23.防衛お嬢と●と頼れる仲間たち。①
ジーゼルさんの宿屋には他のお客さんはおらず、がらんとしていた。経営者のジーゼルさんは食堂をウロウロと歩き回っていた。
落ち着かない様子で、不安になっている様子だ。今後の経営ではなく。
家族に対する不安だろうか。
「ジーゼルさん……他のお客さんはもしかして」
「ああ……街を出た。冒険者は……召集だ」
「ハイラさんは?」
「今、サーリア……さっき陣痛が起きて……嫁の出産に立ち会っている」
ハイラさんが確か、お姉ちゃんになると言っていたわね。おめでたいけれど……タイミングが悪すぎる。
ちょっと我慢してもらって、避難したり。馬車の中で出産できないのかしら?
「クーナ達は……避難しないのか?俺はここを守る事しか出来ない……。クーナ達を守る余裕は……ないだろう」
「避難してから出産って出来ないの?」
『危険です。何かあれば赤ちゃんどころか、母親の命が失われる可能性があります』
動く事は出来ない、どうすれば良いの?
「クーナ様、友人ごっこは終わりです。私は貴方の専属メイドなのですから。なんとかしろと一言、私に命令してください」
「数千の魔物よ……いくらピニアでも死んでしまうわ」
「クーナ様があの魔物の群れを横断したいとおっしゃられるのであれば毛の一本触れさせること無く、実現致しましょう」
私はピニアの強さは知っている。護衛兵士との組手を見た事がある。誰も彼女には勝つ事が出来なかった。
それはあくまでも人間相手の話だ。その上数えきれない程の魔物の量に勝てるわけがない。。
「ここに執事長の次に強い従者が居ると思ってください」
「ワバル爺やはお爺さんよ!強いわけないでしょ!?」
あのニコニコした優しそうなお爺さんを強さの比較として使うなんて、ピニアは何を考えているのかしら?
「ピニアの方が強いに決まっているわ!」
「そうであれば、一人であの程度、全滅ぐらいは出来ます。……とにかく、ご友人を助けたいのですね?」
「出来る?」
「今度はこの姿でバーベキューをするとしましょう。料理の腕を振るえなく、もどかしく思っていました」
「お願いピニア。みんなを……みんなと遊びに行ってピニアの手料理を食べたいわ」
「承りました」
私にも手助けできる事があるはず。マーケットスキルで出来る事は沢山ある。資金も幾らでも使える。三百万円数十万円、これでどれほどの強力な武器を買えるのか。
『強力な武器をお探しですね』
「強い銃が欲しいの」
あるはずだ。マルの故郷には私が想像もできない様な物が沢山ある。
『あります。ですが、戦術より、まずは戦略の組み立てです。兵舎に行きましょう』
私達はバイクに乗り、急いで兵舎まで飛ばした。周り道で遠くなるが、人が少ない細い道を移動できるので直ぐに着いた。
「あれ、クーナちゃんすか!?兵士長は作戦会議中っす!中には入れられないっす!」
ルレと牢屋に入れられた時に居た女性隊員だ。
「これをみろ」
ピニアがスカートから短刀を取り出した。鞘からは抜いていないので、脅している訳ではない様だ。
「お、脅しても無理なものは無理っす!ん?あー確かこれは……分かったっす。入ってくださいっす」
「ああ、ご苦労」
すんなりと兵舎の中に入る事が出来た。あの短刀には催眠にかける魔法でも込められているのかしら?
「殿下!何故わからないのですか!?ここは危険です!早く王都へお帰りください!」
王子の横でひたすら女性騎士が叫んでいる。何となくピニアをチラリと見る。彼女は私の視線に、顔を素早く振って答えた。
「くどい。国民や配下を見捨て真っ先に逃げる王子など、この国には要らん」
「わたくしも同じ想いです。お兄様の側にいます」
私は椅子に腰掛けて、書類に目を通しているアスティル王子に声をかけた。
「アスティル殿下、先程はありがとうございました」
「クーナか……何故ここに?力をくれるのか?この件とは別件だぞ。学園に入学してからで良い」
「では、まずはここを生き延びましょう」
「クーナ、お前が思ってるより状況は悪い。だいぶ前に察知出来たから良かったが……危険だ。ルレを連れて王都に行ってくれ」
ソックさんが私に声をかける。コストルの門番とはいえ、兵士長という高い階級である彼も会議室にいてもおかしくは無い。
「そんな事をしてみなさい。今度はルレに一方的に殴られる事になるわ」
殴り返す事なんか出来るわけがないもの。
『クーナ、発電機とガソリンを購入して、プリンターを購入してください』
「ええ」
発電機、バイクと同じガソリンで動く電気を作る装置だ。マルの故郷ではほとんどの家に流れている強い電気を、外で使えるという優れもの。それを兵舎の外に設置する。
ガソリンを入れて思いっきりエンジンスターターを引っ張る。
バイクの様な振動する音が箱の中から鳴っている。
「ピニア!そのロープをこっちに垂らして!」
「わかりました!」
