20.お嬢サバ〜バーベキューの香りも添えて〜
「はぁっ……はぁっ!」
周囲の木で一番樹齢が高そうな木を背にして息を整える。
ただほんのちょっと遊び程度のつもりだった。しかし相手は私の事を完全に狩に来ている。
周辺からは足音が聞こえない。だからといって油断できない。さっきは誰もいないと思っていた。
何処から飛んでくるか分からない弾。見えない敵。相手を狩るつもりの冒険者の恐ろしさを思い知らされる。
パキンッ!と枝が、折れる音。
私はその方向へ銃を向ける。
「ちょっと!クーナ!私よ私!撃たないで!」
仲間のルレだ。私は緊張を解き、銃を下ろした。
「まさか……ラルンがあんな……」
森の中に響いてきこえてきた発射音は小さいさく、かなり遠くから撃って来たのだろう。
「クーナ……ラルンを……倒して」
「そ、そんなルレ……あっけなさすぎるのだわ……」
撃たれたルレはうつ伏せで倒れる。ルレの背後に威嚇射撃で何発も撃つが、手応えはない。
ルレが倒された以上、私一人だけになってしまった。一対一の勝負。しかし、私にはわかる。
「勝てるわけないのだわ!」
ラルンさんはサバイバルゲームという遊びで子供に容赦のない、大人気ない人だという事がよくわかりましたとも!
叫んだ瞬間、ゴーグル越しに私の眼前に白い飛翔体が見える。何とか頭をそらして、寸前で避ける。
方向は分かった。しかし、彼女がどこに居るのかわからない。だからといって逃げていてはやられるだけ。
主導権はあちらに持っていかれている。
一か八か、考え方を攻めに変える。距離を詰めるために、木の影に蛇行しながら移動する。
当たりにくい所に、彼女は無駄撃ちをしない。
狙える時に狙う。だが、それが私の体力を蝕んでいく。
しばらく走っていると再び息が切れる。走るのなんて、マルを抱えて盗賊から逃げる時以来だ。
スタミナはレベル恩恵が無ければ平均以下で、長くは持たない。
何メートル走ったのか、彼女の痕跡も気配も感じられない。マルがいれば多少有利になるだろう。でも今は手を借りられない。
もう!イライラして来たのだわ!
ひたすらに走る。ある程度先に進むと木の上を何かが跳ねている。木の上を渡っているようだ。
ずっと木の上に居たというの?そんなの見つかるわけないじゃない!
木の上を移動する彼女を狙い発砲する。しかし、足場の悪い所を移動しているとは思えない速度で飛び回る。
もしかして私の狙った先を避けてる!?
でも、見つけて仕舞えばこちらが有利だわ。あんな動き方をして逃げていたら、反撃なんてできる筈がないもの。
追いかけ続けると、相手は背中を向いた筈が、こちらへ向いて銃を構えている。
「ひぇっ!」
白の軌道を描く飛翔体が私へ飛んでくる。彼女が正面を向いた時に予想していたので、何とか回避する事が出来た。
しかし、距離を離されてしまった。離れる毎に彼女に有利になる。
あの人、移動する先のする枝を見ないで着地しているけれど、怖くないのかしら。私はラルンさんの挙動が怖い。
再びラルンさんを追いかける。見失ったり、距離を離されて威圧されたらやり直しだ。距離を離す為にまた同じように飛びながら撃つかもしれない。
その時、大きく跳ねるので、空中にいる瞬間を狙えば避ける事は出来ない。
私は注意深く見つめて、予兆は無いか彼女の足元を見る。
体を捻り、勢いよく跳ねた。私の方へ銃口を構えている。攻撃ばかり考えていた私は回避の事を考えておらず、真っ先に銃を構える。
全部の弾を使い尽くすつもりでラルンさんへ向けて、連続で撃った。弾が切れて、チャンバーが開放状態になる。
空中で移動できないラルンさんに避ける事が出来ないはず。
ラルンさんの撃った弾を寸前で回避しようとする。
カツンと私のゴーグルに弾が当たった。
「「ヒット!」」
私とラルンさんの声が、木が生い茂る森の中に響いた。
「子供相手に大人気なさすぎるのだわ!」
「ほんとよ!ラルンがまさかそこまで大人気のない人と思わなかったわよ!」
「つい、楽しくなってしまってな!」
「クーナってば、熟練の冒険者を相手に相打ちなんてすごいじゃない」
冒険者ギルドの熟練の方達は皆、木の上を飛んで移動出来るのかしら。強い魔物を相手にすると言うことは、それぐらいの身体能力がいるのね。
ソックさんも木の上を飛んでいるのかしら?
