドウストーカーが……』


 マルが言っているのは、スプレー缶に描かれた、シャドウストーカーに似た、生き物の事を言っているのだろうか?

 見るだけで嫌悪感を感じる見た目の虫で、私もこれには遭遇したくはない。きっとシャドウストーカーよりも強いのだろう。


「クーナちゃん!?魔物を倒しに行ったって聞いたけど。怪我はない?」

「ええ、落ち着いたから様子を見にきたのよ」

「シャドウストーカーはレベルの低い人間を探すのが得意なの。多分、産まれてこようとしてる赤ちゃんを狙ってる」

「任せて、この殺虫剤があれば、私の敵ではないわ!」

「クーナ様……あの……出来れば私は倒し終わるまで、隠れていていいですか?私……本当に苦手なんです」


 ピニアがさっきから周りをキョロキョロと見回し、床が軋む度にビクンと跳ねている。

 いつも余裕で涼しい顔をしているピニアがこうなるのだから、本当にシャドウストーカーが苦手なのね。


 スプレー缶から薬液を振り撒く。ピニアが恐る魔物をワンプッシュで駆逐できるのだから、これほど優越感に浸れるものはない。


「どんどん倒せるのだわ!」


 しかし、宿屋に入ってくるシャドウストーカーの方が多く、スプレーの範囲では倒しきれない。


『スプレー缶では間に合いません!噴霧タイプ』

「えっ、ななな何を買えばいいの!?」

『バ○サ○です!それに水を入れて、ハイラさんのお母さんがいる部屋に移動してください!』


 私がシャドウストーカーにスプレーで牽制をかけている間、ハイラさんに渡したバ○サ○を、マルと一緒に用意してもらう。


「煙が出てきたよ!」

『では、撤収!』


 マルの号令と共に全員で、宿屋から繋がっているハイラさんのお家へ逃げ込む。マルを抱え三人で、ジーゼルさん夫妻の部屋へとお邪魔する。


『クーナ!ガムテープを買って、ドアの周りを塞ぎ、壁の隙間という隙間を塞いでください!』

「分かったわ!」


 シャドウストーカーはドアの隙間からも入ってくる。それに霧でモクモクと広がる薬剤を中に入れない役割もある。


「ピニア、私はドアをやるから壁をお願い!」

「お任せを!」


 ガムテープを受け取ったピニアは、ここ最近で一番威勢のいい返事を返してきた。それほどシャドウストーカーを一匹たりとも遭遇したくないようだ。


「なんだい、いま頭まで出ているだよ!静かにしとくれ!」


 大声で叱りつける声はしゃがれており、歳をとった女性からだった。ハイラさんのお母様らしき人はベッドの上で苦しそうな声を上げていた。

 


「リズェルおばあさん、ごめんなさい。さっきの虫の魔物が沢山入ってきたの」

「そりゃあ参ったねぇ。もう少し待ちな。後でおばあちゃんが懲らしめてやるからねぇ」

「その必要はないわ。しばらく待てば、シャドウストーカーも駆除できるから。落ち着いて、ハトを出してあげるといいのだわ」

「?」


 みんなが私の方を見て、不思議な物を見つめるような顔をしている。


「ハトをお腹から出して、赤ちゃんを連れてきてもらうのではないの?」

「誰だい、へんてこな知識を教えたのは……。後で教えてあげるからね、静かにしとくれ」


 木が割れる様な激しい音が響き渡る。突然の音に全員が視線を向ける。


「ああもう!今度はなんだい!」

「ジーゼルさんだわ」


 正気を失ったジーゼルさんの大きな足音が、床を軋ませて近づいてくる。良くない状況だ。

 ハイラさん達は大丈夫だけれど、ピニアや私にどういう行動を取るか予想ができない。

 もしかしたら、魔物という可能性もある。念のため、電気で相手を無力化させる銃であるティザースタンガンを購入する。

 手に握りしめて、扉の方へ向けた。


「クーナちゃん、銃はだめ!父さんかもしれない」


 構えていたティザースタンガンを、ピニアに手で下へと向けさせられる。


「お任せを」


 この部屋を仕切るドアのノブが回る。

 魔物はドアノブを回して中に入ろうとはしないもの。きっとジーゼルさんね。問題は正気か狂気のどちらに居るか。

 ドアが開くのを静かに見守る。

 しかし、ドアは開く事はなかった。木製のドアから破片を撒き散らし、丸太の様な太い腕が勢いよく飛び出す。


「ひぇ」


 腕がドアから抜けると、空いた穴に鋭い眼光を放つ男性の瞳が、ギョロリとこちらを見つめた。

 