2階からスルスルと電線が降りてくる。
「なんすか?うるさい上に変な匂いがするっす……イジメっすかね?」
兵舎の出入り口を見張る兵士さんに文句を言われるが、説明している場合ではない。
急いでコンセントを発電機に繋ぐと司令室に戻る。今度はプリンターをマルに繋げる。パソコンという物が必要らしいが、マルが即席でドライバーを作ると言っていた。
よくわからないが、要らないそうだ。
『印刷します。テーブルに一枚ずつ、左上から右に順番に並べてください』
プリンターからキレのいい音が何度も聞こえる。しばらくすると何枚かの紙が出てきた。
それをテーブルの上に並べていく。
「おいなんだこの地図は!コストルの周りか?」
マルが出した紙には鳥が見る風景の様に映るコストルを見下ろした写真だ。
ソックさんや他の人達も驚いているが、私は慣れた。驚いていたらキリがない。
「そこの兵士さん?冒険者ギルドに行ってラルンという冒険者を呼び出してもらえるかしら?来ない様であれば、最強の銃で遊ばしてあげるって伝えて」
「え?何故俺が?」
「あー、オストン……行ってこい」
「ソックさんが言うのであれば、了解しました!」
オストンさんは走ってギルドに向かってくれた。
「……あのソックが認める程の力をクーナは持っているのか。どうやらお互い約束を守れそうだ」
「私はマルがいなければ何も出来ないわ」
『私もクーナがいなければ、ただの丸いホビーロボットです』
「喋るゴーレム……それもカガクか。面白い!だが、王子を放って話を進めるな。俺も参加させろ」
王子は椅子から立ち上がると地図を目くばせする。
「魔物は西と南側から来ている。報告では三箇所のダンジョンが同時にスタンピードが発生した。……中央を分断するように川が流れているな。撃ち漏らし、壁内に侵入を許した際、ここを防衛線とする。住民にそちら側へ避難する様に誘導しろ」
「承りました!」
避難誘導を命じられた兵士は駆け足で会議室を後にする。
「マルいの、この地図を一枚の紙に作れるか?」
『印刷中です。出来た物から好きに持っていって下さい』
王子が羽ペンで地図にマルを描いていく。
「今すぐ冒険者ギルドに行って冒険者にこれを配れ。三人チームを組ませ、この円の範囲を守らせろ。報告通りなら計算が合うはずだ。足りない場合は兵士から人手をかしてやれ」
「御意!」
「ちょっとまって!これを持っていって」
王子の命令を受け、作戦室から出ようとした兵士の足を止めさせる。無線機が大量に入った箱を兵士の前に置く。
マルの故郷では安物だが、この状況で十分な性能を持っている。
「命令権の強い人にこれを渡して。伝令が直接伝わるわ。何かあればここを押して。ここを離さないとこちらの声が聞こえなくなるから気をつけてね」
「え?あ?……ありがとう!」
説明を促している場合では無い事をわかっているようだ。大量の無線機を担ぐと、足速に去って行った。
「待たせたな!さぁ!銃は何処だ!」
「お父さん!」
「さっきここにくる途中にルレに会ってな。連れてきた」
ラルンさんが来てくれた様だ。ルレも何故か横について来ている。
「待っていたわ!」
マーケットスキルで銃をライフルを一丁購入する。私の身長ぐらいあるそれは重々しく、重厚な見た目をしたライフル。
マルが推測するには低級のドラゴンであれば、鱗を貫通して致命傷を与える程の威力。
「三千発あるわ。好きなだけ使って頂戴」
「随分あるな……全部使い切れるかどうか」
私と違ってラルンさんにはリロードを一瞬で終わらす事が出来ない。手で一発ずつ弾倉に込める必要がある。
もう一人、手伝いが必要だ。兵士にやらせるのは戦力が減ってしまう。
「ルレにお願いがあるの」
「私に?」
予備の弾倉を幾つか購入する。ルレにやり方を教える必要がある。鐘の塔は安全な場所だ。ラルンさんと一緒に居ればルレでも助けになるだろう。
「これをここに一本ずつ入れて、ラルンさんに渡すの。いい?早く、確実に入れて。遅れたら一人誰かが死ぬと思ってやるのよ?」
「リロードの手伝いをすれば良いのね。分かったわ!」
『これでゼロインの調整が出来ます。本来なら射撃場でじっくりとしたいところですが……』
「この望遠鏡の使い方がわかれば良い。任せろ」
マルの方もラルンさんに対物ライフルの使い方を教えられた様だ。
『これで喋れるんだよな?……今、鐘の塔、魔物を確認した。嘘だろ……全員用意しろ!数える余裕はねぇ!だから下品な獣を片っ端から全てぶち殺せ!終わりがないと膝をつきそうになったら家族の顔を思い浮かべろ!』
『地平線までの距離はおよそ五キロメートルです。推定到着時間は1時間』
マルが魔物の歩く速度と距離を計算した時間を告げる。
「時間が来た様だ。皆の者、このアスティル・デセンドと共にこの国の民を守ってくれ」
この場の全員が殿下に向って敬礼で応えた。