あの人、重そうだから枝が折れて、木の上から落ちそうなものだけど。
「でも、玩具ではなかったら。私負けていたわ。実弾なんて避けられないもの」
ラルンさんはライフルを少しだけ試し打ちした後、何かして遊ぼう提案してきた。
何をするか悩んでいた所に、ガスガンという玩具を購入して、サバイバルゲームという遊びをマルがおすすめして来た。
本物の銃にそっくりで、マルとそっくりな白い弾を撃ち合う遊び……だけど、ラルンさん相手だと遊びの範疇を超えて来てる。
「それも十分すごいわよ!見えても、体が反応できないわよ」
「ラルンさんなんて、木の上を飛びながら弾を避けて移動していたのよ?後ろに目でも付いているのかしら?」
「音より遅ければ出来る。しかし、銃や超弩弓は無理だ。音が聞こえる前に弾と矢が飛んでくる。銃がどういう武器か知らなかったら、とても勝てる気がしない」
「知っていたら勝てるんだ……」
そんな事が出来る人に、私が相打ちを取れたとは思えない。ラルンさんは、私が頑張れば勝てる程度に手加減したのだろう。
「遊びながら訓練出来るのは良いな。サバイバルゲームだったか……サバイバルはしていないが」
『24時間、戦いつづけるルールもありますよ。人がたくさん必要ですが』
マルの故郷では一部の人達に人気らしい。
「それは楽しそうだな。冒険者の連中を集めて、訓練用装備でやったら面白くなるな。冒険者ギルドの子供達を訓練させるのに丁度いいし、今度クーナ達も参加してみるか?」
「「遠慮しておくわ」」
ルレも私と同じ意見のようだ。
遊びの枠を越えて、修行だ。
そんな物に、魔物を相手取るような屈強な冒険者に混ざって、私たちが参加なんてしたら地獄を見ることは簡単に想像がつく。
私はマーケットスキルを活用して何かを作って、お客さんに喜んでもらいたいだけで、武器を持っているのは護身用に持っているだけだ。
魔物を倒して生計を立てるつもりはない。
「ねークーナ。私、体を動かしたらお腹が空いたわ。何か作りましょう?」
「そうね。……あ、ソックさんが荷物を全部持っているじゃない」
ストリートマジックの後部にはルレを乗せて何も積めなかったので、彼の馬に全て荷物を運んでもらっている。
「私が肉をすぐに用意する」
近くお肉を売っている酪農家さんがあったりして、そこから買ってくるのかしら?
「それじゃあ私は火の準備をしているわね」
ラルンさんは弓をつがえると、上に構え、弦を引く。鳥でも狩るのだろうか?
丁度よく鷹が空を旋回しているが。鷹を食べるという食文化は聞いたことが無い。美味しいのだろうか?
彼女が弦から指を離すと、弓がビンッと音を立てて矢を遠くへ飛ばす。しかし、鷹に当たる事は無く、遥か遠くへ飛んで行った。流石のラルンさんでも外してしまう事もあるのだろう。
飛んでいる鳥を狙い撃つのは難しい。
「よし、猪だ。私は解体の準備をする。クーナには火を頼んでも良いかな?」
「ええ……え?」
私の理解が
「ど、どうした?ああ!かまど用の石も用意して欲しいのか?ついでに用意しておくよ」
「大丈夫よ。でも、矢は鷹から外してしまったでしょう?」
「鷹は食わないだろ……あの子には獲物の周りを飛んでもらったんだ。近くに狼がいたから、こっちまで運んでもらえるぞ」
飛んでいる鳥を狙い撃つとかの難しさ、だとか言っていられない技じゃないの!