「クーナか……火事では無かったのか……」

「ジーゼルさん、正気に戻ったのね。シャドウストーカーだけに効く毒を撒いたのだけれど」

「壁に穴を開けて……空気を入れた」

「火事の時はそんな事をしたらダメよ」

 

 火事の時に酸素を入れると、炎の勢いが増してしまい。中にいる人を危険に晒してしまう。日本語の勉強をする為に見ている映画で学んだ知識のひとつだ。

 私は目張りを剥がし、ジーゼルさんが中に入れる様にする。ドアを開けた先にいた彼の震える足元には、シャドウストーカーの死骸が大量に転がっていた。


「ジーゼルさんもシャドウストーカーが苦手なのね」

「アレは……名前も聞きたく無い」

「わかる」


 ピニアが激しく頷いて、ジーゼルさんに同意している。今でも苦手なのを我慢して、ここまで駆け寄ってきたのだろう。


「ジル坊かい、丁度よかったね。男の子だよ」


 部屋の中を赤子の大きな鳴き声が響き渡る。老婆が両手には生まれたばかりの赤子の姿があった。

 ハイラさんのお母様は額に全身汗だくになり、肩で呼吸してとても苦しそうにみえた。私は鳥が出てくるのではなく、赤ん坊がそのまま出てくることに驚いていた。それと子供を産むのは大変なことだということも。


「ほら!ぼーっと立ってないで、この子を包む布を取っておくれ!」


 マーケットスキルで、バスタオル購入する。


「はい、どうぞ」

「ストレージ持ちかい?こんな別嬪な子がストレージなんて持っていたら苦労するわね。ありがとうね」

「困ったこともあるけれど、助けられたことも多いわ」


 リズェルさんは私の譲ったタオルで赤子を濡らしている赤い液体を拭う。


「参ったねぇ。お湯が冷めちまってるよ」

「食堂にまだあるかも。取ってくるね!」


 ハイラさんが宿へ繋がる通路へ足を向ける。


『殺虫剤の薬液が混入している可能性があるので、ダメです。カセットコンロでお湯を沸かしてください』


 マーケットスキルでお鍋と、カセットコンロ一式を購入して水道水を中に貯める。水は一円で5リットル購入できる。余った分は損をするが、貯めておく容器がないので仕方がない。


 風呂桶があればお風呂も簡単に入れるのだけれど、スキルの中に売ってないかしら?


『兵士長のソックだ。壁外の魔物は全て討伐した』

『鐘の塔、視線が通るところに魔物は居ない。見えるのは、うろついている冒険者と魔物の死体だけだ。掃除が大変そうだな』


 スタンピードは収まった様だ。守る為に命を失った人達は沢山いるけれど、街は無事形を残している。


『皆の者、ご苦労であった。民を守る為に獅子奮闘した戦士達に感謝する。もちろん、言葉だけで終わらせる様な事はない。見返りについては俺が保証しよう。だが、まずは怪我人の治療と亡くなった戦士達への弔いが第一だ。治療スキルのない下級兵士は遺体の回収。治療スキル、医学の知識がある者は治療にあたれ。それ以外の者は治療をサポートせよ』


 私も治療の手伝いに行かなくっちゃ。エクストラヒールを連発して、にょきにょき生やしてやるのだわ。

 早くこの街を落ち着かせて、色んな物を作って売りたいし、たまにには市場を回って、お買い物でお店の人と交渉するのもしてみたい。私のスキルはなんでも買えるけれど、値引きの交渉は出来ないもの。セロマさんに教えてもらった、コツを試してみるのも良いかもしれない。


「ねぇ……マル?」 

『何ですか?』

「セロマさんは……何でコストルに居ると危ないって知っていたのかしら」

『彼女は行商人です。きっと、スタンピードの事を少し前に知ったのでしょう。それにクーナが初めて出来た友達だと言っていました。真っ先に知らせたのかもしれません』


 きっとそうだ。マルの言う通りで、私が王子と交渉している時に、スタンピードが近づいて来るのを知らせたのが、セロマさんなのかもしれない。きっと街の西側か、別の街に避難しているはずだ。


「そうよね。友達を疑うなんて、どうかしていたわ。落ち着いたら。また一緒に……」

『別の国や街の話を聞いてみるのもいいかもしれませんね!お金を貯めて車を買って実際に行ってみるのもいいかもしれません。全てがオフロードの世界です。別の国であっても直ぐに着きますよ』


 しかし、スタンピードによる騒動が落ち着いて。冬を迎え、季節を過ぎて春になっても、コストルでセロマさんの姿を見る事はなかった。

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