「と、とりあえず。ラルンさんがすごいのは分かったわ……」
肉の用意が確定しているのなら、急いで火の準備をしなくちゃね。
『バーベキューセットと紙皿、焼肉のタレと以前買った事のある竹串も忘れずに』
「セロマさんがやっていた串焼肉ね。それじゃあ、フライパンとフォークとナイフは要らないのね」
行商のセロマさんはどうしているだろうか?そろそろ夏が終わるし。秋にも近くなってきた。冬前には戻ると言っていた。
それまではコストルに居るか、まだ分からなかったけれど。リェースから連れ戻す意思がないとわかった今は、コストルで冬を越す事になるだろう。
そうなったら、また会えるかもしれない。
「へー鉄製のかまどね。折り畳みが出来るなんて、便利そうじゃない」
「私達の仕事で使うにはデカすぎるな」
バーベキューセットにそこら辺から拾ってきた枯れ木を入れる。
「私が魔法で火種をつくる?」
私も生活魔法で種火を作れるが、ルレの方が大きい火を出せるので、種火を作りやすい。
しかし、そのまま大きい枝を燃やせるわけでは無いので、木綿が必要になる。
「木綿は持ってないから、大丈夫よ」
「大丈夫ではないでしょ。それがないと火種が作れないじゃない」
枯れ木の下に敷いておいた着火剤に向けて、ライターを着火させる。
「そんな事をして、魔力切れになっても知らないわよ?」
「魔力は使わないから平気よ」
魔力を使い過ぎ、完全に無くなってしまうと、体が魔力を吸収しようとする為に体力を大きく消耗してしまう。ルレはその心配をしているようだ。
ライターから出た青とオレンジの混ざった火が着火剤に当たる。すると直ぐに茶色板で出来たそれが大きく燃え、火柱が上がる。
枯れ木にも直ぐに火がついた。私はうちわとトングを持ち、炭をバーベキューセットに入れていく。
「早!火をつけるのって、もっと手間のかかる事よね!?」
「おお!クーナはすごいな!私も火をつけるのは得意だが、ここまでは早くつける事は出来ないぞ!」
「私は火を着けるのは初めてだけど、ちょっと驚いてるわ」
マルに教えてもらったから、本当に出来るか不安だったのに、簡単に出来てしまった。
商品を作る時に頻繁に使うカセットコンロは、ダイヤルを捻るだけで簡単に火を出せるが火力が全然違う。
「ウォンッ」
狼が私達のそばに矢が頭に刺さった猪を置いて、座っている。
「おや、ありがとう。今、捌くから少し待っててくれ」
ラルンさんが狼の頭を撫でると、甲高い鳴き声で喜びを表現していた。
「この子も大きいけど、私がこの間、倒した狼よりだいぶ小さいのね」
トルカとシュイちゃんを助けた森は、ここの一部だ。
「この子は成体の狼だ。君が言っているのは魔獣になった狼かもしれないな」
「あんなに大きくなるのね!」
「そうだ。元々生命力も力もある。それが闇の魔力を受けて凶暴化し、光の魔力取り込んで生きる人間を殺す事に喜びを覚える。魔力と一緒だ」
魔族は人間と同じ見た目をしているけれど、内包する魔力が違うと本で知った。光の魔力を持つ人間は、同じ魔力を持つ人間を倒してもレベルが上がらない。
苦しめる事を喜びとする加虐的な人間は、光と闇、両方の魔力を持っている。
私のレベルが上がったということは、以前に倒した盗賊達はそういった人間だったのだろう。捕まらなくて本当によかった。
「それじゃ、解体するか」
ラルンさんは解体に使うであろう、ナイフを取り出す。すると猪の首に刃を当てがう。
「ひっ」
死んでいるとは言え、私には残酷な光景に声が上がる。
「あ、ああ。慣れないなら、クーナの見えないところで解体しよう」
「大丈夫……私もこの子の命を頂くのだから」
「なるほど、命に対する良い心がけだ。でも無理はするなよ?」
「私も何度かお父さんと狩に来た時にやってるけど、綺麗に出来ないのよね。コツとか教えてよ」
「私はお野菜の準備をしているわね」
マーケットスキルで野菜を探す。見た事のある野菜はいくつかあるけれど、知らない種類の方が多い。
「マル、何の野菜がおすすめ?」
『マスターがよく食べいたものですと、玉ねぎ、ピーマン、キャベツ、とうもろこし、にんじん、椎茸、エノキ、エリンギ……でしょうか』
「知ってるのもあるけれど、シイタケとエノキとエリンギは知らないわね」
『キノコは栄養価もあり美味です。醤油や塩胡椒の購入をおすすめします』
「胡椒……は聞いたことがあるわ。ショウユって何かしら?」
「味噌、醤油、日本酒は日本人の命と言っても良い調味料です」
「命を投げ売るほどに美味しいのね!」
『マスターは海外で味噌と醤油が手に入らず、発狂していました』
「それは口に入れても良い物なの……?」
中毒性があるのかしら……怖いわね。
マルに下拵えのやり方を教えてもらい、バーベキューの準備をする。とは言え、包丁で切るだけなので、猪の解体に比べれば簡単なものだ。血抜きの作業や、内臓の処理などで時間がかかりそうだ。
キノコでも醤油を垂らして焼いてみよう。
ある程度焼いて、醤油を少量垂らすと鉄の網で蒸発し始め、醤油の水気を飛ばす。
「何かしら……すっごくいい匂いがするんだけど……」
ルレが鼻を鳴らしながら、周辺の匂いを嗅いでいる。確かに良い匂いで食欲がそそられる。
「色々な国の調味料は見てきたが、私の知らない物だな……パンに合いそうだ」
『パンに塗るマーマイトというものがあります。きっと気に入る筈ですよ』
「マーマイトね。今度、朝食のパンに塗る為に買ってみようかしら?」
「今度、用意しておくから、二人にあげるわね」
焼き上がったキノコをトングで皿に移す。見るからに美味しそうだ。
「はいどうぞ」
解体作業にひと段落が付いた二人に、焼いた椎茸を乗せた皿を渡す。
「ありがとう!キノコね……みた事ないけど」
「匂いは美味しそう……一応聞いておくが、キノコは毒がある物もあるのは知っているよな?」
「大丈夫な筈よ。日本という所では食べた事がない人の方が多いらしいわ」
私は二人よりも真っ先に、串に刺した椎茸を食べようと口に運ぶ。その前にマルをチラリと見る。
『大丈夫です、間違いなく椎茸です』
マーケットスキルにもちゃんとシイタケと説明書きがあったのだから。間違いない筈。
私は思い切って一口頂く。
「おいしいなのだわ!!!」
美味い味が程よい塩気が口の中に広がる。シイタケの強い香りと醤油を焦がした匂いが程よいコンビネーションを生んでいる。
「キノコが……こんなに美味いものだったのか」
「美味しいとは思うけど。お肉の方が好きね」
「お肉とは美味しさの種類が違うもの。私は両方とも好きよ」
串に刺した肉の他に、薄くスライスした猪肉を乗せてる。塩胡椒という調味料を振りかけ、カリカリになるまで焼いていく。
「薄いから火が通るのが早いわね。マル、もういいでしょう?」
このままではせっかくのお肉が焦げてしまう。
「ねえ!脂が抜けてもったいないじゃない!?もう良いでしょ?」
『まだです。カリカリになるまで待つのです。脂とカリカリの絶妙なバランスが大事なのです……』
お肉に火が通るまで、ラルンさんは手伝ってくれた狼と鷹に肉をあげている。
「まだ沢山あるから取り合うなって」
鷹が狼の食べようとしている肉を突こうとしている。それを良しとしない狼は唸り始める。
「ウ〜〜〜〜」
「グルッポゥ」
『よく見たら鷹ではなく、でかい銀鳩じゃ無いですか!』
マルは何を言っているのかしら。何処からどう見ても鷹じゃない。
「鳩は小さい、それに顔つきが違うだろ?」
「データーベースに動物の種類については無いの?」
マルは自分の体には無い情報を、何処か知らない所から手に入れる事が出来るらしい。
地球の情報は表層ウェブキャッシュという、インターネットを保存しているそうだ。よく理解出来ないけれど、いろんな事をマルは知っているという事だ。
『銀鷹……キジ鷹……シラコ鷹……全部でかい鳩じゃないですか』
「鳩はクチバシが鋭く、鋭利な爪を持っている。鷹よりも頭のいい鳥だ。テイムスキルが無くても飼育ができる。人の住んでいる所によくいるぞ」
「ラルンさんは鳥にくわしいのね!」
『ハトが鳩、鷹がタカ……え……?』
マルが小刻みに振動している。新しい感情表現なのかしら?落ち込むとへにゃへにゃに潰れたり、笑うと穴を開けたり閉めたりしているようだし。最初に会った時よりも、喋り方が柔らかくなってきている。
マルの方がお父様よりも遥かに感情が豊かだ。あの人は私がいなくなった事に何か思うことはあるのだろうか?
きっと、居なくなって懐に余裕が出来て喜んでいるのだろう。
屋敷で役に立とうと必死に勉強して、代わり映えのない日常を送っていた時よりも、今の暮らしの方が楽しく感じられる。
『クーナ、悩み事ですか?初めて会った時のような顔をしています』
「ええ、明日は何をしようか考えていたのよ」




